無効になりかねぬ中学選手権
下関陸上競技場(下関市向洋町)が、トラックの劣化など整備の不行き届きから、5年に1度おこなわれる日本陸上競技連盟の公認を更新できない可能性があることが明らかになっている。さらに今月初旬には、今年3月におこなった改修工事終了時に遡って公認をとり消すという通知が山口陸上競技協会に届き、6月14日の検定前に開催された大会は無効となり、検定直後にあった山口県中学校陸上競技選手権大会の記録も不合格となれば無効になる可能性が浮上している。下関市がこれまで整備を怠ってきたことが、一生懸命走った子どもたちをも巻き込む事態となっており、陸上関係者だけでなく保護者や学校関係者のなかで憤りが広がっている。公認の合否は27日の施設用器具委員会で決まる。
6月16、17日に同競技場で開催された山口県中学校陸上競技選手権(山口陸上競技協会主催)では、男子800㍍の予選で向洋中学校の男子生徒が1分56秒99と県中学の新記録を出し、8月に開催される全国中学選手権に行く予定になっているほか、1年生男子1500㍍では萩東中の男子生徒が大会新記録を出すなど、各地の子どもたちが奮戦した。
ところがこの県下各地から中学生たちが集まる県選手権を目前に控えていた6月4日、日本陸上競技連盟から主催者である山口陸上競技協会にある通知が届いていた。
通知には、「下関陸上競技場で今年度すでにおこなわれた競技会および公認検定が終了しないうちに開催される競技会の記録については公認しない。また遡って公認競技会としての認定を取り消すこととする。検定後の競技会については検定結果による」とし、確認すべき事項として「改修工事をおこなった場合には速やかに公認認定申請をおこない、検定を受けなければならない」「改修工事をおこない未検定および保留(不合格)の場合は公認競技場とは認定されない」「公認競技場でない競技場でおこなわれた記録は公認記録とはならない」旨が記載されている。
今年3月に下関市がスタートライン部分の張り直しや一部ラインの引き直しをおこなって以降、検定を受けずにいたことが、この事態を招いたようだ。通知の文面からは、下関市陸上選手権(4月1日)、高校総体地区予選(4月21、22日)、中学校西部県体(5月19日)の記録は無効であり、このまま検定を受けなければ、6月16、17日開催の県中学校選手権大会の記録も公認記録として認められないことが読みとれる。中学校では戦後の県体史上初の無効試合になるといわれている。
大会会場を他の競技場に移すような時間的余裕もない段階での通知に、主催者をはじめ中学校の陸上にかかわる教員らは騒然となった。今年6月末~7月初旬に下関陸上競技場の検定があること、合格が厳しい現状にあることはみなが認識しており、下関市に働きかけるなどしていたところだった。しかし、大会日程を決めるにあたって下関市に確認したさいには、検定までは「問題なく開催できる」との説明を受けており、まさか6月半ばの大会が無効になる可能性があるとは思っていなかったという。
この通知を受けて、下関市は6月14日に検定を前倒しし、現在はその結果待ちとなっている。不合格であれば県選手権大会も無効になるため、代替大会の開催も検討しなければならない。記録を出した子どもたちもいる分、関係者らはやきもきする思いで27日を注視している。好記録だけでなく、すべての子どもたちの記録が消えることを意味しているからだ。
この3月の改修と公認申請について、下関市は「日本陸上競技連盟と相談しながらおこなっていた」「なぜこのようなことになったのか、飲み込めていない部分がかなりある」と説明しており、経緯について言い分もあるようだ。ただ、下関市がこれまでに整備をきちんとしてさえいれば、ぎりぎりになってこのような事態になることはなかった。陸上競技場で走って記録を出したと思っていたら、「ただの運動公園だった」といわれる子どもたちの気持ちやいかばかりかと思うものがある。
前例ない公認取り消し 前代未聞の不名誉
下関市営の下関陸上競技場は1958(昭和33)年から約60年にわたって、公認記録をとることができる日本陸上競技連盟の「第2種公認陸上競技場」として利用されてきた。過去にはインターハイなど全国大会会場となった競技場でもあり、現在でもさまざまな陸上競技大会が開催されている。また日常的に近隣の高校や大学の陸上部、小学生のクラブチームも練習場所として利用している。
公認陸上競技場は5年に1度、日本陸上競技連盟の施設用器具委員会の検定を受け、公認を継続する必要がある。近年、財政的に整備ができず公認をみずから辞退する大学や自治体はあるものの、公認を取り消される事例は滅多にない。施設整備を疎かにしているだけでなく、検定を受けていなかった結果公認を取り消されるというのは、下関市にとっても不名誉きわまりない事態といえる。過去に宮崎県や鹿児島県で保留となったケースがあるが、下関陸上競技場の現状はそれよりも悪いと評されている。
利用する保護者などのあいだでは「走路ががたがたで、こぶが至るところにできていて、走っていると突然子どもが転けたりする」「骨折した生徒もいるようだ」などと、そのひどさが指摘されている。平成10年にメインスタンドなどの大規模改修をしているため、建物はまだ20年程度だが、肝心の競技場を見ると、トラックの摩耗や表面の剥離など、素人目にも劣化の激しさがわかるほどだ。
下関市は2013(平成25)年にあった前回の検定のさい、次回の検定までに整備すべき項目を条件として付され、公認を継続していた。市スポーツ振興課によると、5年前の付帯条件は1・2レーンの改修、幅跳び・3段跳びの舗装、ラインの引きかえ、障害物バーの交換、3~8レーンの全面張り替えだったという。
市はこれまで3~8レーンの全面張り替え以外の条件については随時改修をおこなってきたとしている。しかし、「もっとも重要」といわれるトラックの3~8レーンの全面張り替えは先送りしてきた。
五年前にわかっていたレーン改修の課題
検定が迫っているにもかかわらず、市が一向に整備する様子がないことから、昨年秋ごろから陸上関係者のなかで「このままでは来年の検定に通らないのではないか」と心配する声が高まり、市に働きかけるなどの動きが始まった。それを受けて昨年10月頃、ようやく重い腰を上げた下関市が日本陸上競技連盟に「指導願い」を出し、12月に検定員が事前調査をおこなった。
その結果、通知されたのは「3~8レーンの全天候舗装の損傷、摩耗が進んでいるため、全面的な改修をすること」「やり投助走路のスターティングライン前後の改修、洗浄」「走幅跳び、3段跳び、棒高跳び助走路の踏切板周辺の全天候舗装の表面剥離の改修」「トラックの内側縁石のあばれ・汚れが目立つ」「各ラインの引き直し」など数十項目にのぼった。またトラックの全天候舗装について「表層だけの改修では維持できない状態の部分も見受けられ、下層からの改修も検討すること」といった指摘もなされた。
なかでも合否のネックとなっているのが5年前から指摘されている3~8レーンの劣化だ。下関市は、予想以上に劣化が早い要因として、近隣の高校のグラウンドが狭隘なことから、日常的に高校生の練習などに開放していることをあげている。利用にあたって1・2レーンの使用制限やスパイクのピンの長さ規制などをしているものの、利用者数は年間9万4000人と、維新百年公園(山口市)のサブトラックの2倍にのぼっていると説明。この改修を先送りしてきた理由について、「2010(平成22)年、2011(平成23)年に国の補助金を受けて全面張り替えをしたため、10年以内に改修すれば補助金を返還しなければならない可能性がある」こと、「億単位の予算が必要となる」ことから困難であったと説明している。
しかし、2013年には「5年後の検定までに張り替えなければ次の検定は通らない」といわれており、その次回検定が10年以内にあることも、初めからわかっていたことだ。5年ものあいだずるずると放置し続け、検定直前まで対応しなかったのはなぜなのか、疑問が残るものとなっている。トラックが劣化したままで検定に合格できると踏んでいたのか、あるいは公認が取り消されてもかまわない方針だったのか、管理者としてどのような意志決定に基づいて対応しようとしていたのかが問われている。そのおかげで、他市も含めた山口県中の子どもたちの記録が水の泡になろうとしているのである。
記録残らぬ競技場(運動公園)にするな
関係者らは、「民間企業でも自社の財産管理は徹底するのに、ましてや市民の公共財産を預かる市役所の対応があまりにもずさんだ」「陸上競技場として設置されたものを、ただの運動公園にするつもりなのであれば市民に是非を問うべきだ」など、市の姿勢に厳しい視線を注いでいる。近年は陸上競技場でレノファの試合が開催されるようになり、芝の張り替えや観客席の手すりの設置など、サッカー界からの要望で改修がおこなわれる一方で、トラック改修が放置されてきたことへ疑問の声も根強く、「レノファに注ぐ税金や、市役所を建て替える20億円の一部でも回してくれたらトラックの張り替えもできるのではないか」「経済効果も必要かもしれないが、行政がやるべき優先順位が違うのではないか」と意見が上がっている。
また、行政内には指定管理制度の導入で、管理を担当する職員が現場に足を運ばなくなり、備品や設備について知識を得る機会が失われていることの弊害を指摘する声もある。
日本陸上競技連盟がどのような結論を出すのかは27日を待つしかない。「保留」や「条件付き」となる可能性もゼロではないが、かりにとり消しになった場合、最低でも放置してきた責任者として前市長の中尾友昭と、現市長の前田晋太郎がそろって県内全域の子どもたちに頭を下げて回らなければ、誰も納得しない事態となっている。
2020年に東京五輪が迫り、跳んだり跳ねたり走ったり、世間ではスポーツ熱が高まりを見せている。そんななか、首相のお膝元では何の皮肉なのか、いくら頑張って走っても記録が残らない競技場(競技場の格好をした運動公園)が出現しようとしている。一般的には信じがたいような管理責任の瑕疵(かし)であるが、行政文書のみならず競技場まで「記録が残る競技場にせよ」と声を上げなければならないのである。県選手権のために汗を流し、日日の練習に励んできた子どもたちや陸上関係者にとって、記録こそが努力の賜であり、これが台無しにされたのではたまったものではない。