「神ってる!」と業界は騒然
下関市が発注する電気工事をめぐって、昨夏から入札情報が漏洩しているのではないかと疑問視する声が広がっている。下関市は平成27年10月から、予定価格の事後公表を本格実施しており、各業者が積算して応札するようになっている。そのなかで1社が2度にわたって最低制限価格ぴったりの金額を入れたことが、騒動の始まりとなっている。電気工事をはじめ建築系の工事は使用する部品も多く、特注品も多多あること、土木業界ほど積算ソフトが完成していないことなどから、積算ソフトを使用してもどんぴしゃの価格をはじき出すのは難しいというのが業界の共通認識だ。従って、誰もが「なぜだ?」「情報漏洩でなければ、神ってる(神がかっている)」と大話題になり、真相解明を求める声が上がっている。
発端になったのは昨年8月7日におこなわれた「ボートレース下関中央スタンド無停電電源装置改修工事」の入札だ。この工事には指名競争入札で11社が参加していた(1社は辞退)。開札結果と同時に3日間公開される内訳書を見た業者らは驚いた。1社が最低制限価格ぴったりの金額で応札していたからだ。
事後公表された予定価格は3836万円で、最低制限価格は3554万4000円(いずれも税抜き)だった。「今回ばかりはとりたい」と必死に積算した業者も少なからずいたようだ。しかし、それでもどんぴしゃの金額を出した業者は他にいない。すぐ上の業者で24万5000円差、最低制限価格以下で失格になった業者で84万4000円差だ【表1】。
この工事は、見積もり金額が工事金額全体の50%以上になるため、見積もり金額が公表されており、結果的に「直接工事費」がまるまるわかる状態だった。積算するのは残る「共通仮設費」「現場管理費」「一般管理費等」の3項目。その意味では、どの業者もほぼ似たような数字をはじき出すことができる条件の入札だったという。
しかし、この工事は市が作成した仕様書から工期が明確に読みとれない状態で、入札後に公表された予定価格・最低制限価格も含む内訳書を見た業者から意義申し立てがあり、その後入札中止となった。
業者から市にあった「確認依頼」を見ると、次の2件の質問事項が記載されている。
◇「本工事は“直接工事費”の全額が公表されており、諸経費の算出方法(特に工事日数の設定)によりその優劣が分かれます。下関市の『積算内容確認用内訳書』に記載されている“共通仮設費”及び“現場管理費”を算出するためには、通常の算定方法から得られる工事日数より極端に短い根拠のない工事日数を設定する必要があります。結果として税抜き予定価格(3836万円)が違算している可能性があります」。
◇「本工事の積算は公共建築工事共通費積算基準及び公共建築積算基準等資料に準じて行っていると思います。公開用設計書の内容にて共通費等の積算はどのように行っているか教えてください」。
これに対し、市は「設計段階において、事前に工事発注準備期間や施工期間及び入札契約手続き期間を確認し工期設定を行っておりますが、入札手続き等の進捗により、実際の開札日が当初予定した時期より早まったため、工期の設定に相違が生じました。工期設定に伴う入札情報の表示が不明瞭な部分があったため、本工事の入札は中止いたします」と回答。この入札を中止した。
市契約室の説明によると、仕様書から工期が明確に読みとれない状態だったため、業者側は工期を予測して積算をおこなったが、市が積算に使った日数と予測に食い違いが生じたとのことだった。例えば12カ月の工期を予定して市が積算をおこない、調整や手続きを終えて発注するときには1カ月過ぎていることもあり、落札決定までにさらに1カ月かかることもある。業者側は、「この時期に出すのであれば、だいたい契約はこれくらいだろうか、工期はこれくらいだろうか」と予測して積算するが、そこに食い違いが生じ、業者側から意見が上がったとのことだった。
直接工事費以外の積算項目は、労務費などを含んでいるため工期にその経費は左右される。業者から意見が上がり「それもそうだ」と市側が不手際を認めたのだという話だった。にもかかわらず、なぜか1社だけ、市の意向を正確に読みとり、どんぴしゃな数字をたたき出したのだ。情報公開請求で確認したところ、このとき落札したのはI社だった。
一旦入札中止になったこの工事は10月3日、別の工事を付け加えた形で再入札がおこなわれた。それが「ボートレース下関中央スタンド監視カメラ・無停電電源設備改修工事」の入札で、今度は条件付き一般競争入札でおこなわれた。予定価格6850万円、最低制限価格6377万7000円(いずれも税抜き)の大規模な工事だ。ところがこの仕切り直しの入札で、またもやI社が最低制限価格どんぴしゃの数字を入れ、落札した。
ここまで来ると業界内は騒然となった。通常、予定価格が税込み7000万円をこえる工事の場合、条件付き一般にプラスして総合評価が入る。しかし仕様書には「総合評価」の表示はなかったため、経験値から「この工事は7000万円をこえない」と判断した業者もあったようだ。だが、じつはボートレース企業局の工事の場合は7000万円をこえる工事でも総合評価をおこなわないのだという。これまでそのような前例がなかった業者らは、そのことを入札後に知り、またもや「その情報をI社だけ知り得たのではないか」との疑惑を深めたようだ。
ところで、最低制限価格はどのように決まるのだろうか。市契約課に聞いてみると、積算する項目は前述したように、「直接工事費」「共通仮設費」「現場管理費」「一般管理費等」の4項目。最低制限価格は、直接工事費×100%、共通仮設費×90%、現場管理費×80%、一般管理費×70%の合計金額で、1000円未満は基本的に切り捨てる。ただ、営繕系と呼ばれる建築関係の場合、直接工事費と現場管理費とのあいだで1%のやりとりが発生するという。
問題になっているボートレース場の工事の場合、見積もり部分の金額が大半だったため、結果的に直接工事費は公表されていた。となると、残る共通仮設費、現場管理費、一般管理費の計算で、市の説明にのっとると、だれが積算しても同じ結果になる条件であり、どんぴしゃの数字が出る可能性はゼロではない。ただ、事後公表とする現在の入札制度が本格的に始まった平成27年10月以後、どんぴしゃの数字で落札していた事例は、本紙が確認できたのは今回を除くと1回だけだった。
市契約課によると、土木系はソフトも充実しており、市の積算価格に近い金額で応札がある事例も多く、数社が同札の場合も多多あるという。一方、営繕系の工事の場合、各社が今までの経験値で積算している側面もあり、今回のようにどんぴしゃが出る事例はなかなかない。しかし、「業者の努力でかなり積算能力が向上しているので、そういうこともあり得る。可能性が絶対にないとはいい切れない」と話すのだった。
「可能性はゼロではない」が、1度ならまだしも2度も同じ工事の入札でどんぴしゃの金額を入れるというのは至難の業といわなければならない。「本当に積算で出したのであれば、神がかっている」「I社に積算のプロが入社したのか?」「精度の高いソフトを購入したのか?」と、同業他社はもちろんのこと、どんぴしゃを出す難しさを知っている建築・土木業者のなかで一様に驚きの声が上がっている。
2度にわたってどんぴしゃをたたき出したのはI社だが、業界内ではI社と組んだ数社が仕事を融通しあっているのだという噂が広まり、最低制限価格に近い金額で落札しているいくつかの入札結果に疑問の目が向けられている【表2】。その不思議さから、かりに入札情報が漏洩していたとすれば、どのルートが考えられるのか調査していた人たちもいたようだ。この事件が発端となって業者間に亀裂が入り、業界でつくる電気安全協議会は解散になった。
そうしたなかで昨年末頃から、市退職者(技術職)で前田市政になって特別顧問に就任したK氏と、I社が支援するH県議(安倍事務所秘書出身)の名前がとり沙汰されるようにもなっていた。「Hが支援企業であるI社に入札情報を教えている。役所側ではKがかかわっている」と業者間では持ちきりで、議会関係者にも伝わっていた。
噂は噂であって、何か情報を漏洩した証拠があるわけでもない。もしかしたらI社をはじめ噂の数社が積算に力を入れ、本気で仕事をとりにいったのかもしれない。だが、かりに情報が漏洩していたとすれば公平性は担保されず大問題だ。そこで、価格を知りうる立場にあるのは誰なのか市に尋ねたところ、通常の市発注工事の場合、決裁が回るのは、
・500万円未満…契約課長
・5000万円未満…契約部長
・5000万円以上…副市長
・1億5000万円以上(議決が必要)…市長
だという。
ボートレース企業局の工事の場合、決裁が回るのは契約課長までで、あとはボートレース企業局職員と設計を担当する公共建築課の担当職員・課長だ。正規の決裁ルートで価格を知りうる立場にあるのはこの範囲の人人で、K氏は知る立場にはないという説明だった。
疑惑の3者に問うてみる
本紙は、情報漏洩が疑われているこれらの関係者に、この件について問うてみた。I社とH県議には何度出向いても門前払いの対応が続いていたが、最終的にH県議に直接話を聞き、その2時間後にI社から電話がかかってきて事情を聞いた。
I社は、今回最低制限価格ぴったりの数字をはじき出したことについて、「公共工事の指針に掛け率が全部出ているから、どこの業者が積算しても数量を入れると100%の工事費が出るはずだ。他社で疑問を持っている企業があるのなら積算の仕方を教えてもいい」と話していた。I社の説明によると、市は100%の工事費から若干下げて予定価格とするが、10%以上下がることはないため、そこから予定価格を予測し、自社の利幅を考えて応札額を決めるという。
「電気工事の入札でも小さな土木工事が含まれることがあり、そうなると諸経費がちょっと変わってくるので食い違いが出ることもあるが、電気工事だけのときはどこの会社がやってもぴったり出る。あとは自分の会社がどこまで下げて受注できるかということだ。今回はうちがこれ以上できないところまで下げて入れた金額が、たまたま最低制限価格ぴったりだったということだ」と説明していた。
H県議は驚いたような表情で、「最低制限価格といわれても、制度がよくわからない。最低制限価格というのは何?」という反応であった。制度そのものと、どのような疑惑が持たれているのか説明すると、「落とされたI社に選挙を手伝っていただいており、2カ月に1回くらい事務所を覗いてくれたりする支援者であることは認めるが、I社から業界の話を聞いたこともないし、要望を受けることもない。僕の名前が出たということは、I社が支援者だからではないか。誰が僕の名前を出しているのか、どういう意図なのかわからないが、僕としては否定する。まず、その電気関係の競艇場がなんとかという、そのこと自体がわからない」と話していた。
また「I社が落とされたということで名前が出たのかもしれないが、知り得ないことなので、一方的に私の名前を広めている人がいるのであれば、その方方が誰かというのは知りたい。I社だけ向く話だ。なぜ僕の名前を出すのかということだ」と話していた。
市退職者のK氏は、「2回どんぴしゃというのは驚いたが、話を聞くと見積もり価格と経費の割合も公表してあるということだった。電気の積算はよくわからないが、土木の場合、各項目に対して何%というのが公表してあるので、直接工事費がわかっていれば最低制限価格がわかってもおかしくない。電気も直接工事費がわかれば、あとはわかるのではないか」とのべていた。
K氏の説明では、一昨年、積算の乖離がひどいということで、建築系も積算システムを導入しており、同じものが業者にも出ているはずなので、積算ができる企業であれば、同じ数字が出るのではないかということだった。ただ、どんぴしゃになるかどうかは微妙だとのべていた。
さらに、「大枠のどういう工事が出るのかは知っているし、なるべく優良指名にしてほしいという話をしたりはするが、私のところは設計書は通らないから細かいところは知らない。やましいことはない。今回、2回どんぴしゃというのは驚いたが、今の制度はなるべく業者を守ろうという制度だから、土木系なんてほとんど合ってくる。電気も似たようなものではないか」と話していた。
取材のなかでは、一連の電気業者をめぐる争いは「前田派と中尾派の対立」と見る人もおり、「情報漏洩だったとしたら、どんぴしゃで入れるというのも大概なもので、1000円くらいずらすはずだ」と可能性を否定する業者もいる。だが、どちらにしても同じボート事業局関連工事で「2度もどんぴしゃはあり得ない」と誰もが不思議がっている。これが、安倍派が市長ポストをもぎとった直後に始まったできごとであることも、みなが疑問視している。
2度あることは3度あるのか、下関のどんぴしゃ入札の行方が注目されている。仮に入札情報が漏洩しているのであれば立派な犯罪で、かかわった人間は逮捕され、刑事罰を受けなければならない問題でもある。偶然なのか、はたまた必然なのか、今後の入札結果がすべてを証明するのかもしれない。