経済産業省及び前田建設工業(東京)が下関市安岡沖に全国最大級の洋上風力発電をつくろうと持ち込んだ計画は、下関市民の前に明るみになって足かけ4年になる。1昨年から住民による地域挙げての強力な反対運動が発展し、反対署名は1日に10万筆を突破してさらに勢いを増している。一方、前田建設工業は11月に「予定されたすべての調査を終えた」として準備書を提出し、ごり押しする構えを見せている。このなかで、来年3月に予定される下関市長選でも風力問題は重要な争点の一つになろうとしている。記者座談会を持ってこの間の動きを整理してみた。
調査なきアセス準備書が露呈
A 当面焦点になっているのが環境影響評価(アセスメント)準備書をめぐる攻防だ。前田建設工業が風車建設に着工するためには、2013年4月に出した方法書にもとづき、騒音や低周波音、海の潮の流れや藻場への影響、景観への影響など30項目について、陸上では11カ所、海では安岡沖の建設予定海域の調査をおこなって結果を報告しなければならない。県知事意見はそれを住民の理解を得て進めるよう求めていた。
そもそも日本の環境アセスは、欧米のように第三者機関がおこなうのでなく、事業者自身がおこなう「合わすメント」であり、工事着工に向けての手続きにすぎない。だから当初から住民たちが調査の中止を求めて強く抗議し、陸上の夏と秋の調査はできず、海の調査も1昨年から前田側が何度も試みたが漁師たちの抗議でできないままだった。
そこで前田建設工業は昨年4月、陸の調査を妨害したとして反対する会の4人の住民を「威力業務妨害」と「器物損壊」で刑事告訴して警察が家宅捜索し、その後4人を相手どって1000万円以上の損害賠償を求める訴訟を起こした。住民たちは恫喝訴訟と見なしている。海の調査に反対する下関ひびき支店(旧安岡漁協)の漁師たちにも「数千万円の損害賠償」をちらつかせた手紙が送りつけられたり、共励会会長・廣田弘光(山口県漁協副組合長)が「アマ漁禁止」を通告するなど、住民や漁師たちを困らせようとする力がさまざまに働いてきた。しかし反対運動が鎮静化することはなかった。
B 前田側が「予定されたすべての調査を終えた」といって準備書を提出し、「風車が稼働しても人体や漁業への影響はない」とくり返すのに対して、住民は不信の念を強めている。11月に2度おこなわれた住民への準備書説明会では健康被害の不安を訴える住民があいついだ。「各地で低周波音による頭痛や吐き気などの健康被害が起こっているのは、耳に聞こえない5以下で、とくに音圧が高くなるのは1前後といわれているが、準備書では5以下のデータは消されている」と追及する住民もいた。説明会で前田の永尾副社長は「環境省が“風車騒音は聞こえない超低周波音でなく聞こえる騒音の問題として扱う”という新基準(案)を出しており、それをクリアすればよい」とくり返したが、反対する会の一人が「全国の住民団体と環境省に交渉に行ったとき、研究チームに医者が入っておらず、住民の苦情も聞いていないことが明らかになりこの案がいつ正式決定になるか環境省自身もわからないといっていた」とのべている。
だいたい「住民の意見を聞く」といいつつ、弁護士を同席させ住民の発言と住所・氏名をすべて録画・録音するなど、前田の対応は裁判を意識させるものだった。あのような住民説明会は下関では見たことがない。「とても威圧的だ」と住民たちは口にしていた。
C 準備書の内容については対象の海域で何十年も漁をしてきた漁師も疑問を語っていた。海の流向・流速の調査結果として「潮の流れは響灘を南北に流れるので、風車より陸地側の来留見ノ瀬には影響はない」といっていることに対してだ。その漁師は「普通、満ち潮のときには人工島から吉母に向かって流れ、引き潮のときは吉母から人工島に向かって流れる(南北の流れ)。ところが春夏秋冬にかかわらず、西ないし南西の風が吹くと九州の白島の方から陸に向かって満ち潮が来る。それは漁師言葉で“大島潮”といい、イカカゴが海から揚げられないほど早い。カゴとカゴの間のロープは普通たるんでいるが、大島のときはピンピンに張り、引き上げるローラーが回らないほどだ。一度無理矢理揚げようとしてローラーが逆回転になったこともある。“大島が早いから漁はやめだ”というときもある。そんな潮が風車から陸地側に流れるのだから、砂の堆積や濁りで影響が出ないわけがない。机上の計算だけでバカをいうなといいたい」といっていた。
漁師たちは人工島ができたおかげで潮の流れが変わり、砂がたまり、海底がヘドロのようになって漁場として回復する見込みがなくなった経験をしており、とても納得できるようなものではないといっている。
D 準備書提出を受けて開かれた11月30日の下関市環境審議会でも、鷲尾会長(水産大学校理事)が、住民が問題にしている超低周波の影響、電波障害の影響、漁業補償問題、海面の占有許可など、前田側が上げていない多くの問題点を上げてはっきりさせることを求めていた。
B そうしたなかで今月13日、山口地裁下関支部で、下関ひびき支店の漁師4人が前田建設工業に風力発電の工事差し止めを求めた裁判の2回目の弁論準備がおこなわれたが、その場で前田建設工業の代理人弁護士が海の調査はしていないことを認めた。この日、泉薫裁判官が前田側弁護士に「海のボーリング調査はやったのか?」と問うと、前田側弁護士は「海上での調査はさせていただいていない」と答えた。続けて漁師側の弁護士が「調査なしで準備書を出したということだ」と確認すると、前田側弁護士は「準備書では海上でのボーリング調査は踏まえていない」と答えた。前田建設工業は環境アセスで定められている海の調査をしないまま準備書をつくって国、県、市に提出し、住民説明会でも「予定されたすべての調査をおこなった」「人体や漁業への影響は少ない」と説明していたことになる。最近では有名大学の学者が企業から金をもらってデータを捏造しクビになる事件がよくあるが、調査もせずに「影響なし」といえるなら環境影響評価法などあってないようなものだ。願望数値に基づいて「影響がどうなるのかは知らないしわからないけれども、たぶん大丈夫」といわれているのに等しい。県や市もそれで良しと見なすのかだ。
E 前田建設工業はこの準備書に対する住民意見を12月16日締め切りとして求めた。反対する会も意見を提出しようと住民に呼びかけた。ところが風車建設関連業者が下請を動員して「賛成の意見を書いて(反対はダメ)前田建設にファックスしろ」と呼びかけていることが、市内で話題になっている。また、「下関外海統括支店・松並哲夫」の名前で響灘の漁協各支店にメールが届き、準備書へのご意見記入欄に「環境に悪影響はないものと確信しているので、風力発電事業を推進して欲しい」「風力発電はCO2を発生させないため、地球環境に優しい発電方法であるので、地球温暖化対策の為にも推進して欲しい」「地球環境にも優れ、漁業振興にも貢献することから、風力発電事業は是非とも実施して欲しい」「風力発電事業に反対する者の話を聞くと、全く科学的根拠がない、いい加減な反対意見ばかりである。この様な無知蒙昧な輩の意見に惑わされず、本事業の実現に向けて邁進して欲しい」と書けと指示している。受けとった各浜の漁師は驚いている。住民意見でどちらが多数派を印象付けるかバトルが勃発しているようだ。
C 福島原発事故の年、玄海原発再稼働のために経産省が開いた住民説明会に向け、九電が関連下請会社に賛成の意見を投稿するようメールを送っていたことが発覚し、世論偽装工作のためのやらせメールだとして糾弾を浴びて、社長の辞任表明(その後撤回)にまで発展した。今回も「漁業を守らねばならない側が、企業の使いっ走りになって海を売り飛ばしてどうするのか」「まるで前田建設工業の下請社員ではないか」と大話題だ。
前田建設による訴訟 機器を壊した証拠出ず
A 準備書だけでなく、強引なやり方のほころびがあちこちで見えてきた。反対する会の4人の住民に対する訴訟では、前田は「4人が共謀して測定機器を壊した」と主張したが、証拠として出してきたのは住民4人が測定機器を運んでいる写真1枚と、10カ所の測定機器に設置していたボイスレコーダーの音声だった。音声だけでこの人間が壊したのだと主張するのは無理がある。裁判官から「いつどの段階で誰と誰が何をしたかが明らかにされていない」「4人全員が全損害について責任を負う根拠についてのべよ」と、2度にわたって証拠の再提出を求められたが、結局確たるものは今もって何も出ていない。一方の刑事告訴は、前田が「器物損壊」をとり下げたと伝えられ、もう一つの「威力業務妨害」についても証拠がなく立件は困難と見られている。そもそも四人は破壊行為などしておらず、測定機器を運んで返しに行っただけだ。
だから、「エイッ!」「ヤッ!」とか叩き壊しているような音声も当然ないし、仮に全過程をビデオ撮影していたとしてもそのような場面は記録として残りようがない。どうやって立証するのだろうかと当初から疑問視されていた。しかし企業が訴えたからといって県警までが家宅捜索するのだから、ひどいものだ。
B 漁師が訴えた裁判も、推進側の思い通りには進んでいない。ひびき支店の漁師が訴えていたボーリング調査差し止め訴訟は九月に広島高裁で棄却となったが、そこで広島高裁はひびき支店の漁師が共同漁業権の範囲内で漁業を営む権利(漁業行使権)を持っていると認め、漁業行使権の侵害に対する妨害予防請求権も必要性が認められた場合に成り立つとした。漁師側の弁護士はこれを逆手にとって工事着工差し止め訴訟を起こした。山口地裁下関支部の裁判官は、前田側の「山口県漁協と契約書を締結済み」という主張を採用せず、漁師側に「どこでどのような漁業を営んでいるか」「風車建設でどのように侵害されるのか」の詳しい説明を求めた。
A 本紙も名誉毀損で廣田から訴えられているが今後さらに全面的に争っていくことになる。協同組合の責任ある立場に置かれた者が何をしてきたのか、その動機も含めて徹底的に明らかにすべきだろう。今後の漁師たちの裁判にも通じる問題が重なっており、公判を通じて明らかにしたい点がいくつかある。
地道な反対行動続く 子や孫に豊かな郷土を
C かれこれ4年が経過するが、背後に経産省がいる国策だからなかなかしぶとい。しかし、10万人署名も侮れない力を示している。1000人デモも下関では経験がない規模のものだ。一方で、これほど市民世論の反発が強いものなのに、どうして市長は態度を表明しないのかとみなが話題にしている。市民の暮らしを守るべき市長が頑なに第三者を装い、玉虫色にして逃げていることへの批判は強い。
A 中尾市長は推進とも反対ともいわずに逃げ回っているが、環境部は推進しているのが実態だろう。国策を遂行する場合、それは原発計画を抱えている上関町がわかり易いが、現場で犬馬の労を執るのは結局のところ県職員や市町村職員だ。彼らが事業者と一体となって推進しないことには実現できない。中尾がはっきりしないのは「安倍事務所や経産省に遠慮しているからだ」と多くの人間が見なしている。
C 風力建設には当初から下関市環境部の姿が見え隠れしていた。一昨年春、安岡連合自治会が5300世帯の住民に風力発電についてのアンケートをとり結果は反対が圧倒的だった。すると当時の副会長が住民に対して結果の公表を拒否する一方、真っ先に報告に行ったのが前田建設工業の下関事務所と下関市環境部長のところだった。その後、アンケートだけでは民意はわからないとして31自治会長の決議書を出させたが、そのとき環境部長は「31自治会のうち反対しているのは3つだけ」といっていた。ところが結果は29対2で反対が圧倒し、連合会全体が風力反対で固まった。誰とつながって、何をしようとしているのか? とあの当時から関与が疑問視されていた。反対世論を抑え込む側の相談相手だったわけだから。
B 先月の前田の準備書説明会の会場にも砂原(元環境部長)の姿があった。何か廣田とヒソヒソ話をしていたのが印象的だった。退職して中尾市長から特命係を授かっているみたいで、一生懸命に洋上風力とかかわっているようだ。環境部は住民説明会で住民たちが反撃すると「やられた…」と口にする。正直なもので推進する側であることを職員たちが一番自覚している。反対署名を何度持っていっても中尾が出てこないのはそのためだ。あと、先ほどの安岡連合自治会の件だが、その後の元副会長の顛末について砂原は知っているのだろうか? 住民たちの温情措置に免じて深追いはしないが、訴えられたり告発されたりしなければならないのはいったい誰なのか、ちょっと真面目に考えないといけない。
C 中尾市長はこれまで自治会や医師会、宅建協会など20団体以上が反対の陳情に行っているのに、一度も会おうとせず逃げ回ってきた。それが11月末、市長選への前田晋太郎の出馬が伝えられるなかで、突然反対する会に「会いたい」といってきて断られている。自分の選挙のためなら「反対」をいうのだろうかと疑問視されている。住民たちはみんなのために風力反対といっているのに、一方で自分が当選するために面会するというのはどうなんだろうか。10万人署名に対して真摯に向き合わなければならない。市長選では風力問題への態度は一つの重要な審判になる。
B 安岡や横野の住民の準備書説明会での発言は、周囲を圧倒するものがあった。「自分は高齢だから、健康被害も我慢できる。しかし子どもや孫が20年も被害にあうことに黙っていることはできない」「自分たちの庭の前に東京の大企業が金もうけのためにやってきて、先祖代代伝わってきた土地を健康被害によって出て行かなければならないのなら、私たちは身を挺しても阻止する」と。それは毎月一回、夏の猛暑の日も、冬のみぞれ交じりの寒い日も、国道沿いに200人以上が整然と並んで立って、幟や横断幕を持ち手を振って風力反対を訴え続ける行動と重なる。自分のためよりみんなのためを思っている。それは少少の恫喝や買収でひるむようなものではない。
E 最近、首相夫人である安倍昭恵が前田建設工業の社長と副社長と3人で映っている写真をフェイスブックにアップしたことが地域で話題になっている。下関は安倍首相のお膝元で、その選挙のために骨を折ってきた人も多い。「なんだ…。やっぱりそういうことか…」と話題になっている。
首相が「やめろ」といえば経産省の役人たちは一発で引き下がるはずだが、そうはならない。市長を超越する力が働き、そのもとで市長選候補者たちも態度表明を避けている。それでいったい誰が下関市民の暮らしに責任を負うのかだ。
A 風力反対の署名が10万筆をこえたことがみんなの確信になっている。安岡の住民何人かで一軒一軒訴えて回ったのに始まり、患者の健康と生命を守ろうと地域の医療従事者が立ち上がり、連合自治会も立ち上がって大きな運動に発展した。今やTPPにしろ原発にしろ、大企業のもうけのために国民の生活はないがしろにされ、国が国民の生命・財産を守る使命を投げ捨てて大企業の下働きをする社会だ。これをうち破る力は、団結できるすべての人間がつながった運動しかない。風力反対署名も10万でだめなら15万、20万をめざしてさらに広げ、市長選の立候補者たちにも態度表明を迫っていくことが重要だ。郷土を脅かす者から脅かされ続けるのではなくて、逆に市民の力で脅かすくらいの気概がなければやってられない。運動は当初に比べると格段に広がった。「みんなが安心して暮らせる安岡、横野、下関にしたい」というあたりまえの要求であって、少し恫喝されたからといって屈服するわけにはいかないものだ