下関市上田中町で起きた八月の火事
下関市上田中町のスイミングスクール近くの住宅で8月5日に起こった火災は周囲四軒を焼き尽くし、さらに一段高い場所にある隣家の倉庫や周辺の木まで焼き、約2時間のちに消し止められた。この火災が、独居の高齢男性がみずから火をつけたものだったことから、高齢化の進む旧市中心部に住む人人は、孤独死とともに決して珍しくない事例として、この事件をとらえている。
男性は、数年前に内縁の妻に先立たれて以後、他に身寄りもなく1人で暮らしていた。昔気質で「他人の世話になるのは嫌だ」といい、買い物や食事等、家事も1人でこなし、近所づきあいも少なかったようだ。この周辺ではもっとも孤独死の可能性が心配される独居高齢者であったため、民生委員などが頻繁に顔を出し、近所の人と一緒に様子を見守っていたという。
しかし、次第に認知症の症状がひどくなってきて、隣は空き家なのに「隣の人が嫌がらせをする」「いつか仕返しをしないといけない」などと口にするようになっていた。そのたびに周囲の人人が「だれもいないよ」と諭していたようだ。
だが、認知症の症状を知っていた人たちも、まさか放火に至るとは予想もしていなかった。エアコンをつけて窓を閉め切っていた近隣住民が異変に気付いたときには、すでに屋根から白い煙が立ち上り、周囲が見えなくなっていたという。ちょうど台風が接近していた時期で、強い風に煽られて火はみるみるうちに広がった。近隣住民はみな着の身着のままで避難し、固唾をのんで消火活動を見守った。とくに男性を知る人人は、「まだ家の中にいるかもしれない」と気が気ではなかったという。
男性の住む長屋に続く道は2つとも狭い路地であり、片側は階段しかない。消火活動も男性の救出に重きを置いて進められたが、男性は自分で火をつけたあとすぐに、警察署に出頭して不在だった。「警察署までバスで行ったのか、どうやって行ったのかわからないが、ちょっと時間がかかったようで、事情を聞いた警察が駆けつけたのは、近くの人が火災に気付いて通報したのと同じ頃だった」と話す人もいた。
ニュースで放火だったことを知った旧市中心部の高齢者たちは、「火事が起こると、たいてい高齢者の1人暮らし」と、他人事でない受け止めをしている。県道を挟んだ向かい側の地域でも、2件起こった火災のどちらも高齢の一人暮らしだったという。うち1件は逃げられず、中で亡くなっていた。とくに認知症になると、火の扱いが難しくなるのだと、認知症の独居高齢者が増えていることを心配する声は強まっている。
下関市では8月下旬にも、彦島で高齢夫婦が亡くなっているのが発見された。独居高齢者1万5000人超、75歳以上のみの世帯が約5000世帯にのぼるなかで、孤独死や餓死といった独居・高齢者世帯を巡る悲劇は後を絶たない。今回火災が起きた町内は、独居や高齢世帯が多いものの比較的近所づきあいもあり、心配な家には自治会関係者や民生委員が目を配る体制ができている地域だ。そうした地域で起きた事件であるからなおさら、急速に進む高齢化にどのように対応するかが切実な問題になっている。