リーマン・ショックから3年がたち、大不況の影響が一層深刻に生活の隅隅に及んでいる。下関市内では彦島のMCS(三井金属)が3000人も雇用していた工場を閉鎖して、労働者を路頭に放り出しているほか、神戸製鋼や他の製造業でも配置転換や解雇が相次ぎ、中小企業も老舗を中心とした廃業が連続。職安前の行列が解消する気配がない。この雇用激減が消費購買力を極端に落ち込ませ、商業情勢の急変の根源となっている。
中尾市政は駅前開発ゴリ押し
中心市街地にある唐戸商店街では衰退をなんとか食い止めようと、100円商店街を開催したり、長州屋台村をオープンさせるなど試みてきた。しかし、リピーターがなかなかつかない難しさが語られている。この2~3年で店を閉じる経営者が増え、空洞化に歯止めがかからない。
割烹料理を提供していた魯山亭や化粧品店の閉店。老舗の中野書店も看板はそのままで経営者は宇部市在住の人物に変化した。国道沿いのたい焼き屋も客の出入りが少なく撤退。老人夫婦が長年営んでいたうどん屋も閉めた。ゲームセンター跡地から八百屋が出ていった跡地はテレビなどのゴミ捨て場になった。もち吉は駐禁強化で1万5000円の罰金を受けた客が怒って「商売にならない…」と閉店。隣の薬屋も閉めた。市役所前の交差点の一角からは、随分前に月十数万円の家賃負担に耐えかねて、名物だった大判焼き屋が閉店。その後、隣のうどん屋も閉めた。中通りやメイン通りの空き店舗だけでも相当数にのぼっている。
店主の1人は、「どうにかしないといけないとは思うが打開策が思い浮かばない。100円商店街もそのときだけ人は来るが後が続かない。どうしたものか…」と思い悩んでいた。全体の英知でなんとかしなければ待っているだけではどこまでも沈んでいく危機感をだれもが抱いている。
年金からの持ち出しで経営している店主も少なくない。別の店主は「家賃が高額すぎるのもネック。家賃を10万円から8万円と下げてもらってかつがつ経営している店舗もある。商売したいという人もいるが、テナント料を聞いてあきらめる。7万~8万円とか四畳半程度なのに十数万円と家主によってまちまちだが、固定資産税の関係もあって割高だ。少しでも負担を減らせば出てくる店主もいるだろうに」と語っていた。
別の店主は「うちも蓄えをとり崩してかつがつ経営している。店を閉めても働き口がないから行き場がない。どうしたらいいだろうか」と深刻な表情を浮かべた。今年に入ってとくに客が来ないのだといった。
以前と比較して、市役所職員が来ないのも特徴。周囲の住宅地では高齢化が進み、客層も老人が増えている。飲食店にとっては昼間の市職員が分厚い客だったが、ガソリンスタンド跡地に出店したすき家やコンビニに客足が向かっていること、江島市長時代に役所の地下食堂に市外業者を引っ張ってきて著しく足が遠のいたことが語られる。市民の外食離れも著しく、中国人研修生を使う店舗まで出てきた。
唐戸市場では、休日と土日の寿司販売が頼みの綱で、平日は売れないことから水曜日を中心に週2日ほど休む仲買が増えている。「開けたって魚が売れないから、週2回休まざるを得ない。観光客も最近はパッとしない」と語られている。八百屋の婦人は、売れないと品物が痛むため、配達したり住宅地にみずから売り込んでいるといった。市場内では年末に老舗の名越商店が店を閉めた。テナント料を納められない店舗も複数出ており、何カ月も滞納して、支払いが困難になっている。新市場になってテナント料や冷暖房代などが高額になったことが、首を絞める大きな要因になっており、社会情勢に応じて見直しをしなければとてもではないと、値下げ要求がうっ積している。
市場内で直接販売している彦島海士郷の漁業婦人たちのなかでも、棚代が高額で魚価安と見合っていないことが語られている。市民の台所だった市場が観光客用の「魚デパート」に変貌し、平日は以前のように昼まで粘っても意味がないため、午前中の早い段階で店閉まいするようになった。
新たな流通方式も努力 行商形式や宅配等
このなかで、待っていても客が来ないなら、みずから市内の住宅地に売り込みをかけるなど、激変している社会状況に照応して販売スタイルも工夫をこらさなければ、打開できないことが浮き彫りになっている。独居老人など買いに行きたくても行けない買い物難民も多いなかで、産地の新鮮な魚や野菜への需要は住宅地に埋もれている。魚を食べたい市民はたくさんおり、棚代の必要ない行商形式など、生産者と消費者が直接つながっていく販路の開拓、流通方式をつくっていくことが切望されている。
市内では近年、夕方の事業所前で「厚揚げもあるよ!」と子どもの声(録音)で呼びかけ、豆腐を売り歩く軽バンが人気を博し、複数台走るようになった。また、食べきりの食材を軽トラに積んで、自宅まで配達してくれる業者が重宝されている。今後さらに購買力が落ちることは疑いなく、現状認識を改めなければ受け身で待っていても展望がない。若者にカネがなく、年寄りが買いに行けないなら、店側から売り込みに出かけるといったアプローチや、商店街が結束して宅配を手がけるなどの工夫が求められている。下関と同じように勾配が多い長崎市では、行政の補助金を利用して商店街が宅配を試みている。
「割引」の時間も早まる スーパーも変化
売れ行きに大きな変化が出ているのは小売店だけではない。市街地のあるスーパーでは、「半額」「2割引」等のシールを貼る時間帯が、以前よりも早まった。割引しないと購入を渋る傾向が強いため、客足をみすみす他店に逃がしてしまうより、夕方段階で確実に売った方が利益につながるという判断だ。パン類は夕方4~5時段階には割引となり、その他の総菜類も8時だったのが6時に早まった。総菜類は店頭で売れ残った賞味期限がギリギリの野菜、肉類を集めて手を加える。少しでも買ってもらえれば捨ててゴミになるよりもうけにつながる。利益ゼロよりも100円、200円で提供した方が、スーパー側にとっても原価を回収できる関係だ。
「8時に割り引きしてもお年寄りは暗い夜道を通えない。人が多い時間帯にずらした方が結果的にプラスにつながっている。ライバル店の割引時間について、みなさん詳しい。主婦層が翌日のご主人の弁当として買って行かれるようで、その他に総菜関係はお年寄りも多く買って行かれる。自分で作って残すよりも食べきりサイズの品物を1、2点とか、極力出費を控えながらという印象です。リーマン・ショックの後、正直いうと売り上げは落ちている。消費購買力は食品市場にこそリアルに反映されると思う。牛肉より鶏肉に流れたり、1品、2品減らしたり、細かくあらわれる」と責任者は語っていた。
20店舗が店たたむ オープン2年の川中地区のイズミ
生活圏に根ざした小売店から目に見える形で客足が消えた。それなら大型商業施設に客がすべて吸収されているのかというと、こちらも人影がまばらで「盛況」といえる状況ではない。下関市内では、川中・伊倉地区の区画整理された土地にイズミ(広島市)が巨大なショッピングモール・ゆめシティをオープンさせて2年がたった。140の専門店が軒を連ね、以来、下関駅前のシーモールとのバトルが熾烈なものとなってきた。
テナントを出店している関係者の一人は「駐車場が無料というのがシーモールとの違いだが、休日の暇つぶしで見ていくだけのウインドショッピングも多い。財布の紐が固く、なかなか買ってもらえない。アパレルでは買いとり販売も増えているから、品物をそろえようと思ったら負担は大きい」といった。とりわけきついのが平日で、「一点も商品が売れない日すらある…」と実情が語られ、土日の客が増える時間帯だけアルバイトで手伝う店員がいたり、あとは一人体制で店番をしたり、人件費をシビアに切り詰めて回しているという。
「テナント料を払うために商売しているようなものだ」と胸中をあかす関係者は、「情けない話ではあるが、自腹で持ち出しになる月もある」といった。「もう少しテナント料を安くしてもらえたら助かる。全国チェーンではないショップほど短命で撤退していく。特にアパレル関係が厳しい。消費者が必要以上にお金を使いたがらない」といった。
オープンから2年。店舗の入れ替わりがめまぐるしい。当初出店していたなかから、1割強にあたる20店舗が店を畳んでいった。そこに新しい店舗が出店したり、埋まらない空き店舗はボードで塞いで壁のように見せたりしている。1階のフード・レストランからは、たこ焼き屋や鯛焼き屋、アイスクリームのマーベラス、豚丼屋、ハンバーグ屋が撤退し、靴下専門店も消えた。2階では靴専門店のABCマートの周囲からレディスファッション関係が四4店舗、呉服屋、アクセサリー・雑貨店の6店舗がまとめて撤退。3階からはユニクロの周囲にあったレディス・メンズファッション店が6店舗、その他にアクセサリー店や駄菓子屋などあわせて8店舗が店を閉めた。
ダイエーに続き店舗撤退止まらず 下関駅前のシーモール
1月中旬にかけて、ライバルである駅前のシーモール下関ではクリアランスセールが実施された。2~3割引どころか5~7割引をうたう店舗も出てくるなど冬物在庫の処分セールとなった。午後3時過ぎから1時間限定のタイムセールに突入すると、法被を着てプラカードを掲げた店員が各所にあらわれ、メガホンで叫ぶ。廊下に出てきて客引きをするショップ店員も「こちらにある商品、すべて70%OFF!」「あと○○分でタイムセール終了です。今がお買い得です!」等等フロアに響き渡るよう大声で呼びかける。脚立に登り、片手に垂れ紙をかざしてメガホンで叫ぶ店員まで出てきて、さながら水産市場の競り場かと思うような喧騒だ。各店舗の本気さをうかがわせた。
シーモールからも店舗の撤退が相次いでいる。消費者が北九州に流れていたなかで、さらにイズミ・ゆめシティとの競争激化で客足が二分。シーモール内にあった無印良品がゆめシティに引っこ抜かれたりと、「共喰い」現象が起きている。3階のメインフロアにあった無印良品に加えて、2階玄関口に臨時出店していた東急ハンズのトラックマーケットも、約束通り1月いっぱいで終了。好立地で集客力があるはずなのに、空洞化に待ったがかからない。その他、小さな店舗も2~3店が閉店することになっている。
1昨年には東側部分の地下から3階までを占めていたダイエーが32年の歴史に幕を閉じて撤退。管理する下関商業開発が奔走してサンリブやドラッグストアのマツモトキヨシ、ファッションセンターしまむら、ユニクロ、ABCマートといった全国チェーンを誘致して、なんとか“幽霊屋敷”化は免れた。専門店街でも空洞化した部分に家具アウトレット専門店が出てきて、ベッドやソファー、タンスをふんだんに並べてスペースを埋めるなど、工夫が施された。1階では喫茶店が撤退した場所にサンドウィッチのサブウェイが出店するなど、ゆめシティと重なる全国チェーンも多い。東大和町側のベスト電器が撤退した跡地も空洞化したままだ。
ここで、ただでさえ空き店舗だらけになろうとしているのに、150億円を投じた「下関駅にぎわいプロジェクト」がごり押しされ、JR所有の駅ビルやシネコン誘致といった商業施設の拡大路線を突き進んでいることに、「バカじゃないのか?」と呆れる声が高まっている。
駅ビルの1、2階部分にはJR西日本系列のケンタッキーのほか、広島駅に出店している資本をJR西日本が引っ張ってくるといわれ、これまであった名店街の地元商店は立ち退きを迫られてきた。シーモールに移った店舗もあるが、「こんなはずじゃなかった…」とテナント料の高さに頭を抱えていることが話題になっている。現状維持すら困難なのに大型商業施設ばかり増やして、全国チェーンの集積地、草刈り場になろうとしている。
テナント関係者の男性は「MCSにしてもあれほどの人間を首切りしたら、購買力がなくなるのは当然だ。リーマン・ショック以後の変わり様は年年ひどくなる一方。どうなるだろうかと恐ろしくなる。シーモールも平日の夕方になると公務員ばかり目につく。いまにぎわっているのは百円ショップやアウトレット、スーパーでは激安を売りにしているトライアルで不況業種だ」といった。