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長生炭鉱で初の日韓合同潜水調査 困難乗りこえるため深まる絆 遺骨発掘へ一歩ずつ 政府は国家事業として動け

(2025年4月4日付掲載)

海底炭鉱である長生炭鉱坑道で潜水調査をおこなう日本と韓国のプロ・ダイバーたち(4月1日、宇部市床波)

 山口県宇部市床波にある長生炭鉱で83年前に起きた水没事故で犠牲となった183人(うち136人が朝鮮半島出身者)の遺骨を発掘し返還するための3回目の潜水調査が4月1日から4日間の日程でおこなわれた。実施したのは「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」(共同代表・井上洋子、佐々木明美)。今回は、初の日韓合同調査となり、韓国人ダイバーの金秀恩(キム・スウン)氏、金京洙(キム・ギョンス)氏、日本人の水中探検家・伊左治佳孝氏が2日間にわたり坑口から潜水調査をおこなった。この調査に向けて3月19日から地元のダイバーらによって、沖側のピーヤ(排気筒)内部の障害物を取り除く作業もおこなわれた。ピーヤ内部には、長さ5㍍、重さ100㌔を超す鉄管が複数見つかり、それらを引き上げる作業が困難を極めている。共同代表の井上洋子氏は、「遺骨収集は私たちが考えていたよりも厳しい現実にあたっているが、今回も人の手で一歩一歩前に進む。今後も続けていくが、財政的にも技術的にも国が出なければ解決しない問題だ。4日間を通してご遺骨に近づいていく努力をし、現実を直視しながら、必ず国が乗り出すような動きを作り出していきたい」と訴えた。潜水調査は韓国と日本から遺族6人が駆けつけ、多くの人が見守るなかでおこなわれた。

 

行く手阻む堆積物の除去が難航

 

ピーヤから引き上げられた鉄管。潜水調査を阻む堆積物の一つ(2日)

 韓国から訪れた楊玄(ヤン・ヒョン)遺族会長は、潜水調査前に「83年前の水没事故で無念にも犠牲になられた方の遺骨を収集する歴史的な瞬間を共にしている。犠牲者たちの尊厳を回復し、彼らの犠牲を歴史に正しく記録し残すことが私たちのなすべきことであり、日韓両国の未来志向的な面から見ても望ましいことだ」とのべ、日韓国交正常化60周年の年に日韓両国のダイバー3人による調査がおこなわれる意義深さを語った。

 

 さらに「これはスタートに過ぎない。今後、遺骨を収集して故郷へ返還するまでにはかなりの困難が予想されるが、必ず日本政府の責任で遺骨を収集して故郷へ奉還してくださることを、遺族として再度切にお願い申し上げる」とのべるとともに、「私の体は坑口の外にあったとしても、心はいつも坑口、坑道の中にある。自分はここ(長生炭鉱跡)に来て30数年だが、犠牲者たちは80年以上のあいだここにいることを考えると胸が詰まるような思いだ」と語った。

 

 井上洋子共同代表は、今回の調査が国境をこえて日韓共同でおこなわれる意義深さを強調しつつ、潜水調査実施に対し韓国から韓日議員連盟会長、韓国国会副議長、駐広島大韓民国総領事などから慰霊と激励の花が届いていることを紹介。「残念ながら日本政府は、国会の場では“哀悼の意を表す”といいながら一度も現場に来ていないし、お花すら来ていない。遺骨収集は私たちが考えていたよりも厳しい現実にあたっているが、今回も人の手で一歩一歩前に進む。そして必ず国を動かしたい」と挨拶した。

 

 日韓3人のダイバーは2日間、坑口からの潜水調査をおこなった。木材で塞がれている本坑道の265㍍付近から、側道に抜ける道の調査も含め、遺骨がある可能性が高いと見られる最深の330㍍付近に近づくための動線を探った。その過程で、当時坑道の配線に使われていたと見られる絶縁体の碍子(がいし)や石炭を持ち帰った。

 

2日間の潜水調査で見つかった碍子や石炭など

 韓国人ダイバーの金京洙氏は、「複雑な問題はいろいろあるが、183人があの坑道の中におられるならば、そのために手伝えることをしたいという思いで来た。ご遺骨の身元が1人でもわかれば韓国に戻してあげたいという思いだ」と語った。同じく女性ダイバーの金秀恩氏は、「とても意味のある活動に参加していると思う。今日は遺骨を探し出すという目標は達成できなかったが、坑道の中に少しでも抜けられる可能性を見出したいと思っている。私が必ずご遺骨を持ち帰ってお返ししてあげたいという思いでいる」と話した。

 

全国から僧侶も参集 命懸けの調査を見守る

 

慰霊のため船でピーヤや事故現場付近に向かう韓国の遺族たち(3日)

坑口で読経をあげながらダイバーの安全と無事を祈願する日韓の僧侶たち(1日)

 3人のダイバーが坑道内の潜水調査から無事に帰還し遺骨が収集されることを願い、初日には北海道、山口県(下関市、長門市、田布施町)、広島県、福岡県など日本各地の浄土真宗本願寺派の住職6人が駆けつけた。

 

 北海道の一乗寺住職・殿平善彦氏は、1970年代から民衆史の掘り起こし運動をおこない、北海道で戦時中に過酷な労働を強いられた朝鮮人、中国人、日本人を含むタコ部屋労働者の遺骨を発掘し返還する運動の先頭に立ってきた一人だ。2015年9月には、極寒の北海道で過酷な労働を強いられて亡くなり寺院に安置されていた朝鮮人労働者の遺骨115体を70年ぶりに韓国の遺族に届けた「強制連行犠牲者追悼・遺骨奉還委員会」の共同代表を務めている。殿平氏は「日韓のダイバーが身の危険をおかして長生炭鉱に眠る遺骨収集をしようとしている。私はそこに立ち合いたい」と思い、駆けつけたという。

 

 「戦後80年、あのときの強制連行の犠牲者の数は膨大であり、北海道で発掘された方々のご遺骨も、この海底に沈んでいる人たちも戦争の犠牲者だ。私たちは、このような犠牲のなかで戦後社会をつくってきた。政府や企業は調査・発掘し、追悼したり遺骨を届ける責任があるし、日本の市民にも責任がある。その責任の一端を担いたいし、身の危険をおかしてもやろうという潜水調査に立ち合いたいと思った。北海道でも炭鉱労働者の犠牲者が眠っており、すべての遺骨を地上に導き出すのは困難なことではあるが、諦めないその気持ちが大事。これは戦後、植民地支配の歴史をくり返さないために、若い人へ歴史として伝えていく仕事であると思う」と語った。

 

 下関市細江町の光明寺住職の泉哲朗氏は、2015年に北海道の遺骨奉還団を本堂に迎え入れ、追悼式をおこなっている。泉住職は、「全国各地に朝鮮半島から連れてこられた方たちのご遺骨がまだまだある。宗教者として、一人の人間として、この運動のなかに身を置かなければならないと思う。日本政府は南方の国々の遺骨収集や硫黄島にも行っているが、長生炭鉱のように日本国内に残った人のご遺骨はどうなるのか。あまりにもその扱いに温度差がありすぎる。調査して説明する責任が国にある。ここの遺骨収集は、国の予算や技術をもってすればできないことはない。やる気があればできる。ミサイルを買うなら、亡くなった方たちの遺骨収集や返還をするべきだと思う」と語った。

 

 潜水調査2日目には、韓国からも僧侶が訪れ、日本の僧侶とともに読経したほか、3日目には、遺族らが船で岸のピーヤ付近まで近づき、海に向かって献花した。楊玄遺族会長は「早く遺骨を収容して祖国に持って帰りたい。慰労して名誉を回復してあげたい」とのべた。祖父が事故で犠牲となった全永福氏は「(祖父は)若くして亡くなった。海の中でどれほど苦しかっただろうと」と涙ながらに語った。

 

 連日の潜水調査を地元住民をはじめ在日朝鮮人や全国の支援者が見守り、2日目には韓国からの訪問団のメンバーが『生命の海の涙』(李鍾日によって書かれた歌)を歌った。

 

 井上共同代表は、「前々回よりは前回、前回よりは今日、今日よりは明日と一歩一歩だと思っている。私たちが今、戦っているのは政府がいう(見えない遺骨は調査しないという)“現実主義”だ。私たちが今していることこそ現実に何ができるかを毎回毎回示している。毎日の一歩一歩が国を追い詰めていく力になっていると思う。今後ともダイバーの力を借りながら、ご遺骨収容に向けて全力で働きかけていきたい」と語った。

 

6月にも潜水調査 今月22日には政府交渉

 

調査で判明した沖側のピーヤ内部を描いた図。深部に多くの堆積物がある(刻む会提供)

 昨年10月、今年2月、4月の3回にわたる坑口からの潜水調査を経て、今後は沖側のピーヤから、遺骨がある可能性が高いと考えられている水深330㍍付近に迫っていくことになる。

 

 刻む会は、6月18、19日に再度の潜水調査を予定している。「まずは(ピーヤから)遺骨のある場所に行くためにさまざまな障害を乗り越えていく必要がある。鉄管が崩れてピーヤの下の方に落ちており、1日100万円のクレーン船を借りて、本格的な鉄管除去作業をおこなう」(刻む会事務局)としており、工事や調査に必要な経費を集めるためのクラウドファンディングへの協力を呼びかけている。

 

 また4月22日(火)の午後1時30分から衆議院第1議員会館国際会議室で政府との意見交換会「長生炭鉱遺骨収集へ日本政府は動け」をおこなう予定だ。

 

 刻む会は、「厚生労働省の人道調査室は毎年1000万円を超える韓国人徴用工の遺骨返還のための予算を計上しているが、数万円しか執行されていない。なぜ長生炭鉱遺骨収容を市民任せにするのか? ご遺骨が見つかれば、その返還に政府は関わらざるを得ないのにそれまで知らぬ顔なのか。見えない遺骨は本当に日韓首脳間の約束、政府間交渉の対象外なのか? 皆さん意見交換会に集まって!」と呼びかけている。

 

潜水調査を見守る市民たち(1日、宇部市床波)

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