(2025年3月5日付掲載)

下関市では老朽化校舎の多くが放置されていることが問題になっている。写真は勝山小学校
3月16日投開票の下関市長選告示(9日)まで1週間を切った。安倍代議士亡き後初めてとなる下関市長選で、現職の前田晋太郎(48歳、元安倍事務所秘書)は林派に取り入り、自民・公明・連合山口の推薦を受けて組織としては盤石な体制を敷いているものの、候補者や陣営がフル回転で友人知人に呼びかけたり、後援会員の獲得などに力を入れるといった選挙戦らしい動きは表面的には見えない。昨年末に無所属・新人の蘇丈喜(そ・たけき、33歳)が出馬を表明し、既存の政治勢力の枠外からの若手登場に期待の声が上がっている一方で、前哨戦はあまり盛り上がらず、「市長選があるの?」という市民が圧倒的多数を占める状況となっている。下関市長選は何が争点になっているのか、記者座談会で論議した。
だれもが感じるこの街の閉塞感…

現在までに立候補を表明している下関市長選候補予定者のチラシ
A 市長選告示まであと数日というところまで近づいているのに、表面的な動きがほとんど見えない。自民党系の地元企業には、安倍派・林派に全方位外交しているところも少なくないが、そうした企業のところにすら、前田晋太郎陣営から支援の要請もなければ、政策チラシやリーフレットも届いていない。つい先日も、いつもなら後援会集めに一定程度つきあっている企業から、「市長選は5月だったかな?」と聞かれて拍子抜けした。むしろ7月にある参議院選の自民党候補者の支援要請の声がかかっているそうだ。
たしかに、前田晋太郎の「希望の街へ。」という政策チラシが折り込みで投函されたくらいで、町中ではポスターもあまり見かけない。友田県議が選対本部長だそうだが、前田圧勝の選挙構図だから高をくくって節約選挙をしているのか、はたまた実務を取り仕切る者がいないのか、その辺はちょっとわからない。後援会員集めとセットのリーフレットも作っていないようだ。
B ただ、前田本人は得票を気にしているようで、落ち着きがないというかカリカリしていることが界隈で話題にされている。なんでも、2日にあった吉田真次(安倍後継を自称した衆議院議員)の国政報告会で、「投票率を上げて自分も承認されたい」というような挨拶をしていたそうだ。
確かに、前回(2021年)の2期目の市長選は37・52%という前代未聞の低投票率で、前田晋太郎は5万7000票余りの得票だった。今回、投票率がもっと下がった場合、「信任を得た」といえるものになるかどうかだ。若い新人に迫られでもしたら、組織ぐるみの総翼賛体制で挑んだ側は格好がつかない。
C しかし、どうなんだろうか。安倍派や林派が市長ポストをめぐって市民そっちのけで争奪戦を展開しているあいだに市民の政治離れ、選挙離れが進行して6割が棄権する街になっているが、今回は選挙に参戦してきた自民党支持者のなかですら、しらけた空気が漂っている。
もともと安倍派といっても前田晋太郎本人を支持しているかというとそうでもなかった。安倍代議士なり昭恵の「推し」だから従っていただけとか、仕事をもらうために協力していたとかいう人たちも多かった。安倍代議士が逝去した今、「別に前田晋太郎を応援する義理はない」といって引いている人たちも少なくない。なんなら林派に取り入った節操のない裏切り者として嫌悪感を抱いている安倍派だっている。
それで、「これからは林芳正の時代だ」ということで、県議たちに続いて前田も早々に林派に鞍替えして支持をとりつけたわけだが、林派の幹部たちが前田支持を決めたからといって、一般の支持者層まで浸透するわけではないようだ。某県議の新春のつどいで、林派企業として有名な地元企業の社長が「市長選は前田さんで」と呼びかけたのを聞いて、業者のように利害関係なく林派を支持してきた人たちは「どの口がいうか」みたいな空気になったという話もあった。だって、安倍夫妻が介入して林派の中尾友昭から市長ポストを奪いとるために据えたのが前田晋太郎であり、バチバチのたたかいをした相手だ。
「安倍さんがいなくなって、前田市長が林派に鞍替えしたからといって、一般の支持者の心情として、じゃあ前田さんを応援しようとはならないよね…」という人もいる。一言で林派といってもいろいろだ。

2017年の市長選。左が中尾陣営(林芳正)、右が前田陣営(安倍昭恵)の集会
B 一般の林派としては燃えるものがなにもない感じだ。対抗馬の蘇丈喜は、いわゆる野党でもないし既存の政治家でもないから、なんなら「若い子に頑張ってほしい」みたいな気持ちもありながら、一応派閥の決定で「前田支持」ということになっている――という表現が近いだろうか。林派として自前で候補者を擁立せず、萩市長選や長門市長選のような安倍vs.林の構図にはしたくないと日和った幹部たちについて「情けない…」という人だっている。「なぜ安倍事務所上がりの前田晋太郎を林派のワシらが応援しないといけないのか」という思いが渦巻くのも無理はない。しかし、林派の企業関係には林事務所から選挙要員を出せとかの指示もおりている。前田晋太郎は今度は林派のふんどしで相撲をとるのだろうか。
A 市議会では、2月議会最終日の議長選で、議長に林真一郎(みらい下関)、副議長に板谷正(同)が選出された。どちらも会派合体前の「志誠会(林派)」出身で、今回の選出について「やっと純粋な林派がとった」と感慨深く語る人たちもいる。安倍晋三が生きていたころは、最大会派だった「創世下関(旧安倍派)」によって干されてきた経緯があるからだろう。安倍晋三亡き後に「みらい下関」と「志誠会」が合体し、「みらい下関」という最大会派になって、前回議長選(2023年)は「創世下関」を排除して公明・市民連合と組んで香川議長、安岡副議長体制を構築していた。そしてついに念願の純・林派体制ができたということなのだろう。
端から見ると自民党内のポスト争いってすごいな…という感じではあったが、このたびは「創世」とも話がまとまったようで、常任委員会の委員長ポストなども自民・公明で仲良く分け、これまで頼りきっていた「市民連合」を排除しているところをみると、議会のなかで「自民党安泰」という体制をつくり、一枚岩(であるかどうかは不明として)で市長選に臨んで行くのだろうとも思える。
B そんなこんなで前田晋太郎は自民・公明、連合山口(労働組合)の推薦を受けているほか、農協などの既存組織も現職支持で動くことを決めたといわれる。組織的に見れば圧勝の構図だ。しかし、何度もいうようだが圧倒的多数の市民は蚊帳の外だし、市長選挙があることすら知らず、冷めた目で見ているというのが実態だ。
人口は20年で6万人減 旧郡部はより深刻
C 本紙でもこの間とりあげてきたが、小・中学校の老朽校舎が限界を迎え、子どもたちの命にかかわるような状態で放置され続けていることや、物価高のなかで市民生活が厳しさを増していることなど、市政として向き合うべき課題が山積しているなかで、前田市政について「このままでいいのか」という思いが世論の底流には流れている。それは自民党支持層も含めた話だ。これほど生活なり経済が厳しさを増しているなかで、「いったい前田はなにをやっているんだ」という声は支持者の方が強いようにも感じる。
A 市役所の中でも政策の優先順位が違うという思いをかなり耳にするようになった。市民の目から見てもあからさまに一部にだけ予算が投じられていることがわかるから、実務を担う職員からすると切実なんだろうと思う。「市長が2期目で優先したかったのが火の山(60億~90億円規模)であって、学校施設の更新ではなかったという話」と指摘する人もいた。バブル期に整備された公共施設や上下水道などの公共インフラが次々に老朽化して、更新時期を迎えているし、福祉、介護、住宅、子育てなど、市民のニーズは多様化して、公共の役割は大きくなる一方だ。だが、前田市長の目玉政策を実現するために、「金がない」と蹴られていく。職員としては市民との板挟みだ。
B しかも、前田が次から次に開発事業をぶちあげるから、予算だけでなく技術者もそこにとられて、インフラや公共施設の維持管理など、地道だけど必要な分野への人員配置も後回しにされて、職員一人の負担も増すからチェック体制もままならない状況があるようだ。前田市長の影にいる政策顧問(市退職OB、現・会計年度任用職員)の存在も当初から疑問視されているが、若手の技術職員がどんどんやめていく背景には、いびつさというか、トップダウンに振り回されていることの影響もあるのではないか。「市民の役に立っているという実感ややりがいがなくなったら、残るのは今だけ、金だけ、自分だけ。給料や待遇がいいところに転職していくことになるのだ」と指摘するベテランもいた。
C 「安倍晋三のお膝元」だった30年のあいだに下関の人口減少は猛烈な勢いで進んできたし、今も進んでいる。2005(平成17)年の合併時に瞬間的に30万人に迫ったが、今年2月1日現在の人口は23万9734人だ。2035年には20万人台になるともいわれている。ある小学校はここ5年ほどで児童数が半分ほどになったといっていて、そんな状態を日々目の当たりにしている学校現場は「将来が恐ろしいほど人が消えている」といっている。全国どこも人口減少に頭を悩ませているし、下関だけの問題ではないが、全国トップクラスで進んでいることについては、市政の舵取りを任されてきた歴代トップたちは向きあうべきだろう。
A 人口減少でいえば旧郡部はとくに悲惨だ。豊北町では去年1年間で生まれた赤ちゃんが6人なのに対して、火葬件数は200件前後だったという。すごい勢いだ。農家や漁業者がますます高齢化して担い手がいなくなっていて、「個人では田畑の管理ができないから、動ける人でカバーしていこう」とつくった集落営農法人も存続が危うくなっている。広い農地を維持管理する実働部隊が、高齢化で一人、また一人と抜けていくからだ。
下関市の農家支援策のなかで出されていたが、この1年間で、酪農・畜産が5軒、農家が300軒減っている。国のデータだが衝撃的な数字だ。漁師だって同じだ。新規就農・ニューフィッシャーのための制度が整っていたとしても、それは単なる入口の制度にすぎない。この20年弱で北浦沿岸の漁業者が7割減になっているのも、漁業で生活できないからだ。本業の漁師たちが生活できないのに、ニューフィッシャーが簡単に自立できないのは当然で、5年間の支援期間が過ぎたら辞めていくニューフィッシャーも多い。わずかに残っている人もいるが、多くが生業として成り立たないから去っている。こうした産業政策も放置されたままだ。角島などを「ロケーションがいい」といって観光の売りとして利用するだけで、そこに暮らす人々の生活には目が向いていないことを住民は感じている。
C 農業・漁業など産業政策は国策によるところも多いし、ここで踏み込むことはしないが、第一次産業が基幹産業の旧四町は、住む人がいなくなって、スーパーも、病院やガソリンスタンドもなくなって、それを補ってきた支え合いも、住民の減少によって成り立たなくなりつつある。豊田町で中心部の商店街地図になくなった店舗を記録している人がいるが、合併後の20年で50件近くの店名に付箋が貼られていた。地域コミュニティが失われるはずだ。高齢者の介護事業も成り立たない。
老朽化校舎は後回し 火の山開発に90億円

下関市立大学看護学部棟の竣工式での前田市長(左から3人目、3月2日)
A そんな現状のなかで、宝島社の「住みたい田舎ベストランキング」(人口20万人以上)の総合部門、子育て世代部門、シニア世代部門で1位をとったといって、前田市長がインスタグラムで喜んでいる姿を発信していて「なんだかな…」と思っている市民も少なからずいる。表向きのランキングと実態が乖離しすぎているからだ。タイトルで誤解されやすいが、そもそもこのランキングは、あらかじめ用意された質問項目に自治体自身が回答したアンケートが採点基準なので、その根拠は他人の評価ではなく自己評価だ。
B 昨年も「シニア部門」で1位をとったと喜んでいたが、たとえば「下関市の魅力」として紹介されている一文を見ると、「飛行機や鉄道、船と交通網が発達しており、まちなかでは車がなくても快適に生活できる」とある。「まちなか」が市内のどの地域にあたるかは不明だが、「車がなくても快適に生活できる」と思う市民がどれだけいるだろうか。市内中心部であってもバスが1時間に1本あるかないかのところもある。運転手不足でバス路線が維持できず、この数年は減便続きで市民生活はかなり不便になっているのだ。下関駅でも夜9時を過ぎるとバスがないと大話題になった。郊外では夜間にタクシーを拾うどころか呼ぶのも一苦労だ。下関において交通網の整備は大きな課題だ。「車がなくても快適に生活できる」なんていえば怒る市民も多いのではないか。
別にランキング1位をとって悪いとはいわないが、そんな点数稼ぎにいそしむ余裕があるのだったら、向き合わなければならない課題は山積している。
観光開発にしてもそうだが、一部の目立つところは大金が注がれて表面上は華やかだが、一歩町の中に踏み込むと市民生活の場は荒れ放題。ランキング1位について「僕の実績!」と自慢されても、実態は衰退の一途ではないか。「下関はこのままで大丈夫か?」という意識は市民のなかで強い。
C 今の下関の現状は、安倍晋三体制のもとで江島(安倍派)、中尾(林派)、前田(安倍派→林派)とバトンタッチされてきた30年にわたる下関市政の産物であって、前田市政八年だけの結果ではない。だが、前田とてしっかり下関市政の悪癖を受け継いで、星野リゾート誘致に関連してあるかぽーと開発や唐戸市場周辺、火の山、下関駅前などの大規模開発なり箱物に巨額の税金を投下しつつ、市民生活に身近なものは「金がない」といって削ってきたのだ。下関市政の特徴としては、道楽とかイベント趣味みたいなものが歴史的に強く、「人を呼び込むためのお祭りばかりしている」という評価は昔からある。
A 学校の老朽化問題について市議会で、「エアコンだって県内で最初につけたし、トイレも改修してるじゃないか!」「学校だけにつぎ込めると思ったら大間違いだ!」などと前田は憤慨していたが、エアコンなんて今の時代、当たり前の設備だ。設置したのはいいことだが、それをもって学校施設の老朽化問題を指摘するなというのは論点のすり替えにほかならない。むしろみなが「今、火の山に90億円もつぎ込めると思ったら大間違いだ!」といっているのだ。
若手新人の参戦歓迎も どこまで受皿になり得るか
B 本来、次の市長をだれにするか決めるのは有権者だ。だが、下関では安倍事務所や林事務所にお墨付きをもらった者が市長になり、あるいはその代理戦争で勝ち抜けた者が取り立てられて、支配的地位に収まるという時代が続いてきた。その政治構造のもとで「だれがなっても同じじゃないか」「安倍派も林派もやることは同じ」という市民の政治離れ、選挙離れを生み出してきたし、それが下関の活気のなさの結構な要因でもあると思う。
今回、安倍派でも林派でもなく、元市議でもないし、野党でもないというスタンスで33歳の若手が出てきたものだから、前田界隈も気持ち悪がっているという話だが、誰も出てこないくらいなら若い子が閉塞感を破って思いっきり選挙戦をたたかったらいいと歓迎する声もある。
C 蘇丈喜について、受け止めが新鮮なのはその政治構造に嫌気が差してきた市民が多いからだろう。最近、市内全域にチラシが出回っているようで「家にチラシが届いていた」という声はあちこちで聞くようになってきた。マスコミを通じて会見を見たり、街頭に立っているのを見たという声も各地であるようだ。大人たちのなかでは、「どんな人かは知らないが、若い者が腹をくくってやろうということなら応援したい」「いい度胸じゃないか」「話を聞いたけど真面目な印象を受けた」「横柄さがなく好印象だ」といった前向きな声も多い。一方で認知度は乏しいために「いったい何者なの?」という声も多い。
A ある農業者は、蘇丈喜の記者会見の報道を見て、「彼が海外経験などを経て、“日本人は世界的に見てもすごく頑張っている。頑張っている人が報われる社会、下関にしたい”といっていたことに共感した。これまで自民党政治によって、農業が厳しいのは農家個人の努力が足りないのだ、という社会がつくられてきた。しかしそうではない。今になってコメが足りないなどと大騒ぎになっているが、このような社会にしてきたのは誰なのか。生産現場で働いている者が食べていけない社会の方がおかしいと思いながら頑張ってきた。若くしてそういうことを語れることだけとっても、現職とは大違いだ」といっていた。
C 市民にとって政治のあり方が生活に直結する問題だということが、かつてなく実感されているのが今の時代ではないだろうか。長らく「お金がないのは努力が足りないからだ」という自己責任論がはびこってきたが、努力しても金は金持ちのところばかりに流れていって、みんなの生活はよくならないどころか、物価高でコメを買うにも苦労するような社会になってしまった。生活の厳しさが個人の努力不足ではなく、社会構造なり政治構造につながっていることをみなが実感している。なんとなく、これまでの政治構造の外側から出てきた蘇丈喜に期待の声が上がっているのも、そういうあらわれでもあると思う。
B ただ、若さと勢いだけでは選挙は勝てないのも事実だ。今の市政がおかしいということは多くの市民が感じているところだが、なんせ情報がなく、まだ蘇丈喜が何者なのかわからず、どんなことを訴えているのかもあまり知られていない。今まで選挙にかかわってこなかった若い世代が若干動き出している空気はあるものの、どれだけ直接訴えを広げ、市民の切実な思いを掘り起こすことができるかだろう。常識的に考えて前田圧勝の選挙構図のなかで、どのように有権者の世論が反映するのかが注目される。

老朽化した外壁が剥がれ、コンクリが剥き出しになっている校舎(下関市・安岡小学校)
下関出身の県外在住者です。
引退後は下関に移住したいと思っていましたが、長周新聞による下関の現状を知ると、
果たして下関で老後を暮らすことができるのかと不安になっています。
ご指摘のように、ここ30年の下関の衰退は、帰省するたびに実感しており、
そろそろ昭和の政治は終わりにしてほしいと思っています。
今回の市長選、蘇さんに期待はしていますが、何分情報が少なすぎるので、
選挙権のある方でも、判断に困るのではないかと思いました。
杉並区をはじめ、全国では政治経験がなく、所属団体のない首長が誕生してきています。
下関もそろそろ住民に寄り添った首長を選ぶ時期ではないでしょうか。
そもそも、投票率が低すぎるのが気になりますが、前回に比べてここ数年の経済的環境の変化から、
選挙権をお持ちの方も選挙による市政への期待が変化しているのでないかと思っています。
下関を魅力のある街へ再生してくれるよう、住民の皆様のご判断を期待しています。
では、これからも長周新聞の市民目線での報道をお願いいたします。