国内最大級の洋上風力発電の建設に反対している下関市の住民と病院関係者は28日、山口市の山口県庁九階にある環境生活部に出向き、村岡嗣政山口県知事に対して「安岡沖洋上風力発電事業に反対する要望書」を提出した。下関市民の風力発電建設反対の住民運動は、6月22日の650人のデモ行進以降、全市・全県に大きく広がっており、そのなかで初めての県知事に対する要請行動となった。
9月23日のデモ行進に大合流を
要望書を県知事に提出したのは、りゅう呼吸器科内科理事長の劉震永氏を代表に、安岡病院理事長・斎藤正樹、下関病院理事長・水木泰、野村病院理事長・野村道次、江藤病院理事長・江藤澄哉の5氏で、この日の行動には住民や病院関係者八人が参加した。県側は県知事や副知事はあらわれず、環境生活部環境政策課の才本光穂課長ら5人が対応した。
要望書は、前田建設工業が安岡沖に4000㌔㍗×15基・総出力6万㌔㍗の風力発電建設を進めていることに対して、「洋上風力発祥の地・欧州では、陸域より10㌔㍍離すのが一般的であるなか、安岡地区は住宅地からわずか1・5㌔㍍の近さで建設され、5㌔圏内には安岡・川中・吉見・勝山地区等の約8万人を擁する市街地を含むという、国内外で例を見ない非常識な立地条件となっている」「このような暴挙ともいえる事業計画から、人情豊かで、自然の素晴らしい郷土を守るべく、下記の理由により、下関市安岡沖洋上風力発電事業に不退転の決意で反対している」として、次の4点を挙げた。
①住民の同意が得られていない。事業計画の理不尽な実態が地域住民に知らされるにつれて建設反対の声は大きくなり、現在、建設反対署名は6万5000筆に達している。下関市長宛ての建設反対陳情書が地元自治会や各職域の関係団体からも提出されるなど、今や建設反対は地元民の総意となっている。
②自然環境・漁場等の喪失。建設地域は西側に明媚な自然海岸が開け、市民憩いの場の海水浴場などであるとともに、沖合の浅瀬は良質な藻場として磯物の宝庫である。ここで風力発電の建設が進めば、漁場は失われ、漂砂現象、海流の変化等により海浜は荒れ、市民自慢の夕陽は耐え難い風景に一変する。
③低周波音等による健康障害。国内外に数多くの健康被害状況の事例があり、日弁連は低周波音の健康被害を防止するに足りる新たな規制基準を早急に制定すべきとの意見書を公表している。国は安全基準の確立に向けた調査、研究の最中である。事業者サイドの環境アセスでは、このような疫学的な見地からの調査はされていない。
④居住環境の破壊、資産価値の減少、地域の衰退。当市街地は、その居住環境の良さから近年急速にベッドタウンとして発展した地域で、市内でただ一つの小学生増加地域でもある。しかし、事業計画が発表されるや、不動産売買の取引ストップ、若い人の移転問題などが起こっている。地域人口の減少、地域経済への悪影響、地域の衰退が危惧される。
そして以上の理由から、山口県知事に対して、①安岡沖洋上風力発電事業に反対する表明をおこなうこと、②安岡沖洋上風力発電事業に係る公共水面利用に対し、不許可の決定をすること、を強く要望した。
参加した住民は、「低周波による健康被害は下関の中心街に及ぶことが予測できる。また、水産業で成り立っている下関は漁場自体がだめになり、人口は減り、それが山口県全体の衰退に結びつくことを危惧(ぐ)している」「県知事は地方産業の振興をうち出しているが、山陰海岸はアワビ、サザエ、海藻類の宝庫であり、沖合では長門から漁業者が来てイワシをとっている。風力発電建設はこうした地方産業の壊滅にもつながる大きな問題だ」「これからの世代のことも考えて評価してほしい。風力発電建設で病院の存続は脅かされ、私たちは命がけで反対している。業者をとるのか、反対署名に協力してもらった6万6800人の住民の意志をとるのか、県知事はしっかり判断していただきたい」と強く申し入れた。
これに対して県側は、「県の立場として、事業者が環境アセスを終えて準備書を出した段階で知事意見を出すことにしている。今は環境アセスの調査中であり、見解を出せる状態にない」という発言に終始。住民が「環境アセスは前田建設がおこなうものであり、企業に有利なものになることは明らか。県は方法書について“住民の理解を得て”といっているが、それはどのように実現されるか。地方自治の考え方からして、住民の反対意見をどのように汲むつもりか」と問いただすと、「それは環境アセスのやり方について住民の理解を得てやりなさいということであり、建設について住民が理解しているかどうかは関知しない」「県知事は環境アセスにのみ意見をのべる権限がある。許認可は経済産業大臣がおこなう」とのべた。
住民と県との交渉が終わったあと、本紙は才本課長に「今回、窓口になった環境政策課は、“風力発電建設に反対する署名簿を同時に提出するなら、要望書の受付、受理はしない”と要望書提出者に伝えたと聞く。県民が集めた何万人もの署名簿を県が受け取らないという話は聞いたことがないが、それはなぜか?」と聞いた。すると才本課長は「県の役割は環境アセスを審査することだけで、住民が賛成とか反対とかいうことは評価の基準にならない。だから受け取れない」と答えた。
また本紙が「署名簿を受け取らないというのは誰の判断か。担当課か、それとも村岡県知事か?」と聞くと、「課としての判断だ」と答えた。こうした重要問題を一つの課独自で判断したという発言にも驚かされるが、「それでは他の課に持っていけば受理するのか?」と聞くと、才本課長は「県としては受け取らないだろう」と答えた。
「事業者のやることで、県はアセスに意見がいえるだけ」という第三者面を貫く作戦のようである。上関原発については「地元の政策選択を尊重し、国のエネルギー政策に協力する」といって中電に許認可を乱発し、水面下では漁協の裏工作などみな請け負っていたのが県当局である。今回の風力問題についても建前上、第三者に身を置いている。しかし、連日の下関市内の状況について鵜の目鷹の目で下関市環境部に電話を入れ、逐一情報収集しているのも県当局・環境政策課である。
「安倍利権」の声広がる 下請化する地方行政
安岡洋上風力発電は全国でも例がない規模での洋上風力の立地であり、経済産業省肝いりの国策である。その事業を直接請け負っているのは前田建設工業で、国に右へ習えで前線要員として連携しているのが村岡県政、中尾市政である。大多数の住民が反対しているのに、意見を受け付けること自体を拒絶し、「私たちは第三者です」ととぼけている。地方自治精神を発揮して、住民の生活を守るために機能しなければならない自治体、地方行政が、大企業なり国策の道具として動いていく姿を暴露している。
同じ日に下関市では、関門港湾建設が前田建設工業と学者の講師を呼んで、傘下の企業に動員をかけ、安岡沖洋上風力発電の説明会をおこなった。いわば推進勢力の認識一致大会である。関門港湾建設といえば、安倍代議士のパトロン企業として急成長を遂げたマリコンとして知られ、北九州・若戸大橋の下で建設中の海底トンネル工事や西日本一帯の港湾工事(東亜建設工業を排除した)を独占していることで知られている。東日本大震災の復興利権でも大船渡市の護岸整備はじめ大いに食い込んでいる。ODA利権ではトルコのボスボラス海峡の下を走るトンネル工事に大成建設の傘下として加わるなど、政治とつながることで今や世界の関門港湾建設にまでなった。前田建設工業が依拠する地元の権力として関門港湾建設が登場したことで「やっぱり安倍晋三の利権じゃないか」という声が一気に広まることとなった。
今年4月、安倍政府の判断によって、洋上風力発電の買取価格を1㌔㍗時あたり22円から36円に上げた。そして洋上風力が計画されているのは全国的にも少なく、首相の地元が突破口である。首相率いる政府が買取価格を上げて事業者はボロ儲けが保証される。両者がどのような関係なのか、キックバックはないのか疑われても仕方がないほど、やっていることが露骨である。
下関が再生可能エネルギーのモデル都市となり、大企業の儲けのために住民がモルモットにされ、生活が脅かされることに大多数の市民は黙ってはいない。6月22日、川中地区でおこなわれた風力発電反対のデモ行進は650人が参加して大成功を納め、その後、風力発電に反対する運動は全市・全県に大きな広がりをもって発展してきた。
全市・全県へ運動波及 北浦の漁業者も合流
反対署名は地元安岡・綾羅木地区から市内の中心部や郡部にも広がり、一つの職場で全従業員やお客を巻き込んで数百の署名が集まるなど、総数6万7000筆となっている。住民大多数の風力反対の声に押され、当初は態度表明を渋っていた地元・安岡連合自治会(5300世帯)が圧倒的多数(反対=29自治会、賛成=2自治会)で反対決議を上げ、市や前田建設に申入れをおこなった。また、山口県病院協会(木下毅会長、135病院)が山口県商工労働部と山口県議会に対し、反対する要望書を提出するなど、住民の命と健康を守る使命に立った医師たちの行動もますます活発になっている。
22日には前田建設工業が闇夜抜き打ちで夏の環境影響調査を始めようとしたが、住民たち約50人が急きょ集まって深夜まで激しく抗議し、安岡・綾羅木・吉見・垢田地区合計11カ所すべてで環境調査を中止させ、測定機器を撤去させた。
さらに北浦の漁師たちの行動が熱を帯びてきた。安岡沖で操業している山口ながと抄棒受網組合(湊・野波瀬・通・仙崎・黄波戸・掛渕・久原・久津・津黄などで構成、船主と乗組員あわせて約100人)が23日に臨時総会を開き、安岡沖洋上風力発電に反対することを全員一致の強い意志の下に決定した。27日には豊北町角島の棒受組合も反対を決議、連携して反対行動を盛り上げようとしている。
きたる9月23日には、安岡沖洋上風力発電建設に反対する会が呼びかけて、下関市細江町界隈の中心市街地で1000人規模のデモ行進をおこなうことが予定されている。この間発展してきた各界各層の運動を大合流させ、漁師は大漁旗を持って参加するなど、大いに工夫をこらしてアピールすることが求められている。一部では運動の盛り上がりを受けて「もう洋上風力は建たないだろう」と意図的に振りまく人人があらわれている。しかし前田建設工業は環境調査のごり押しをはかり、安倍派重鎮の関門港湾建設が下請にネジを巻くなど引き続き推進側の動きは積極的である。力ずくで押し切ろうとする国策に対して下からたたかう力を強めて連帯の輪を広げ、全市民、県民の力を見せつけることが待ったなしとなっている。住民生活などどうなっても構わず、もっぱら大企業や政治家だけが懐を肥やすような政治の象徴として見なされ、それに対する運動も俄然熱を帯び始めている。