宇部市床波で82年前に起きた長生炭鉱水没事故で亡くなった183人(うち136人が朝鮮半島出身労働者)の遺骨発掘と返還を目指す「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」は25日、長生炭鉱の海上遺構であるピーヤ(排気・配水筒)からの潜水調査に着手した。
潜水調査を担当したのは、大阪在住の「水中探検家」である伊佐治佳孝氏(35)。昨年12月8日に「刻む会」と韓国の遺族たちが参加した初めての政府交渉の模様をYoutubeで見て、水没事故と遺骨発掘、返還のための活動があることを知った。政府が「長生炭鉱は海底にあり、遺骨の位置や深度がわからないため発掘調査は困難」という見解を示していることを知り、この状況を一歩でも前に進めるために自身の経験や知識が役に立たないかと刻む会に申し出た。伊佐治氏は、12歳からダイビングを始め、これまでに南大東島の洞窟調査、沈没船の遺骨収集をはじめ、水深80㍍をこえる大深度から前人未踏の水中洞窟まで多岐にわたる探査を実践してきた経験を持つ。たとえダイバーであっても、このような閉鎖環境で潜水調査ができる特殊技能を持つ人は日本国内には少ないという。
伊佐治氏は出発前、「悲しい事故を悲しいままで終わらせないように、自分が何か一歩でも進めるために力になれたらと思う。ご遺族の方も亡くなられていくなかでタイムリミットも近い。時間に限りがあるなかで、遺骨の発掘に向けて一歩進んでいるのを見せられたら、少しでも(ご遺族の心は)安らぐのではないか」と思いをのべた。
今回の調査は第一に、ピーヤから入って坑道に抜けられるのかどうか、坑道内部の現状がどうなっているのかを確認することを目的におこなわれた。
午前7時半に宇部市床波漁港に関係者が集合し、床波漁協の漁師が出した作業船でピーヤに向かった。「刻む会」のメンバーが見守るなか、地元の久保工務店の協力のもとピーヤにビスを打ち込み、足場が組まれた。だがその後、高波に阻まれたため午前10時には作業を中止し、潜水調査は延期となった。
作業後、伊佐治氏は「ピーヤのコンクリの強度なども心配していたが、今日の作業のなかで足場を組めるほどの強度があることがわかった。凪になれば潜水作業は可能だと思う。気持ちを切らさず、近いうちに再調査をしたい」とのべた。
作業船を運転した地元漁師の男性は、過去に海に沈んだ爆弾処理作業にもかかわったことがあるといい、「自分は長生炭鉱事故の1年前に生まれた。小学生のときに、長生炭鉱で犠牲になった日本人労働者の子どもが同級生にいたことを覚えている」と話した。別の漁師は「遺骨があるためピーヤの周辺には近づかないようにしている」と語っていた。
この日は「刻む会」のメンバーや賛同者をはじめ、遺骨発掘と返還に向けた動きを伝えるために韓国のメディア関係者も参加した。「刻む会」の井上洋子共同代表は「韓国の直系遺族は92歳になる。少しでも早く遺骨発掘に向けて進みたい」とのべ、早期に次の日程を決めたいとした。
次回の調査は31日に予定している。