いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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ちょっと待った新病院建設 下関市の病院統合・再編構想 医療関係者・市民含め熟議を

幡生ヤード跡地の新病院建設候補地(下関市)

 下関市は、下関市立市民病院と下関医療センター(旧厚生病院)を統合し、幡生操車場(幡生ヤード)跡地に新病院を建設する計画をうち出している。4つの総合病院が集中する下関市(とくに旧市中心部)は歴史的に医療面で比較的恵まれた地域だったといえる。だが、国の病床削減計画に端を発して病院再編計画が浮上し、急速に進む少子高齢化と人口減少、医師確保といった課題があり、4病院ともにその必要性を訴える状況に陥っている。しかし、市民はほとんど知らない状態のまま計画が進み始めようとしており、統合する2病院以外の関係者からも「ちょっと待ってくれ」という声が上がっている。市民や関係する医療機関、地域医療の末端を支える診療所など、多くの関係者を巻き込んで熟議したうえで、どんな病院をつくるかの基本構想を確定することが必須であり、このまま突っ走ればむしろ市民の健康を支えている医療関係者のなかにも亀裂をもたらしかねない。市民的な議論を喚起することを願って記者座談会で論議した。

 

背景にコロナ後の患者減や医師不足

 

 A 昨年12月13日に「新下関市立病院基本構想検討委員会」の第1回目の会議が開かれ、ここで下関市立市民病院(向洋町)と下関医療センター(旧厚生病院、上新地町)の2病院を統合し、新病院を市が建設すること、候補地をJR幡生駅に隣接する市有地の幡生ヤード跡地(約4・3㌶)とすることなどを盛り込んだ基本構想の素案が示された。四病院の院長のほか、医師会や自治連合会、連合山口などの代表者が集まった会議だ。しかし、病床規模が未定のままであること、今まで市立市民病院と下関医療センターが持っていた診療科を基本的にひき継いだ形にするという構想について、残る2病院の方から「2病院を無視でやられるのか」と声が上がった。

 

 というのも、下関はそもそも人口減少が急激に進んでいて、患者数が減っているうえ、コロナ禍後に入院・外来ともに約10%程度減少していて、持ち直していないという事情があるからだ。これは全国共通の現象のようだが、その状況を踏まえてきちんと検討して新病院のあり方を定めないと、3病院が共倒れになる可能性があるという訴えだった。市民病院の報告を見ても患者数の減少は顕著で、2018(平成30)年と2022(令和4)年度で比べると、1日当りの平均入院患者数は34人減少していて、病床数を430床から376床に減らしても、稼働率は60%台で推移している状態だ。

 

  国の意図は病床数を削減して医療費を削減することだが、その指示を受けて各地域でつくられている「地域医療構想」は表向き「持続可能な医療体制をつくる」ことを掲げている。であるなら、市立の新病院をつくったはいいが、他の病院がつぶれてしまうという結果になるのは本末転倒だし、それは市民にとって大きな損失だ。病院統合は、学校統合以上に市民の生命や健康にかかわる問題だから、そんな声こそ真摯に受け止めて議論を尽くすべきだ。

 

 しかし、基本構想の検討委員会はたった2回だった。しかも最終の2回目の会議は、1回目で出た意見をもとに基本構想のなかの訂正した文言の報告が保健部からおこなわれて、「修正箇所に異論がなければ基本構想はまとまったものにする」と、シャンシャンで終わりそうになった。済生会の院長から、下関の人口動態や急性期の患者の診療情報など最新のデータを使って独自に試算した新しい病院の規模などを提案したいという意見が出されたが、「この会議は市民に情報公開して意見を聞き、議会に持って行く手続き上の会議」ということで、提案は差し止められてしまった。結局のところ「関係者にご審議いただきました」という形をつくるためだけの会議――という臭いがぷんぷんするものだった。2回目の会議は関門医療センターが欠席していたが、この会議でなにをいっても意味がないとみなしたのではないか?とも思える。

 

急浮上した2病院統合 市民病院と旧厚生病院

 

下関市立市民病院

下関医療センター(旧厚生病院)

  もともと、4病院再編の話が出てきたのは2015年ごろまでさかのぼる。当時の安倍政府が人口減少と少子高齢化を理由にして全国的な病床削減をうち出し、各地域で2025年に向けて「地域医療構想」の策定が義務づけられた。山口県の構想、下関市の構想といったように、各地域で議論が始まったのだが、下関市で大きな柱となったのが2次救急医療を担う4総合病院の統合・再編だった。

 

 国が旗を振った政策ではあるが、下関の医療現場の方でも、2004(平成16)年からの臨床研修制度の影響で大学を卒業した若手が都市部に出て行ってしまい、医師不足と医師の高齢化が進んで、当直や救急搬送の受け入れなどが逼迫しているという問題や、診療報酬が削減されたりして経営が厳しくなっているといった問題があって、「統合せざるを得ない」という見解で一致していったように記憶している【グラフ1】。

 

 山口県や下関市の医師の高齢化率は全国トップクラスになっている。この議論がおこなわれていた頃は、新専門医制度(2018年4月スタート)が始まる直前でもあり、「若手医師が魅力を感じる大きい病院がなければ来てもらえなくなる」といった焦りもあった。「下関医療圏地域医療構想調整会議」や「下関市医療対策協議会」などで、医療関係者たちが集まって議論がおこなわれ、2017(平成29)年に出された「中間報告」では、4病院を再編して、500床規模・医師200名体制の基幹病院を複数つくるというわりと大きい構想がうち出された。しかし、経営母体も医師を派遣する医局も異なる大病院を統合して、大きな病院を建設するのは簡単なことではない。議論がストップしているうちにコロナ禍を迎えたというのが今までの経緯だ。

 

 C それで、コロナが落ち着き始めた2023(令和5)年2月に、「4病院意見のまとめ」が出されて議論が再開された。これを踏まえて「調整会議」が同年3月に出した「第2次中間報告」では、とりあえず下関医療センターと市立市民病院を統合して3病院体制にし、そのなかで全体の機能再編を議論していくことや、新しい病院は他の急性期病院に悪影響が出ないよう、残る2病院を上回らない程度の規模にすること――といった内容がうち出された。

 

 事前の関係者の協議などはあったのだろうが、「3病院体制」というのは昨年決まったばかりの話であって、これから具体化していく議論が必要なのは明らかだ。だが、「第2次中間報告」が出たあとに、4病院での会議が一度持たれただけで、その後はとくに議論の場も持たれないまま12月に基本構想の発表になっている。そして先ほど話したように、その検討委員会すら形ばかりの2回のみで終わったというのが今現在の状況だ。検討委員会であれほど異論が出ていたので、事前の協議がどうなっていたのか保健部に聞いてみると、「書類を持って各病院を回った」と説明していた。

 

  どう見ても医療関係者のなかですら議論が尽くされたどころか、議論がおこなわれていない状態だが、保健部は4~5月にはパブリックコメントを実施し、6月に基本構想を完成させる予定だ。そして来年度に基本計画をつくり、2025(令和7)年度に基本設計などと粛々と進む計画になっており【図参照】、来年度予算案には基本計画を策定する予算などとして3650万円が計上されている。

 

 「急いでいるわけではない」といっているが、もっとも大事な基本構想までの議論を形ばかりで終わらせているところを見ると、あとは「決まったこと」として進んでいくのが目に見えるようだ。

 

交通手段を心配する声 とくに切実な高齢者

 

  市民はもっと蚊帳の外だ。「第2次中間報告」のパブリックコメントが昨年3月にあったが、寄せられた意見はわずか7件だ。同四月にあったシンポジウムには113人の参加があったものの、医療関係者や行政・議会関係者などを除くと市民は43人で、大半の市民は昨年12月の報道まで知らなかった。保健部は自治会に対して「要望があれば説明会をします」と伝えたということだが、実際に説明会が開催されたのは彦島(参加者58人)と豊北町(同32人)だけだった。

 

  彦島は、下関医療センターが近くにある唯一の総合病院で、受診している住民も多い。説明会が開催された昨年8月時点では、幡生ヤード跡地ということは公表されていなかったが、「病院への交通アクセスが悪くなることが心配だ」という声や「4病院を存続させてほしい」という声、「空論ではなく決まっていることを説明してほしい。交通アクセスも含め、わかりやすく納得のいく説明をしていただきたい。住民が安心できる内容を構想に入れていただきたい」などの意見が出ていた。とくに旧市内では各地域で同じような問題や意見はたくさんあるだろうし、「要望があれば説明する」ではなく、むしろ各地域で説明会を開催すべきではないかと思う。

 

  「医師の問題は、国、県をあげてとりくむべきものだから、医師の問題を再編・統合の理由にするのはいかがなものか」という意見もあった。たしかにそうだと思う。医療行政や医療機関のなかでは、人口減少=患者数の減少や医師不足の問題の側面から議論が進んでいるが、それは医療政策なり、経済政策なり、国の政策がもたらした結末でもある。「下関は病院が多い」といわれるが、病院が多いのではなく人口が減り過ぎたのだ。彦島だって昔は人口が5万人いて、水源があれば独立して市になろうかという規模だったのに、今ではわずか2万3000人にまで減っている。病院でいえば、彦島内に林兼病院だとか三菱病院だとか民間の医療機関もたくさんあったから、長い目で見ると、むしろ身近な病院が減ってきたというのが事実だろう。

 

  彦島は高齢者が増えているので、一番近い下関医療センターに行くまでにタクシーに乗るほかない人も多い。一人暮らしの人がいっていたが、下関医療センターに行くのに片道1500円、往復3000円かかるそうだ。市民病院まで行くと往復4000円だ。それにヘルパーさんについて来てもらうと30分1000円かかるから、1回の受診でタクシー代だけで5000~6000円が飛んでいく。治療で市民病院に3回通院した月はタクシー代だけで1万円をこえたとか。収入が限られている高齢者にとっては大きな出費だが、ほかに手段がない人も多いのだ。それは、豊北町になるともっとひどい。市民にとって病院統合という事実は、だれがどういい繕っても前進ではなく後退だ。

 

  ただ、医療の実態はかなり切迫したものがあるようだ。先ほどもいったように下関の医師の平均年齢は50歳をこえている。下関医療センターなどはどんどん診療科も減ってきている一方、市民の高齢化にともなって救急搬送は年々増加していて、受け入れができないケースも増加している。一番多いのが「処置困難」つまり、専門の医師がいないというケースだ。だから、救急車が患者を受け入れてもらえるまでにかかる時間も2017年には全国平均と同じくらいの40分だったのが、どんどん長くなり、2022年時点では49分までになっている【グラフ2】。

 

 年齢を重ねてくると当直もなかなか大変だそうで、若くて体力のある医師が必要だという。でも、そういう医師たちが長年、下関の医療を支えてくれているという事実は一般市民に知らせる必要があると思う。コロナ禍でも、ぎりぎりの体制のなかで分担しながら医療にあたってくれたおかげで、下関は医療崩壊に至らなかった。

 

 B 人口減少に加えて、コロナ禍後の患者の減少といったここ数年の急激な病院経営の変化も含めて、医療機関の側の実情も市民に知ってもらい、なぜ統合が必要なのか理解してもらう必要があるし、市民側からの必要性を行政や医療機関側が知って、どんな病院をつくっていくのか、統合するうえでどんな対応がいるのかという相互の議論をして基本構想を策定するべきではないか。保健部では交通アクセスの問題を解決できないなら、交通政策課とか総合政策部とかが一緒に出向くなど、庁舎内の各課を横断して検討したらいいと思う。

 

  だいたい、検討会議や調整会議の場に前田市長が姿をあらわしていないことにも驚きだ。市民みんなにかかわる問題であるのに、「からとはれて横丁」に行っている場合ではない。会議に参加もせずに、別のイベントでテレビに向かって「ここに新病院ができる!」なんていっていた。関係者は非常に神経を使っているのに、市長にその重みが感じられない。

 

 病院が一つなくなるということは、医師や看護師、その他のスタッフや委託業者など数千人の職場がなくなることも意味する。関係者にとっては大きな問題だし、「下関の活性化」というなら、市長が真面目に向きあって、よりよい方向性を導き出さなければならないはずだ。

 

  基本構想の検討委員会には、一応市民の代表の立場の委員も入っていたが、来年度の基本計画の段階で、病床規模や診療科の数など具体的な内容を決めていく工程には市民の代表は入らないそうだ。検討委員会でも意見が出ていたが、最新の数値をもって市民とともに熟議し、基本構想に市民の声を盛り込むことが絶対的に必要だと思う。

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