前田晋太郎下関市長が23日、下関市の安岡公民館で自身の市政報告会を開いた。前田市長はその場で、「安岡には風力発電は絶対につくらせない。だから風力反対の看板や幟、車のステッカーなどはすべてはずしてくれ」と発言した。この発言が今、安岡地区で大きな波紋を巻き起こしている。「前田市長は“風力反対の看板を子どもたちには見せられない”といったが、私たちは子や孫のために風力反対を頑張ってきたんだ」「昨年の9月議会で前田市長は“これからは風力推進に舵を切る”“豊浦町沖につくりたい”といった。よっぽど事業者との癒着が進んでいるのだろう」「風力発電の低周波による健康被害は、安岡でも豊浦町でも同じように出る。市長は市民を守る側に立つべきだ」と、あちこちで語り合われている。
こだわる意図が不明 疑われる業者との癒着
今回の市政報告会の案内チラシは、最初に前田晋太郎後援会から安岡自治連合会に持ち込まれた。しかし連合会の会議の場で「1年後の市長選に自治会が利用されるようなことがあってはならない」という意見が複数出て、「市政報告会」を「説明会」と書き換えて各自治会に下ろされた。しかし、後援会名義のチラシでもあり、全戸に回覧する自治会と、回覧しない自治会が生まれ、「市長の選挙運動なら行かない」という住民も少なくなかった。
そして当日、司会から市政報告会の開会が告げられ、安岡自治連合会会長とまちづくり協議会顧問の挨拶の後、宮野直樹市議が挨拶に立った。宮野氏は「市長が風力発電について自分の口からみなさんに説明をして安心していただきたいとの相談があり、この場をつくらせてもらった」とのべた。
続いて登壇した前田市長は、安岡地区複合施設、安岡小学校の校舎改築についてのべた後、安岡沖洋上風力発電について次のように発言した。
「私は市長選に立候補したとき、安岡沖洋上風力発電反対を公約としたが、現在風力計画は進んでいない。それは国が洋上風力の促進区域に関する法律をつくり、自治体の首長が手を挙げなければできない制度にしたからだ。安岡の海には絶対つくらせない。ただ、政府の脱炭素目標のもと、今後風力や太陽光はつくらないといけない。違う海でつくるとき、“前田市長は裏切って安岡につくるつもりか”と不安にならないでいただきたい。だから、風力反対の看板や幟、車のステッカーは安岡にはもういらないと思う。はずしていきませんか。子どもたちに見せていいものではない。外から安岡に来た人は不安に思う。安岡の景観にふさわしくない」
これに対して地元の男性が手を挙げ、「みんなが風力発電に大反対をしたのは、低周波が人体に健康被害を及ぼすからだ。それは他の地域に住む人にとっても同じだ。安岡の人間は、他の地域の人が健康被害にあってもかまわないとは誰も思っていない。市長はそのことをしっかり考慮していただきたい」と発言して、会場から拍手が起こった。
それに対して前田市長は、「下関でつくる場合、沿岸から10㌔離すことにしている」と応えた。ところが現在下関市豊浦町で動いている計画は、沿岸から最短2㌔の海域に、1万4000㌔㍗の大型風車を合計34基建てるもの(総出力は安岡沖で計画された規模の8倍)だと、事業者であるドイツのRWE日本法人が住民説明会で説明している。そして豊浦町出身の戸澤議員が同社社員を連れて秘書課に入るところも目撃されており、前田市長がそれを知らないはずはない。
参加した住民の声 看板は住民意志示す「お守り」
参加した住民に意見を聞くと、以下のような声が聞かれた。
「前田市長は自分が安岡の風力発電計画を止めたようにいったが、一軒一軒歩いて署名を集めたり、寒い日も暑い日も街頭に立って反対して、みんなの力で止めたんだ。それに反対の看板は子どもたちには見せられないといったけど、私たちは“自分たちは先が短いが、子どもや孫のために”と頑張ってきた。街頭活動に出てきたことがないので、みんなの苦労がわからないのだろう」
「“低周波の被害はどこでも同じ”といった男性の発言に共感した。安岡の運動が、自分さえよければいいという考えでやったんじゃないということをはっきりさせてくれた。市長は安岡につくらせないというが、前田建設は白紙撤回を表明しておらず、市長はそれをどう実行させるかの説明もしなかったので、なんの保証もない。それに、若い世代も反対の看板が迷惑だとは思っていない。風力をつくらせないために残してほしいといっている。今回の発言で、もっと大きい看板が登場するかもしれない」
「反対の看板をはずしてくれといったのは勇み足だった。市長が住民にそんなことを強制することじゃない。お願いとしては聞くが、私たちとしては、今後またどんなゼネコンがこの海を狙ってくるかわからないのだから、安岡という地域は風力に反対している地域なんだということをアピールするために残しておく方がいい。安岡に新しく入ってくる人にとっても、みんなの力で風力の計画を跳ね返すことができる地域なのだから、安心して入ってこれる。反対の看板は住民の意志を示す“お守り”だ」
「安岡の風力は反対するが、豊浦町民は知らないというのは通用しない。同じ下関市民であり、市長は市民を守る義務がある。よっぽど豊浦町の風力事業者との癒着が進んでいて、反対の看板が目障りなのだろう」
下関市安岡地区の住民たちは、前田建設工業が洋上風力発電の環境アセスを始めた2013年から、低周波による健康被害や漁場の破壊を訴え、子や孫のために安心して暮らせる故郷を残そうと、夏の暑い日も冬の雪の日も、街頭に横断幕を持って立ち、1000人デモ行進を何度もおこない、10万筆をこえる署名を集めて反対の意志を示してきた。安岡の漁師は県漁協副組合長の「アマ漁禁止」の脅しに屈せず、補償金受けとり拒否を貫いたし、前田建設がスラップ訴訟で住民に1500万円の損害賠償を迫ったときも、市内から多額のカンパが寄せられてそれを跳ね返した。
そのとき、安岡の運動を豊浦町や豊北町をはじめ、市内や県内外の住民が応援し、たくさんの署名の協力があったことはみんなが覚えている。風力の被害は自分は嫌だが、よその住民が迷惑を被っても知らないというような薄情な者はいない。市民が健康で安全に生活できる環境を守る立場にあるはずの前田市長の発言は、住民たちに、豊浦沖洋上風力への警戒心を一気に高めさせる結果となった。