経済産業省が旗を振り、東京のゼネコン準大手・前田建設工業が下関市安岡沖に持ち込んできた国内最大規模の洋上風力発電建設計画に対して、この海域に漁業権を持つ安岡の漁師たちが反対を貫いていることが計画を立ち往生させている。山口県漁協下関ひびき支店(旧安岡漁協)の漁師たちは、訳も分からず応じた格好になっていた平成25(2013)年の風力同意決議を、平成27(2015)年7月の総会で出席者36人全員の書面同意をもって撤回し、風力発電建設反対と環境調査・ボーリング調査反対を決議した。すると、下関外海漁業共励会会長の廣田弘光氏から、風力発電に反対したからという理由でアマ漁禁止やナマコ漁禁止をいい渡されるなど、漁業法や水協法のルール上では考えられないような圧力を加えられ、難儀な思いをしてきた。ついには、最近の裁判において「(廣田氏が)共第37号等共同漁業権代表権者に任命された」者であると前田側弁護士が裁判所に文書を提出して、水産行政関係者たちを驚かせている。どういうことなのか、記者座談会を持って論議した。
漁業“権”管理委員会のあり方問われる 個人の恣意はルールにあらず
A 「共同漁業権代表権者に任命された」とはどういう意味なのか、誰が任命したのか? も含めて水産行政に携わる人人が困惑している。問題は、下関ひびき支店の漁師らが前田建設工業に対して安岡沖洋上風力の工事差し止めを求めた裁判のなかで、前田側代理人弁護士(べーカー&マッケンジー法律事務所の弁護士を含む)の主張のなかから発覚した。この裁判は山口地裁下関支部でおこなわれ、これまで6回の弁論準備(非公開)がやられてきた。争点の一つは、ひびき支店の漁師たちがこの海域に持っている漁業権は有効か否かだ。
漁師側の代理人弁護士は次のように主張していた。ひびき支店組合員らは、自身が知る限り数十年、さらにさかのぼれば先祖代代からこの海域で操業を続けており、平成27年5月19日に「共第37号等共同漁業権代表権者・廣田弘光」の名で「アマ漁は漁業法違反(密漁)であり、即時操業停止せよ」「指導に従わない場合は関係取締機関への通報や告訴等厳正なる対応をとる」という文書が出されるまで、誰からも(山口県漁協からも)それを違法操業などといわれたことがなかった。この事実からすれば、同海域のアマ漁は暗黙の承認を受けていたことに変わりはない。この文書が送られてきたのは、ひびき支店組合員らが洋上風力発電建設に反対の態度を表明し始めた時期と符合する。廣田氏自身がこの文書を送ったのは「ひびき支店組合員らが洋上風力発電に反対したから」と動機を素直にのべて(録音テープあり)おり、反対意見を封殺するため、ひびき支店組合員に対する嫌がらせ目的で送付してきたものと見なすことができる。
これに対して6月30日の第6回弁論準備で、前田側の代理人弁護士は次のように反論した。共第37号共同漁業権と共第39号共同漁業権の海域は、アマ漁は原則禁止であり、ただし共同漁業権管理委員会の承認があった場合に認めると定められている。ところが共第37号も共第39号も管理委員会は実際には結成されていないから、そもそも黙認することなどありえない。その代わりに廣田弘光氏が共同漁業権代表権者に任命され、管理委員会に代わって管理をおこなっている。廣田氏は文書で違法操業を警告してきたのであり、黙認することはありえないと主張した。
B 前田側の主張は、この共同漁業権の海域には共同漁業権管理委員会は結成されておらず、代わって廣田弘光氏が管理をおこなっており、廣田氏が黙認していないというのだからアマ漁は認められておらず、したがってひびき支店は工事差し止めを訴える資格がないというものだ。正直に言うと、この文書を書いた人間は漁業法や水協法についてどれだけ理解しているのだろうか? とも思う。漁業法にいう共同漁業権とは、協同組合という形による漁民の漁場管理であり、その行使方法を組合員の総意で決め、それに従って組合員が平等に利用するというのが原則だ。共同漁業権が決められている海域では、支店間の話しあいでつくった行使規則を管理するのは漁業権管理委員会であり、管理委員会が結成されていない場合は共励会が代行することがある。しかし前田側の主張によると、管理委員会の役割を廣田弘光という一個人に代行させて管理させる、つまり安岡沖は「廣田の海」であるということになってしまう。そんなことが漁業法・水協法上認められるのか? が中心争点になってくる。裁判所はこれをどう判断するのか誰もが注目している。また「共同漁業権代表権者に任命された」というが、いったい誰が任命したのかも明らかにしなければならない問題だ。水産行政を担う県当局も困ってしまうのではないだろうか。
C 上関の祝島の漁業権をめぐっても相当に水協法や漁業法がねじ曲げられてきたが、漁業権の専門家が聞いたら腰を抜かす話かもしれない。裁判でみずからの正当性を主張するのは当たり前だ。しかし、その場合も法律に則って是非を争うのが大前提だ。漁業権管理委員会が組織されていない海域なのか否か、慣例としての共励会も機能せずに誰かから「任命」された「代表権者」がルールを定めるようなことが可能なのか否か、裁判で是非とも明らかにしてもらいたいものだ。これが認められて判例になるなら、全国の漁協にとって重大な問題だ。というより誰から「代表権者」に任命されたのだろう?山口県漁協が任命するものでもないだろうし、任命した組織の会議の議事録とか文書も裁判で提出を求めたらよいのではないか? それくらい不思議な話だ。全県の漁協関係者にも聞いてみたが、「何だそれ?」「何十年と漁協に携わっているが聞いたことがない」という反応だ。下関外海の特別ルールなのかもしれないし、やはり漁業法、水協法に基づいてしっかり判断すべき内容だ。
風力反対して操業停止 水産行政の指導は?
D 前田建設工業と廣田弘光氏との関係はたいへん深いものがある。平成25年のひびき支店の風力建設同意のさらに約1年も前、平成24年8月30日に、山口県漁協組合長・森友信、下関外海漁業共励会会長・廣田弘光、下関ひびき支店運営委員長(当時)の3人が、一般の組合員に一切知らせないまま、こっそりと前田と風車建設の「基本合意書」を交わしており、その後平成25年12月に「安岡の海を20年間・8億円で貸す」という契約書を交わし、これも一般の組合員の知らないうちに同年末、手付け金1000万円を受けとっていた。
安岡の漁師たちが風力発電に反対し始めると、平成27年5月に廣田氏が「アマ漁禁止」の文書を出し、直後から前田が2カ月にもわたって調査船を安岡沖に出してきた。これに対してひびき支店の漁師たちは、アマ漁の最盛期に操業ができず死活問題だとして、8月に調査差し止めを求める仮処分を山口地裁下関支部に申し立てた。すると9月、前田の代理人弁護士・べーカー&マッケンジー法律事務所が「ひびき支店が調査の妨害行為を中止しないなら数千万円以上の損害賠償を請求する」という、スラップ訴訟を匂わせる文書を送りつけてきた。この辺りの動きは連動したように立て続けであったし、安岡の漁師たちからすると波状攻撃みたいなものだった。
A 実際ここ2~3年、ひびき支店の漁師たちは生活が脅かされ、難儀な思いをしてきた。先にのべた2015年5月のアマ漁禁止に続いて、今年2月には下関沖合人工島付近のナマコ漁を禁止し、違反者には当該漁業の停止と過怠金を科すと通告してきた。しかもいつもその漁の最盛期にぶつけて脅し、組合員の生活の糧を平気で奪うようなことをする。これ自体が漁業権侵害を問われておかしくない。それで2月24日、ひびき支店の運営委員長と3人の運営委員が山口県水産振興局を訪れ、「アマ漁なしでは支店運営もできない。廣田氏の行動はひびき支店つぶしであり、山口県漁協の運営にも多大な悪影響を及ぼす」として県の指導を求める要望書を提出した。漁師の生活を守り漁業を振興するのが仕事の組合が、何十年とその海域で漁業をやってきた漁師の操業を禁止して漁師の首を締めていると、浜の怒りは尋常ではないものがある。
2月の要望書提出の場で山口県水産振興局も、「行使規則は漁協間で合意してつくられた規則なので、当事者同士でよく話し合ってほしい」とのべるとともに、共励会会長なり漁業権代表権者の一個人が操業停止を決めることはできず、管理委員会で決めなければならないことを認めている。
C 問題はアマ漁禁止等の動機だ。平成27年6月19日に開かれた下関外海漁業共励会定期総会で、アマ漁禁止の文書についてひびき支店運営委員長の問山氏が質問したところ、廣田氏は「昭和30年から行使規則はできている。今まではお互いに持ちつ持たれつの関係で、安岡さんが自由にそこで操業しているのを誰も文句をいったものはいない。暗黙の了解みたいなもので黙ってさせていた。だけど何で今回こういうことになったかといったら、それはすべて風力の問題だ。あんた方が風力に反対したから、頭にきて、そんならもう操業をやめてもらおうじゃないか、わしらの承認がないんだから、ということになった」といっている。この動機部分は長周新聞社と廣田氏の裁判でも重要なポイントになるので、録音テープを正確に起こしてみた。安岡の漁師の裁判でも提出すべきだ。
それだけではない。今年5月18日の下関外海漁業共励会の会合の場でも、廣田氏は「当初は私も、あんたたちが早くから、北京オリンピックの頃から、人工島付近で潜ってナマコを獲っているのは知っていた。共励会のなかでも不満の声が上がっていたが、聞いても聞かないふりをしてずっとやってきた。なんで共励会がこんなに強固にナマコ漁に反対し出したかというと、元は風車だ。(ナマコ漁を)黙認したといっても、約束したわけでも何でもない。気持ちが変わりゃ反対するのは当たり前だ」といっている。これも録音テープからの起こしであって、新聞社が加工したわけでもなんでもない。動機というのは人間の行動を決定づけるのでとても重要だと改めて思う。
D 個人の「気持ち」次第で法律も規則も何とでもなるというなら、山口県の漁場管理はいったいどうなっているのか疑われる。前田建設工業から1000万円の手付け金をもらっている側が、共励会で多数決を採るなどの手続きもへずに、個人の判断で通告を送りつけ、組合員が漁業で生活できないようにする。こうした行為は漁業権を根底から覆すような問題で、「風力発電に反対するから操業禁止」というものが社会的に通用するのかどうかだ。見て見ぬふりをしてまかり通っているのであれば、水産行政の指導責任も問われる。
漁業管理委員会って何? ひびき支店は脱退
B あと、もう一つ不思議な出来事があった。最近になって廣田氏が「“漁業”管理委員会をつくる」といい出したことだ。「“漁業権”管理委員会」ではないことがミソだ。下関外海漁業共励会に所属する彦島、南風泊、六連、伊崎、下関ひびき、吉見、吉母、蓋井島の八つの支店で構成し、共励会に代わる組織として立ち上げるもののようだが、第37号とか第39号などの海域を指定しないで海を管理するというのはあまりにもアバウトすぎないか? そもそも「漁業権管理委員会」でなく「漁業管理委員会」というものが成り立つのか? それは何を管理するところなのか? など疑問が山ほどある。これも全県の漁協関係者に問い合わせると「何だそれ?」「何十年と漁協に携わっているが聞いたことがない」と首を傾げていた。下関外海は特別ルールの宝庫なのかもしれない。
A 「漁業管理委員会」の規約のなかには「各種協定に違反した者への指導と、指導に従わない者への処罰」「違反者に3日間の出漁停止を命ずる。違反をくり返す場合は期間を延長できる」「過去3カ月の違反回数に2万円から6万円を乗じた過怠金を科す」、などがうたわれている。この間の経過からして、安岡の漁師をターゲットにした規則をつくりたかったのだと見られている。
5月18日の共励会の会合では、ひびき支店の問山運営委員長が「こうした規約では組合員同士の争いごとが多多起こる。そのことに同意できないので、漁業管理委員会は脱退する」とのべて途中退席した。これについては県も「任意の組織なので全員の同意があればできるが、嫌だという人があればできない。強制されるものではない」といっている。県にとっても理解しがたい行動であるようだ。
D だから、「漁業管理委員会」って何だよ!という話なわけだ。海域も指定せずに「権」を省略した「管理委員会」が存在しうるのか否か。もうこうなったら、どうせだからこれも裁判で争ってみたらいいのではないか。海は公のものだ。この海は誰のものなのかを争わないといけない。そして、みんなの海であり、そのために漁業法や水協法という法律があるのだということを確かめないといけない。それこそ漁協運営や漁業生産を円滑に進めていくために存在する憲法なわけで、解釈変更みたいなことをやってはならない。山口県の水産行政に携わる人間のなかからも、「水産行政を歪めてはならない」と矜持を持って発言する人間が出てくるべきだ。信漁連問題にせよ、上関にせよ、水産行政を歪めまくりではないか。水産部長をしていた潮田とか統括審議官をしていた梅ちゃんとか、懺悔もこみで何をしてきたのか吐き出さないといけない。永岡さんも一県一漁協合併の際には侃々諤々(かんかんがくがく)でやりあったが、あくまで山口県の水産業を守り振興するためにどうすべきか是是非非であって、対話するときには対話をしていた。今頃何をしているんだろうか。少し書かれたくらいで恨んだりするような器では話にならないし、すべて是是非非で問題を見ないといけない。
B しかしあれだ。捉えようによっては「安岡沖はオレの海だ」というような前代未聞の主張にも聞こえる。そんな主張を法廷の場でやることが、はたしてあっていいことなのだろうか。みずからの正当性を主張する行為についてはばかられることは何一つないが、下手をすると裁判所の冒涜ではないのかと思えてならない。地裁下関支部がしっかり判断することであって、われわれのような第三者にはどうしようもないが、それほどビックリするような内容をはらんでいる。全国的にも注目される判例になるかもしれない。
C 安岡沖は漁業権を持つ漁師が年間を通してサザエ、ウニ、アワビを採り、イカカゴやタコツボや建網をやり、豊北や長門からはサワラ漁や棒受け網漁にもやってくるし、関門航路を通る船の投錨地にもなっている。釣り客が来たり、ヨットの練習の場にもなっている。一個人の海ではなく、みんなの共有財産だ。漁業権を与えられた漁業者みんなの海だ。従って、民主主義的なルールに基づいて「アマ漁禁止」であるとかも判断されるべきものだ。「風力に反対するからアマ漁を禁止する」という動機や振る舞いが認められるというなら、いかなる理由や法律でもって正当化されるのか是非とも知りたい。いや、むしろ教えて欲しい。漁業法や水協法への理解が足りないなら、もっと勉強しないといけない話だからだ。仮に法廷でもハッタリをやっているのだとしたら、それは地裁下関支部への冒涜になる。裁判長の心象にも関わってくるはずだ。
D 山口県では下関では洋上風力、上関では原発で騒動している。どちらも経済産業省が本丸で、そのもとで山口県民が難儀な思いをさせられている。瀬戸内海にせよ、響灘にせよ、経産省のものではない。中電のものでもないし、前田建設工業のものでもない。山口県漁協も下請みたいな真似ばかりしていないで、組合員である漁業者のために奉仕する組織でなければ話にならない。祝島の島民が安岡の漁師たちと交流したいと本紙記者に持ちかけてきたんだが、安岡に迎える形で是非実現できたらと思う。上でも下でも関がつくもの同士が連帯して海を守っていくことが大切だ。 海を売り飛ばしていく力に対抗する力が横に広がっていくなら県下の浜も励まされるだろうし、山口県漁協の在り方を問う上でも大きな意味を持つかも知れない。