下関市の梅光学院大学の現・元専任教員9人が8月27日、研究環境の保障を求めて学校法人梅光学院を提訴し、同30日に記者会見と支援者への報告会を開催した。梅光学院大学は2019年に「日本初の教職協同のフリーアドレスオフィス」をうたった新校舎「クロスライト」を建設し、個人研究室を廃止した。ガラス張りの新校舎の「共同研究室」は、常に学生や教職員、一般市民が行きかい、研究や教育ができないことが問題となってきた。
「通路」が共同研究室?
裁判上では「研究環境を侵害されていることに対する損害賠償請求」という形をとっているが、提訴した教員たちは、この問題は大学教員、学生の学問のあり方にとどまらず、日本の学術の将来にもかかわる問題だとし、裁判を通してあるべき「研究室」の形を多くの人に考えてもらいたいと訴えている。代理人弁護士によると、研究室の内容を問う裁判は前例がないという。
梅光学院大学では、2017年3月の理事会で開学50周年を機に新校舎(北館)を建設することが決まった。東館の老朽化への対応が必要になっていたものの、当時「赤字解消のための改革」として、人材コンサルタントを招き入れて多くの教職員を退職に追い込むなどし、非正規雇用への置き換えを進めている最中だった。約20億円もの新校舎建設に対し、学生からも「指導力のある教員に学ぶ方が有益だ」など、建物よりも教育内容の充実と教員の解雇をやめるよう求める声が上がった経緯がある。2019年4月に新校舎がオープンした後、個人研究室が置かれていた東館がとり壊され、同年7月から新校舎の「共同研究室」のみとなって現在に至っている。
教員たちは問題点として①学生や職員が行きかっている、②職員の事務手続きの声が常に聞こえる、③研究資料を置き続けられない、④書籍等の置き場が極めて少ない、⑤研究成果が盗用される可能性がある、⑥学生の成績をつけることが難しい、⑦学生対応するときにプライバシーを守りにくい点をあげている。
提訴した教員らによると、学院が「共同研究室」としているエリアは、常に教職員や学生、一般市民の不特定多数が行きかう「通路」で、落ち着いて研究や授業準備をすることができず、「研究室と呼べる場所ではない」という。教員の仕事のなかには学生の成績をつける、学生の相談対応、試験問題の作成や論文の執筆といった秘匿性の高い作業が多く含まれるが、そうした情報を保護することが困難なつくりになっている。教員の一人は、「東京渋谷駅のハチ公前で研究しているようなイメージだ」とのべた。
フリーアドレス制かつ事務職員と共用のため、先に出勤する事務職員が好きな場所に座ると、後から出勤してきた教員や授業から戻ってきた教員の居場所はなくなる。また、原則、毎日違うイスに座ること、荷物を放置してよいのは60分まで、ブース席(6席・半個室)の利用は90分まで、などのルールがもうけられているため、荷物を片づけて授業に行き、戻ってきてまた資料を広げるなど、非効率な状況に置かれている。授業時間は90分なので、論文やパソコンを抱えて授業に行き、戻ってみると場所がなくなっているといったケースもあるという。
研究・教育を仕事とする大学教員は、どの大学でも研究室に膨大な書籍・資料を置いている。だが、同大ではオープンスペースに1人1台の書架がもうけられているだけで、収容できるのはおよそ60~100冊程度(別棟の図書館2階に1人につき3竿分の書架スペースがあるものの、研究場所から離れていて実用性がない)。一部しか鍵がかからないので、盗まれてもよい書籍しか置くことはできないという。また、「クリスマスのディスプレイを」などの指示が出たり、授業やゼミで使う道具を置くと見栄えが悪いから片づけるよう注意される事例もあり、研究用の書架として使うことができない状態となっている。教員たちは、研究室に置いていた専門性の高い書籍や研究資材などを自宅や共同研究をおこなっている他大学に移すなどして保管しており、廃棄したものも多いという。
教員の一人は、研究者は研究・教育とともに、地域貢献のために地元にかかわるテーマを研究し、市民に還元する仕事をしている点を指摘。複数テーマにかかわる資料は膨大で、個人的に確保した保管場所に放置すれば、蔵書が虫害や湿気などで毀損する可能性もあるとのべた。「研究室は膨大な資料を納める場でもあり、教員個人が使うだけでなく、学生や地域の方々にも閲覧・貸出するなどしてきた。地域貢献する働きが研究室にはあり、以前はマスコミや行政の方など、さまざまな方が出入りされていた。そうした場がなくなり、知的交流ができなくなった」と話した。
別の教員は、ゼミ指導への影響を指摘。「ゼミは授業時間にとらわれず、学生が主体的に学ぶシステムだ。研究室があったころは半分を学生に開放し、授業の合間や来たいときに自由に来て、ゼミ生同士、教員と話をしてコミュニケーションをとりながらゼミの研究を進めてきたが、そうしたスペースがなくなった」とのべた。オープンスペースで学生が集まって話していると、静かにするよう注意されるなどするため、思うように活動できないという。「教室を予約して会わなければならず、これまでのような自由な交流がかなり制限されている。大学の授業は授業時間にとらわれず教育・研究することがもっとも大切であり、その拠点が研究室だったが、それが失われてしまった」と訴えた。
学院は、新校舎のコンセプトとして「教職員の出会いの場」をうたっているが、教員たちは「通りがかりの不特定多数の学生と挨拶ができたところであまり意味がない。ゼミ生や担当する学生たちとしっかり向き合い、教育をしていきたいが、フリースペースではそれが困難だ」と話していた。
当初はインフォメーション(総合案内所)も「研究室」としており、アルバイトの学生とともに、教員らが当番制でこの場所に勤務する体制がとられていた。来客、問い合わせ等が来る場所で、論文を書いている途中に「郵便物が届いている」「郵便料金が30円不足している」といった事務的な連絡がインフォメーションに届くため、中断されることがしばしばだったという。インフォメーション勤務については、昨年3月ごろから突然なくなったが、理由について説明はないという。
原告団は、「私立大学とはいえ、公教育の場であり、われわれは教育と研究を両立させ、学生を育てていくことに邁進したい。そのためにまず土台として研究が必要だ。研究室をきちんと確保していただき、仕事をきちんとさせていただきたい」と訴えた。
大学設置基準の第36条第2項では「研究室は、専任の教員に対しては必ず備えるものとする」と定められている。研究室の形などを明確に定めたものは存在しないが、この条文について文科省は「研究執務に専念できる環境でなければならない。また、オフィスアワーに適切に対応できること等、学生の教育上の観点からも適切な設備であることが必要だ」としている。このもとで、多くの大学では基本的に個室形態の研究室がもうけられている。
代理人弁護士によると、新校舎建設時の文科省への申請は、専任教員49人(当時)に対し、研究室を77室から78室へと変更する内容で提出されていたという。その後77室は廃止されており、現在は46人の専任教員に対して共同研究室が一室の状態になっている。
原告団は、この問題を多くの人に知ってもらうため、ホームページを立ち上げ、画像などもまじえて問題点を解説している。https://laboratoryl2021321.wixsite.com/my-site-1