9月25日投開票の上関町長選まで1カ月をきった。福島第1原発の事故後、建設予定地としては全国で初めて実施される首長選挙に、山口県内や瀬戸内海沿岸だけでなく、全国的な注目が集まっている。計画浮上から29年がたち、9回目となる今回の町長選挙は、全県、全国的な力関係から見て原発終結が現実課題として問われ、重大な転換点を迎えたなかでおこなわれる。2009年に中国電力は原子炉設置許可申請を出したが、その後計画は立ち往生し、後ろ盾になってきた国の原子力行政も東日本大震災と原発事故によってマヒ。郷土を廃虚にする原発について「新規立地」など言語道断と見なす全国的世論が圧倒しているなかで、上関町や瀬戸内海沿岸を含めた地域の進路が問われている。選挙を巡る情勢はどうなっているのか見てみた。
選挙は現職一人勝ちの構図
選挙戦は今のところ、推進派から現職の柏原町長が3選を目指して出馬表明しているが、対する反対派が候補を擁立しておらず、限りなく無投票に近い格好で、現職一人勝ちの構図で進行している。
柏原陣営の訴えとしては「原電計画は不透明になっているが、みなさまに喜んでもらいたい、誇れる町にしたいという思いは変わらない」「国の安全対策を見極めて町づくりをがんばる」という意味不明なもの。中電の寄付金により住民一人当たり2万円を配ってきた地域振興券を「今後も続けます」という公約以外に具体性が乏しく、来年度予算のメドも立たないなかで、候補者本人がなにをしたらいいのかわからないという様子がありありの混迷した状況となっている。
町内情勢の著しい特徴は推進派の総瓦解である。それは震災が起きる以前からはじまっていたが、震災で決定的になっている。圧倒的多数の住民のなかでは、とりわけ震災後、「福島のように故郷を取り上げられてはたまらない」とさめざめとした思いが語られる。そして「推進してきたが、良いことをしたのは一部の町議や幹部たちだけで、一般の者はなにも良いことはなかった」という思いが語られ、これまでとは一変した状況になっている。
原発推進政治によって30年で人口が半減し、すっかり町が寂れてしまったこと、原発が来る前からデラックスな小学校や巨大な温浴施設を建設して町財政が逼迫していること、原発マネーがいくら投下されても食い物にされて身につかないことなど、このまま10年も放置していたら上関町は本当に消滅してしまうと強い危惧が語られている。
それは今度の選挙にあらわれており、各地域で熱心に集票を訴える者の姿が見あたらない。かつて選挙で金配りをしていた90代の町連協(推進派団体)役員が住宅地を歩いて名簿を集めはじめたとか、一部の推進派町議が「福島事故によって、原発は地震に耐えられることが証明された」などといって自分売り出しのチャンスとばかり勘違いをして騒いで、バカにされている状態。
一方の反対派は、9月7日には立候補者説明会、20日に告示、25日に投開票を迎えるなかで、告示1週間前に候補者を発表する予定といわれ、祝島からブタを飼っていることで知られている氏本長一氏か、それがダメなら従兄弟にあたる山戸貞夫氏が、仕方なく3度目の町長選に出馬するのだと語られている。原発計画の白紙撤回を求める世論が全県的、全国的に圧倒し、町民世論も大転換しているなかで、上関では推進派幹部連中が途方に暮れているだけでなく反対派幹部連中も暗い顔つきをしている。
町長選候補については、譲りあい、押し付けあい大会を繰り返したあげく、表舞台から遠ざかっていた山戸氏に押しつけて、無投票批判だけはかわすという選挙態度があらわれている。また告示1週間前の出馬表明で、祝島の婦人を中心とした人たちが全町を回って支持を訴え、全町団結をつくりだして、絶対に勝利するという姿勢が見られないのも毎度の繰り返しとなっている。
3人の反対派町議たちは300万円の報酬(議員ポスト)を失うのが嫌だといって出馬する者などいない。町内では、「反対もいろいろあって、原発計画がなくなったら自分の飯の食い上げになって困る連中だ」と語られている。町民のための反対ではなく、自分が食うための反対だとの評価が定着している。
町長選に当たって、推進派、反対派の両陣営幹部とも、「町民のため」とか「町の発展のため」になにをするのかがない。一方は「原発が来るからなにもしない」で、もう一方は「原発に反対するからなにもしない」になっている。そして町が立ちゆくようにどうするかという町民の切迫した問題意識から浮き上がったところでの空中戦となっている。
地域共同体の回復急務 町民の論議広がる
町民のなかでは、町役場も議会も漁協や商工会も、あらゆる町の機関が原発推進の道具にされて、町民は分断されて地域住民の絆、地域の共同体的結束が破壊されてきており、その回復が切実に求められ、漁業を中心とした産業がつぶされてきて若者が働く場所がなくなっていることの転換が切望されており、上関町を消滅させる力をとり除いて町を立て直すことが待ったなしの課題だと熱のこもった論議が広がっている。
上関原発計画は事実上断念をよぎなくされるところに来て、推進派は瓦解している。しかしそれに対決するはずの反対派選挙態勢は、圧倒的な町民世論を結集するのではなく、追いやるような要素をはらんでいる。そして「新規立地地点の上関町民は推進を願っている」とメディアを含む原子力村は全国に宣伝する道具にしようとしている。しかし上関はそれでは終わらない。
放置すれば町消滅 上関原発撤退は必至
上関原発の推進の親玉は歴代自民党政府であり、経済産業省であった。それに尻をたたかれて中電が動き、平井元県知事、二井現知事がその金に色目を使って推進で動いてきた。その国が今や右往左往しているところから、上関の推進派もよりどころをなくしてさまよっている。
福島第1原発の事故後、政府は「2030年までに少なくとも14基の原発の新増設を目指す」としていた「エネルギー基本計画」の見直しをよぎなくされている。9月中旬には着手し、年内に新たなエネルギー・ビジョンを示すとしている。民主党代表選にいたる過程で野田首相は、既存の原子力発電所の再稼働に重点を置きつつ、依存度を下げること、「新たな原発の増設は難しい」との認識を示すなど、「新規立地」どころではない。
震災後、山口県では二井知事が来年10月に失効が迫っている、公有水面埋立許可について、「延長を認めない」と表明。県議会も7月に計画を「一時凍結せざるを得ない」との一文を盛り込んだ意見書を全会一致で可決する動きになった。その前段では30㌔圏内に入る柳井市、平生町、田布施町、周防大島町、光市、下松市、岩国市、周南市や、その圏外にある防府市、山口市、宇部市、山陽小野田市など多数の市町議会が「凍結」や「中止」、「安全性が確保されていない状況では着工は到底容認できない」などの意見書を続続と可決してきた。
さらに8月に入ってからは、対岸40㌔圏内の大分県国東市議会も建設中止を求める意見書を可決。上関原発計画に対する意志表示は県境を越え、「新規立地をやるな!」の世論が圧倒している。それは四国伊方原発を止めろの声ともなって、被爆地広島や福岡県、四国にも波及する様相となっている。
いざ事故が起きれば20㌔圏内から着の身着のままでたたき出され、「20年は戻れぬ」「汚染地域は放射能のゴミ捨て場にする」といわれている福島の姿や、100~200㌔㍍も離れた地域の農作物や水まで汚染された事実を前にして、「地元・上関町の政策選択を尊重する」などと悠長なことをいっていたら、とんでもない事態に巻き込まれてしまうことが証明され、福島事故を境にして周辺世論も一変している。
上関町内で推進派が右往左往し、足並みがそろわないのは、中電の統一指令がないか弱まっていることを示している。中電にとっては島根原発の対応が大事で、上関どころではない。事実この6月には町内に詳しい渉外部の人員がまとまって上関を去っていったといわれている。
上関原発は町内でいくら推進といっても、国も中電も動きようがない状態にある。自民党・石原幹事長は「10年はムリ」といったが、10年放置したら上関町は消滅する。全国的な力関係によってもはや上関原発ができるめどはまったくない。中電がやるのは、みずから撤退するとはいえず、上関でつくってきた利権を維持するだけである。
上関原発の撤退は避けることはできず、それからの転換を急がなければ上関の立て直しがますます難しくなるだけとなっている。
再建担う力登場へ 中電の抑圧構造覆し
中電が上関町に乗り込み、国策をバックにして、原発推進をやってきた結果、上関町は深刻な衰退状況に直面している。人口減少は5年前の国勢調査では全国14番目という突出した状態となった。漁業も農業も衰退して商売にならず、高齢者がつぎつぎに死んでいき、急速な過疎高齢化に直面している。
さらに大きな問題は、町の人間関係が中電支配によってずたずたにされてきたことがある。町長・役場や議会、漁協や商工会、各区など、あらゆる機関が中電の代理となって、町民の意志が通らない。国、県の原発交付金や中電の寄付金に依存したものがはびこり、食い物にするだけで、地元に根ざす漁業など町の基幹産業が切り捨てられてきた。
上関町の立て直しをするためには、中電・国策支配の売町政治を一掃し、町民が主人公として全町的な人情を回復し、ズタズタにされた町民分断を解決して、全町的な団結、協力の共同体を回復することである。それは中電が代理人を操る構図を一掃すること、今までの売町政治のボス連中はお引き取り願うことが不可欠である。
選挙は候補者が良いか悪いか、好きか嫌いかは二の次にして、原発に対する住民の意志表示の場となる。前回選挙で柏原町長は過去最高の66・9%の得票率で、反対候補は33・1%だった。これが接近するなら、新規立地にトドメを指すことになる。
町長選挙のそれ以上の意義は、選挙をつうじて町をどう立て直すかをめぐる町民の大論議を起こし、それを担う新しい力を全町的に結集することである。原発で分断された町民の地域共同体の力を回復して、漁業を中心にした町の再建を担う力を結集することである。とくに若い勢力が町づくりの主体として登場するように全町民の力を強めることである。
そのためには上関原発は白紙撤回し、売町政治勢力・原発生活者にお引き取りを願うことが不可欠だが、それは国、県と中電がつくった抑圧構造を覆すことを意味する。それは全県、全国の力と団結した力だけが可能にする。福島原発事故をまのあたりにした現在それはまことに大きな力になっている。
町長選の票数の結果以上に、選挙を通じて、売町政治を一掃して町を立て直す町民の力をいかに登場させるか、それが最大の注目点となる。
国は食料自給はしなくても輸入すればよいという政治を続けてきた。しかし世界の情勢はそうはいっておれなくさせている。世界的に人口が爆発的に増えるなかで食糧危機が進行しており、おまけに食糧が投機の対象となって世界的に高騰し、アラブの政変が相次ぐ事態になっている。このようななかでは生産者が一番強いという真実を思い知る以外になくなる。漁業を中心とした上関の復興は全国の農漁村の共通した願いを代表することになる。