下関市上下水道局は四日の市議会建設消防委員会で、「要求水準の未達成」により今年6月に入札を中止していた長府浄水場の更新事業について、新型コロナウイルス感染症の状況なども踏まえて再検討した結果を報告した。ろ過方式を「凝集+沈殿+急速ろ過」方式に変更し、2022(令和4)年夏ごろの契約をめざして事業を再スタートする方針だ。この事業は昨年8月21日の入札公告の直後から、「落札業者は神鋼環境ソリューション(神戸製鋼グループ)と大林組のJVに決まっている」という情報が業界内で流れ、落札者ありきの入札を疑問視する声が上がっていた。さらにさかのぼると2013(平成25)年に突然「生物接触ろ過+膜ろ過」へとろ過方式を変更した当時から、「安倍前首相の出身企業である神鋼が力業で奪っていった」という声が上がってきたものだ。市上下水道局は入札中止という異例の判断をへて、多くの疑問が語られてきた更新事業の方針転換に舵を切った。
長府浄水場更新事業は昨年8月21日に告示され、今年6月に事業者を決定して基本協定を締結する予定で進んでいた。DBO方式(設計、建設、運営までを一括して民間事業者に委託し、施設の所有や資金調達は公共側がおこなう方式)を採用し、民間企業と20年間の契約を結ぶもので、予定価格は設計・建設工事期間と施設維持管理期間をあわせた28年間で311億5000万円(税抜き)だった。
しかし、入札公告の直後から、「これでは神鋼と組んだゼネコンしか入れない仕組みだ」「ゼネコンは大林組になりそうだ」といった話が出始め、神鋼が結成するJVに入れそうもない業者らは、すでに入札参加をあきらめているといった指摘もなされていた。関係者などによると「生物接触ろ過(上向流)」という処理方法とかかわって、部分部分に神鋼グループの特許がかかっているため、価格面で神鋼が圧倒的に有利な位置に立つという判断からだった。一括発注のため、代表企業が神鋼環境ソリューションになれば、必然的に参加できる土木工事・建築・電気設備業者も一社ずつに絞られる。
一社入札となれば、品質面でも価格面でも競争のないまま業者が決まることにもなりかねない。さらに名前のあがっていた大林組がこれまでに施工した長府浄水場内の施設で、完成後6年ほどでクラック(ひび割れ)やコンクリが一体化せず水密性が低下するコールドジョイントといわれる現象が起きていることも関係者のなかで問題にされ、今後数十年にわたって市民の水供給を担う浄水場施設の建設事業で公平・公正な入札がおこなわれるのかどうか、事前の情報通り神鋼環境ソリューション+大林組JVが請け負っていくのか注目されていた。
こうした疑問の声が渦巻くなか、上下水道局は事業者決定の直前の段階で、「落札者決定基準に従って審査をおこなった結果、入札参加者が存在しなくなった」として入札の中止を告示した。理由は、上下水道局が提示している要求水準は最低ラインであり、それをこえるよりよい提案がなされることを期待していたが、入札参加者が提出した提案書の基礎審査の段階で、約430項目のうち、複数カ所で要求水準を満たさない点があったため失格とし、その結果「入札参加者が存在しなくなった」ということだった。
入札参加者数などは非公表であるが、業界内では「やはり神鋼環境ソリューションと大林組の1JVしか参加せず、入札価格は予定価格の99・9%だった」と語られていた。
今回のような大型のPPP/PFI案件で「性能未達」を理由にした入札中止は全国的に見ても異例といわれ、提案書の内容というよりも、当初の噂通り、神鋼+大林組の1JVしか参加しなかったことが入札中止の大きな要因であるという見方をする関係者も少なくない。
価格、安全面で再検討 コロナで状況も変化
市上下水道局によると、入札中止後に更新事業について、60年間のライフサイクルコスト(LCC)や計画浄水量などについて再検討をおこなった。
60年間のLCCは、これまでの方針だった「生物+凝集(+粉末活性炭)+膜ろ過方式」(A案)と、「生物+凝集(+粉末活性炭)+沈殿+急速ろ過方式」(B案)の二つの浄水方法について比較した。その結果、
A案…建設・撤去費207・3億円、維持管理費437・0億円、計644・3億円
B案…建設・撤去費231・6億円、維持管理費365・6億円、計597・2億円
となり、建設・撤去費ではA案が24・3億円安いものの、維持管理費ではB案が71・4億円安くなり、事業全体でみるとB案が47・1億円安価となった。
また、今年3月に公表された下関市人口ビジョンにもとづいて改めて水需要予測をおこなったところ、人口減少が著しいことや一人当りの水使用量の減少などで、日量約2000立方㍍削減することが可能との結果が出た。これまで、「膜ろ過が優位」とされてきた一つの理由は、日量9万7000立方㍍規模の浄水施設を現地更新する(浄水施設を稼働させながらの作業になる)という条件のもとでは、急速ろ過では敷地が不足することだった。計画浄水量を見直し、日和山・高尾浄水場(日量約7000立方㍍)を一定期間(10年間を想定)運用することで、日量8万8000立方㍍に縮小すると、急速ろ過方式でも現在の長府浄水場敷地内におさまることがわかったという。日和山・高尾浄水場(緩速ろ過方式)は長府浄水場の更新事業が終了したのちに廃止する予定だったが、今後しばらく稼働することになった。
また、処理水質の安全性については、急速ろ過は膜ろ過にやや劣るものの、現在(急速ろ過方式)でも、ろ過池出口の基準である濁度0・1度以下は維持できており、クリプトスポリジウム(原虫)など耐塩素性病原生物の対応については、2019年5月に厚生労働省より「水道施設の技術的基準の省令の一部を改正する省令」が出され、最近の研究報告などから、急速ろ過などの後に紫外線処理をすることで対応可能であることがわかったため、安全性も確保できるようになったとした。
さらに、変更の大きな要因として、現在の新型コロナウイルス感染症による県外移動制限の状況をあげている。膜ろ過システムは業者への依存度が高いが、急速ろ過の場合はこれまで上下水道局内に経験・ノウハウが蓄積されており、県外移動制限などが出て、かりに業者が往来できなくなる事態が起こっても、上下水道局や地元業者で対応可能であるという優位性だ。緊急時や災害時、また感染症拡大時などの場合も、安定的に運用できる。この点は東日本大震災や福島第一原発事故を経験した福島県内の自治体の教訓として語られていたものである。
これら価格面、安全性、安定性の各面を比較・再検討した結果、総合的に急速ろ過方式の優位性を確認できたとしている。今後、「凝集+沈殿+急速ろ過」を必須として、前処理に「生物接触ろ過」を加えた形を想定し、再度発注をおこなう。ただ、多くの業者から提案を受けるため、前処理・後処理の方式には柔軟性を持たせる方針だ。
市水道局は、「長寿命化を図り、水道料金の上昇率を抑えつつ更新事業をおこなっていきたい」としている。
コスト削減の定説覆る 試算見直しで判明
「生物接触ろ過+膜ろ過」にろ過方式が変更されたさい、その優位性として①処理水質の安全性が上がること、②建設費用の削減が可能であること、③建設期間の短縮が可能であること、④建設スペースが小さいこと、⑤将来の人口減少に対応可能であることの五点があげられ、「建設費が急速ろ過方式よりも圧縮される」「職員削減でコストが削減される」点が強調されてきた。2016年9月議会の一般質問で、当時の三木上下水道局長(現副市長)は「60年のライフサイクルコストの計算で、急速ろ過方式と比べると約1%の削減になる」と答弁していた。
しかし、この方式の主要な経費である電気代(2016年段階では年間2000万円増を見込んでいた)は、20年間下関市が無償で提供する条件であったことから、市が負担するもっとも主要なランニングコストの比較が適切になされているのか、長府浄水場が原水としている木屋川上流の水質から見て「生物接触ろ過+膜ろ過」という処理まで必要なのか、将来の市民に負担を残す事業になりはしないかといった疑問の声がたびたび上がってきた。将来的に市民の水道料金に跳ね返るからだ。この度の再検討で、維持管理費についてみると急速ろ過方式が71億円安価となる結果が出ており、ライフサイクルコスト全体の結果も逆転した。
市上下水道局の説明によると、入札までの準備期間が長期にわたる過程で、次第に膜ろ過システムを導入している自治体の運用実績などが出始めて、バルブの更新サイクルが早く、交換費用が増大するといった維持管理費の増加がわかってきたという。しかし、すでに基本計画が策定されており、早期に事業を開始したいという意向から、変更の検討をすることができなかったとのことだった。
実際のところ、関係者のなかでは「再検討する機会ができてよかった」と安堵の声も聞かれる。
巨額事業は神鋼総なめ 今回は直前で頓挫
長府浄水場の更新事業の検討はおよそ25年前からおこなわれてきた。当初は別の場所に用地を取得し、現在地を稼働させながら新施設を建設することを模索していたが、用地取得が難航し、2008(平成20)年に現地更新の方針に転換した。それ以後は、水道局の技術職員を中心に、施設を稼働させ市民に水を送り届けながら、どのように施設を更新していくのか、さまざまな方法について検討を重ねたという。そして2010(平成22)年段階で、現在と同じ急速ろ過方式で更新することを決め、具体化が進んでいった。
しかし、いよいよ事業スタートという時期になって突然ろ過方式の再検討がおこなわれ、神戸製鋼の特許が介在する「生物接触ろ過+膜ろ過方式が有効である」という判断が下された。突然の計画変更に水道局内でも疑問視する声が上がった経緯がある。現場サイドでは「トップセールスとしか考えられない急な動きだった」との声が上がり、業界内では「神鋼環境ソリューションの有名営業マンが当時の局長に直接この技術を売り込んだのだ」とその経緯が語られている。
いずれにしても、20年かけて練ってきた計画が、最後の最後に神鋼環境ソリューションの技術とされるろ過方式に急展開で変更されたのである。神鋼といえば、安倍晋三前首相の出身企業で、江島市長時代には奥山工場焼却施設(2000年、約110億円)、リサイクルプラザ建設事業(2001年、約60億円)をはじめ、市発注の事業、とくに環境系の事業を総なめにしてきた経緯があり、「浄水場まで神鋼の利権事業になってしまう」という訴えもなされてきた。
上下水道局内をはじめ多くの疑念を封じたままこの7年間、既定路線として準備を進め入札まで突入したものの、今度は業界内でも落札者ありきの入札を指摘する声が上がり、直前でのストップとなったのだから「もっと早く再検討できなかったのか」「水道局しっかりしろ」と叱咤されることは免れない。
重要な公共インフラ 安易な民営化は禁物
長府浄水場は旧下関市、豊浦町、菊川町の広い範囲に水を送っており、市内の80%の水を賄っている重要なインフラ施設だ。人口増加にともなって給水範囲が広がるなかで拡張を重ね、現在は1日13万立方㍍の浄水能力を持っている。しかし、人口の急速な減少と企業活動の低迷=水道料金の減収が続くなかで、老朽化した施設を更新しなければならないという課題を抱えている。浄水場だけでなく、上下水道管や配水施設など、その設備は膨大だ。新型コロナウイルス感染症で経済活動が縮小し、大口の顧客の水使用量が減少するといった状況にも直面している。これは全国の水道事業に共通しており、国はこうした状況を奇貨として、水道民営化をおし進めようとしている。
しかし一方で、水供給が滞ることがどのような事態を招くのかは、断水した周防大島町の事例や近年頻発する災害によって、広く認識されるようになっており、新型コロナの感染拡大で、公衆衛生の要である水道事業の重要性はますます浮き彫りになっている。
本紙でも紹介してきたように、下関市の水道は全国9番目という速さで整備され、市民の生命を守り、生活を支えるインフラとして重要な役割を果たしてきた。水道を敷設し、支えてきた先人たちの精神を継承する更新事業となることは市民の願いでもあるし、水道の現場を担い、更新計画に情熱を注いできた関係職員たちの願いでもある。今後の進展が注目されている。