陸上自衛隊萩市むつみ演習場へのイージス・アショア配備をめぐる地元説明会が19日から22日までの4日間、阿武町、萩市で連続しておこなわれた。防衛省が5月に公表した適地調査の内容で秋田では調査ミスが発覚し、山口のむつみでも西台の標高について誤った数値があったことから再調査をおこない、その結果を説明するというものだ。防衛省は今回、5月の地元説明会から顔ぶれを一新して臨んだが、説明は「安全に配備できる」という従来の内容をくり返した。住民は秋田の新屋演習場への配備が、住宅地との距離を問題としてゼロベースで再検討されていることを踏まえ「むつみはもっと住宅地が近い」「安全な町や農産物を守りたい」と訴えた。だが防衛省は「配備しても健康に被害はない。安全です」という回答をくり返すばかりでやりとりがかみ合わず、住民たちの防衛省に対する不信感はさらに増幅するものとなった。
防衛省は47ページと別冊81ページの膨大な説明資料を配布して専門的な数値を縷縷説明し、「イージス・アショアを安全に配備でき、日本全土を守れる配備場所は西日本ではむつみ演習場しかない。配備による健康被害などの影響はなく安全だ」とくり返した。19日に開かれた阿武町議会全員協議会で、町議らは防衛省に対して「前回はグーグルマップだったのが、今回は国土地理院の地図に変わっているだけではないか」「福賀のスイカやほうれん草をブランドにするのに30年かかった。それは町民の努力と豊かな自然の湧水があったからだ。たった15㍍のボーリング調査で地下水を調べられるのか」「防衛省の側に住民感情を理解しようとする気持ちや緊張感があるのだろうか」と問いただした。
19日に阿武町福賀のうそんセンターでおこなわれた説明会には、150人が詰めかけた。冒頭からむつみ演習場への配備に反対する阿武町民の会の役員たちが次次に発言した。配備に反対する阿武町民の会の吉岡勝会長は、11月に発行した『阿武町民の会だより』の内容にふれ、「イージス・アショア配備にともなって阿武町全域を包み込む監視レーダー照射による電磁波の影響や迎撃ミサイル発射時のブースター落下の危険性は明らかだ。また生活に欠かせない地下水や湧水については、十分な現地調査もされないまま適地と判断するなど、地域住民に大きく影響を与えるとともに自然環境の破壊にも繋がるものと考える」「何よりも有事のさいは他国からの攻撃の的となり砲弾の着弾も予想される危険な地域となることから、これまで先人が培ってきた安全で安心して生活できる阿武町は一変して、人の集まらない、近寄らない、生活できない町と評されて消滅していくことも考えられる。そのため防衛省に対して要望をくり返しおこなってきた」とのべた。そして「今日の説明内容を聞いても何も変わっていないではないか。住民の理解はまったく得られていない」と強い口調で語った。
またイージス・アショア配備をきっかけに周辺一帯の基地化が進むことへの危惧をのべ、「秋田が市街地に近いからという理由で見直しの話がある。山口は人口が少ないから犠牲になってもいいのか。命は一緒ではないか。私は一番強く感じるのはそこだ。住民の安心・安全を重視してもう一度考え直してほしい」とのべた。
むつみ演習場の真下の集落・宇生賀に住む女性は、防衛省職員に向かって「みなさんは、むつみ演習場から住宅がどれぐらいのところにあるかご存じでしょうか。私たちは今まで何かに本気で反対したことはなかった。だが今回、真っ先に反対の声を上げたのが女性グループだ。今私たちが住んでいる地域は100㌶の農地のなかに200余りのビニールハウスがある。そこでできるさまざまな作物はほとんど県のブランド品になっている。私たちはどこにも負けない地域づくりをしている。本当に優秀な田舎者だと思う。軍事による国防も大事だが、私たちはこの田舎で農作物をつくり都会へ届ける。これも国防であり、国を守ることだと思う」と訴えた。
下笹尾自治会の男性は、「11月21日に菅官房長官が、12月3日には河野防衛大臣がアショア配備について“住宅地からの距離は重要な要素だ”といった。秋田の場合はゼロベースで、むつみの演習地は以前と同じ計画を押しつけて進めようとするのはおかしいのではないか」と発言すると会場から拍手が起こった。また防衛省が電波防護指針やWHOなどの安全基準に照らしたうえで「安全に配備できる」と何度も強調することについて、「防衛省は大丈夫だ、大丈夫だというが、今は安全だといわれているものでも、後に危険だといわれたものはたくさんある。農薬のDDTとか、アスベストは夢の資材といわれたが、今は使用することができない。原子力発電所の安全神話などはその最たるものだ。安全である、安全であるとくり返しいうことで、人を手なずけるようなことは問題があると思う」とのべた。
また日本へのイージス・アショア配備をめぐってロシアなどが反応している状況から見て、迎撃用ではなく攻撃用として使用される可能性があることに警鐘を鳴らした。その他、「ブースターは何㍍ぐらいの範囲で落とすことができるのか」という住民の質問に対し、防衛省は「それはアメリカとの関係もあって答えることはできない」と回答するなど参加者の失笑を買う場面もあった。
また昭和36年4月1日に県知事立ち会いのもとで当時のむつみ村長、阿武町長、山口駐屯地司令が交わした「陸上自衛隊むつみ演習場使用に関する覚書」(平成18年2月にむつみ村と萩市の合併にともない再度交わされる)に話が及んだ。
これまで住民たちはイージス・アショア配備がこの覚書に違反することを訴えてきた。今回、中四国防衛局の森田治男局長は「イージス・アショア配備は、演習場の覚書の範囲をこえる。今後、県や市と協議する」と言及した。
イージス・アショア配備計画と演習場の覚書に関する動きは今後、注目されることになる。
住民6割が町民の会に
20日には、阿武町奈古の町民センターで説明会が開かれた。
40代の農業者の男性は、イージス・アショアのメインビームが照射される西台で野菜を生産しており、畑から200㍍以内にむつみ演習場がある。
「私は阿武町民の会の副会長をしている。合わせて西台農業生産組合の組合長をしている。毎回説明会に参加しているが、率直にいって質問と回答が食い違っている。新屋の説明会で説明に来た防衛省の人が居眠りをしたり、データのミスもあり、むつみ演習場に関しては西台の標高について誤った数値が示され西台の耕作者として軽く思われているなと憤りでいっぱいだ」「阿武町民の会は、町内の有権者の6割強の方が加入している。先月末に、第1回目の会報紙を町内全戸に配ったところだ。それで二十数名の方から新たに町民の会に賛同していただき、会員は1630名をこえている」とのべ、秋田への配備をゼロベースで再検討しているように、むつみ演習場も再検討し、前方や周辺に人家がないところを考えるべきだとのべた。
また福賀で農家民宿を営む70代の男性は、「私は約10年間、グリーン・ツーリズムのお世話をしながら交流から滞在、そして定住に結びつくような活動をしてきた。年間十数人の方が阿武町に住みたい、あるいは農業をやってみたいといって宿泊し体験されていった。ところがイージス・アショア配備の話が持ち上がったとたん、問い合わせも宿泊もゼロになった。すでに風評被害が出ている」と訴えた。また阿武町は「選ばれる町」を掲げた政策によって小・中学校の子どもの70%がIターン、Uターンによるものであるとのべ、「阿武町を選んで移住してきた人たちへの影響を心配している」と語った。
昨年から今年にかけて防衛省による説明会がくり返しおこなわれているが、回を重ねるごとに住民の反対する意志は強まっており、参加した地元の女性たちは「もっと反対の気持ちが強くなった。話の内容は戦争ではないか」「勉強すればするほど、絶対に配備はさせてはいけない」と口口に語っていた。
阿武町出身の26歳の女性は、ちょうど大分から帰省していたため母親とともに参加したと語り、「私もいずれは阿武町に帰るつもりだ。子育て環境もよくて自然がきれいで阿武町が好きだ。でも配備されれば、阿武町はまったく違うものになってしまうと感じた」と話していた。