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時効知らぬ債務者からの取り立て 下関・市営住宅家賃滞納問題 「法的手続き」とは何か

 下関市が、市営住宅を退居した人の家賃滞納分の回収・納付相談を弁護士法人ライズ綜合法律事務所(神奈川県横浜市)に委託し、未納家賃の回収を開始したことが大きな問題となっている。なかでも深刻なのが保証人である。市は37年分・1100件の滞納について、保証人に一度も連絡・請求をしてこなかった。そのため今回、突然督促を受け、ふくれ上がった滞納家賃に加え、長期にわたる延滞金が発生する結果になっている。高齢になって多額の返済義務を負うことになった保証人もおり、「なぜこれほどになる前に一言連絡をくれなかったのか」「横浜の弁護士事務所に委託する前に市から連絡をするべきではないか」と市への不信が広がるところとなっている。

 

 この間、弁護士法人ライズ綜合法律事務所からの督促をめぐって、高圧的な口調で、また裁判や差押えなどの「法的手続」をちらつかせる形で納付勧奨がおこなわれていることが市内で話題になってきた。滞納の事実を知らなかった保証人も「まるで悪徳滞納者のような文書が届いた」と語っており、金銭的な負担もさることながら、その扱いに憤りを感じた人も少なくない。

 

 本紙でも紹介したAさんの兄(80代)の例を見ると、退居から約15年が経過した滞納家賃およそ87万円の支払いを求められている。15年のあいだに一度も市役所から連絡も請求も来ていない。しかし、11月6日付で届いた二度目の「督促状」と銘打った文書には、「下記期日までにお支払・ご連絡がない場合は、支払意思がないものと判断し、債権者と相談のもと、しかるべき法的手続きを検討させていただきます」と記載されている。

 

 「法的手続」といわれ、一般的に想起されるのは裁判である。驚いたAさんは病身の兄にかわり市役所・弁護士事務所と交渉のうえ、兄の年金から月5000円ずつ、年金月(2カ月に一度)に1万円を支払う約束をした。納付完了まで14年超かかる計算だ。また、退居日から約15年であり、家賃滞納はそれ以前のものである。Aさんの兄の場合、請求までの期間15年超に加え、分割払いが終了するまでの14年超、合わせて30年分近い延滞金が発生することになる。

 

 しかし、市議会12月定例会の一般質問(11日)のなかで明らかになったのは、ライズ綜合法律事務所に「法的手続」をおこなう権限はないということだ。

 

 江崎建設部長は答弁のなかで、「委託しているのは納付勧奨業務だ。今回の委託では弁護士法人が裁判をおこなうことはない。裁判をおこなうかどうかは市が判断し、地方自治法に基づき議会の議決をいただいたうえで、訴えを提起することとなる」と説明した。

 

 市が委託したのはあくまで納付勧奨業務・納付相談業務であり、内容としては、

①文書の送付、電話による支払い案内業務、

②分割納付等の支払い方法等の相談業務、

③所在不明者等の調査業務、

④債務者が死亡している場合、住民票、戸籍調査等による相続調査業務、

⑤指定口座の振込による滞納金の回収と回収金の市への納入等の業務--とのことである。

 

 これを知った市民のあいだで驚きが広がっている。上記のように、二度目(11月初旬)に届いた督促状の文面は、約2週間後の期日までに支払い・連絡をしない場合、裁判になると受けとれる内容になっている。「債権者と相談のもと」と書いているのが逃げ道になるようだが、この一文は結局のところ、たんなる脅しであったといえる。

 

時効を成立させぬ手法

 

 市営住宅の滞納家賃には、他の債権と同じく消滅時効の制度があり、「債権者(今回の場合は市)が権利を行使することをできることを知った時から5年」、もしくは「権利を行使することができる時から10年」という二つの条件が設定されている。

 

 前者の「債権者が知った時から5年」という条件だけなら、債務者の側はいつ時効を迎えるか明確にならず不安定な地位に置かれる。そのため後者の「10年」という消滅時効が進行するようになっている。市営住宅の家賃の場合、支払い期限が過ぎた時点で市が滞納を認識できるため、時効は5年ということになる。

 

 今回市が業務委託したのは、1982(昭和57)年から2018(平成30)年分の1100人・約5億2000万円についてである。督促状には退居日(滞納額が確定した日)と合計額しか記載されておらず、滞納期間の詳細がわからない場合もあるが、少なくとも退居日から5年以上経過しているケースについては、本人なり保証人が援用(相手に通知)すれば、時効が成立する。

 

 これらの本来であれば時効が成立する案件について、「法的手続」などで驚かせ、「支払う」という言質をとる--。このような今回の回収方法について、「消費者金融の回収業者などに見られる手法ではないか」と指摘する声も上がっている。民法上、時効が成立するケースでも、支払う意思を示した時点で「時効の利益を放棄した」と見なされることを利用したものだという。弁護士法人とのやりとりのなかで、「時効ではないかと投げかけたが、結果的に払わなければならない方向に誘導された」と話す人もいる。明確な認識がないのをいいことに、「時効の利益を放棄」させたものと見られ、こうした対応そのものが不信を抱かせている。

 

 市がこうしたやり方を容認しているのか、それも想定したうえで業務委託したのかが疑問視されるところだ。しかし、公募のさいの企画提案書を見ると、ライズ綜合法律事務所は市に対し、送付する文書の見本を示している。それを見ると第二段階の「督促状」で「債権者と相談の元、しかるべき法的手段を検討させて頂きます」、第三段階の「催告状」では「しかるべき法的手続に移行させていただきます」、第四段階の「最終催告状」は、「しかるべき法的手続(給与差押、自宅及び所有不動産等の強制競売、銀行口座差押等)を検討させていただきます」、第五段階の「最終通知書」では「訴訟提起及び、強制執行申立を含む然るべき法的手続きを検討させていただきます」との記載がある。市としてもこうした内容を認識したうえで同弁護士法人に業務を委託したようである。

 

 江崎建設部長は市議会の答弁のなかで、「住宅使用料の収入未済額は平成30年度までで約8億円ある。うち5億2000万円はすでに退居した方の滞納金だ。退去者のなかには市外に転出されている方、市外にいるが住所が不明な方もおり、これらの方の調査や対応に苦慮している」とし、「収入未済の改善や入居者間の負担の公平性をはかるため」にこのたびの業務委託をおこなったと説明している。

 

 公営住宅が「住宅に困窮する低額所得者に対して低廉な家賃で賃貸し、国民生活の安定と増進に寄与すること」を目的としていることから、毎年の所得に応じて家賃を設定し、病気等で一時的に収入が減少した場合には、減免等をおこなっていること、滞納した入居者には督促や職員が夜間訪問するなどして相談に応じるなど努力していることを強調。そのうえで、滞納したまま退居した人のなかに行方がわからなくなったり、約束をしても納付が途絶えるケースなどがあり、多額の収入未済額が蓄積していると説明した。

 

 しかし、今回10月半ばにおこなった最初の通知から約1カ月半でおよそ4300万円が回収されている。市が電話や文書で連絡しさえすれば、支払う意志のある市民が多く含まれていたことを示している。「滞納者が支払う意思を示している場合は、保証人への連絡は控えていた」と説明しているが、そのようにして37年分を保留してきた結果、多額の滞納家賃・延滞金を抱える保証人が出ており、「保証人になった者の責任」では済ませられない問題となっている。何より「民間のノウハウを活用する」とした今回の業務委託の実態について、検証が求められる。

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この記事へのコメント

  1. 佐々木洋美 says:

    読んでて背筋が寒くなりました

    と同時に団地なら自治会というのがある筈ですがどんな対応をしているのか
    滞納者の側に立つ弁護士を探してライズとやらの弁護士事務所に対抗するべきじゃないのか?
    たらればにしかならないのか?
    こんなのに味をしめた弁護士等士(さむらい)業界では我も我もと参入してくるんじゃないか?
    反貧困ネットワークというジャンルの一端に所属してるので機会があったら聞いてみたいものです

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