山口県下の漁協のなかで、各支店で運営してきた信用部門(金融)の存続が危ぶまれる事態が起きている。昨年頃から「金融庁の指導」を掲げて、県当局や山口県漁協本店、さらに漁協金融の上部団体である農林中央金庫から「信用部門の職員を四人体制にしなければ窓口を続けてはいけない」との指導が入ったからだ。今年度いっぱいに結論を出すことが迫られているが、組合員の減少が続いているなかで現状の3人体制をなんとか維持している状態で、さらに人件費を費やして雇用できる支店などなく、「なぜ強制的に浜の信用部門をつぶすようなことをするのか」と語られている。山口県では2005年に多くの浜の反対を押し切って1県1漁協合併がごり押しされた。県漁協発足から九年目を迎えたなかで、その存立基盤である浜の崩壊に拍車をかける事態が進行しており、信用事業だけにとどまらない問題となっている。
自然淘汰でない沿岸の衰退
全国1、2位を争う漁業者の減少・高齢化が進行するなかで、県漁協傘下の支店では、黒字が出れば本店に吸いとられ、赤字が出れば各支店なり組合員が毎年のように補填するという、通常では考えられない体制がとられてきた。この九年のあいだに、経営が立ちゆかなくなって信用事業を廃止する支店、統廃合を検討する支店も増加してきた。現在まで信用部門を維持してきた支店では、どこも支店長以下3人のぎりぎりの職員体制で業務を回している。組合員や地域住民からの要望が強いからだ。
ところが昨年頃から、「窓口業務を続けるなら四人体制にしなければ継続してはいけない」「ATMを導入すれば1人職員が削減できる」との指導が入り始めた。「県漁協から通達があった」という浜もあれば、「金融庁の指導ということで県の職員と県漁協が監査に来て、“4人にしないといけない”といわれた」という浜もある。説明によれば「金融機関で横領などの不正が起きているので、一番の目的は顧客保護と不正防止」「職員が3人体制では1人休むと業務ができなくなり、組合員に迷惑をかける。職員も休みがとれないので、福利厚生を充実するため」とされている。
だが職員をもう1人雇用するには年間300万円ほどの人件費が必要だ。ATMを導入するにも初期投資に200万~300万円かかるうえ設備は5、6年ほどしか持たないといわれている。どちらにしても各支店の負担でおこなわなければならない。「組合員のためにもなんとか窓口を維持したい」と、支店のなかでは存続を要望する意見も強いが、「やめろ」といわんばかりの指導がやられ、各浜の運営委員たちが頭を悩ませている。
ATMを導入して職員を削減したところで、ATMを使えない年配の組合員が窓口の職員を頼る可能性は大きく、2人で対応できるのかどうか、定期預金などこれまで浜の支店でできていたものが、本店や統括支店まで行かなければならないなど、不便になれば組合員の漁協離れが加速し、支店そのものが崩壊するのではないかと心配されている。しかし4人の職員を雇うことなど到底無理で、結論を出しかねている浜もある。
実際に、昨年10月にATM化した萩統括支店では、三見、浜崎、小畑、大井浦、宇田郷、江崎、大島、越ヶ浜すべてにATMを導入し、窓口業務は玉江と越ヶ浜の2カ所になった。それまで「自分のへそくりと思って毎月5000円、1万円と少額ずつ現金を定期に入れていた」という組合員は、ATMになって普通預金から強制的に定額が定期に回されたり、引き出すときには越ヶ浜か玉江まで行かなければならなくなったため、漁協に預金するのをやめ郵便局など他の金融機関に乗り換えていく組合員も続出する事態を招いた。
3月に信用事業統廃合 秋穂支店
瀬戸内海側の秋穂支店では3月7日で信用事業の営業を終了し、吉佐支店に統廃合することを決定した。秋穂支店ではATMの設置はおこなわず、キャッシュカードを利用するときには郵便局、農協、コンビニを利用することになる。
昨年、行政監査に県職員と県漁協が来て、「3人体制だと1人がトイレに行ったときに3人体制を維持できないので4人にするように」といわれたことを関係する人人は明かしていた。支店経営が厳しさを増し、信用事業をこれ以上維持することはできないことが議論の俎上にのぼっていたところだった。秋穂市場の収益は、最高時には5億5000万円あったが、現在では4000万円にまで激減し、販売事業の売上も対前年比1100万円減。近隣の向島支店は2、3年前にすでに信用事業を吉佐支店に譲渡してATM化した。
漁師の男性は、「火を絶やしたくはないが、燃やし続ける力がないのにそのままにしておくと大変なことになる。今までやっていた事業がなくなるのは悲しいが、このまま信用事業を続けても赤字にしかならない」という。「市場にもほとんど魚は揚がらないし、漁師もどんどん少なくなっている。市場の収益が下がれば組合に入る手数料も減る。この状況でどうやって組合を運営していくのかということが迫られている」と語り、「そもそも漁協合併のときに“合併しなければ信用事業ができなくなる。出資していた8000万円も返ってこなくなる”と脅されて合併したのに、結局どこの浜でも信用事業がやっていけなくなっている。最初はみな反対していたのに、合併しないと損になるのではないかと思うことをいわれたり、合併に賛成するまでに何度も総会が開かれた」と、漁協合併に対する怒りを語っていた。
3人体制で違反はない 行政の見解
焦点となっている「4人体制」について、県漁協信用部は、「信用事業は3人いればできる。今やっているところはみんな3人体制で大丈夫だ。どこに問題のある支店があるのか。うちは金融庁の管轄ではないから、金融庁から指導が入ることはない」とのべている。
県農林水産部の団体指導室は、「4人体制にしないといけないというのは初耳。だれがいわれたのでしょうか。漁協の信用事業は水産庁の監督指導の方針に従ってやられており、上部団体である全漁連が具体的な体制を指示している。どんな体制でおこなうのか、それが赤字ならどうするのかは漁協の判断。すべての支店で信用事業をおこなうのが赤字であれば、漁協として検討されると思う。うちは法令違反があれば指導するが、体制をどうするかについて、いちいち相談があるわけではない」「組合員が減って10年前の組織をそのまま維持できない。どのように組織を存続させるのか知恵を絞っておられるのは理解している。だが県として、こういう形がいいとか悪いとかいう立場にはない。法令違反がなければ各団体さんの判断」という対応だった。
金融庁に取材したところ、「各漁協は都道府県に任せているから、金融庁で直接指導しているわけではない。国の方はどこの金融機関に対しても牽制体制をとることは指導しているが、各支店に何人置くかというのは各金融機関の判断で、国が“四人にするように”というような具体的な指導をすることはないし、とくにここ最近厳しくしたわけでもない。漁協の方は今全国的に再編統合が進んでいるので、そのなかで農林中金さんがそのように指導されているのかもしれない」という見解だった。
浜では、「金融庁の指導だ」といって県や県漁協がATM化ないしは実質的な事業廃止を迫っているのに、実際には信用事業は現行の3人体制でも何ら違反はないことが浮かび上がっている。いったいだれがなんのために金融庁の虎の威を借りて「指導」したのか、「4人体制」というのはだれがどこで決めたのか、大きな謎になっている。これほど各支店が頭を悩ませているのに嘘だったというなら、指導した側はなぜ漁業者を騙したのか、みなで追及しなければならないものとなっている。
県漁協幹部のなかには「じつのところ、4人体制にしなければいけないという話が決まっているわけではない。金融機関の横領など不正が起こって厳しくなる方向ではあるが、職員体制うんぬんの前に、支店が赤字ばかりで、このままでは本店が倒れるから、赤字の信用部門をやめてもらいたいということだ」と事情を明かす人物もいる。
また、現在使用している信用端末が来年3月で耐用年数を迎えるため、同時にすべての支店をATMに移行させたいという県漁協の意図もあると指摘されている。「金融機関としては漁協は規模が小さいから県も面倒臭いからやめてほしいという思いを持っている」といわれている。
投機の集金機関に変質 頼母子機能よりも
協同組合の信用事業の出発点は「頼母子」(たのもし)で、漁船をつくったりするときには多額の資金が必要なため、組合員同士が助けあって生産器具などを揃えてきた。一般的な金融機関とは根本的に性格が異なっている。ところが信漁連や農林中金という上部団体の傘下におさめられたもとで、頼母子機能よりも彼らが証券投資や博打をするための集金マシーンのような状態に変質し、リーマン・ショックや金融危機が起きるたびに農林中金が国内金融機関のなかでもっとも焦げ付きを出してきた。近代化資金などの生産活動に対する融資を厳しくしながら、金融投機には破格の資金を注ぎ込む構造になっている。
今回、「不正防止」のための「“人事ローテーション”を今年9月いっぱいで徹底しなければ不適格になる」との指導が農林中金を通じておろされるなどしており、「昔は水協法で漁協が管理するとなっていたが、今はそういうのがすべて取っ払われて、銀行と同じ感覚で農協や漁協がやらないといけない」「金融庁からすれば、弱小・零細からメガバンクまで“どれも同じですよ”という扱い」という矛盾も背景にあることが語られており、さらに「各浜から信用事業がなくなり、“ともに助けあう”という協同組合の精神が薄れることは、漁協の崩壊につながる」と危惧されている。
本末転倒の振舞に怒り 本店だけ黒字の仕掛
山口県の水産業が全国と比べても異常な衰退状況がもたらされてきたのは、マリンピアや先物取引で桝田市太郎(元林派自民党県議団長・元黒井漁協組合長、元マリンピアくろい社長)や信漁連が焦げ付かせた203億円もの負債を漁業者に尻ぬぐいさせ、解消してきたことがある。県漁協発足のさいにも、残りの100億円超の負債をみな沿岸漁師や漁協に負担させ、この過程で豊北町では七割の組合員が脱退する事態もひき起こした。県内沿岸で同じように組合員が半減した浜が続出した。そのさい、合併に反対する漁協には「信用事業ができなくなるぞ」が殺し文句となり、信用事業から撤退するさいも、例えば角島漁協の場合は、1億円近い信漁連に対する出資金を毀損させ、漁民財産を奪った。それが合併から九年を経て県漁協各支店も信用事業ができない状況に追い込まれようとしている。
県漁協本体は毎年黒字を計上している。本店といっても問題を引き起こした旧信漁連、旧県漁連の建物に本店機能が移行しただけで、体制上もそれらの幹部職員が乗っとって今日に至っている。負債をうみだした張本人が計画倒産して名義変更し、浜の協同組合を解体していっそう傲慢な振る舞いをはじめた。支店の黒字分はすべて本店がとりあげ赤字は各支店の組合員負担という体制を続けている。赤字は組合員に配分して解消されるため素人が経営しても本店は黒字になるシカケだ。
赤字の支店では毎年年末になると、組合員に赤字分の負担金が示され、20万円、30万円といった負担金を払えないために組合を脱退する漁業者が後を絶たない。組合員が減って経営基盤が崩壊するため、支店経営も困難に陥る悪循環となった。しかも、漁業資材や燃料油も、山口県では民間と比べても法外な値段で、支店が加えるマージンにプラスしてなにもしない本店なり関連機関が手数料を二重取りするため、免税軽油も意味をなさない。
散散、浜が立ちゆかないようにしておいて、「赤字だから」と信用事業まで奪っていく本末転倒なやり方に、山口県の漁師の怒りは強まっている。「貯金1000億円達成!」などといって漁協婦人部を焚きつけて貯金をかき集め、漁師たちが預けていたそれらの預金を203億円も焦げ付かせていたのは信漁連なのに、尻拭いはみな被害者であるはずの漁業者にかぶせ、いまになって用済みで切り捨てるやり方に、歴史的な怒りが噴き上がっている。
浜の漁協解体する危機 深刻な日本海側
県内でももっとも深刻な経営難に陥っているのが北浦沿岸地域といわれ、小さな支店も多いなかで市場を筆頭に事業全般で赤字が大きく、毎年のように高齢化して脱退する組合員が出るなど、組合解体の危機を迎えている。
赤字が深刻な豊浦統括支店では、どの浜でも現状維持に必死で、独自に支店職員を増やすことなどできない。むしろ赤字解消のための「経営改善」策によっていかにコストを削減するかで関係者は頭を悩ませている。四月からは室津、川棚、小串、和久、矢玉の信用部を置く支店はすべて週3回の曜日営業にし、職員が支店を回っていくことが伝えられている。二見支店ではATMも撤去され、支店としては購買のみをおこなっている状況だ。組合員は隣の矢玉支店の信用部を利用しているが、矢玉も曜日営業になることでさらに不便が生じることになる。さらに豊北町では、農協も現在六カ所ある支所のうち、2カ所を残してすべて閉鎖する動きが始まっている。
日本海側では、いまや浜の衰退も限界に来ており、信用部どころか浜の漁協そのものがなくなったような箇所も少なくない。瀬戸内海側のように補償金の浮き袋などなく、信用事業といっても長年にわたるゼロ金利のおかげで利益がない。本業の購買事業や販売事業も魚価安や組合員の激減で基盤を失っている。削れるものはみな削って本店に利益は持って行かれ、丸裸に等しい状態が強いられている。
山口県では90年代以後、米軍岩国基地の沖合拡張や上関原発計画の埋め立て、下関市の沖合人工島建設など、漁業権をめぐる問題が必ず発生し、漁業者の抵抗が計画を押しとどめる力となってきた。このなかで、信漁連問題の解決と称して「支援」をちらつかせ、漁業者がいない方が都合がよいという明確な意図を持って、漁業を衰退させる政治が実行されてきた。県政は漁業者がいない漁協をつくって、「経営基盤を改善する」などとバカげたことをやり、祝島には配下の県漁協本店を使って「補償金を受けとって原発建設を受け入れろ」と恫喝を加え、山口県漁業を破壊することばかり実行してきた。
山口県の漁業をつぶすことは、1万人の漁民家族だけの問題にとどまらない。市場の仲買、小売り、料理屋や消費者、さらに水産加工業者、漁業資材、鉄工、造船などの業者をはじめ、水産関連で生活する膨大な人人がいる。また漁業がつぶれた山口県というのは、あらゆる県民生活への重大な損失である。理不尽な漁業つぶしのありようは、すべての県民生活破壊をすすめる象徴となっており、このデタラメきわまりない状況を抜本的に転換させなければ、沿岸地域の崩壊には歯止めがかからない。
信漁連問題は自民党の林義郎元代議士が自民党水産部会長の時期、林派の県議・元黒井漁協組合長・故桝田市太郎氏や信漁連幹部と組んで、漁民の預金を使いこんだことが原因だった。その責任転嫁の延長に今日の沿岸の荒廃がある。自民党林派のために山口県漁業がつぶれなければならないなら、本末転倒もはなはだしい。山口県から出た代議士たちが中央政界で出世し、調子付いているのと引き替えに岩国では極東最大の米軍基地化が進められ、上関原発も全国最後の新規立地としてごり押しする動きがあらわれている。漁民の死活の生活問題であるだけではなく同じように生活破壊が進められた結果、全国でも有数の人口減少、産業衰退がもたらされた県民全体の経験とも重ねて、全県団結による斗争が避けられないものとなっている。