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阿武町漁師たちの鮮度保持の取組に密着 上田勝彦氏が神経締め等を伝授

 山口県阿武郡阿武町にある「道の駅 阿武町」には、休日や平日を問わず開店時間の10時前になると買い物客が押し寄せて長蛇の列をなす。客の目当ては地元の定置網をはじめとした漁でとれる“朝獲れ”の安くて新鮮な魚だ。「日本一魚が安い道の駅」の評判が広がり、地元の人人や山口県内各地をはじめ、隣の広島や福岡、さらに遠くは北海道などからも多くの人人が訪れる。阿武町の看板となり、地域の人人の交流の場にもなっている。鮮度抜群の魚が買い物客から喜ばれ評判も広がっているが、昨年度からはさらに鮮度保持や品質向上に力を入れて出荷するためのとりくみを漁業者や町、道の駅が一体となって開始している。漁業現場でどのような変革をおこなっているのか、同行取材した。

 

 今回乗船取材したのは阿武町奈古で長年定置網漁をおこなっている野島水産の第五幸丸。漁師8人でチームを組み、毎日早朝から沖に仕掛けてある定置網3カ所を回って網を引きあげ、仕掛けにかかった魚を回収する。朝とれた魚の多くは、浜のすぐ近くにある道の駅の棚にその日のうちに並ぶ。

 

 午前5時頃になると奈古の製氷所に船員たちがやってきて、漁船に積むための氷を準備する。積み終えると浜の番屋で船員の集合を待つ。この日は元水産庁職員で魚体処理の講師としても有名な株式会社ウエカツ水産の上田勝彦氏(東京海洋大学客員教授)も乗船し、とった魚を船の上で神経締めにし、よりよい状態で出荷するまでのノウハウを伝授するための講習をおこなうことになっていた。上田氏は昨年8月に初めて阿武町を訪れ、今年度初めから毎月阿武町に通って、数日間かけて各地の漁業現場に足を運び、技術指導をおこなっている。

 

沖に向かう漁師たち

 5時30分になると漁船に全員が乗り込み、網を仕掛けてあるポイントに向かう。定置網とはその名の通り海中の定まった場所に網を固定して、回遊している魚を網で作られた垣根(垣網)で誘い込み、それを袋状の袋網で回収する漁法だ。底引き網や巻き網などのように漁船で網を曳いて群を追う漁とは違い、「待ち」の漁だ。定置網は代代引き継がれてきたポイントに長年設置してあり、その日ごとに袋網だけを巻き上げて魚を回収する。

 

 出港して30分ほどすると最初のポイントに到着した。網上げの開始だ。

 

 袋網に繋がるロープを機械で巻き上げたあとは、船に全員が横一列に並んで網の裾を手でつかみ引き上げていく。するとにわかに水面が騒がしくなり、網にかかって暴れる魚たちが姿をあらわす。定置網でとれる魚は多種多様だ。主には回遊魚であるブリやヒラマサなどの大型の青魚やアジ、サバ、この時期にはトビウオやアオリイカ、ヤリイカ、アイゴもよくとれる。また、ときにはマグロやヒラメ、タイ、ハモなどの高級でめずらしい「一点物」が迷い込むのもこの漁のおもしろいところだ。その魚たちを船の活け間で活かすものと、すぐに氷水で締めるものとを選別しながらタモですくいあげていく。その時間わずか30分ほどで、3カ所あるポイントをテンポ良く回って魚を回収していく。

 

 

 出港してから2時間足らずで魚の回収を終え、港へ帰るまでの間に活かしておいた魚を船の上で締め、血抜きをして神経締めにしていく。

 

 この漁でとれた魚のほとんどは道の駅で売られる。早朝にとれてから棚に並ぶまでの時間が短いことから「新しい」のは当然だが、魚の鮮度は時間の経過とともに落ちていく。その鮮度を保つには、とれてからいかにきちんとした処理をしているかにかかっている。とりっぱなしの状態で暴れて苦しみながら死んだ魚は、血液が体全体の筋肉にまで回ることで身の色味が悪くなったり、食べたときの臭みの原因になりやすい。さらにただ単にとってその場で魚を殺して「締めた」ようでいても、身のけいれんは魚が死んだ後も続く。魚が暴れたりけいれんすることで筋肉疲労が身に蓄積し、その結果旨味の元となる成分が減少し、死後硬直も早まってしまう。

 

 それを防ぐために「神経締め」をおこなう。背骨の中にワイヤーを通して中枢神経を破壊し、けいれんをおこす脊髄反射を介した運動を抑える。今、阿武町の漁師たちはこうした魚体処理の徹底によって魚の歯ごたえや旨味といった本当の「鮮度」を長時間保つための技術習得・熟練に力を入れている。いくら新しいといえども「とりっぱなし」の魚としっかりと鮮度保持のための手間暇を加えた魚とでは、捌くとき、食べるときまでキープすることができる身質が段違いなのだ。

 

 魚体処理は講師の上田氏と漁師たちが一緒に船上でおこなう。活け間の魚を、魚の身が痛まないように甲板に敷いた分厚いスポンジの上にとりあげる。このとき魚が暴れるが、強引に手で押さえつけることはせずに、手を体に添えたり、目を覆って魚を落ち着かせて動きが止まるのを待つ。

 

 次に魚の目と目の間付近から頭蓋に手鉤などを打ち込んで締めていくのだが、魚によって狙う箇所は微妙に違うようで、それぞれのポイントを抑えておかなければいけないようだ。殺して動きを止めると次にエラの内側の膜にナイフの刃を入れ、動脈を破って血抜きをおこなう。まずは生かしておいた魚すべてにこの一連の作業をおこない、海水が入った容器に浸けて血抜きする。しかしただ海水に浸けているだけでは十分に血が抜けないので、別の漁師たちが直接エラの下に手を入れてホースの流水ですすぐように一匹ずつしっかりと血抜きをおこなっていた。この時点で魚は死んでいるのだが、まだピクピクと痙攣しているものもいる。

 

 血抜きが十分にできたら神経締めをしていく。頭蓋に空けた穴から背骨を伝って尾に至るまでワイヤーを通し、神経を破壊する。スッとワイヤーが通るときもあればなかなか上手く通らないときもある。また、それぞれの魚のサイズによって神経孔の太さが異なるため、その都度ワイヤーの太さを変えるなど細部にわたってこだわりを持った処置をしていく。

 

 神経締めまで済んだ魚は冷やし込むが、あまり強烈に冷やしすぎるのはよくない。塩分濃度が高ければ冷えすぎてしまい、魚の身が固くなりすぎる恐れがある。そこで海水と一緒にあらかじめ用意していたペットボトル入りの真水を調合し、最適な温度を保つための一手間も欠かさずおこなっていた。

 

 港に到着するまでの間にこれらの魚体処理と合わせて、神経締めしていないトビウオやアイゴなどの魚はサイズや種類ごとに選別して箱詰めしていく。アイゴには背びれに毒針があるため、一匹ずつ漁師が背びれをハサミで切り落としていた。

 

 

 港に到着するとすでにトラックが待ち構えており、道の駅の職員が荷を引き受けて港にある加工場で売り場に出すためのパック詰め等の準備をおこなう。この日は職員が一人で人手が足りないということで、早朝からの漁を終えた社長も漁師も全員でパック詰めの作業を手伝っていた。

 

 上田氏の指導はパック詰めにまで細かくおこなわれる。白い発泡スチロールのトレイにサイズを揃えてきれいに魚を並べ、ナイロンでパックする。このときにナイロンをピタッと張りがあるようにしっかりとトレイに巻き付けることや、トレイに入りきらない大きなイナダなどの魚をビニール袋に入れるときに空気が入ってダブつかないよう、しっかりと空気を抜いて魚の色味などがしっかりと見えるようにするなど注意点がさまざまある。

 

 上田氏は「いくら鮮度がよくても、最終的に客が手にとり買うかどうかはその瞬間の直感にも大きく左右される。そのためには客の注意や関心を引くポップやシールも重要なツールの一つになる。そういう売り方のこだわりまで突き詰めていくなかで、漁師自身も“自分たちも客商売なんだ”ということに気づき、魚の価値を見出し、生かして客に分かってもらうための努力をおこなうことが重要だ」と語る。

 

 パック詰めが終わると「朝獲れ! 奈古定置網野島水産」のラベルを貼り、さらに神経締めした魚には他の魚との価値を区別するために「神経〆」のラベルを貼る。

 

 次に漁師や道の駅の職員、上田氏も加わり、魚の販売価格を決める。普通にとっただけの魚はこれまでと変わりない値で売るが、神経締めをして手をかけた魚はその分価格を上げる。市場の競り値の相場より安くは売らないが、これまで「日本一安い」で売り出してきた道の駅とあって、神経締めなどのとりくみを開始して間もない今は、安さ目当ての客に対して少しの値上げも冒険なのだという。

 

 今回は30センチ近いトビウオ4匹入りを通常250円から神経締めしたものは300円に設定した。60センチほどの大きなマダイは1500円から2000円に。そのほか40センチは越えるカンパチの子800円など、一見どこの売り場にいっても目にすることができないほどの安さだが、全員で悩みながら品質保持のための技術への対価として、相応の価格設定を目指して値付けしていった。

 

800円で売られるカンパチの子

 上田氏は「魚そのものをよくするための技術は、やり方さえ覚えて反復練習すれば身につく。あとはいかに人を育てるかがカギになる。人間力を高めなければ技術だけ先走ってもいけない。手をかけたものにはその分だけの値を付けるし、それなりのものにはそれなりの値段。正直な商売が一番長続きする。価値相応の値段をつかむ感覚を手にすることが重要で、それを続けた人の所に必ず利益は帰ってくる」という。神経締めをした魚でも痩せていたり処理が悪いものには高い値は付けず、「神経〆」のシールを貼らずに売ったものもあった。

 

 また、神経締めを始めて1カ月間はシールを貼らずに店頭に並べていた。技術と品質が「神経〆」のシールに見合うレベルに達するまでは客にそれを謳うことはできないということだったが、次第に評判が返ってくるようになったので、満を持して最近になってシールを解禁したのだという。最終的には魚を食べた人の評価が重要で、神経締めをした魚を食べた人が「うまい」と反応し、またそれを目当てに買いに来てくれる関係を目指している。評判を定着させるための試行錯誤はまだ始まったばかりだ。

 

 新たにとりくんでいるのが道の駅の売り場での漁師による対面販売だ。もともと道の駅に魚を出していた漁師が売れ残りを見に行ったりした際に、客に声をかけて自分がとった魚であることや捌き方、美味しい食べ方などを直接伝えると客が喜んで買っていた。神経締めのとりくみを始めてからそのことを上田氏と相談して「では、自分たちで神経締めのことも客に説明して売ってみよう」となり、このとりくみが始まったのだという。

 

 道の駅開店を控えた午前10時前になると、すでに入り口には買い物かごを下げた客が列をなしている。道の駅の職員も「毎日のようにこれほど開店前から並ぶ道の駅は全国を見渡してもそうそうない」と自負するほどの人気だ。

 

 開店と同時に客が売り場へなだれこむ。それもそのはず、安くて新鮮な魚が数百円で手に入るのだ。魚が入ったパックでかごを一杯にした客が店に溢れ、争乱状態となり、職員が慌ただしく次から次に魚を補充していく。開店直後の売り場では喧騒によって魚の説明をしている場合でもないので、漁師による対面販売は開店から1時間後に始めた。

 

 今回は漁師の松田さんが初めての対面販売に挑むということで、「営業部長」と呼ばれている出羽さんがサポートについた。その後、同じ漁師の宮崎さんも加勢に駆けつけ、上田氏も一緒に客への宣伝や説明をしながら販売をおこなった。

 

 上田氏の説明は捌き方や料理法から旬の時期、おすすめの魚の紹介にいたるまで幅広く、その風貌もあいまってさながら魚屋の大将のようだ。レンコダイは翌日に食べるなら帰って薄塩を振り、ペーパーにくるんで1日寝かしてから当日もう1回塩を振って塩焼きにする。サバはこの時期は寄生虫がついている可能性があるため、ぶつ切りにしてタマネギと一緒に味噌汁にし、ジャガイモも一緒に入れることがおすすめだ。トビウオにも角トビと丸トビの二種類あり、刺身にするなら丸トビの方がいいなど、その魚の特徴や最適な料理方法などを買い物客に説明していた。神経締めのシールが貼ってあるヒラマサの子は身持ちがいいこと、歯ごたえや旨味など「食べたら一発で分かる」と宣伝し、客が一度カゴに入れた野締め(神経締めをしていないもの)のヒラマサの子を戻し、少し割高だが神経締めのものととりかえるシーンもあった。

 

開店直後にごったがえす道の駅店内

上田氏による対面販売。客に魚ごとの食べ方などを伝えていく

漁業者による対面販売

 漁師たちもトビウオの捌き方など丁寧に客に説明し、神経締めの効果などを宣伝していた。「営業部長」こと漁師の出羽さんは「神経締めした魚は身持ちも味も全然違う。とにかく“食べ比べてみてほしい”と違いを感じてもらうことが大切だと思う。対面販売を始めてまだ2週間ほどだが、今日も“この前の神経締めの魚がよかったから買いに来たよ”といってくれた客がいた。励みになるし、自分たちが努力を続けることでさらに自信にも繋がる」と話していた。

 

 上田氏も「このとりくみを始めて間もないが、客のなかには少しずつ神経締めの価値が浸透し始めているという実感はある」という。この日はいつもよりも強気の価格設定だった神経締めのシール付きの魚が昼前には完売するなど、手応えは上々のようだ。

 

 阿武町の職員は「今まで阿武の道の駅の魚は“安くて新鮮”が売りで評判もよかったが、そこからもう一皮剥けないといけないということで、町も道の駅も漁師も一体となってとりくみを始めた。品質を良くして“いいものはいい”と評価されるための改革を進めている。安いから買ったはいいが“どうすれば美味しく食べられるのか”という客の要望に応えていくためにも、道の駅の職員もしっかり説明できるように勉強しないといけない。生産者が消費者とダイレクトに情報交換できることを強みにしていくなかで、生産者のなかにもお金にかえられない生産の喜びを創出していきたい。道の駅の職員もただ売るだけではなく、地元の食材や道の駅そのものへの愛着を持ち、道の駅全体の活気のある雰囲気に観光客や地元の人人が触れられるよう相乗効果を生んでいきたい」と意気込んでいた。

 

 講師の上田氏は「神経締めは“諸刃の剣”だと思っている。地域の人こそが一番重要だ。漁師は技術を磨きながら道の駅という“道場”で客の懐を借りて、その成果を試しながら研鑽を積むことが大切だ。今の漁業は昔のようにただ魚をとって売るだけではもうからないようになっているし、今ある資源とどう寄り添って価値を見出すかにかかっている。商品の価値が分かる人がいてこそ商売が成り立つ。“いい商売をしようと思えば客を育てろ”ともいわれるが、その客に対してどう価値を分かってもらうのか、伝える力も必要になってくる。“なんとかしたい”と思っている生産者は多いと思うが、生産現場だけがいくら努力しても評価されないケースもある。そうした流通や地域全体をつないで評価や価値を上げていくための仕組みをつくっていくことがカギになると思う」と話していた。

 

 阿武町でのこうしたとりくみは、魚の活け締めや神経締めの技術による品質の違いを現場の漁師に理解してもらおうと、昨年8月から阿武町が音頭をとり、上田氏に講師を依頼して始まったものだ。町内の宇田郷と奈古の水産会社や一本釣り漁師に対して、上田氏が毎月3日間かけて巡回しながら技術指導を進めている。

 

 若手の漁師をはじめ地元の生産者と販売を担う道の駅、それを運営する町というそれぞれの組織が連携・支援しあい、地域全体でこのとりくみを盛り上げていくなかで、「安くて新鮮」に加えて、「いい魚」の評判が確実に広がり始めている。生産現場を中心とした地域全体の意気込みも強いものがある。

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