下関市の安岡沖洋上風力発電建設をめぐって、事業者の前田建設工業(東京)が反対する会の4人の住民に、環境調査が妨害されたとして多額の損害賠償を請求した訴訟の控訴審判決が5月30日、広島高裁で下った。一審判決は4人に測定機器の修理費524万7336円の支払いを命じたが、控訴審では森一岳裁判長がそれに倍する1181万7682円の支払いを命じた。地元同意がないまま東京から乗り込んできた大企業が事業を始めようとするなか、誰がどのようにして壊したのかのまともな立証もないまま下された不当判決に、地元では驚きと憤りが噴出している。この困難な局面をどう打開するか、記者座談会を持って論議した。
A 裁判での前田建設工業の主張は、2014年9月14日、反対する会の4人が共謀し、住民を扇動して環境アセスを妨害し測定機器を壊したというもの。一審では、機械の修理費だけでなく、調査準備費や従業員派遣費なども含め、1134万4701円の損害賠償を請求した。今回の判決で額が増えた主な理由は、控訴審に移った昨年9月、前田側が調査の翌年(2015年)にやった再調査の費用約700万円を追加で請求し、それがほぼ認められたからだ。これは一審では一度も問題にならなかったものだ。
一方、住民側は、4人のうちすべての機器設置地点に行った者も、すべての機器に触れた者もおらず、数十人の住民による自発的な抗議行動だったと主張。前田側が前岡製綱駐車場ではダミーの測定機器を用意していたこと(警察の調書から判明)、機器を入れた鉄製の箱のなかにコンクリートブロックを仕込んでわざと壊れるようにしていたこと(前田側が証言)を指摘し、住民の抗議を誘い訴訟を起こして反対運動を封じ込めようとしたと主張してきた。こうした環境調査は環境アセス法の主旨や下関市議会決議を無視したもので、4人の行動は住民の正当な抗議活動であると主張した。
控訴審判決は、4人は事前に測定機器を撤去・運搬することについて共謀していたし、住民との間でも共謀が成立しており、したがって4人が10カ所すべてに行かなくても共同不法行為は成立し、その行為から生じた損害について賠償責任が発生するとした。前田側が忍ばせていたボイスレコーダーの音声や4人のメールのやりとりを主な根拠にしたもので、一審と同様、誰がどうやって壊したかの客観的証拠はない。動機の解明だけで強引に結論づけた印象だ。
また、「壊れても弁償すりゃええ」という住民の声が音声データに残っていたことや、トラックで運ぶとき毛布にくるんでいなかったなどの状況証拠から「横倒しにすれば機器が損壊する可能性があることを認識しながら、損壊してもかまわないとして行為に及んだ」と踏み込み、「壊れないように丁寧に運んで返却した」という住民側の主張を退けた。
さらに判決は、住民側の「調査を強行することで住民の抗議行動を誘い、損害賠償請求訴訟をおこなうのは権利の濫用」だとする主張に対し、「(住民の行動は)社会通念上相当と認められる範囲を逸脱した抗議行動」だとして認めなかった。
損害額については、共謀にもとづいたものなので4人に全部を払わせるべきであり、各自の関与の程度に応じて減額することは「被害者保護の観点からも許されない」とした。
B この判決が安岡地区に伝わると、理不尽な判決に住民たちの怒りが沸き起こっている。ある日突然、東京の大企業が地元に乗り込んできて巨大風車をつくるといい始め、大多数の住民が「やめてくれ!」といっているのに聞く耳をもたず、調査に何回も抗議して中止させたのに、それでも聞かず今度は鉄製の箱の中に測定機器を入れ、あわせてこっそりとボイスレコーダーやコンクリートブロックを仕掛け、住民に多額の損害賠償を請求するスラップ訴訟を起こして黙らせようとする。住民からすれば「はめられた」と思うのも無理はない。風車を作ってくれるな、これまで同様に暮らしたいといっているだけなのに、洋上風力が持ち上がったおかげでとんだとばっちりをくらうことになった。しかも金額としても法外でみなが驚いている。裁判所は強い者の味方で国策への忖度判決ではないかと話が広まっている。痛みがきつい分、「前田建設工業」という会社の名前とやり方は脳裏に叩き込まれた。安岡地域の住民にとって決して忘れない企業になろうとしている。
A 経産省がバックの国策で、裁判所が忖度して大企業側の主張を認め、多くの住民の5年以上にわたる難儀な思いを汲みとることもしない。「今回だけではない。福島原発事故の裁判にしても、裁判所はいつも巨悪を見逃して庶民を苦しめる」という住民もいた。
住民のなかでは「そもそも安岡自治連合会が風力反対の決議をあげ、住民も自治会もやめてくれ! といっているのに、無理矢理調査をやろうとしたのは前田建設だ。押し売りが無理矢理物を置いていったようなものなので、みんなで返しに行っただけだ」「機械をわざと壊すような人は一人もいなかった。丁寧に返しただけだ。それはみんなが見ている」「あの日は数十人の住民が地域のためにと、誰に命令されるでもなく自発的に行動した。その責任を4人だけにかぶせるのは納得がいかない」と話題しきりだ。
C 損害賠償というから壊れた機械を弁償するのかと思っていたら、調査準備費や従業員の派遣費用まで請求し、それに加えて翌年の再調査の費用も請求して、後者は控訴審で裁判所も認めた。住民を兵糧攻めにしてあきらめをさそう意図はありありで、「それならますますあきらめるわけにはいかない。“倍返し”するぐらいの世論を起こさないといけない」とある住民は口にしていた。
ボーリング調査計画 漁師や市にも連絡せず
A 判決とあわせてこの間、地元で話題になってきたのが、前田建設工業のボーリング調査だ。地元の県漁協ひびき支店(旧安岡漁協)のアマ漁の最盛期にぶつける形で、5月15日から7月末までの期間にやることを予定し、前田建設工業が県の土木事務所に申請を出していた。専門家に聞くと、今の時点でのボーリング調査は工事着工に直結する調査になるはずで、スパット台船を出し、それぞれ1~2週間かけて風車15基の建設予定場所の直下を掘ることが予想されるという。
ところがおかしなことに、ボーリング調査のためには県の土木事務所と門司の海上保安本部に作業許可申請を出さねばならず、そのためには関係する漁業組合の了承が不可欠だが、地元のひびき支店はボーリング調査そのものを知らなかった。県漁協が勝手に了承を与えたとしか考えられないが、漁業権を持っている地元漁協の同意がなければ県土木も海上保安本部もボーリング調査の許可はできないはずで、ここには明らかに法的手続きの瑕疵(かし)がある。ひびき支店の漁師たちは、ボーリング調査に一切同意しておらず、強行すれば操業妨害・漁業行使権侵害に当たるとして、調査の中止を求める抗議文を前田建設工業に送りつけた。
D 下関市にも事前に連絡がなかったと、役所関係者が驚いていた。前田市長が市議会の議場で「(安岡沖風力は)絶対に進めるべきではない」と明言しており、市議会も全会一致で風力反対陳情を可決しているのに、その地元自治体に何の断りもなくボーリング調査をやろうとするのはあまりに非常識だ。漁師にも知らせないし、地元自治体にも知らせないでボーリング調査をやろうとするのは問題だ。どういうつもりなのかと各所で話題になっている。下関市としても怒っておかしくない話だ。これではもし風車が建設されたら、建設後にいくら健康被害が出たと苦情をいったところでどうなるかわからないではないか。
A それと最近わかったことだが、前田建設工業が今月23日(日)午後2時から4時まで、安岡公民館3階講堂で安岡沖洋上風力発電事業の説明会をするという文書を、安岡・綾羅木の自治連合会や安岡病院に送ってきている。「安岡本町で継続調査している低周波音の調査結果や最新の知見を中心に説明する」という。一方で1000万円よこせといいながら、もう一方では「説明します」という。この二刀流に住民が激怒している。
B 前田建設工業はこれだけ住民に嫌われてどうするのかと思う。本来、下関で事業を始めようという場合、地元住民に丁寧に説明して理解を得ることが大前提だろう。ところが建設する前から、市内では前田建設工業といえば「脅してばっかりで、そこで暮らす住民たちにひどいことをする企業」という評判が広がってしまった。エコとかクリーンとか以前に、人間にひどいじゃないか! という評価が定着している。終いには1200万円近く払わされるわけで、もう地元安岡住民との溝は深まるばかり。この怨恨は後後まで引っ張ることになるだろう。
D 前田建設工業はこの間、市内で風力推進企業の従業員を集めて何十回と説明会をやっており、それで「市民に説明しました」という形にしたいようだ。23日はどのような説明をするのかわからないが、準備書説明会のときのように弁護士をつれてきて、録画・録音をとるかもしれない。そうして工事着工につながる評価書を出そうというのだろう。
C この5年余りでみんなで集めた反対署名は10万筆をこえた。目には見えにくいけれど、市内外から寄せられている支持はたいへんなものだ。それに1000人デモ行進を何度もやってきたし、夏の暑い日も冬の凍えるような日も街頭に立って訴え続ける姿は多くの市民が目にしている。そこで訴えてきたのは、子や孫のために安心して暮らせる故郷を残したいという当たり前の要求だ。正正堂堂とその意思を伝える以外にない。
E 反対する会や安岡・綾羅木の連合自治会は、23日にできるだけ多くの住民が集まるよう呼びかけている。住民たちは、当日は会場に入りきれないぐらいたくさん詰めかけて、風力発電建設に同意していないという意志を突きつけたいといっている。嫌なものは嫌なわけで、理屈ではない。
D 控訴審で敗訴したからといって、風車がすぐに建設されるわけではないが、ここは正念場だ。金銭的な苦しさに心が折れて後ずさりしてしまうのか、それともみんなの力で跳ね返していくか、住民側にとっては極めて重要な分水嶺だ。例えとして適切かどうかはわからないが、殴られて殴られて「許して下さい…。もう勘弁して下さい…」と泣きべそかいて屈服すると、何度も何度も殴られてたかられるのが関の山だ。そんな場合、歯を食いしばって立ち向かうしか術はないと思う。背中を見せたら追いかけてくるという局面で、しんどいけれども踏ん張って前を向き、これまで以上の執念でもって頑張らないといけない。裁判は4人が訴えられたが、みんなで全力で支えないといけない局面だ。具体的には金銭的な協力・援助が切実に求められている。事情を知らない人人も多く、なかには巨額の賠償額に驚いて気が引ける人もいるかもしれないが、それが現実なのだから乗りこえるしかない。みんなの力を束ねて困難を跳ね返していく方策を、英知を集めて見出していく以外にない。
B 被告となった4人だけに負担をかぶせては絶対にいけない。もしそんなことをすれば、ここまで広がってきた運動への信頼が失われることになる。4人が自分のためでなく、地域のために頑張ってきたのは地元のみんなが認めていることだ。家族があり、小さい子がいる人もおり、本来風力の話さえ持ち上がらなければ警察に家宅捜索されることも訴えられることもなかったが、まるで犯罪者のように扱われることにも屈せず、家族ともども地域のみんなの暮らしのために体を張ってきた。住民の会としても具体的行動を起こすだろうが、全力で各方面から軍資金を集めないといけない。そのためにも、まず事情を広く地域に伝えていくことが必要だ。ほとんどの人が知らないままだ。
A 風力そのものは、住民の同意も自治体の同意もないうえ、建設予定海域に漁業権を持つひびき支店の漁師たちが建設に反対し、補償金交渉を拒否していることが前田建設工業にとってもっとも大きなハードルとなっている。だから工事着工予定から4年が過ぎても前に進まないし、このままでは進みようがない。あきらめたり、屈服しない限りは動きようがないのが現実だ。だからこそ、現在のような局面で心が折れたらそれ自体がこの5年のたたかいを無にしてしまいかねないし、苦しいからこその勝負所なのだ。カネを出せるものはカネを出し、知恵のあるものは知恵を出し、身体の動くものは身体を動かして、みんなの力を束ねればなんとかなる。困っているのであれば、まず“助けてくれ!”と大きな声で発し、その思いが相手に届かなければ助けてはくれない。世知辛い世の中ではあるけど、下関市民に現状を広く伝えた場合、「よっし! 応援してやる」という心意気を寄せてくれる人だっているはずだ。風力反対の運動はみんながみんなのためにやってきたわけで、特定の団体や組織の利益のためにやってきたわけではないのだから。
E 中電の原発建設計画と対峙してきた上関町祝島を見てみると、漁協の赤字を理由に組合員が毎年のように負担を迫られ、兵糧攻めのような目にあってきたし、中電から埋め立て準備工事を妨害したという理由で、4人に4800万円の損害賠償を請求されたこともあった(後に和解)。これに対して島民の会が全国にカンパを呼びかけたところ、原発問題という注目度もあって、短時日に2000万円以上が寄せられた。島民だけの力では跳ね返せなくても、あそこは全県、全国の力で支えられている。そうして原発計画を頓挫に追い込んできた。「助けて!」のSOSは小さな声では伝わらない。気付いてもらえない。大きな声でより遠くに、みんなに届くようにすることが重要だ。「前田建設工業にこのように損害賠償を請求されて困っています!」と事実を伝えなければ誰も振り向きもしない。ならば支えてやろうじゃないかという力に働きかけることなしには始まらないということだ。
A 安岡がそのようにピンチだ。本紙としてもこの場を借りて、下関市内外の読者・支持者のみなさんに、安岡の住民の裁判を支援するためのカンパを広く呼びかけたい。1人が1000円出したとしても、1000人集まれば100万円になり、1万人集まれば1000万円になる。そうして世論が広がれば、まとまった額を拠出して一肌脱ごうという人もあらわれるかもしれない。法外な負担が住民に押しかぶされるもっとも困難な局面で、みんなギリギリした思いをしているけれど、一番厳しいピンチのときにこそ下関の地域コミュニティの底力を見せつけないといけない。「前田建設工業にこのような損害賠償を請求されたので助けてほしい」と方方で大きな声を出しながら理解してもらい、支援の輪を広げていく以外にない。街宣車を走らせて下関市内でくまなくマイク宣伝するのがもっとも手っ取り早い手法かもしれない。朝晩の通勤通学や帰宅ラッシュの下関駅前や長府印内の交差点、スーパー前など目立つ場所で広く市民全体に事情を訴えることが必要だ。安岡地域だけで孤立していたのでは勝てない。前田建設工業がどのようなやり方をしてきて住民が困っているのか、あるがままをみんなが肉声で訴えたらいい。街頭での露出に加えて、地域や職場から口コミで話題を広げて世論にしていくのも鉄板だ。安倍晋三が総理大臣に返り咲いたら、そのもとで経産省お墨付きの洋上風力建設が持ち上がり、その買い取り価格も跳ね上がって、地元選挙区でムチャをしている。これは国策だ。
C 風力発電の低周波音は頭痛やめまい、吐き気、睡眠障害などの健康被害を引き起こすことが知られており、引っ越す以外に解決策がないといわれる。風車先進国の欧州では最低10㌔離すことが常識となっているが、安岡では一番近い住宅まで1・5㌔しかない。「死のエリア」といわれる3㌔以内には、安岡・綾羅木・吉見地区の4万1900人が生活している。安岡では小さい子どものいる新築の家も多いし、何十年と住宅ローンをかかえるなか、仮に家族に健康被害が出ても引っ越しなど無理な話だ。全市的にも他人事ではない。今回のことが風力反対の世論を全市的に広げるきっかけになれば、ピンチをチャンスに変えることは可能だ。1200万円如きといったら語弊があるかも知れないが、そのような金銭的負担でへこたれるわけにはいかない。
D この裁判は風力発電事業者が住民を訴えた全国初の裁判だ。ある住民は「悪い前例をつくるようなことになってはいけない」と心配していたが、それだけ全国の注目度も高い。政府が批准したTPP(環太平洋経済連携協定)にはISDS条項というのが盛り込まれており、要するに日本にやってきた外資が営業妨害とみなせば政府や自治体を相手に損害賠償を請求できるというものだ。今回のことで、住民をスラップ訴訟で訴えれば、住民の口を封じて、外資を含む大企業が意図する事業を障害なく進めることができるという前例をつくってしまうなら、大企業には天国、一般庶民にとっては地獄の暗澹たる未来を子どもや孫たちに残すことにつながる。そういう意味においても、今が正念場、頑張りどころだ。