機械壊した証拠もないのに有罪判決を下した裁判所
東京の準ゼネコン・前田建設工業が下関市安岡沖に大規模な洋上風力発電建設計画を発表し、住民が反対運動に立ち上がってから6年目を迎える。この間、反対署名が10万筆をこえ、下関市議会が全会一致で反対請願を採択するなど、反対世論は全市的に大きく広がってきた。一方、前田建設工業は住民によって環境アセスが妨害されたとして、4人の住民に対して1000万円以上の損害賠償を請求する民事裁判と、うち3人を威力業務妨害罪に問う刑事裁判を起こし、今のところ民事裁判では一審で、刑事裁判では一審・二審とも住民側が敗訴している。裁判は継続中だが、事情がよくわからない市民も多い。そこで、裁判で訴えられた住民2人(匿名性を保つためA、B氏と表記)と、環境調査当日にその場にいた4人の住民に集まってもらい、事件の真相はどうだったのか、裁判では何が争われたのか、住民は何のために行動したのか思いを聞いた。
司会 前田建設が住民4人を訴えたのは、2014年9月14日の夏の調査が妨害されたのが理由だった。そしてこの調査から1年以上たった翌年10月に、「4人が共謀し、住民を扇動して環境アセスを妨害し、測定機器を壊した」と主張して損害賠償請求訴訟を起こした。同時に刑事裁判も起こしている。損害賠償請求訴訟は昨年4月17日、山口地裁下関支部(泉薫裁判長)が4人に524万円を支払えとの判決を出し、住民たちが広島高裁に控訴している。刑事裁判は昨年10月24日、山口地裁(井野憲司裁判長)が1人の住民に懲役1年・執行猶予2年、他の2人に懲役8カ月・執行猶予2年の一審判決を出し、今年2月26日、広島高裁が控訴を棄却して、現在、住民たちが最高裁に上告している。
事情を知っている住民は「4人はみんなを代表してやってくれている。4人を孤立させてはいけない。何とかできないか」と気をもんでいるが、事情がよくわからない市民のなかでは「裁判に負けて風車はもう建ってしまうのでは?」「悪いことをしたのでは?」といった風評が流されて戸惑っている状況もある。真相を広く市民に知らせたい。まずは裁判に訴えられている2人から、今思っていることを聞かせてほしい。
A いろんな人から大丈夫? と聞かれる。そのたびに経緯を説明し、だから全然悪いこともやっていないし大丈夫だよといっている。僕らからすると、アメリカでいうスラップ訴訟、住民運動つぶしのための脅しの訴訟にうまくはめられたということだと思う。だいたい、4人で10カ所の機械をすべて撤去することなどできるわけがない。当日の夜、数十人の人がいて、みんなが地域のためと動いていて、4人だけが挙げられるというのもおかしな話だ。
B 4人は前田建設に直接抗議に行ったり、デモ行進で前に出たりして顔がバレていた。それでリーダーだと思われたのだろう。当日も、僕たちが特別指示したわけではなく、みんなでやろうという感じになっていたのに…。
A そこにいた住民全部を訴えるとたいへんなことになるので、とりあえずこの4人をつぶしておけば、住民運動は勢いが落ちるだろうと考えていたのだろう。要ははめられたということだ。
住民1 私たちは、その年の4月から環境調査に抗議して何度も中止させていた。8月の夏の調査の1回目は、住民が夜中の2時まで抗議して、11カ所に置いてあった機械を全部、前田の社員に持って帰ってもらった。だから問題の9月14日も、次はいつ来るかと、犬の散歩をかねて見回りをしていた。
夕方5時頃、横野と綾羅木にとり付けに来ているという情報が入ったから、これは安岡新町にも来るぞと思って6時30分ぐらいまでずっと待っていた。私が近所の人に声をかけたのだが、安岡新町の河原のところだけで30人は集まっていたと思う。それは4人の指示でしたとか、そういうことではなく、自発的にしたことだ。これまでずっと反対運動にかかわってきて、安岡の海に風力発電ができたら困ると思っていたからだ。
住民2 横野では、その日は公民館に集まって横野の会の立ち上げの準備をしていた。20日が会創立の決起集会だったから。そこに連絡が入り、応援に行こうというので軽トラも出して20人はかけつけたと思う。
B それだけで約50人。そのほかに近所の人が出てきた所もあった。
A 前田建設の社員を呼んで、前回のように撤去してくれと頼んだが、断られたので、自分たちで運んだ。押し売りが無理矢理物を置いていったようなものなので、それはいりませんと。返すといっても受けとらないので、じゃあ自分たちで返しにいきますよ、と。前田建設は「調査しないとわからない」というけど、環境アセスは第三者でなく事業者自身がやるもので、工事着工のためのデータ収集にすぎず、黙っていれば手続きがどんどん前に進んでしまう。誰かが止めないといけなかった。
B この日はそれまでと違い、測定機器が1㍍ぐらいの鉄製の箱の中に入っていて、男4人でようやく持てるぐらいの重さだった。お互い初対面だったけど、声をかけあって、みんなが自発的に運んだ。
A そのときはみんな、自警団的な気分になっていたから。自分の地域は自分たち住民自身で守ると。
住民1 そうですね。住民はみんな、運ぶところや積み上げるところを見ている。壊したということは一切ない。
住民3 あれだけ慎重にトラックに積んだのだから。
住民1 だいたい調査の機械を据え付けるのに、住民に見つからないように朝7時前に来たり、夕方暗くなってから来たりしていた。説得しないといけない住民を、まるでだますようなやり方だった。
風力反対は地域の民意 自治会も漁師も
B そもそも安岡自治連合会が風力反対を決議しており、安岡新町自治会も調査はやるなと申し入れをして、その日を迎えている。市議会も全会一致で風力反対の請願を採択している。それなのに無理矢理調査をやろうとすること自体間違っていると思う。その年の初めには自治連合会が全住民に風力のアンケートをとり、圧倒的に反対が多かったが、それでも連合会はなかなか態度を決めなかった。それでたくさんの人が自治会長に反対するよう申し入れにいっていた。そうして決まったものだし、安岡地区全住民の民意だ。前田建設としては地元住民の意志を尊重するのが当たり前だと思う。
司会 安岡の漁師も、初めはだまされたような格好で賛成決議を上げさせられた。しかしその調査の直後には、組合員の9割以上の署名・捺印で市長に風力反対の申し入れをしている。
B 安岡の住民がこんなに反対しているのかと、住民の反対機運を見たのがきっかけになったのと、自分たちでも風力発電の健康被害について勉強して、そこからまとまって反対に立ち上がったと聞いている。そこからは漁師さんたちも本気で、その後の総会で反対決議を上げているし、工事差し止めの裁判も起こしている。住民と二本立てでたたかう体制ができている。陸では横野の会が毎月、街頭活動をおこなっている。継続するのはたいへんなことだと思うが、すばらしい活動だ。
A だから、前田建設は「業務妨害」というけれど、そもそもまともな業務ではない。前田の社員からすれば、上から降りてきた仕事だ。だけど住民も自治会もやめてくれといっているのに、それを無理矢理やるような企業が、地場の企業の中にあるだろうか? 違法ではないというかもしれないが、企業倫理とかモラル、企業の社会的責任ということに照らしてどうなのかだ。
B それは地元企業では絶対にない。従業員も地元の者だろうし。それでは今後仕事を続けられない。地元との信頼関係が第一だ。
A 東京の企業が下関で事業をやる場合、地元住民の理解を得たうえで進めていくというのが企業の本来あるべき姿だ。ところが、アセスの過程で直接にしろ文書にしろ住民からたくさんの質問が出ていたのに、それにきちんと答えないまま、話し合いをせず機械だけどんどん堅固なものにして強引に調査をし、触ったら訴えるぞとやっていった結果がこれだ。前田建設の側に原因があると思っている。
B 前田建設のホームページには「顧客から必要とされる企業めざして」と書いてある。しかし、ここの地域からは必要とされていない。現状はあなたたちの企業理念に沿っているのかといいたい。
録音機まで仕掛けられていた
司会 先ほど「はめられた」と出されたが、もう少し具体的に…。
A 前田建設は調査地点10カ所のすべての鉄製の箱の中に、住民には見えないようにボイスレコーダーを仕掛けていた。住民が抗議行動をするだろうと事前に予測したうえで、住民の声を全部録音し、その後裁判に訴えようと周到に準備していた。住民を罠にはめたわけだ。
B そして半年以上たった翌年4月、親子で朝ご飯を食べていると、突然私服の刑事が自宅に乗り込んできた。まるでドラマを見ているようだった。
司会 裁判を傍聴したが、前田建設が証拠として提出したのがそのボイスレコーダーで拾った住民の音声と、住民が鉄製の箱を丁寧に運んでいる写真1枚、それと壊れた後の機械の写真多数だった。結局、垢田から吉見まで調査地点10カ所のそれぞれの機械を誰がどうやって壊したかの証拠は出なかった。それなのに裁判長が4人に500万円支払えというのだからメチャクチャだ。
B それと、調査地点の一つである前岡製綱のところに置いてあった機械はダミーだったということが、裁判のなかでわかった。前田建設の下関の責任者が警察の尋問にそう答えていた。僕らが返しにいった機械の、そのもっと奥に本物の機械が置いてあったということだ。
司会 もう一つは刑事裁判の証人尋問のなかで、鉄製の箱の中にはコンクリートブロックも入れていたこと、それがバッテリーとぶつかって壊れた可能性があることを前田建設の下関の責任者が証言している。「機械を安定させるため」というが、コンクリートブロックは10カ所すべてでなく4カ所だけに入っており、その4カ所で機械が全損になっていた。住民が「ちょっと揺すると壊れる仕掛けにしていた」と指摘している。
B そもそも前田建設が当初請求した1134万4701円の損害賠償の中には、機械の修理代だけでなく、調査の準備費や従業員の派遣費用など、本来企業が支払うべきお金も含まれていた。
A 日本の刑事裁判は、機械をちょっとでも動かしたら業務妨害罪で負けると聞いた。だけど舞台は今後、最高裁に移り、憲法問題が問われることになる。人が健康で文化的な最低限の生活を送る権利は憲法でも保障されている。もともと住民が平穏に当たり前に暮らしていたのに、その生活が脅かされるから僕たちは反対を始めた。風車が建てば健康被害で20年間苦しむことになるかもしれない。
司会 安岡が前例になって、全国のどこかでアセスに反対したら懲役1年とか、たまったものではない。しかし、政府の洋上風力促進法はそういう中身を盛り込んでいる。安岡の一件は見せしめのようにも思えるものだ。
A 全国にこういう問題が起こっていることを広く発信することも意義あることだと思う。
下関で暮らすみんなに訴えたいこと
司会 最後に、下関で暮らしているみんなに訴えたいことは?
A 僕はこの裁判に関して、まったく悪いことをしたとは思っていないし、はめられたと思っている。住民運動をつぶすためのスラップ訴訟だし、口うるさい若いやつをたたいて黙らせようということだろう。だから、やはり自分の信じた道、悪いことは悪い、という立場を貫いて最後までたたかっていきたいという気持ちだ。家族である妻や子どもたちも理解してくれている。本当に悪いことをしたのなら、こうやって発信することもないはずだ。真実を知って欲しいという気持ちで、僕らが前に出て、伝えるべきことは伝えないといけない。そのことが僕らの使命なのかな、と今は思う。
住民4 「悪いこと」どころか、みんなのために行動した。
A あの日の夜、お年寄りをはじめ数十人の人たちが一生懸命抗議し、重い鉄製の箱を4人がかりで運んでいた。それをまのあたりにしたとき、僕ら若い者が率先して持つしかなかった。お年寄りに重い物を持たせて若い者が何もせずにじっと見てるっておかしい。あたりまえのことだと思う。
B はじめは上関原発みたいに時間がかかるものとは思っていなかったが、風力も持ち上がってからもう5年たっている。それで住民のモチベーションが下がってくるのも、ある意味仕方ないことだ。だから今が頑張り時で、もう一回署名活動を始めた頃の気持ちに返って、まず僕らの同世代の人たちに、安岡沖に風力発電が建つ計画があるんだよ、まだ終わってないんだよ、風力発電には健康被害の問題があるんだよって訴えていきたい。
A 風車は回転するたびに、人間の耳には聞こえにくい低周波音を出す。耳には聞こえにくいが、振動なので頭蓋骨を貫通し、頭痛や吐き気、めまい、睡眠障害を引き起こす。全員が被害者になるわけじゃないが、低周波音は二重サッシもコンクリートの壁も効果がないので、もし自分の家族が健康被害を起こしたら引っ越すしかない。
しかも海峡ゆめタワーより高い巨大風車を15基建てる安岡の今の計画では、風車から一番近い住宅まで1・5㌔しか離れていない。「死のエリア」といわれる3㌔以内には、安岡・綾羅木・吉見地区の4万1900人が生活している。前田建設工業は環境アセスの説明会で「被害が出るのは1%」といったが、たとえ1%でも400人以上が苦しむことになる。低周波音はもっと遠くまで届くといわれているので、それにとどまらないかもしれない。企業がもうけるだけのために何で住民が犠牲にならないといけないのか。風車で市民の生活が潤うわけでもないのに。
B 僕は風車の計画が持ち上がったとき、子どもに被害が及ぶような地域は一生住む場所には選べないということで、家を建てるかどうか躊躇した。今、安岡には新築の家が増えている。みんな僕らのように小さな子どもを育てる人たちだ。一人一人に地道に訴えていきたい。
A 住宅ローンを何十年と払わないといけないのに、風車で気分が悪くなったといってアパートとの二重生活をするわけにもいかないし、売ろうと思ってもその家は売れない。若い世代にも真剣に考えてほしい。
住民1 反対署名は初めは一人一人集めていったけど、10万筆をこえたことで大きな力になった。そして、全国的にも有名になった。最近は若い人も興味を持ってくれている。5月12日に3回目の安岡マルシェがあるが、その場で若い親子連れにアピールしたらいいと思う。
住民4 まず何よりこの4人が「悪いことをした」のではなくて、安岡のみんなを代表して行動したんだということをたくさんの人にわかってもらいたい。
住民1 前田市長は「風力を進めるべきではない」といっているのだから、自治連合会がもう一度申し入れに行き、風力反対の議員さんたちの協力も得て、前田市長に「前田建設は下関から撤退してくれ」と表明してもらったらいい。
司会 安岡沖洋上風力発電計画は、当初2015年4月着工予定だったのがストップしたままだ。まず地元同意がないし、漁業権を持つ安岡の漁師たちが反対を続けているため、立ち往生をよぎなくされている。これは前田建設としたら大きな誤算ではないか。住民みんなが怒るようなやり方をするため、逆に火がついて反対運動は熱を帯びた。炎上したかのような光景だ。
国策を止めるのは難儀なものだが、それこそ上関原発建設計画を見ても、既に計画浮上から37年が経過してなお、スラップ訴訟なども乗りこえて計画をストップさせている。あきらめたらそこで負けだが、挫けずに粘り強く仲間を増やし、もっと大きな力にすれば撤退に追い込むことは可能だと思う。