給水ボランティアから見た現実
周防大島町では現在も全島約9000世帯で断水が続いており、22日で1カ月を迎える。島内には臨時給水所が14カ所あり、島民たちは自宅から近い給水所へ通って水を得てきた。しかし、高齢化率が50%をこえるこの島では、高齢者にとって水を運んだり持ち帰る作業は大きな負担となっており、こうした人人へどのように水を届けるのかが解決すべき課題となっている。12月8日ともいわれる送水開始までの残り3週間、より効果的な対策としては何が求められているのか、給水ボランティアとして島に渡り、水に困っている人の家へ直接給水所の水を届ける活動をとりくんできた人人や、幾人かの関係者に集まってもらい、現地の実態や要求とあわせて語ってもらった。
A 島では断水当初から「給水所に通えない高齢者への給水をどうするか」が問題になってきた。周防大島町内には約110人の民生委員がいて、それぞれの地域に住む「支援が必要な高齢者」をピックアップし、飲み水を自宅へ配るなどの対応をとってきた。ただ、トイレ、風呂、炊事などに使う生活用水までは供給できていなかった。民生委員といっても高齢な方も多く、負担感は大きいものがある。
島には約1万6000人が暮らしているが、その半数以上が高齢者で、さらにそのうち6割が75歳以上。臨時給水所が14カ所あるとはいえ、毎日通って水が入った重い容器を持ち上げたりする作業は大変な労力がともなう。また、車を持たない高齢者は朝と夕方2回に分けて台車に20㍑入りのタンクを積んで歩いて通うなど、長引く断水生活のなかで疲労が蓄積している。玄関まで水が運ばれても、自宅のなかを運んでいる際に骨折してしまった高齢者もいる。本当にとんでもない事態が続いている。メディアであまり報道されないのが不思議なくらいだ。
B 何か手助けできることはないかと思い、周防大島の知り合いにも様子を聞いたうえでボランティアに行くことにした。ただ、社会福祉協議会に連絡してみると、ボランティア登録してできることは給水所に来た住民のポリタンクを数㍍先の車に運ぶまでしかできないようで、これではとり残された高齢者の手助けにはならないな…と限界を感じていた。「水を直接自宅へ届けることが一番必要とされているのではないか」ということで、実際に現地で一軒一軒歩いて回り、実情を聞きながら必要な分だけ水を給水所にとりに行き、届ける作業をすることにした。平日は仕事もあるので週末に限られるけれども、やらないよりはやった方がお年寄りのためになるだろうと思って通っている。十数人で行っても、2つか3つの集落しかカバーできず、5時過ぎには日が暮れてしまう。本当に微微たる力にしかならないな…と無力感すら感じる。
C 周防大島町の東端にある旧東和町にお年寄りが多いと聞いていたので、島の奥地から水運びをしている。大島大橋を渡って島へ入り、そこから車で50分かかるほど距離がある。伊保田地区には港に臨時給水所がある。住民のなかには車を持っていない高齢者もいて、台車や手押し車にタンクやペットボトルを積み、歩いて水をとりに行く人もいた。だがこれではトイレや炊事、風呂などに使用する水量としては圧倒的に足りない。周囲を見渡せば同じように水が足りず、風呂などを我慢している人が大勢いるなかで「贅沢はいえない…」というような空気もある。本当は綺麗なお風呂にも入りたいし、疲れをとりたいのだけど、疲労困憊で運ぶ気力がない。消防団が水を運んでくれるようにはなったものの、他の人も我慢しているなかで「お風呂に入りたい」という一言がいいにくい。切なくなるほどみんなが遠慮して、辛抱している。
「水を届けています」と声をかけて回っても、はじめは「いいのだろうか…」と遠慮がちな反応をされる方が大半だ。「給水所を往復して運んできます」「お風呂の水でも何でも必要な量をお持ちします」と声かけしながら回っている。1回目はどこの馬の骨だろうかと警戒もされたが、2回目からは顔見知りになったのもあって、気軽に「うちにも運んでおくれ」と頼まれるようになった。あっちからもこっちからも「うちも頼めるかい?」と住民の皆さんが出てこられるので、あっという間に20㍑タンクが何缶も空っぽになる。港の給水タンクから私たちがいただくと、空になったときに他の住民の方に迷惑をかけるので、往復40~50分かけて東和支所の給水所まで給水しに行く。その時間のロスがもどかしい。
もっとも効率的な方法は、竿竹屋方式でアナウンスしながら、給水車と幾人かのボランティアや給水スタッフが動き回ることだと思う。固定された給水所と同時に、動く給水ポイントがあればと思う。「給水所にとりに来て下さい」式にプラスして、「届ける」式のシステムを動かせば、もっと住民の負担感は軽減できるのではないか。給水車の巨大なタンクも効率的に役割を果たせるはずだ。消防団が機能し始めて助かっている住民も多いが、週に2回とか、2日に1回など限られている。仕事があるのだから当然だ。そのあたりの仕組み・システムを臨機応変につくっていくことが求められていると思う。前代未聞の事故によって困っているのだから、おんぶに抱っこをする力が加わってしかるべきだと思う。
A 水を届けて料金を求めるという詐欺が発生していて、世の中どうなっているのだろうかと思う。不幸につけこんで銭もうけをするのだからとんでもない話だ。行政としては、そのあたりの警戒もあってボランティアの活動範囲を限定的なものにしている。ボランティアとしてももどかしさがあるようで、せっかく手助けに来ているのに、数㍍運ぶだけというシステムにがっかりしている人は多い。行政が「水を届ける」を組織して、「役場がやっているんだ」と安心してもらうのが効果的とは思うのだが…。
「お風呂にゆっくりつかりたい…」
B とくに求められるのは風呂水のようだ。断水して飲み水の確保すら大変ななかで、「風呂水まではもらえない、贅沢はできない」と我慢している人が多いように思う。とくに高齢者ほど周囲の人人のことを気にして生活している。近隣や知人で声をかけあって井戸水が使える自宅へ入浴を誘ったり、住民たちの間で支援の輪は広がっている。しかし、逆に気を遣ったり、気が休まらないため、精神的に疲れが蓄積しているようだ。
ある高齢夫婦の自宅を訪ね、風呂水や生活用水を運んでいると、おばあさんが「知り合いの家で風呂に入れさせてもらっているが、旦那はあまり行きたがらない。ようやく自分の家でたっぷり湯を沸かして風呂に浸かれる」と喜んでいた。庭先に井戸があったが、その水をくみ上げるポンプがなく、釣瓶もなかった。紐が付いたバケツを井戸へ落とし、自分の手で引き上げなければならない。おじいさんが筋をケガした腕で時間をかけて少しずつ水を汲んでいた。その井戸水もペットボトルに入れるとやや黄色く濁っていた。「洗濯や掃除などには使えるが、飲み水にはならない」といわれていた。なので、「遠慮なくどうぞ」というとペットボトルやバケツ、たらいなど水の入るものを全部もってこられ、最後はお風呂の水も入れかえた。
民生委員が飲み水は持って来てくれるようだが、やはり民生委員の疲れも考えると気兼ねをするし、お風呂の水まではとてもいえない。車のある現役世代とは違ってお年寄りは運ぶ手段を持たない。こういう人は多いので、20㍑のタンクをピストンで運ぶよりも、300㍑くらいの大きなタンクを軽トラに積んで、そこにボランティアや幾人かのスタッフがついて各集落を回るだけでも効率は全然違うと思う。
D 急な坂の上にある家で一人暮らしをしている90代のおばあちゃんを訪ねると、はじめは「ポリタンク一つ分あればいいよ」と遠慮気味にいわれていた。しかし、よくよく聞いてみると、お風呂は断水後の約1カ月、雨水を溜めて使っているという。お風呂の中を見せてもらうと、水は風呂桶の半分程度しか入っておらず、それも真っ茶色に濁って底も見えない。しばらくまとまった雨は降っていないし、古い雨水を節約しながら使っていたのだと思う。この数週間、毎日この濁水に入っていたと思うと切ないものがあった。水を抜いて溜まったゴミをとり除き、新しい水に入れかえてあげると「これで今日は肩までお湯につかれる」と何度も何度も拝むようにお礼をいわれていた。「肩までつかることができる」のがおばあさんにとってはこれほど嬉しいことなのだとわかったし、被災地がいかにたいへんな状況なのかを痛感した。
小さめの風呂でも、満タンにするには20㍑缶が6~7缶は必要だが、高台の家までお年寄りの体力で運べるのはペットボトル2本がやっとだ。そのおばあちゃんもリュックにペットボトルを2本入れて、毎日歩いて給水所にいっている。それも飲料水として確保するので、風呂や洗濯、掃除などに使う水は我慢せざるを得ない。
近所の人やボランティアが来ても、急な坂道を運ぶことを考えると、とてもお風呂の水を入れかえてほしいとはいえず遠慮してしまう。だから「ポリタンク一つ分あればいいよ」といっていたのだと思う。あくまで本人の意思を尊重するべきではあるが、「お風呂の水はどうされてますか?」「洗濯の水はありますか?」など丁寧に聞いていくことが大切だと思った。表面からは見えにくいところに本当に困っている問題があったりする。私たちも20代~30代が数人で行ったから運ぶことができたが、風呂の水をかえるには1人、2人ではとても手が回らない。とくに目の行き届かない高台の住宅や高齢者世帯の生活を支えるには、組織された集団的な力が機能することが重要だと痛感した。
B 一軒一軒歩いて話を聞いたり、生活実態を見ることでしか分からない細かな事情がある。同じ地区でも状況は千差万別で、井戸や山から引いている水が充実している界隈もあれば、そうではないところがあったりする。困っている住民と、そこまで困っているわけでもない住民がいたりさまざまだ。
少し小高いところに住んでいる50代くらいの女性は、はじめは家からボトルやポリタンクを持って出てこられたが、「お風呂の水はどうですか」と声をかけると、「え? お風呂もいいんですか?」と驚かれていた。要望があればお風呂の水を入れて回っていることを伝えると「じゃあ、今日は周りの方もみんなお風呂に入れるんですね! それならお願いします!」とパッと明るくなって、すぐにお風呂場へ案内してくれた。水を入れ終わると「この水を4日、5日使って、残りは洗濯に使います。あなた方の地元で何かあったときは必ず私も支援に行きます!」と、とても感謝されていた。
C 井戸水が使えても風呂に入れない人もいる。給湯器を使う風呂を使っている家庭では水道水が出なければ湯を沸かせない。このタイプの風呂ではいくら井戸水があっても風呂釜に張った水を湧かすことはできない。追い炊きができる風呂でも、井戸水を使う場合はその水質がネックになる場合がある。海に近い地域では井戸水に塩が混ざっているケースも多く、その水で風呂を沸かすと釜が故障してしまうことがあるという。水を運んで回っているときも「その水はどこの水ですか」と聞かれることがあった。水道水を使った給水所の水であることを伝えると安心されたが、いろいろな面を心配している。「うちの井戸水を使っても良いよ」と知人からいわれても、「塩が入っているから…」と敬遠している人もいた。親切心を無下にはできないので、そのことを伝えられず申し訳なさそうにしている高齢者もいた。
D 当初に比べれば全体に水が行き渡るようになった。各地の給水所以外にも島に59分団、約890人いる消防団が仕事終わりや休日など、空いた時間を利用して軽トラに水300㍑タンクを積み、それぞれの地域を回って給水している。水が行き渡ることで、より遠慮なく必要な量を求めることができる空気が広がっているようにも感じる。ただ、人手は圧倒的に足りていない。
A 先ほども話になったが、断水以降、困っている住民を標的にした詐欺が発生した。水が入った段ボールが自宅に届き、差出人不明で領収書まで添付されていたり、水道業者を装って断水中の水道管メンテナンスを勧誘するといったものや、橋が通行止めになっている時期にフェリーで柳井まで行っている間に、港に置いていた車が車上荒らしにあう事件も起こった。許し難いものだ。こうした事件があったせいで、断水とは関係のない心配までしなければならなくなった。
地域の人人で声を掛けあって井戸水を分けたり、近隣に住む人や知人のために給水所で余分に水を補給して配るなど、助け合いの輪を広げて住民の皆さんは1ヶ月をしのいできた。これほど長期の断水が都市部で起きていたら、死人も出ていたのではないかと思うが、住民同士の相互扶助が根付いた地域だからこそ、危機を乗りこえる力が機能したのだと思う。とはいえ、高齢者が自宅内でバケツを運んでいて骨折したり、大変な状況には変わりない。
D 口には出せない苦労や遠慮があるが、もともとは水道の蛇口をひねれば当たり前に利用できたものだ。損害賠償の行方は不透明だが、まことに前代未聞の出来事だ。周防大島町や山口県当局も必死に対応はしているが、「国民の生命と財産を守る」べき国は何をしているのかと思う。
A 柳井地域広域水道企業団は、各家庭への送水再開を12月8日としている。1月にも周防大島町内では断水が発生したが、そのときは最初に断水が解消した地域と最後に解消した地域とでは10日ほどの差があった。断水して1カ月が経過するが、この先まだ3週間は給水に頼った生活を余儀なくされる。これから冷え込む時期でもあり、長期化すればするほど体力面、衛生面、精神面などに支障が出るリスクは高まる。今後さらに島の隅隅まで安心・安全な住民生活を保障していく体制の整備・拡充が必要になっている。
C 仕事の都合もつけつつ、今後も継続して応援に行ければと思う。微微たる力だと思うけれど、やらないよりはマシだ。現地で動く人員は多ければ多いほど広範囲に活動を展開することができるので、一緒にやろうという人は是非声をかけてほしい。