安倍政府が2013年5月に可決した「マイナンバー(社会保障・税番号制度)」の実施が来年1月に迫っている。同制度は1970年代から「国民総背番号制」としてとりざたされてきたもので国民各層の強い反対世論の前に幾度も頓挫してきた。それを名称を「マイナンバー」に変え、国民が注目する前に、まともな審議もおこなわないまま参院本会議で可決し、成立させたものだ。今年に入ってからの調査でも国民の半数以上が「マイナンバー制度を知らない」というなかで準備が進められており、今年10月5日からそれぞれに決められた番号の通知カードが送られ、来年1月から順次利用を開始することになっている。
米国や政府の利便性が最優先
マイナンバー制度では、生まれたばかりの赤ちゃんを含むすべての国民と在日外国人に、死ぬまで変わらない12桁の番号がつけられる。まさに国民総背番号である。来年1月から利用開始になるのは、社会保障(年金、医療、労働、福祉)、税、災害対策の3野だ。年金の給付や医療保険給付の請求、雇用保険の給付や税の手続きなどで書類にマイナンバーの記載が求められることになる。また証券取引や保健加入者が配当や保険金を受けとるさいに、証券会社や保険会社にマイナンバーを提示したり、企業は従業員(パートやアルバイトを含む)の給与の源泉徴収票や健康保険の書類などに記載しなければならなくなる。違反者は罰せられるので、民間企業では多額の費用を使ってシステムを構築するなど、対応に追われている。
そして申請者には一人一人に氏名や住所、生年月日、顔写真とともにICチップが組み込まれた「個人番号カード」が交付されることになっている。このカードを持って行政窓口に行けば、児童手当の申請などで源泉徴収票や所得証明書、住民票などの提出が不要になったり、免許証やパスポートのかわりに本人確認用の身分証として使えるとしている。将来的にはこの利用を民間に拡大する方向で、「個人番号カードの交付は申請者のみ」だが、カードがなければさまざまな手続きがしにくくなる。実質的な義務化である。
これらの情報が一元化されれば、国は出生から引っ越し、結婚・離婚履歴、職歴、家族構成、所得、不動産などの資産情報、今までに受けた医療情報、失業保険、公営住宅を借りた記録、児童扶養手当など各種手当て、生命保険、住宅ローン、犯罪歴など国民一人一人の情報を一手に握ることができる。さらに昨年3月には、預金口座へのマイナンバーの登録を始めることなどを閣議決定しており、今国会で改正案が審議されている。この改正案が成立すれば、個人の銀行の預貯金まで国家がのぞき見できることになる。
さらに自民党は、今後個人番号カードに健康保険証の機能を持たせることも提言している。日本医師会などの医療団体は、「患者の病歴という極めてプライバシー性の高い情報が個人番号とひも付く危険性が高くなる」「医療情報に含まれる身体の特徴は外の情報と照合されれば個人が特定される可能性が否定できず、消費行動履歴やポイントなどと同じ扱いで済むとは考えられない」などと、強く反対を表明している。
弱い者がターゲット 身ぐるみ剥ぎ取る道具
「国民総背番号制」が国家が国民を監視するものだとして何度も強い反対に直面したため、安倍政府は「利便性の向上」を前面に打ち出している。国の行政機関や地方自治体がそれぞればらばらに分散管理している年金、福祉、医療、税金などの個人情報が統合でき、国が共通番号として掌握し、一元的に管理することで、行政手続きが簡素化され、公平な税徴収や社会保障給付をおこなうことができるのだといっている。
しかし、これで年金給付が保障され、安心して病院に通えるようになったり、また高所得者や大企業の脱税を摘発し、低所得にあえぐ国民が重税から抜け出せるようになるというものではない。むしろその逆で、国家が国民の懐具合まで含めて丸裸にし、徹底的な搾取を強めるための一元管理の道具にしていくものだ。例えば介護保険制度では、今年八月から、所得が低くても一定の預貯金がある高齢者は、特別養護老人ホームなどで生活する食費や部屋代の負担軽減対象から外れることになっているが、今のところ預貯金の額は原則自己申告。だが銀行口座を国がのぞけるようになれば、預貯金額を確実に把握して徴収できるようになる、といった具合である。この銀行口座のひも付けについて、国家が国民の金融資産を把握し、大増税なり預金封鎖に備えているとも指摘されている。
現行の番号制度の一つに、多くの反対にもかかわらず施行された「住基ネット」がある。この制度の施行でも、住民票コードが各個人に割り当てられ、「行政の簡素化」「便利さ」がうたわれたが、住基カードの交付率は10年以上たった昨年3月末でも全人口の5%でしかなく、国民からまったく相手にされない実態にある。それで便利になったと感謝する者はいないのが実際だ。
共通番号制について専門家からは、高額所得者への適正課税は実質的に不可能であり、社会保障の充実どころか給付の抑制に利用され、弱い立場の人人をターゲットにして圧迫するシステムとなることが指摘されてきた。ホームレス、多重債務者、DV被害者など、社会の最底辺におかれて住民票を持たない人人が50万人いると見られているが、現在はこうしたさまざまな事情によって住民票に記載がない場合でも、子どもの就学や保育園への入所、介護保険制度の利用ができるよう定められている。これらの人人には個人番号が届かないため、今後は公的サービスから締め出されざるを得ない。
弁護士らの声明相次ぐ 国民主権の原則の否定
マイナンバー法の成立以降、日本弁護士連合会や各地の弁護士会、税理士、法学者、ジャーナリストなどによる「マイナンバー法」制定に反対する発言や声明があいついで出ている。自分の生活にかかわるさまざまな情報を明らかにするかしないかはその個人が決めるのであって、国や行政ではないという憲法に定められた国民主権の原則が形骸化すること、すでに共通番号制をとり入れてきたアメリカやイギリス、韓国などでは、ID情報を不正に手に入れて本人に多額の負債を押しつける「なりすまし詐欺」が頻発し、深刻な社会問題になっていることをくり返し指摘している。
アメリカでは06年から08年の3年間で、なりすまし詐欺の被害者は1000万人をこえたとされ13年の被害届は29万件にのぼる。そのため国防総省は共通番号から離脱し、国防上の対策から独自の番号への一斉変更・転換に踏み切った。韓国でも昨年、1億件以上の個人情報が流出して大問題となった。各国とも分散番号への回帰が始まっている。
今回の年金機構の情報流出事件でも明らかなように、ハッカーによるコンピュータ侵害は日常茶飯事で、「監督機関」を設置したり、罰則をもうけたところで防げるものではない。また情報が漏洩したとなると、さっそく年金機構を騙る不審電話が高齢者の所にかかってきており、詐欺の温床になることはだれの目にも明らかとなっている。
にもかかわらず、何度も頓挫した共通番号制を安倍政府が躍起になって進めるのはなぜか。憲法学者たちは、マイナンバー法が秘密保護法と一体のものであることを強調してきた。国民が知らなければならない情報は隠し、政府は国民の情報を集めて独占する。マイナンバー制度の本当の狙いが、国民一人一人を監視・管理する統治システムの構築であり、民主主義の破壊であること、国民だけを丸裸にして国家統制を強め、その情報をどう使っているかは「特定秘密」とされれば国民に知る手立てなどない。いわば国民管理システムである。集団的自衛権の行使を叫び、戦争に投げ込んでいこうかという情勢にあって、一人一人の国民を徹底的な監視下に置き、国家統制を強めるものである。
アメリカの社会保障番号(SSN)は貧困家庭をターゲットにして、奨学金を与えることを条件に兵役につかせるために利用されてきた。兵隊になりそうな貧乏人の子弟を手っ取り早く国家なり軍隊が掌握し、「家計を助けるために軍人にならないか」「貧困から抜け出そう」などといって「就職支援」するのである。そして駆り出された先のイラクやアフガンで戦死したり、帰国しても四分の一が精神を患って人間としてのまともな生活を送れないのがアメリカである。
近年、不特定多数の中高生をターゲットとして露骨な自衛隊入隊の勧誘がエスカレートしていることが多くの父母や学校関係者のなかで問題にされてきた。昨年、自衛隊が中卒者が入学する「陸上自衛隊高等工科学校」の生徒募集のために、中学3年生の名簿を提示するよう全国の市町村に依頼し、実際に約200市町村から氏名や住所などの情報を入手していたことが明らかとなった。またそのさいに防衛省が全国の自治体に自衛隊員の募集対象者の個人情報を提示させることができるよう自衛隊法に定めていることも露呈した。こうした案件も、総背番号で管理するなら防衛省の机の上から手にとるようにわかるようになる。個人情報を一元的に管理すれば、子どもたちの氏名、住所、家族構成はもとより、その家庭の経済状況まで把握でき、「効率的」にターゲットをしぼることができる。
近年、監視社会の網の目が隅々に張り巡らされ、街中には監視カメラが山ほど設置されてきた。車ならNシステムで一発で行動が把握でき、携帯電話も当局が目をつければどこにいるか把握したり、盗聴したり、好きにできるようになった。極めつけが国民総背番号(マイナンバー)制で、こうした一連の国民管理システムが戦争政治と一体の国家統制としてあらわれている。国民の利便性ではなく、政府なりアメリカの利便性最優先の制度であり、権力側が秘密を増やすのとセットで国民の情報はプライバシーや人権などどこ吹く風で一手に握っていくものとなっている。