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こっそり審議入りした働き方改革法案 「労働者保護」から「生産性向上」への転換

 国会がモリ&カケ問題などで右往左往するなか、安倍政府がこっそりと「働き方改革法案」を審議入りさせた。本来はそれぞれ慎重な審議が不可欠な8法案をまとめて審議し、「労働者保護」の基本理念を「生産性向上」にすり替え、「高度プロフェッショナル制度」(高プロ)や「同一労働同一賃金」導入に先鞭をつけることが狙いだ。「働き方改革法案」は、リストラの促進、過労死や格差拡大をもたらす全面的な労働法改悪であり、全国民の将来にかかわる重要問題になっている。

 

 衆院厚生労働委員会は2日、野党が「審議拒否」をするなか、自民、公明両党と日本維新の会のみで委員会開催を強行した。事実上、働き方改革法案賛成者だけの茶番劇と、野党に割り当てられた時間を着席したまま待つ「空回し」の時間稼ぎでまともな審議はしなかった。無意味な審議時間だけ積み上げ、6月20日の会期末に成立させようと動いている。

 

 今回の働き方改革関連法案は目的や趣旨の異なる8本の労働法を1本に束ねた一括法である。その中身は主として3つの柱にわかれ、第1は「働き方改革」の理念を定める雇用対策法の改定である。第2は高プロ関連で、労働基準法、じん肺法、労働安全衛生法、労働時間等設定改善法の改定である。第3は同一労働同一賃金関連で、労働者派遣法、パートタイム労働法、労働契約法の改定である。このうちもっとも根幹をなすのは雇用対策法の改定である。

 

 雇用対策法は名称自体を「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実に関する法律」(労働施策総合推進法)に変える。そして「雇用に関し、労働力の需要が質量両面にわたり均衡することを促進」するとしていた同法の目的を「労働に関し、労働生産性の向上等を促進」に変える。さらに国の施策として「多様な就業形態の普及」を盛り込んだ。

 

 雇用対策法は本来、求職活動の支援や失職時の生活を保護、あるいは正規雇用の増加や劣悪な雇用環境の規制など、労働者の支援が主な任務である。だが「労働生産性の向上」が目的となることで、大企業のためにリストラや長時間労働を促進することが主任務に代わる。さらに「多様な就業形態の普及」も加わるため、大企業が繁忙期だけ働かせ、仕事の谷間にはクビにしやすい非正規雇用の普及を進める役割も持つことになる。「長時間残業の上限規制」などの欺まんで煙幕を張りながら、雇用対策法を抜本転換させ、リストラ・非正規雇用促法へ変質させる企みが動いている。

 

労働時間規制なし崩し

 

 この具体策として早期導入を狙うのが「高プロ」である。専門職で年収1075万円以上の働き手を、あらゆる労働時間の規制から外す内容だ。現在の労働時間は労基法で「1日8時間以内、1週間40時間以内、それ以上働かせたら残業代を払う」と決まっており、違反すれば処罰対象となる。「裁量労働制」ですら「見なし賃金に残業代を含む」と規定し、三六協定(時間外労働をさせる場合に必要な労組との書面協定)の必要性を認めている。ところが高プロは「裁量労働制」よりも踏み込み、残業代、休日手当、深夜手当などを支払う規制をすべてなくす制度である。

 

 高プロの適用業務は、金融商品の開発やディーリング業務、アナリスト(分析)業務などで、安倍政府は「成果をあげれば数時間で帰れる」「時間によらず成果で評価する制度」と宣伝している。どの職場でもかつては直接の収入にはならない移動時間や待ち時間も含む「基本給」があった。だが高プロは企業が課した「課題」やノルマの達成度だけが給料や評価の規準になる。その実現のためにかかる時間が短ければ評価され、長時間かかれば「能力がない」と見なす制度だ。

 

 このような給与体系を全産業に適用すると、タクシーやトラック運転手なら「運賃収入」、ケアマネや訪問介護職員なら「担当件数」、保険の外交員なら「契約件数」、弁当やヤクルトなどの訪問販売員なら「売上げ」が給料の基準になる。

 

 そのため仮に業務が1日8時間をこえても一切残業手当は出さない。しかも現在の法案には成果に応じた給与支給を義務づける規定もない。それは「成果主義」といいながら成果に応じた収入が得られる保証はなく、いつ「市場価格が下がった」と減給になるかわからない不安定な制度である。

 

 そして高プロ導入にともなう労働時間規制は「1年に104日、4週で4日の休日を与える」と義務づけたことだ。だがこれも4週間で4日休ませれば、残りの24日は24時間働かせることができるという内容である。「高収入の労働者が対象だから過労死は増えない」といって導入し、その後一気に適用対象を拡大していく地ならしに乗りだしている。

 

 労働時間規制をなし崩しにしていく意図は、政府が「労働者保護の強化」と宣伝する「残業時間の上限規制」の内実をみれば一目瞭然である。「規制を強化する内容と規制を緩和する内容を同時に盛り込んだ」と指摘する大手メディアもあるが、この「残業時間の上限規制」自体が「規制」などとはいえない内容である。

 

 今回の法案で規定した「残業時間の上限規制」は原則「月45時間、年360時間」とし、繁忙期など特例は「単月で月100時間未満」「どの2~6カ月も月平均80時間以内」と定めている。しかし厚労省の過労死認定基準は「発症前1カ月間に概ね100時間又は発症前2カ月間ないし6カ月間に1カ月当り概ね80時間」を過労死ラインと規定している。この過労死レッドラインを過ぎるまで罰則も加えず黙認する、というのが「残業時間の上限規制」の実態である。2015年に時間外労働100時間未満で労災認定を受けた件数を見ると脳・心臓疾患が117件、精神障害が222件に上っている。これで「過労死が減る」と主張すること自体が国民を愚弄しており、過労死で肉親を失った家族も「これでは働く人を守れない」と強く反発している。

 

 しかも上限規制の「例外」職種が多数ある。「新たな技術、商品又は役務の研究開発の業務」は上限規制が適用されず、「工作物の建設」事業も法施行日から5年間は上限規制が適用されない。自動車運転業務や医師も法施行後5年間上限規制から除外されたうえ、その後は他職種より長い上限時間が適用される仕組みである。法案を通すために「有給休暇の取得義務化」や終業と始業のあいだに一定の休息時間を確保する「勤務間インターバル制度の推進」など、部分的には労働者保護を装う施策をちりばめている。だが「残業時間の上限規制」の目的は「労働者の生活を守る」ことにはない。それは過労死ラインギリギリまで酷使する「生産性向上」を合法化することが目的である。

 

正社員給与非正規並に

 

 そのほか「働き方改革関連法案」では「同一労働同一賃金」を掲げて正社員給与を非正規並みに引き下げていく内容も盛り込んでいる。一般的に正社員は、①無期雇用、②フルタイム、③直接雇用の3要件を満たした労働者を指し、一つでも条件が欠ければ非正規雇用となる。非正規雇用は有期雇用、パートタイム、派遣労働の3種類あり、それぞれ労働契約法、パートタイム労働法、労働者派遣法で詳細な内容を規定している。そのため「働き方改革法案」はこの3つの法律を同時改定しようとしている。

 

 しかし法案には「非正規雇用労働者が正社員と同じ仕事をしている場合は、正社員と同じ待遇に転換する」という待遇格差是正策はない。非正規雇用の待遇改善策がまったくないまま「同一労働同一賃金」「格差是正」と叫んでいる。それは非正規雇用の待遇改善が目的ではなく、正社員を非正規雇用並みの待遇へ引き下げる意図を意味している。

 

 現実に複数の財界関係者が経営にかかわる日本郵政グループが4月、正社員約5000人に支給していた住居手当を今年10月に廃止すると表明した。同グループは非正規社員が約12万人おり、非正規にも諸手当を出す「格差是正」を求める声が噴出し、それがJP労組を突き上げ、要望を提出させる動きになった。ところが日本郵政が出した「格差是正」策は正社員へ支給する手当の削減だった。住居手当だけ見ても毎月の支給額は借家で最大2万7000円、持ち家は購入から5年間6200~7200円あり、住居手当廃止で年間32万4000円の給与カットとなる。日本郵政の動きは財界の意図が「正社員の非正規社員化」にあることを示している。

 

時代を逆戻りさせる「改革」

 

 もともと労働基準法や労働法は、労働者が人間として生活する社会的規制として堅持されてきた。労働者から労働力を買い、働かせて利潤を得るのが資本であり、労働者が過労死したり、子孫を残すこともできなくなれば、資本自体も存在できなくなるからである。一方的な解雇を認めず、勤務時間が長引けば残業代を支払うルール、8時間労働制も全世界の労働者がたたかいで勝ち得てきた人間として当然の権利である。

 

 ところが1989年の日米構造協議でアメリカが市場開放を迫るなか、歴代日本政府はこぞって労働法の規制緩和を推し進めてきた。ここ三十数年で派遣労働を解禁して非正規雇用を拡大した。いまや労働者全体で非正規雇用が占める割合は4割に達している。1日8時間だった労働時間は、1週間(週5日)40時間労働制を認める変形労働制導入などで骨抜きにした。そのなかで「過労死」の悲劇が拡大し、労働者が家庭を持ち、わが子を次代の担い手に育てることすら困難な状態に直面している。そして今では、海外から安価な労働力として外国人労働者の受け入れに熱をあげ、奴隷制復活を想起させるような動きがあらわれている。資本主義の発展過程で強欲資本と実力行使でたたかい、人間的な生活を認めさせてきた歴史を覆し、時代を逆戻りさせようというのが安倍政府の「働き方改革」である。

 

 もともと「高プロ」は第1次安倍政府が2006年に「ホワイトカラー・エグゼンプション」として導入を目指したが、「働き過ぎを助長する」との批判が噴出し、法案提出すらできなかった経緯がある。その後、財界の要求で2015年に高プロを盛り込んだ労働基準法改定案を国会に提出したが、このときも全国的な批判世論で2年以上塩漬け状態が続き、昨年9月の衆院解散で廃案になっている。このような法案を執拗に持ち出し、こっそり成立させることを許すわけにはいかない。

 

 国民が求めているのは安倍政府の進める「働き方改革」ではなく、国民生活や働く者の権利を守り、強欲な資本を徹底的に規制する国民の利益に立った政治である。そうした「変革」へ向けた全国的な力を強力にすることが求められている。

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