家庭で十分な食事がとれない地域の子どもに食事を提供する「子ども食堂」は、2012年8月に東京都大田区の青果店が始めたのをきっかけにして、その後NPO法人や寺、個人、民間団体などが運営母体となり、公民館や個人宅、飲食店など全国300カ所以上で地域の特色を持って広がっている。その活動は地域コミュニティのさまざまな力をつなげる媒体となり、子どもをまっとうに育て、高齢者を支える社会をつくっていく意識的なとりくみになっている。本紙は福岡県久留米市で運営されている10カ所の子ども食堂のうち、「安武子ども食堂」と「宮ノ陣子ども食堂」を取材した。
久留米市安武地区(人口約6000人、約2400世帯)は市西部に位置し、筑後川に面した農業が盛んな地域だ。「安武子ども食堂」は2015年12月から始まった。月2回ほど安武校区コミュニティセンターで、子どもたちに1食100円で昼食を提供している。安武子ども食堂を運営するのは、PTAや更生保護女性会などの地域ボランティアだ。子どもに食事を提供するだけにとどまらず、メニューを決め、食材をそろえて調理する過程をふくめて、親や地域住民が連携し、「30代、40代の親世代の横のつながりをつくり、街の将来の担い手を育てる仕組みをつくっていきたい」という思いでとりくんでいる。
2015年秋の安武小学校(約350人)の生活実態調査で、約2割の子どもが朝食を食べていない実態が明らかとなった。また子どもの落ち着きがなく、教師が数人休職する状況もあった。
「子どもの貧困」問題が社会的にクローズアップされるなかで、PTA関係者や更生保護女性会、老人会、自治会長などが集まり、安武の子どもの実態について論議した。小学校のPTA会長で同校区まちづくり振興会事務局の緒方麻美氏は、「貧困といっても表面には見えない。金銭的に恵まれていても人間関係の貧困、社会性が育っておらず、親子関係の希薄さもある。学校の連絡網がなくなったこともあり、子どもはつながっているが、親同士のつながりがないことがさまざまな問題の要因になっていた。その悪循環を断ちたい、もっとお母さんたちの力を引き出したいという思いがあった」という。
当初、子どもたちの状況に心を痛め、地域住民が学校で朝食を提供するという案も出たが、「そこまで親を甘やかしてはいけない」という声もあがった。そして月2回おこなっている「土曜塾」の日に昼食を提供する形態で「子ども食堂」を開くことに決めたという。
「土曜塾」とは、久留米市が2003(平成15)年からおこなっている子どもの居場所づくりのための事業で、市内の小学校46校すべてで開かれている。毎月1~2回、子どもたちの体験活動や勉強会などをおこなっているが、その企画や運営は各校区ごとの地域ボランティアが担っている。内容も地域の特色や人材を生かしながら、子どもを地域全体で育てていく活動として定着している。
安武子ども食堂を訪問
1月20日、本紙記者も安武子ども食堂の様子をのぞいてみた。子ども食堂の会場となる安武校区コミュニティセンターには、午前9時ごろから調理を担当する更生保護女性会の60代から80代の女性たちが厨房に集まって調理を始めていた。11時30分ごろ、「土曜塾」で近くのレンゲ畑にハイキングに出かけていた子どもたちがコミュニティセンターに戻ってきた。1時間以上歩いてみんな空腹なのか、昼食が待ち遠しそうだ。
正午には約60人の子どもたちで部屋がいっぱいになった。なかには土曜塾には参加せず、100円を握りしめて子ども食堂にだけ来る子どももいる。食べる前には子ども食堂代表の仲澄江氏が「今日も地域の方からたくさんの野菜をいただきました。おいしく食べてくださいね。今日はお肉ですよ。それではいただきます!」と子どもたちに声をかけ、みなで合掌して食べ始めた。この日はヒレカツ、れんこんのきんぴら、もやしの和え物、マカロニサラダ、ニンジンのソテー、スープだ。友だち同士が話しながら食事をし、また上級生が下級生の面倒を見たりと、日頃話す機会がない子ども同士がつながりをつくる場にもなっている。毎回参加している子もいれば、「今日はお母さんが仕事だから、土曜塾と子ども食堂に行って来なさいといわれた」という子、「今日は久しぶりに親子で参加した」という人もいた。
3人の子どもが通っているという母親は、「以前、働いていたときはお手伝いできなかったが、今は少しでも何かできればと思って来ている。土曜塾や子ども食堂など、子どもが有意義に安心して過ごせる場所があるのは本当にありがたい。ひな祭りの時期はちらし寿司など季節の料理も出していただき、バランスを考えて提供していただいている。コンビニでパンやおにぎりを1個買っても100円ではすまない。母親同士のつながりもできた。本当にありがたい」と話していた。
別の母親は「自分の子ども以外の子どもと食事をすることが新鮮で、わが子を客観的に見ることもできる。家にいればゲームで時間が潰れるが、集団でご飯を食べたり遊んだりできる空間があることはありがたい」と話していた。
若い母親支える高齢者
調理を終えた厨房をのぞいてみると、30代の母親世代から80代の女性たちまで、みなが談笑しながら食事をしていた。70代の女性は「もし子ども食堂がなければ、私たちも家にいて時間を過ごすだけ。子どもたちのために食事をつくって喜ぶ顔が見られるのは本当にうれしい。ここは子ども食堂であり、大人の食堂にもなっている」と満面の笑みで語っていた。調理やその後の食事時間も世代をこえた交流の場になっているようだ。また調理担当を固定化しないことにも狙いがある。この日は更生保護女性会のメンバーが中心に調理をしていたが、月1回は必ず母親有志がメニューを考え、調理をおこなうようになった。また前回は父親など男性陣による鍋料理が提供され、子どもたちは大喜びだったという。
ある女性は「近所のおばちゃんと並んで皿洗いをしながら子育ての相談や雑談をする。それも大事なつながりになっている。若いお母さんたちは一度に大人数の料理をつくるという経験があまりない。子ども食堂での調理の経験は、災害があったときの炊出しにも生かされる。昨年、隣の朝倉市で水害があったが、安武地区にとっても災害は他人事ではない」と語った。
親たちが地域とふれあう仕組みをつくることで、子育てで悩んだり孤独感を抱いていた若い母親たちが地域に出て視野を広げ、表情も明るくなり、それが子育てにもプラスになっている。
資金面ではどうなっているのだろうか。安武地区では農業地域の強みを生かし、直売所で売れ残った野菜などを安く譲り受けたり、子ども食堂の情報が地域に広がることで地元の農家からコメや野菜の提供が絶えないという。それを活用することで安くて安全な食事を提供することが可能となっている。この日も朝収穫した段ボール一杯のサラダ菜が届いていた。
また、昨年立ち上がった「フードバンク久留米」とも連携している。そのため購入するのは肉、魚、卵、調味料だけで、他の食材は買う必要がない。また子ども食堂の調理等で使用するコミュニティセンターの光熱水費は、趣旨を支持する安武校区まちづくり振興会会長らの後押しによって地域全体でまかなっている。このように「子どもたちのために」という地域全体の温かい心が子ども食堂の運営を支え、1食100円での利用が実現できている。
安武地区では今後、市内で子ども食堂の開設を考えている人たちと、安武の農業者をつないでいく方向もめざしている。
久留米市では2016年6月から子ども食堂支援事業を立ち上げ、運営費の補助金として月1回の場合は年間10万円、月2回は年間20万円、月3回は30万円を補助し、施設設備費として1団体につき20万円を補助している。久留米市内10カ所の子ども食堂のうち、6団体が助成を受けている。「安武子ども食堂」は市からの補助を受けずに運営している。
土曜塾は学びの場
さらに安武校区で魅力的なのが「土曜塾」の活動だ。地域の人材を掘り起こし、太鼓や三味線を習ったり、街探検などで久留米駅を見学したりと多彩な活動をおこなっている。農業の勉強では、地域の自治会でつくる「安武百祥会」が耕作放棄地を耕してつくった畑を活用し、子どもたちが草刈りや石拾いをおこない、野菜の生産を学ぶ。「収穫体験は農業体験ではない」という考え方から、野菜が日常的な手入れによって生産されていることを身をもって学ばせたいという思いからだ。このような体験を通して子どもたちが視野を広げていく。と同時に、教師や親以外の大人とふれあうなかで、家庭や学校のなかでは表現できない子どもなりの不満や葛藤をケンカしたり甘えたりして露わにする。それを受けとめてもらったり、またときには叱られ、褒められたりすることが成長の糧になっている。
緒方氏は「安武地区の場合は人的条件や環境も恵まれている。また土曜日という設定もみなが参加しやすいのかも知れない。子どもの未来のために現役世代の親、高齢者が持てる力を発揮する。それをつなげた集合体が子ども食堂になっている」とのべた。
また、「乳幼児を抱えた若いお母さんたちも活動に参加して、地域のために頑張ることが喜びになっている。私はそれがお母さんたちの生きる力だと思うし、教育の力になると思う。女性の社会進出が進み、労働力不足になるなかで、地域として子育てを支援する形はもっとある。アメリカの後を追っているのが日本といわれるが、今のうちに地域のつながりをつくって立派な大人を育てていくことが私たち大人の役目ではないだろうか。子どもの貧困は女性の貧困であり、もっと現役のお母さんたちを巻き込んだとりくみにしていきたい」と語っていた。
宮ノ陣子ども食堂では
同じ久留米市内の県営住宅「宮ノ陣パークタウン」内の集会所でも月2回、子ども食堂が開かれている。7年前から子どもの見守り活動をおこなってきた空閑秀則氏(71歳)が、2016年6月から宮ノ陣子ども食堂「ひこうき雲」をスタートさせた。空閑氏は2016年6月に次のような文書をつくり70世帯の団地に配布した。
「5年ほど前から“子ども安全パトロール”“少年指導員”など子どもたちを見守る仕事をしており、この地域で何か出来ないかと思っていた矢先に、新聞などで『こども食堂』の事を知り、昨年から安武でやっていると聞きました。…目的は“子どもの笑顔がみたい”“はたらくお母さんたちを後援したい”などなど明るい地域でのびのびと子どもを育てられたらと想っています」と記している。
この団地内で空閑氏を知らない人はいないほど、日常的に子どもや独居老人のために献身的に働いており、親しまれる存在だ。「子どもを地域で守るといわれるが、誰が守るかと考えたとき、“よしやろう”と思った。とにかく子どもにひもじい思いをさせてはいけない、心豊かな人間を育てたい。一人でもやるという強い意志で始めた」と語る。
20日に団地の集会所で開かれた子ども食堂には、保育園児から小学生までが集い、団地内の独居老人たちも含めて約30人が一緒に食事をとった。この日のメニューはサバの煮付け、牛肉と野菜の炒め物、ベビーホタテや海老、鯛、鰯が入ったお吸い物だった。空閑氏がメニューを考え、買い出しをおこない、調理は数人の母親たちとともにおこなう。またフードバンクからの食材などが余った場合は、母子家庭に届けるようにしている。宮ノ陣子ども食堂は、市からの補助金で食費をまかない、1食100円で提供している。
空閑氏は「子どもは親より正直だから、大人が必死になって心を開けば心を開いてくれる。忙しい親たちが多いが、子どもと手を携えて生きていってほしいと思う。雑草にも一つ一つ名前があるように、自分に誇りを持って生きられるように、親や子どもたちの手伝いをしたい。学校では習えない総合的な人間教育の場になればと思っている」と語っていた。
久留米市の子ども食堂の活動では、現役の親たちが実際に地域を支える役割を担うことで、「個人のためから地域のため」へと意識の変化も起こっている。貧困や格差という言葉が溢れるご時世にあって、互いに助け合わなければ子どもたちの将来はどうなるのかというやむにやまれぬ切実な問題意識が、子ども食堂という一つの形態に結実して広がっている。そのような下からの動きが行政を動かし、地域全体を動かす力として台頭している。