いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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低周波の集積地と化す若松 140基の洋上風力建設を計画

 国が主導して北九州市の若松沖に5000㌔㍗級の風力発電を140基建設する計画は先月、北九州市が事業者公募を開始する段階に入った。北九州市がこのたび洋上風力発電建設地に指定したのは響灘沖の白島地区、藍島、下関の六連島沖に近い海域の4区画(約2700㍍)で、環境省が打ち出した最大70万㌔㍗の洋上風力構想のうち、まずは航路や灯台周辺など一般海域を除いた港湾区域(市が管轄)から着手する動きとなっている。対岸の下関市安岡沖では、東京のゼネコン準大手・前田建設工業が経済産業省のお墨付きを得て4000㌔㍗×15基の洋上風力発電計画を持ち込んできたことに対して、一昨年から住民が大規模な反対運動に立ち上がり、工事着工をストップさせている。安倍晋三や麻生太郎といった出身代議士が中央政界で上り詰めたもとで、選挙区となる関門地域が環境利権の実験台として差し出され、大手商社やゼネコンがエネルギービジネスに目の色を変えている。これはいったい何が進行しているのか見てみた。
 
 医師が心配する人体への影響

 北九州市の事業者公募は10月18日までで、外部有識者による「評価・選定委員会」の意見を聞いて市が事業者を選ぶが、メンバーも検討内容も非公表となっている。来年1月に選定した事業者を公表し、事業者による環境アセスメントを経て、2021年度以後に発電を開始するとしている。
 この計画の発端は環境省が昨年3月、北九州市響灘地区を「国の洋上風力発電推進のモデル地域」に指定したことだった。「モデル地域」では風力発電の立地を行政が全面支援し、環境アセスを短縮し、従来構想から着工まで5~7年かかっていたものを3年程度にするという。そして北九州市が、約2000㌶もの埋立地がある響灘地区をエネルギー産業の拠点とする計画を推し進めている。現在、響灘地区には10万㌔㍗の太陽光発電と約2万㌔㍗の陸上風力発電設備があるが、それに西部ガスの天然ガス火力発電所、オリックスやFパワーのバイオマス火力発電所、そして最大70万㌔㍗の洋上風力発電計画を加えて、九州電力玄海原発を上回る260万㌔㍗規模の発電拠点にするという。
 昨年五月に発足した「響灘エネルギー産業拠点化推進期成会」は麻生太郎実弟の九州経済連合会会長・麻生泰や北九州市長・北橋健治が発起人に名を連ね、会員には北九州銀行、九州電力、TOTO、安川電機、丸紅など財界代表の面面が入っている。その目玉が洋上風力で、下関の沖合人工島付近や白島備蓄基地のある広大な海域を「洋上風力発電の立地可能性の高いエリア」に指定した。
 白島備蓄基地近辺では九州電力子会社や丸紅、日立造船などの共同体が次世代浮体式洋上風力の実証実験構想を進めている。
 同時に風車やタワー、基礎工事部品等2万点の関連部品をつくる裾野産業を響灘地区の埋立地に集積させ、それを海外に輸出していく計画も動いている。

 住民犠牲に営利を追求 若松区住民の経験

 大規模な洋上風力が計画されている北九州市若松区は、もともと塩田が点在する寒村だったが、明治末期から昭和初期にかけて国内最大の石炭積出港へと急速に発展した歴史がある。明治末期に三井、三菱、住友、古河などの財閥、貝島、麻生、安川、松本などの地場資本がどっと押し寄せて筑豊炭田の開発を進め、全国一の石炭産出量を誇る規模になった。若松市街地は石炭荷役に従事する沖仲仕(ごんぞう)をはじめ、関連産業で働く労働者や家族で賑わった。しかし昭和30年代の「石炭から石油へ」のエネルギー転換で、大企業と国は炭鉱を切り捨て、まだ使える炭鉱にも水を流し込んでつぶした。若松は日炭高松の閉山(1971年)の影響が大きく、急速に衰退が進むことになった。
 その後、住民を襲ったのが洞海湾の汚染だった。もともと洞海湾は「エビやカニが見え、いろんな魚がよく釣れた」が、新日鉄や三菱化成、黒崎窯業、小野田セメントをはじめとする工場群ができ、「高度成長」で増産を重ねるなか、魚も住めぬ「死の海」へと変貌していった。洞海湾は赤茶色に濁り、悪臭も問題になり始め、停泊する船のスクリューが溶けて動かなくなることもあった。「以前は車エビが獲れたのに、フナを入れると2~3分で死ぬ」ともいわれ、当時「東の田子ノ浦、西の洞海湾が汚染の両横綱」といわれたが、実際は洞海湾が日本一だった。
 煤煙による大気汚染も住民生活に甚大な影響を与えた。煙突からは酸化鉄の粉塵を含む七色の煙がまき散らされ、洗濯物を屋外に干せば真っ黒に汚れた。住民のなかでは喘息も増えた。工場群に近い城山小学校(八幡西区)はもともと児童数が1学年180人をこえるマンモス校だったが、大気汚染がひどく集団で転居していく家庭が続出した。そして、1977年3月には閉校となった。
 それに対して、住民生活を犠牲にした営利追求の象徴として憤激が広がり、戸畑地区の婦人会や母親などが中心になり、毎日の大気汚染や水質汚染の実態をつぶさに調べ、実態を明らかにしていった。夫、兄弟が大企業に勤めている婦人も多かったが、そうしたしがらみを乗り越えながら、地域、行政、企業を突き動かし、「日本一厳しい」といわれた公害防止対策を実行に移させた。その結果、1980年代には青空が戻り、現在の洞海湾はエビ、カニ、魚が泳ぐ海として復活している。市民のなかではカネミ油症事件(1968年)ともあわせ、営利企業の横暴を許さなかった経験が息づいている。
 そうした若松で一方で進んだのが、響灘沿岸側での埋立地造成であった。1970年代から産業廃棄物の処理で埋立地にする計画が動き始め、1978年に響灘地区の造成が本格化した。1983年に白島石油備蓄基地の建設に着工し、響灘コンテナターミナルの計画も動き出した。脇田や脇之浦は魚の産卵場となる豊富な海岸線を持つ漁場だったが、今はみなコンクリートで塗り固め、発電所や港湾施設、工場誘致の埋立地に変貌している。
 若松区の市民は明治の昔から、石炭産業の隆盛と没落、重化学工業の隆盛と没落を通して大企業と国によって翻弄され続けてきた。そこに今度あらわれているのがバイオマスや洋上風力などの再生可能ビジネスである。
 二酸化炭素を塊にして海底に埋め込む等等、全国でも前例がないさまざまな事業が経産省や商社によって計画され、要するに下関を含めた関門地域をエネルギービジネスの実験台にする動きが顕在化している。
 直接には安倍政府になって洋上風力の電力買い取り価格が倍近くに跳ね上がり、政府の全面バックアップが約束されたことから商社・ゼネコンが飛びついている。地元での事業展開にともなってキックバックが代議士周辺に還元されるなら、私設秘書たちの給与くらいは楽に賄える関係でもある。
 問題は、洋上風力発電一つをとってみても、各地で風力発電の人体への影響が問題視されるようになっているなかで、何ら学術的検証などないまま、それこそかつての公害のように「やったもの勝ち」方式でごり押しされていることだ。対岸の下関市ではこの間、洋上風力の問題点について医師や学者たちが警鐘を鳴らし、「居住空間に近い場所に建設するな!」と反対運動が盛り上がっている。低周波が人体に及ぼす影響についても講演会が開かれて住民が理解を深め、反対署名は9万7000筆に及んでいる。1000人を超える市民デモも何度も取り組んだ。しかし経産省紐付きの国策であることから事業者も引き下がらず、攻防は熾烈を極めるものとなっている。

 下関では反対運動拡大 恫喝する外来企業

 下関市安岡沖の洋上風力発電建設計画が住民の前に初めてあらわれたのは、3年前の住民説明会だった。すでに前田建設工業は風況調査やボーリング調査を終え、環境アセスに着手しようとしていた。ここで地元の医師たちが、風力発電は「クリーン」どころか人体にきわめて重大な健康被害をもたらすと熱を込めて訴えたことが、住民の反対世論に火をつけ、一気に燃え上がらせるきっかけとなった。
 風力発電が生み出す低周波音とは、普通の騒音と違って人間の耳には聞こえにくい振動であり、それは頭蓋骨を貫通して頭痛、めまい、吐き気、不眠などの不定愁訴を引き起こす。低周波音は二重サッシもコンクリートも通り抜け、転居以外に治療法はないといわれている。すでに各地で被害が出ているが、政府は科学的な解明もせず、規制基準ももうけていない。安岡沖のように民家から1・5㌔の至近距離に設置する例など世界的になく、下関の住民はまるでモルモット扱いであることに強い怒りが巻き起こった。
 安岡の住民たちは10万筆をめざして反対署名を開始し、自治会や医師会、商工会、宅建協会など約30団体が市長や県知事に反対の陳情をおこなった。ところが前田建設工業は、住民が環境調査に反対すると「威力業務妨害」と「器物損壊」で反対する会のリーダー4人を刑事告訴し、山口県警が家宅捜索して家族や住民を驚かせた。前田に測定機器を返しにいっただけで、家宅捜索されたり長時間にわたって事情聴取されたりと尋常ではない扱いとなった。さらに前田建設工業は、4人に対して1000万円以上の損害賠償を請求する民事訴訟を起こした。「測定機器が壊された!」といってその損害賠償を求めるだけでなく、再調査のチラシのポスティング費用や弁護士費用まで含め、高額の負担で住民を脅しつけ反対運動をあきらめさせる恫喝訴訟であった。
 外部から乗り込んできた私企業が「お願いします」と頭を下げるわけでもなく、異論は力技でねじ伏せていくという高圧的なやり方はまさに国策で、多くの下関市民は驚いた。経産省が味方についていたら何でもできるといわんばかりの振る舞いだったからだ。
 それだけではない。風力発電による好漁場の破壊は許さないと影響調査を阻止している安岡の漁師たちには、前田建設工業の代理人弁護士べーカー&マッケンジー法律事務所が「環境調査に対する妨害行為を中止しないなら数千万円以上の損害賠償を請求する」という文章を送りつけてきたり、とにかく恫喝三昧なのである。住民の理解を得るために大企業が努力するというのではなく、住民生活がどうなろうが、健康被害への懸念があろうが、乗り込んできて奪っていくというもので、ODAで後進国を略奪していくのとそっくりな横暴さを感じさせるものだった。そのことは同時に住民や漁師を激怒させ、反対世論がいっそう拡大して事業も足踏みすることとなった。

 郷土の運命かけ論議を 科学的検証なき暴走

 洋上風力発電は、オバマ政府や国際金融資本が提唱するグリーン・ニューディール政策のブームに乗って、安倍晋三や麻生太郎がお膝元に持ち込んだ環境利権にほかならない。それは単純に「CO2を削減したいから」「電気が足りないから」推進しているのではない。エネルギービジネスである。
 そして反対する住民や医師が最も懸念しているのは、風力発電が生み出す低周波の人体や動物への影響について現段階では科学的な解明が進んでおらず、きわめてあやふやな状態にあることだ。既に立地している陸上風車の周囲では、住民がめまいや吐き気、頭痛などメニエル病に似た症状を訴えていたり、あるいは田舎ではシカやイノシシが風車を避けて大移動したりさまざまな現象が起こっている。人体だけではなく、突然夜中に電気がついたり、ファックスから異音が鳴り出したとか、電波障害を疑う声もある。しかし、いまのところ医学的・科学的な解明がされておらず、住民のなかでも「風力発電そのものが原因なのか、はっきりはわからない…」といわれているのが現状だ。
 低周波や電磁波をどれだけ浴びているのか、そのことによって人体がどう影響を被るかといった研究はほとんどなされておらず、判別のしようがない。「臨床実験」なしに薬物投与したような格好で、田舎の山という山に風力発電を林立してきたのが実態である。
 耳に聞こえない超低周波音を含む低周波音(100ヘルツ以下)については、「低周波症候群」=外因性自律神経失調症や、「風力発電症候群」として、外国人研究者をはじめ日本国内でも医師や一部研究者のあいだで研究が進められている。各地で完成した後になって健康被害が俎上にのぼり始め、ようやく研究が進み始めたばかりである。しかし現状では、低周波音が人体に与える影響について科学的な解明が進んでいないことを逆手にとって、企業側が「因果関係が認められない」といい、自然エネルギーの補助金ビジネスに突き進む構造になっている。
 下関安岡沖に計画されている洋上風力発電は1基4000㌔㍗で、風車の高さは下関の海峡ゆめタワーほどもある。若松沖に計画されているのはさらに巨大な1基5000㌔㍗級である。そうした巨大な構造物が若松沖に140基出現して、海面が洋上風力だらけになろうとしている。1基や2基の風力発電ですら低周波に反応する人人がいるなかで、100倍以上もの低周波や電磁波が行き交う集積地となる。その影響は気象条件(逆転層)等等によっては周囲10㌔圏内でも逃れることはできないと研究者は指摘している。かつての工場汚染とは異なり、今度は目に見えないものが飛び交い始めることを示している。
 どのような影響が出るのかわからないものを実行するというのは実験以外のなにものでもない。東京から離れた福島や過疎地が原発立地の狙い撃ちにあったのと同じように、大都市から遠く離れた関門地域で、こうした前代未聞の実験が進もうとしている。下関では大規模な反対運動に発展しているが、対岸の北九州側はいまのところ静寂が覆い、一般に低周波問題が語られることも少ない。科学者や医師の知見を拡散して、推進も反対も含めて広く市民レベルで問題を考え、地域の運命とかかわって対応することが求められている。

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