安倍首相は20日召集の通常国会で、「共謀罪」新設を盛り込む「組織犯罪処罰法改定案」(共謀罪法案)を提出すると明言した。
実際に犯罪をした事実がなくても「犯罪の話をした」「犯罪の計画を立てた」などの理由で、国民をいつでも拘束可能にする法律である。過去3度、国会へ提出しいずれも廃案となったため、「共謀罪」を「テロ等準備罪」と変えて再度持ち出した。近年「テロ対策」を掲げた戦時動員体制づくりの一環で秘密保護法、マイナンバー法、盗聴法改悪などが整備され、国民の個人情報は覗(のぞ)き見され、日日の生活においてプライバシー保護などないに等しい。「共謀罪」新設はその膨大な個人情報をもとにした住民弾圧体制の総仕上げにほかならない。
秘密保護法やマイナンバー、盗聴法が連動 四方八方から国民生活を監視
今国会で提出する「共謀罪」は「2人以上が話しあい重大犯罪(懲役4年以上の犯罪が対象)の実行で合意したと見なせば最高五年の懲役刑を科す」というものだ。「2人以上が犯罪に合意した」と見なす行為は「うなずく」「拍手をする」「目配せをする」などゼスチャーもふくみ、携帯電話のメールやインターネットのやりとりはすべて監視対象となる。これまで刑法は「既遂」「予備罪」「未遂罪」など犯罪行為がなければ処罰できなかったが、「共謀罪」は犯罪が起きてもいないのに「計画した」「合意した」と決めつけて処罰する。それは刑法の根本原則を覆すことを意味する。
安倍政府は過去の「共謀罪」との違いを際立たせるため、「共謀罪」の呼び名を「テロ等準備罪」に変え、適用対象を「団体」から「組織的犯罪集団」に変えた。さらに「テロ等準備罪」の構成要件に「実行の準備行為」(凶器を購入する資金調達、犯行現場の下見など)を追加した。「共謀罪」の対象となる犯罪数も300程度にし普通に生活する国民には無関係と強調している。
しかしこの「テロ準備行為」の規定は、いくらでもこじつけや拡大解釈ができるのが実態だ。権力側が描く物語に基づくため、貯金を降ろしたら「テロ資金の調達」、大型集客施設に立ち寄れば「大規模テロの下見」、食料をまとめ買いすれば「テロに向けた食料調達」、ハサミを購入すれば「テロのための武器調達」……など日常生活ではあたりまえの行動がたちまち「テロ準備行為」の犯罪にされていく危険をはらんでいる。法律整備段階であるため「とり締まるのはテロ集団だ」としているが、一旦成立すれば一般国民をいつでも「テロ集団」や「テロ支援者」に仕立て上げ、国家権力の意のままに国民の逮捕投獄を可能にする意図は明らかである。
街中溢れる監視カメラ 「テロ対策」名目に
さらに「共謀罪」の新設で、犯罪の相談や合意を証明するのに必要な日常からの監視や情報収集活動が、行政機構あげていっせいに動き出すことになる。室内盗聴などで日常的な会話を監視・把握し、携帯電話やスマホのメール・通話を含む利用内容を把握することも現実味をおびている。
安倍政府は昨年5月、複数ある刑事訴訟法改定案の一つに盗聴法改悪を潜りこませ、ほとんど国民的な論議がないまま成立させた。盗聴法は1999年の通常国会で持ち出されたが、強い批判世論で対象犯罪を典型的な組織犯罪である①薬物犯罪、②銃器犯罪、③集団密航、④組織的殺人の4類型のみに限定した経緯がある。盗聴方法も現在は東京にある通信事業者の施設に捜査官が行き、あらかじめ準備した第三者の立会人がいないと傍受の実施はできない。そのため年間実施件数は十数件だった。
ところが改定盗聴法は窃盗、強盗、詐欺、恐喝、逮捕・監禁、略取・誘拐など組織犯罪ではない一般犯罪に対象を拡大したため対象が大きく広がった。さらに全国の都道府県警本部で立会人も置かず、いつでも盗聴できるように変えた。警察の盗聴し放題を認める内容へ変貌している。
携帯電話のGPS(全地球測位システム)機能を使った警察の捜査も、当初は電話会社が利用者に事前に通知していたが、2015年5月に改定し、利用者本人が知らないまま警察が位置情報を得ることを可能にした。そして警察庁が法制審議会に提出しているのは「会話傍受」の導入である。会話傍受は通信傍受と異なり、室内に盗聴器を仕掛けて外に電波を飛ばし、室内での会話を盗聴する手法である。
「テロ対策」「防犯」「事故防止」などもっともらしい理由づけで、街中に監視カメラが溢れ、高速道路にはNシステム(自動車ナンバー自動読み取り装置)が急増している。港湾施設はカメラ付きの金網で覆われ、顔写真付き入場証明書をもった関係者以外は入れなくなった。空港でおこなわれるボディーチェックも年年強化している。トラックやバス・タクシーもGPS機能や監視カメラ、ドライブレコーダーの設置があたりまえのようになった。政府がばく大な予算をかけて全国民に11ケタの番号をつけたり、多くの人が不要と感じている顔写真・ID付きマイナンバーカードを執拗に持たせたがるのも、こうした監視網強化と無関係ではない。
昨夏の参院選で警察が野党支援団体が入る建物に隠しカメラを設置し問題になったが、それは国家権力が「共謀罪」新設や「盗聴」でいったいなにをしたかったのかを赤裸裸に示す行動でもあった。経済危機は深刻化し、安倍首相の主張する「アベノミクスで日本の景気が改善した」という欺瞞は通用しない。そのなかで一方では、安保関連法、米軍基地問題、TPP問題、原発再稼働、オスプレイ配備、冷酷な震災被災地対応、東京五輪の対応などをめぐって全国で国政への批判世論が噴出し、民意を得ることができない。積年の怒りをともなって米軍基地撤去世論が高揚する沖縄では、金力、権力を総動員した自民党が何度も選挙に敗北し、米軍再編計画を立ち往生させている。こうしたなかで安倍政府は、なりふり構わぬ治安弾圧・監視強化に動いている。
米軍基地がスパイ拠点 国民の反抗を恐れ
「共謀罪」新設は戦時体制づくりと密接に結びついている。戦前の日本では治安維持法に「共謀罪」に相当する「協議罪」があり、罪のない人が多数逮捕・投獄されている。ただ今回の「共謀罪」は戦前の治安維持法と異なり、アメリカの指図で具体化していることが特徴だ。
「共謀罪」に向けた法整備は一九九六年の「日米安保共同宣言」以後、周到に準備されてきた。同宣言はアメリカの進める戦争で日本を後方支援に動員することを強調し、そのために有事立法をつくる重要性を指摘した。九九年に米軍が朝鮮有事を想定して日本に要求した後方支援は「海上自衛隊による掃海」「海上保安庁による水路警備」「船舶修理や荷役人の確保」「宿泊・給食機能付き事務所の確保」「警察・自衛隊による警備」など1059項目に上った。それらの要求実現をめざし、戦後一貫して戦争放棄を貫いてきた日本を戦争に引きずり込むために「朝鮮有事の危機」「オウム真理教事件」などを煽りながら、周辺事態法、自衛隊法改定、ACSA(日米物品役務相互提供協定)改定からなる新ガイドライン関連三法や、住民弾圧に直結する盗聴法、国民総背番号制法、組織犯罪対策法などを成立させた。
そして段階を画したのは2001年のNYテロ事件後である。アメリカはすぐスパイ機関であるNSA(アメリカ国家安全保障局)に国内通話を記録する権限を秘密裏に持たせ、直後に成立する愛国者法で行政の盗聴を可能にした。さらに2005年には「コレクト・イット・オール(すべてを収集する)」方針にそって名実共にあらゆる情報の盗聴に乗り出した。NSAは「テロ未然防止」を掲げた国民監視でフル稼働し、イスラム系米国人を令状もないまま数千人逮捕し、家族にも知らせず強制収容所送りにした。
同時に中南米や中東、アフリカ地域で高まる反米機運を抑え込むため、「国際的な犯罪組織への対処」「テロ対策」を掲げ、さまざまな「国際協力」を各国に求めた。とりわけ目下の同盟国である日本には「金だけでなく血を流せ」と脅しつけ、自衛艦に米艦の給油支援をさせ、イラクに陸上自衛隊を派遣させた。そのために日本国内では徹底した情報収集体制を強め、日本の政治家や世論を背後で動かしていった。アメリカの要求にそぐわぬ言動をすれば、総理大臣であってもすぐに首をすげ替えさせ、日本国内でアメリカが後方支援、すなわち戦時動員していくのに都合の良い制度を構築していくことに腐心した。
「共謀罪」新設に先駆け2013年に強行成立させた秘密保護法もアメリカが下案をつくったものである。この間、元CIA職員だったスノーデンやジャーナリストが暴露してきた内容を見ても、米軍横田基地内にあるNSAの総合評議室には約100人の法律家が配置され、このグループが秘密保護法制定を妨げている国内法の縛りをどうやって解くか、機密情報をどうやって公衆の面前から隠すかなどを具体化し「これが目指すべきことだ」「必ずすべきだ」と法案の内容まで提案していた。
横田基地内の国防総省日本特別代表部(DSRJ)は日本のNSA本部にあたり、膨大な個人情報を収集している。2015」年にウィキリークスがNSAが日本政府のVIP回線や経済産業大臣、財務省や日銀、三菱、三井系の企業を盗聴していたことを暴露したが、盗聴で得た膨大な通信内容がアメリカのスパイ機関に丸ごと握られ、影の司令塔となっている。そこを日本の官僚や政治家が秘密裏に訪れて知恵を授けてもらい、さまざまな法案が具体化されていく対米従属構造が現在も横行している。
日本でアメリカのスパイ機関のために信号諜報(シギント)、情報工作、インターネット監視などに携わる人員は総勢約1000人に上るという。主要な拠点は横田基地、米空軍三沢基地、米海軍横須賀基地、米海兵隊キャンプ・ハンセン、米空軍嘉手納基地、アメリカ大使館の六カ所である。NSAは外国との関係を三グループにわけ、アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの英語圏を「ファイブ・アイズ」と呼び、頻繁に情報を共有する対象としているが、日本は利用もするが大規模なスパイ活動の対象にもする格下扱いの限定的協力国である。
アメリカは情報戦でつねに日本より優位に立っている。そのもとで「テロの危険が迫っている」「日本が狙われている」などの情報で扇動しつつ、「法整備が進めばさらなる情報共有ができる」と圧力をかけ、日本国内で戦時立法や弾圧立法を整備させるのが常套手段となっている。秘密保護法とともに日本版NSC(国家安全保障会議)を設置する法律も整備したが、その情報収集機関として日本版NSA設置の動きも水面下で進むなかで「共謀罪」新設の動きが本格化している。
安倍政府が「批准のためには共謀罪新設が不可欠」と主張する「国際組織犯罪防止条約」も本来はマフィアなどの組織犯罪をとり締まる刑事条約であり、あらゆる国民監視につながる「共謀罪」が必要となる条約ではない。「このままでは東京五輪も開催できない」「パリのテロは対岸の火事ではない」などの理由付けは、「共謀罪」新設に向け国民を扇動するための方便にすぎない。
日本国内では、すでに自衛隊や米軍による土地強制接収などを認めた有事法や秘密保護法が動き出している。「米軍再編」で米軍司令部を自衛隊の司令部と一体化させ「集団的自衛権」を認める安保関連法も整備された。いずれも「対テロ」「国防」を掲げて実行された法律である。しかし現実は、アメリカの戦争を日本が肩代わりする体制ばかりが強化され、逆に日本がアメリカの指揮棒で戦争にかり出される危険、テロの報復を受ける危険が迫っている。
とくに最近は特定秘密保護法施行で政府に都合の悪い情報を流さない傾向が強まっており、そうした動きを危惧する戦争阻止や基地撤去の行動が全国各地で勢いよく発展している。
このなかで安倍政府が、何度も手直しをして「反テロ」を掲げた「共謀罪」新設に執念を見せるのは、国民の反抗を警戒し弾圧する意図を持っているからにほかならない。