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<論壇>車は走るのはよいが、停めてはならない社会

 6月1日から警察がはじめた駐車違反取り締まりは、市民のごうごうたる非難を浴びている。重点地域となっているのは山口県では下関、下関でも駅前、唐戸の繁華街・商店街である。ちょっと文房具を買おうと車を数分止めて出てみたらステッカーが貼ってあり、1万5000円を巻き上げられる。店には人が寄りつかなくなった。「駐車違反倒産」が笑い事ではなくなったのである。戦時中ではないが、警察による営業統制・経済統制である。
 配達・納品なども大迷惑で、経済活動をはじめ、国民の道路交通が大迷惑をしている。車が増えて混雑するというのなら、行政がそのスペースをつくるというのがふつうであったが、いまやそんな常識ではなくなっているのである。車は走り回ってもよいが止まってはならない社会にしたのである。「お巡りさんは国民生活を守るためにある」と学校では教えてきたが、国民生活に迷惑をかけるために警察はいるという実態である。
 しかも取り締まるのは営利を目的とした下請け会社である。年間80億円のノルマをかけて、ノルマ達成・商売繁盛のために違反キップを切るというわけである。金儲け目的であるから、大型店などからは協力金や商品券などをもらうことも不思議ではなくなる。もっともこれまでも、警察は金持ちや権力者などの違反には目こぼしが専門で、貧乏人に対してはめっぽううるさいのが特質であった。違いは、そのようなことを目立たぬようにやってきたものを、いまや公然とやる社会にしたということである。
 「車は走ってもよいが停めてはならない」というようなバカげた法律をだれが何のためにつくったのか。市民はだれも、駅前や唐戸で駐車違反を徹底せよと要求するものはいない。経済が疲弊し、人口が減って、にぎわいがなくなっているのをみんな心配しているのだ。「消防車が通るため」というのが、公益という時の一番の理由となる。しかし下関の場合、商店街の火事で消防が近づけなかったという事例はない。
 このような警察国家による国民生活制限・私権の制限は、米軍や自衛隊が戦時の作戦遂行のために、国民の土地建物を勝手に使うなどという法律として最近用意されている。下関でも「テロ対策」といって下関の商港にフェンスを張って市民を閉め出したり、関釜フェリーがテロ攻撃を受けた訓練といって説明もなく自治会を動員して船内に閉じこめたり、水族館が爆弾テロ攻撃を受けたといって消防訓練をやったりしている。市民から見ればバカげたことを本気になってやらせている。「車を止めてはならない」「国民は警察のいうことになにも文句をいわずに従わなければならない」という気違い沙汰は、このような動きと関連しなければ説明がつかない。
 市民の側からすれば、このような不当な取り締まりを黙ってみている訳にはいかない。県内では唯一下関、とくに駅前や唐戸の商店街をどうして重点にするのか、二井知事、江島市長および、県議、市議などはなにを考えているのか、市民として追及する必要がある。もちろんこのような悪法をつくった安倍官房長官、林参議院議員など、なにを考えているのか徹底的に追及しなければならない。
 山口県警は、悪臭漂う江島市長周辺について取り調べや逮捕をした試しがない。市民を守るどころか市民生活を脅かす警察は市民の側が取り締まる必要がある。市民が知っている警察の悪事をどんどん暴露する必要があるし、警察への一切の協力を拒否するなどの運動をやって反省を求める必要がある。

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