(2025年2月17日付掲載)
「下関の食と農を考える有志の会」が主催する講演会が9日、しものせき市民活動センター(下関市竹崎町)で開かれ、OKシードプロジェクト事務局長の印鑰(いんやく)智哉氏が「食料危機とわたしたち 明日の食はどうなる? フードテック、それとも有機農業?」というテーマで講演した。講演の要旨を紹介する(文責・編集部)。
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印鑰智哉氏
日本はそもそも飽食といわれてきた。ところが去年の夏、スーパーからコメが消える事態が起きた。もしかしたらこの状況が今後続くかもしれない。なぜ突然そんなことになったのか。そこには構造的な問題がある。
今、「多重危機としての食料危機」が進行している。気候危機、生物絶滅危機、社会危機が同時に進行している。こうした多重危機を生み出してきた根本原因の一つは食のシステムにある。逆にいえば食を変えれば私たちは悪循環から脱出することができる。
工業化が気候を破壊
じつは気候変動の要因となる温暖化効果ガスの排出の半分は食に関係している。土壌は最大の炭素の貯蔵庫だが、土壌崩壊により炭素が放出されているのだ。ファクトリーファーミング(過密集約畜産)は飛行機、自動車、鉄道の合計よりも温暖化効果ガスを排出しており、工業型農業が気候変動をひき起こしているといえる。
工業型農業とは化学肥料、農薬に依存する農業だ。タネは化学肥料・農薬を使うことを前提に、知的財産権が設定され、タネを買うことで化学肥料や農薬の使用も不可欠になる。この3点セットが使われることによって工業型農業が拡大してきた。
昔の農家は何十種類もの野菜をつくっていたが、工業型農業の拡大によって現在は単一品種を大量生産する農家が増加している。すると余計に農薬が必要になる。またグローバルに役割分業をするため、たとえばアフリカの国ではコットン(綿)ばかり生産されるようになって、小麦を輸入に依存するようになったため、輸入が止まると飢えてしまう問題も出てきた。
工業型農業で使われる農薬のうち、ネオニコチノイド系農薬が原因でハチが死滅していることがわかってきたが、じつは「ラウンドアップ」もハチの絶滅に大きくかかわっていることがわかっている。遺伝子組み換え農業は工業型農業の象徴のようなものだ。つまり工業型農業は、気候危機、生物絶滅危機、健康危機、社会の危機をもたらしている。
急速に変わる日本の食卓
遺伝子組み換え食品に加えて、日本は世界で唯一「ゲノム編集」食品(遺伝子組み換え食品の新しいバージョン)をつくっている。また、世界で終了した放射線育種も、日本だけリバイバルしてしまった。さらに、これまで牛乳は農場で、魚は漁場という自然のなかで作っていた食が、工場でつくる食(合成生物学、細胞培養食、陸上養殖)に急速に変わろうとしている。
1996年に世界で遺伝子組み換え作物の栽培が始まったとき、日本の農家は実力行使で止めた。そのため日本は遺伝子組み換え食物を輸入はするが、つくらない国だった。この20年で日本の食卓が急速に変化している。
これらの技術は生態系に与える負荷が非常に高いが、腹立たしいことに「気候危機を解決する」といって、税金を投入している。危険だから世界がやめているなかで、日本は世界の先端を行っているのだ。そのことをマスコミが知らせない。この動きを止め、農家や漁師を守らなければ日本の食は終わりになる。食と社会を守るために何ができるか、どんな動きが起きているかを整理したい。
遺伝子組み換え食品とは?
遺伝子組み換え食品は今から30年ほど前に出てきた。当時はこの画期的技術さえあれば人類に必要な食がなんでもつくれると宣伝された。だがその「画期的な技術」でつくられた品種と、栽培された面積で見ると広まったのは2種類しかない。除草剤耐性、害虫抵抗性だ。そしてこの二つを掛け合わせた「1粒で2度怖い」品種がある。
今つくられている遺伝子組み換えは、88%が除草剤耐性、57%が害虫抵抗性(両方の性質を持ったものも含む)だ。これ以外の「おいしさ」「干ばつ耐性」「収量が高い」などの遺伝子組み換え品種は、つくってはみたが成功しなかった。
そして作物は大豆、トウモロコシ、コットン、菜種が99%を占めている。最近ではコメ(フィリピン)、小麦(アルゼンチン)も始まったが、反発も強くフィリピンでは裁判所が禁止命令を出した。リンゴもジャガイモも遺伝子組み換えされてはいるが、生産はされていない。それだけ制約がある技術だ。
だが害虫抵抗性を持つ作物を同じ土地で4、5年つくっていくと虫が進化して耐性を持つようになる。農薬耐性の方も同じで、「ラウンドアップ」をかけても枯れない雑草がたくさんできて意味がなくなっていく。害虫が進化してしまったので、もとは1種類だった毒素を混合して「1粒で5度怖い」になっている。農薬耐性についても、ラウンドアップだけでは効き目がなくなり、複数の古い農薬をカクテルした。ベトナム戦争のときの枯葉剤の主成分なども混合しているなど、遺伝子組み換えは出てきたときよりもはるかに農薬も毒素の数も増え、昔は数ppmだったが、今では50~100ppmに高まっている。30年近くたってはるかに危険が増しているのだ。
世界一緩い日本の食品表示
世界では今「遺伝子組み換え食品は危ない」と見なされ、アメリカの市民は食べなくなった。ところが日本の遺伝子組み換え食品の表示は世界一緩い。日本では油や酢などの加工品の場合、遺伝子組み換え商品と表示しなくていいとなっている。
大豆、コーン油、キャノーラオイル、コットンオイルなどは100%遺伝子組み換えだ。日本で売るときには「遺伝子組み換えを使っている」とは書いていない製品なのに、輸出するときには、「遺伝子組み換えトウモロコシからつくった」と書いてある。日本で「遺伝子組み換え」表示があるのは豆腐や納豆などの場合だ。ブラジルのスーパーでも遺伝子組み換え食品には、遺伝子組み換えの頭文字の「T」という表示が明示されている。
ならば「この酢は遺伝子組み換え(GMO)でない」という表示が大事になるが、企業からの圧力を受けて消費者庁がルールを変え、2023年4月以降は表示しにくくなった。政府やメディアが買収されたのだ。
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国内で販売される酢には遺伝子組み換えの表示義務がないが、輸出用(写真)には「遺伝子組み換え」と明記している(印鑰氏の講演資料より)
一方でアメリカでは「Non-GMO」プロジェクトが普及し、空港の売店に行くと 「Non-GMO」の表示がついたお菓子などが多く売られている。アメリカの市民は、このマークによって遺伝子組み換えを使っていない食品を選ぶことができる。世界では遺伝子組み換え食品を食べなくなっているのだ。
1996年に遺伝子組み換え食品の大規模栽培が始まったが、2015年に初めて前年比を下回り、その後は横ばいになった。このときから遺伝子組み換え企業は大変なピンチに直面している。そして2014年以降、世界中では有機農業(アグロエコロジー)が広がっている。国連が全世界的に広めようとし、アメリカもEUもラテンアメリカもアフリカも進めようとした。日本でもようやく「みどりの食料システム戦略」をいい出しているが、世界から見れば10年遅れなのだ。大ピンチに陥った遺伝子組み換え企業がそれを覆そうとしているのが現状だ。彼らは世界のタネの6割以上の市場を抑えており、その独占力を使って、次のステップを考えている。それが「ゲノム編集」だ。
「ゲノム編集」は機能欠損
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ゲノム編集トラフグ(上)と通常のトラフグ
日本政府は「ゲノム編集」食品は「遺伝子組み換えではない」といっているが、遺伝子を入れるという点においては同じ遺伝子操作技術なのだ。詐欺的だ。なぜ政府は「ゲノム編集」は遺伝子組み換えではないといえるのか。実は二つの技術は遺伝子を入れる目的が違う。遺伝子組み換え作物は、例えば土壌細菌の遺伝子を入れて、虫を殺す毒素(新しい機能)をつくり出す、いわば足し算だ。一方で「ゲノム編集」は、生物が持っている特定の遺伝子を壊して新しい品種をつくる技術で、引き算だ。本当は遺伝子組み換え企業は、遺伝子を壊すだけでなく新しい遺伝子を入れたがっているが、遺伝子組み換えと同じように規制されてしまうから禁じ手にしている。
従来の遺伝子組み換えは、入れた遺伝子がそのまま入っている。対して「ゲノム編集」食品は特定の遺伝子を壊すために入れ、壊した後不要になった遺伝子は、戻し交配によって抜く。だから従来の遺伝子組み換えよりも安全といっているが、ここに大きな落とし穴がある。
遺伝子を壊すことに大きな問題があることが最近指摘されている。赤ちゃんを考えたらわかるように、生物は成長しなければならないので一定の時期にぐんぐん成長する。アクセルを踏むように成長を加速させる遺伝子があるからだ。だからある程度成長したらブレーキをかける遺伝子がある。つまり遺伝子レベルで成長を加速したり止めたりして、適正なサイズに成長していける。だが、ブレーキの遺伝子を壊したら、成長が止まらなくなる。これで、収量が多い稲、小麦がつくれるとか、GABAを抑える遺伝子を壊してGABAが多いトマトをつくっている。「ゲノム編集」食品は、生物が自分の成長をコントロールする機能を失ってしまった機能欠損品種だ。私はしっぺ返しが必ずくると思う。
「ゲノム編集」魚は拷問養殖
今、世界で唯一日本だけで「ゲノム編集」魚がつくられている。「ゲノム編集」のマダイは、筋肉がつきすぎないように成長を抑制するミオスタチン遺伝子を壊してしまった。それによってブクブクの肉厚マダイになり食べる部分が2割増しになるという。筋肉が急速につきすぎて、背骨の成長が損なわれ曲がったり、背が短くなり尾っぽも大きくならない。このマダイはムキムキで、筋肉だらけだがゆっくりとしか泳げない。かわいそうだ。
「ゲノム編集」トラフグは、満腹になると食欲を抑えるレプチン受容体の遺伝子を壊した。満腹になっても食べ続けて短期間に太る。満腹になっても食べ続けたら肝臓もやられ血糖値も上がる。これについてドイツの研究所が「これは拷問養殖だ」と批判している。
日本では市場流通が始まる
実は一つの遺伝子がさまざまな機能を持っていることがわかってきた。例えば、レプチン遺伝子【図1】は、食欲を抑える以外に、敵が来たときに食欲を感じなくなったり、水温が変わったら心臓をバクバクさせて身体を保つという、環境の変化に耐えるための機能を持っている。この遺伝子を壊したら、変化に対応できない魚になる。自然環境のなかでは生きることができないのだ。このように遺伝子を一つ壊すとさまざまな問題が出てくる。
「ゲノム編集」食品を食べて大丈夫なのか? という情報を人類は持っていない。にもかかわらず日本政府は2019年10月に試験もせずにゴーサインを出した。「ゲノム編集は遺伝子を壊すだけ」であり、自然界でも遺伝子は壊れることがあるから、自然と同じだという理屈だ。「テストしなくていい」というスタンスだから、安全性はわかっていない。実は存在しなかったたんぱく質がつくられたり、アレルギー、自己免疫疾患など、これまでにない新たな問題が発生する可能性がある。
日本では「ゲノム編集」のトマト、魚、トラフグ、マダイ、ヒラメの市場流通が始まった【表1】。トマトはすでにスーパーで販売が始まってしまった。最初は熊本県で栽培されていたが関東に広がり、東京のスーパーで売られるようになっている。10粒ぐらいのトマトが売値で600円をこしている。有機トマトでも買える値段だ。「ハイGABAトマト」「高機能性食品」「リラックスする上で役立ちます」という宣伝を見て、買う人もいると思う。
「ゲノム編集」の魚は、京都大学、近畿大学が開発し、京都の宮津市に養殖場を置き、同市のふるさと納税の返礼品になっていたりした。これが全国、とくに九州で広がろうとしている【図2】。宮城県でも広がっている可能性がある。今、漁場が大変だということで陸上養殖が全国的に大ブームだ。そこで飼料争奪戦が起こっている。魚粉は輸入がほとんどなので円安で高くなっている。そこで「ゲノム編集」した海藻、藻、昆虫などを原料にした餌の研究開発がはじまっている。まだ流通していないが、魚もその飼料も「ゲノム編集」が広がりかねない。
実は、アメリカで10年以上前からアクアバウンティ社が遺伝子操作したサーモンをつくっていたが、ついに昨年破綻した。なぜか。この遺伝子組み換えしたサーモンは普通よりも、短い期間で巨大化する。本来、サーモンは寒いところで育っているので夏しか成長しないように遺伝子的にコントロールされている。それに別の遺伝子を入れて、年中育つように変えた。最大の問題は、魚の内臓が成長スピードに絶えられず病気になるケースがとても多く生産性は必ずしも上がっていなかったことだ。なにより美味しくなく、熱加工して食べてくれという商品だった。価格も天然の魚よりも高い。普通の陸上養殖よりも高いのは特許料を払わないといけないからだ。こんな技術で食料危機の対策になるはずがない。
日本の「ゲノム編集」の魚も同じ運命をたどると思う。今、売っているところはわからないし、誰が魚を買っているの?という状態であるのに、今「ゲノム編集」の会社・リージョナルフィッシュは社員が十数人から60人ぐらいまで増えて、急激に拡大している。それは政府の公金が注がれているからだ。少なくとも約30億円と見られる。今の日本の公金は裏金だらけで正確なことがよく分からないという現状はあるが、オーガニックビレッジ宣言を出した全国の自治体に出す金額よりもはるかに大きな金額が小さな一企業に注がれている。そして政府だけではなく、地方自治体が支援している。リージョナルフィッシュは、京都府が支援し、宮津市がふるさと納税返礼品にしてお墨付きを与えている。
今、自治体が、「ゲノム編集」をやるといえば政府から補助金をもらえる仕組みがあるが、これは原発ムラをつくるのと同じ構造だ。例えば福島県にも計画がある。経済的に厳しいときに、地方自治体が頼ってしまう。とても危険な方向だと思う。
放射線育種の問題について
放射線育種の問題を話しておきたい。これは食品としての安全性の問題ではない。放射線育種は原子力の平和利用の一環として出てきたもので、植物に、人間が浴びると死んでしまうぐらいの高い放射線を当て突然変異を起こさせ、これまで存在していなかった色や形の品種をつくり出すものだ。植物には人間や動物にはない細胞壁があるのでしぶとく残るものがある。1950、60年代の消費者運動が生まれる前からおこなわれており、国としては中国がダントツに多く、日本、インド、ロシアなどがおこなってきた。アメリカは軍事利用だけで品種改良には使わなかった。
世界でおこなわれ歴史も長いので安全なのか?今ではガンマ線放射線育種は世界的に終わった技術だ。日本は最後まで抵抗したが、2022年に最後の受け付けが終わり、施設が閉鎖になった。ところが、日本は新しい放射線育種を始めてしまった。それが重イオンビームだ。
放射線は周りに広がるが、重イオンビームは加速器を使って一点だけに集中させる。これは従来の放射線育種と異なる効果がある。ガンマ線は放射線が直接遺伝子を傷つけるよりも細胞内に発生する活性酸素(フリーラジカル)が遺伝子を傷つける、ストレスによる変異をつくるのに対して、重イオンビームは直接遺伝子の二重鎖を断ち切る。どちらかというと「ゲノム編集」に近い技術といわざるを得ない。
安全確認も「ゲノム編集」とまったく同じ動きになっている。「自然界の中で起きていることを放射線育種は加速させているだけ、自然と同じで安全」といって試験をやる必要がないといっている。つまり安全を裏付けるデータはない。確かに自然界にも放射線があって遺伝子が壊れている。だが自然放射線は何億年も前から存在していて、生物はそのなかで育ってきたし、耐える力、修復する力を持っている。放射線育種と自然界の放射線は同じではない。
今、重イオンビームを使って、カドミウム汚染地域で農業をするためにカドミウムを吸わないコメの品種を開発している。実は日本は世界有数のカドミウム汚染国だ。
カドミウムとは地下資源で、日本は戦争をするために鉱山開発をした。そのときにカドミウムは不必要ということで川に捨てられ河川が汚染された。その結果、銅山や亜鉛鉱山がある地域でカドミウム汚染が深刻化し、富山県でイタイイタイ病が起きた。だが日本全部がそうではない。
「コシヒカリ」の種子に重イオンビームを照射したところ、カドミウムを吸わない品種が三つ見つかり、その一つを「コシヒカリ環1号」として品種登録をした。三つともその遺伝子を解析したらOsNRAMP5という遺伝子が壊れていた。この遺伝子がカドミウムを取り込む機能を持つことが判明した。では「安全なコメ」ができて、めでたしなのか?
先ほど、「ゲノム編集」魚で遺伝子を一つ壊すと、他の環境に対応する能力も失うという話をした。実は、OsNRAMP5はカドミウムのためにある遺伝子ではなく、マンガンを吸収するためにある遺伝子である。「コシヒカリ環1号」は、これを壊したためにマンガンが3分の1未満に下がってしまった。マンガンは必須ミネラルで適度な量が必要だ。マンガンは、植物が光合成をする上でエンジンになるので、不足した植物は光合成が十分できず発育不全になる。また植物が体を守る上で不可欠なファイトケミカルという免疫をつくる上でも重要な役割を果たしており、不足すると病原菌や虫に弱くなる。ごま葉枯れ病になると開発者の農研機構も認めている。弱い稲だといわざるを得ない。
重イオンビームは遺伝子の二重鎖を切断する点で従来の技術と異なる。二重鎖を破壊する時に起きる問題は「ゲノム編集」と同様の問題が生じる。その安全性は検証されていない。
「コシヒカリ環1号」は、3億から4億ある塩基(遺伝子の部品のようなもの)のうち一つしか塩基が壊れておらず、一つの部品が壊れても自然と同じだという。だが壊れてはいけない部品もあるのだ。その部品は重要な役割を果たしていて、塩基を破壊されるとアミノ酸の配列が変わる=フレームシフトが起きる。その結果、それまで存在していなかったタンパク質がつくられる。
これが何が怖いか。例えば遺伝子組み換え大豆ではトリプシン・インヒビターという酵素が耐熱性に変わる。本来のトリプシン・インヒビターは熱を加えると壊れてくれるので、大豆は炒って熱を加えれば安全に人間が食べられる。だが、フレームシフトが起きた遺伝子組み換え大豆のトリプシン・インヒビターは熱耐性に変わった。だから加熱しても家畜に食べさせると、下痢を起こすことが問題になってきた。このような問題が「コシヒカリ還1号」で起きていないか、それを裏づけるデータは今のところない。複雑な遺伝子の働きはまだ十分解明されていない。その段階で遺伝子を破壊してしまえば取り返しがつかない。
稲の3億9000万分の1の塩基を壊すとどうなるか? 宮城県は審査で、「カドミウムを吸わない遺伝子が入ると、どうしても収量が落ちる」ということで秋田県よりも先に導入しようとしたが中断した。埼玉県も「コシヒカリ環1号」は収量が少なかったり、稈長が長く、倒れやすかったといっている。石川県の限定された農家で2020年から「コシヒカリ環1号」を栽培していたが、翌年は生産量が半分になり、収量が落ちるから翌々年から生産をやめた。成功例が見当たらない。
さらに放射線育種によってつくられた遺伝子はデリケートだ。重イオンビームにより変異した遺伝子は潜性(劣性)であるため、他の稲と交雑するとカドミウムを吸わないという特性は失われる。また劣性同士を交配し続けると「近交弱性」(「雑種強勢」の反対)となり、繁殖力、生命力が落ちる。実際に山口県は2015年から「コシヒカリ環1号」の栽培実験をしているが、2022年に突然それがイガラ株というのに変異してカドミウムをたくさん吸ってしまった。突然変異で特性が失われたということだ。生命としての持続性が疑問視される品種と言わざるを得ない。
あきたこまちRは安全か?
ところが秋田県は放射線育種米の「コシヒカリ環1号」と掛け合わせて開発した「あきたこまちR」へ全量転換しようとしている【グラフ1】。これは賢明な選択だろうか。秋田県は「安全に違いない」という推論のみで安全性を確認できるデータを持っていない。それと「あきたこまちR」には直接、放射線を当てていないから放射線育種はしていないといっている。
だが「コシヒカリ環1号」で重イオンビームで壊した遺伝子は、きちんと受け継がれるようになっているため、「あきたこまちR」と「コシヒカリ環1号」は壊れた遺伝子という点において同じだ。「コシヒカリ環1号」は放射線育種だが、「あきたこまちR」は放射線育種ではないとはいえないと思う。
これは法律に触れる表現だと思う。例えば遺伝子組み換え大豆と、そうでない大豆を交配し、その子どもを「遺伝子組み換えではない」ということで売ったらこれは違法行為だ。
「あきたこまち」は秋田県のコメ生産量の73%を占める日本を代表する品種だ。それを今年、全量「あきたこまちR」にしようとしている。秋田県にもカドミウム汚染地は少しあるがほとんどは安全だ。汚染地だけ品種を切り替えると風評被害になるからという理由で、秋田県全県でやろうというが、この理屈はおかしい。日本全部やるならわかるが秋田県だけで切り替えたら、秋田県が風評被害にならないだろうか? 秋田県の動きは拙速だ。
実は農水省は、秋田県だけでなく全国にターゲットを定めている。カドミウム低吸収米の品種を2025年までに3割、2030年までに5割の都道府県で導入することを計画し、毎年補助金を地方自治体に出している。100品種以上開発中で、すでに地方自治体が開発したものも含めて25品種以上が品種登録されている【図3】。25品種のうち4品種は九州、西日本の品種だ。秋田県のほか宮城県、山形県、山口県でも独自品種がつくられてしまった。最新品種が山口県の「晴るるR04」だ。山口県はカドミウム汚染地域は存在していない。なぜ山口県が動いているのかわからない。
「晴るる」は中山間地向けの品種で、山口県では2・3%しかつくられていない。2・3%だったら影響が少ないと思うかもしれないが、山口県は栽培量の多い「コシヒカリ環1号」と「きぬむすめ環1号」の栽培実験も続けていた。「コシヒカリ環1号」は問題があって実験を中止したが、これらの栽培量が多い品種が放射線育種米に変わると影響が大きくなってしまう。山口県内でも比較的栽培量が多い(23%)「ひとめぼれ」も、開発元の宮城県がすでに品種開発をおこなっており、そうなると山口県のコメも大きく変わってしまう可能性も当然ある。
重イオンビームは、中国が少し前にやっていたが、今、世界では日本くらいだ。今、お金さえ払えば放射線育種をやってくれ、そして政府への届け出も必要ないので、どれだけ育種されているかはわからない。ただ、新品種を開発した人は、宣伝したがるのでインターネットを検索すると出てくる。
例えば、ハウス食品が2015年に「涙の出ないタマネギ」として「スマイルボール」を出している。重イオンビームで特定の遺伝子を壊し、人が切っても涙が出ないようにしたのだ。ただ、つくっているのは北海道の2軒の農家だけで、必ずしも広がっていない。心配なのが静岡県が開発している温州ミカンだ。ミカンは冬しか収穫できないが、春に出荷できるような品種を重イオンビームで開発するという話だ。2027年くらいから出回る可能性がある【表2】。
放射線育種と「ゲノム編集」
放射線育種と「ゲノム編集」が一体のものとして出てくる可能性がある。日本が「ゲノム編集」で突出したのは、世界でも突出した放射線育種大国であったからだと考えられる。「ゲノム編集」は「万能の遺伝子操作技術」といういい方をするが、実際は万能ではなく、けっこう限定がある。放射線育種が得意なものは「ゲノム編集」は得意でない/ゲノム編集が得意なものは放射線育種は得意でないという関係だ【表3】。だから互いに欠点を補いあうと、とても強力なツールになる。
二つの技術は互いに補完する技術として使われる可能性大である。実際に2023年2月、東海にある中性子線放射線育種技術のクォンタムフラワーズ&フーズと徳島県のゲノム編集企業であるセツロテックが業務提携を発表した。一緒にやると効果が高いということだ。これにも注意しなければならない。放っておくと日本は遺伝子操作大国になってしまう可能性がある。
そしてなにより大きな問題は、「あきたこまちR」がスーパーや米屋で販売されるときに表示から「R」が消えてしまうことだ。生産者の元に届く種籾には「R」がついているが、消費者が買うときには「あきたこまち」なのか重イオンビームの「あきたこまちR」なのか、区別がつかなくなり、消費者は選ぶ権利を失う。秋田県にも従来の「あきたこまち」をつくりたいという農家があり、3月2日に県民大会が開かれる予定だが、区別がつかない状態で販売されれば、生産者の権利も侵害される。明らかに異なるものを同じ品種とするのは法的にも無理がある。消費者庁はこのような虚偽表示を認めるべきではないと思う。
日本政府は「あきたこまちR」でも有機栽培すれば、有機米として国内販売はもちろん、海外にも有機米として輸出できるとしていることだ。有機食品を買う消費者は、遺伝子操作されていない、農薬を使わず安全、といった気持ちで有機食品を購入する。それが遺伝子操作されていたら裏切られたと思うのではないか。農水省は、有機認証の国際的な基準であるコーデックス委員会のルールブックに「重イオンビームを当ててタネをつくってはいけない」と書いていないから有機認証してもかまわないといっている。
だが、世界で放射線を当ててタネを作っているのは日本だけだ。だからルールブックに書いていないのであり、書いていないからといって有機認証すれば、日本の有機認証に対する信用が崩壊するだけである。なにより今、日本の学校給食を有機にしようという動きが日本中で起きているところだ。せっかく有機給食にしたと思ったら放射線育種米だったらどうだろうか? これも大きな問題だ。
フードテックが解決策か?
「フードテック」という言葉がある。「動物を殺さない、気候変動も起こさない、環境に優しいフードテックで、食料危機も解決できる」という宣伝に乗せられて、例えば環境問題では頑張っているレオナルド・ディカプリオもフードテックに投資している。こうした動きは危険だと思う。
培養肉は今、広がろうとしているが、実際の肉より高額であり、おいしくないので細胞培養肉を売ろうとした企業が倒産し続けている。その点、まだ時間的猶予があると思うが、怖いのがもう一つの合成生物学を利用した食品が登場しているというニュースだ。
合成生物学は究極の遺伝子組み換えといわれる。なぜ究極かというと、遺伝子組み換えも「ゲノム編集」も、どちらも既存の遺伝子を前提とした技術だ。それに対して合成生物学は人間が遺伝子を設計するものだ。そんなのSF(サイエンス・フィクション)だろうと思うかもしれないが、もうSFではなくなっている。アメリカでは10年以上前からつくられていて、石けん、化粧品、アイスクリームなどがつくられている。これから一番狙われるのが粉ミルクだと思う。今、畜産農家に対する政府の支援がなく赤字で廃業している。畜産農家がいなくなったらどうなるか。合成生物でつくったミルクになってしまう。FDA(アメリカ食品医薬品局)は2020年3月、PerfectDayの乳タンパクにゴーサインを出した。企業側は牛を使っていないから「アニマルフリー」と宣伝している。ネスレもユニリーバも合成生物で作った乳製品を製品化している。
あるアメリカの研究所で合成生物学でつくられたミルクをテストしたところ、自然界に存在しない92ものタンパクが検出された。そして、普通のミルクに含まれている重要な栄養素の16はほとんど入っていないことが判明した。それで赤ちゃんを育てたらどうなるだろうか? 私たちは今いる畜産農家を守っていかなければ、こういったミルクを子どもたちに与えることになってしまう。
フードテックは食が工場でつくられるようになるから気候変動も起こさなくて安全だという。だが、タンクの中で細胞が勝手に増えるわけではなく、そこにビタミンやミネラル、カロリーなどを追加する必要がある。それらのミネラルなどは遺伝子組み換え大豆などから抽出される。農薬で他の生物をすべて殺して育つ遺伝子組み換え大豆はビタミンやミネラルが少ないため、必要量を抽出するためには大量の大豆が必要になる。ということは自然を破壊し、生態系に大きな負荷を与えながら大量栽培をすることが不可欠であり、効率はむしろ悪い。逆に気候変動は加速していくと思う。自然界で動物にやってもらった方がはるかに効率がいいのだ。
まとめになるが、遺伝子組み換え・ゲノム編集・放射線育種は、
①単純な遺伝子操作では本当に必要な品種は作れない。
②遺伝子を安全に操作できる技術を人類は持っていない。
③安全性が確認されていない(アレルギー、不妊、がん、神経発達、世代をまたぐ影響 [遺伝子の発現が変わる])。
④環境に悪影響を与える。
⑤社会を歪(いびつ)にする。大企業による独占。農家や消費者が影響を受ける。教育も情報も操作される。
といった問題を抱えている。
まずは単純な遺伝子操作では、本当に人間が望むような品種はつくられていないことに気づく必要がある。しかもお金がかかったうえに健康被害が実際に起こっている(ゲノム編集はまだ食べた人が少ないのでデータはない)。そして今、とくに日本で深刻なのは、社会が歪になってしまうという問題だ。こうした食の問題について30年前は大きなメディアもとりあげていたが、今では関係する大企業に攻撃されるので書かなくなった。30年のあいだに大きく変化してしまった。
解決策はすでに存在している
気候危機に対する解決策はすでに存在している。自然のサイクルを強化することに科学の力を入れていくことだ。遺伝子組み換え、「ゲノム編集」、放射線育種、合成生物学、細胞培養などの技術はすべてカネ食い虫であり、膨大な公金が注ぎ込まれている。一方で、化学肥料や農薬に依存しない農業が世界で急拡大している。費用対効果で考えると破格の効果だ。暑さに強い品種や病気に強い品種の開発も、遺伝子操作ではなく従来の育種技術の方が成功例が多い。
有機農業にさまざまな科学的知見を加えるアグロエコロジーが国際的に急速に高まっている。食、健康、気候、生物絶滅、社会の危機といった多重危機をつくり出してきた工業型農業をアグロエコロジーに変えていくことによって、私たちは危機の連鎖から逃れることができる。そのために何より必要なのは、工業型農業(企業のタネ+化学肥料+農薬の3点セット)との決別だと思う。
日本では昨年、令和の米騒動があった。今年の夏またコメがなくなるのではないかとびくびくし、コメの価格は上がりっぱなし。日本政府はついに備蓄米の放出を決めた。だが政府は、肝心の農家が激減している状態を変えようとしていない。
昨年、食の憲法といわれる食料・農業・農村基本法が改正された。2月7日から基本計画のパブリックコメントがスタートしている。この基本計画では、食料自給率の向上をうたわず、農産物の輸出に活路を開くといっている。輸出でもうかるのは農家ではなく企業だ。日本のコメの輸出はわずか0・5%。主食は自分の国でつくるのが世界の常識であり、それほど市場はない。それも日本のコメが足りなくなるかもしれないときに、輸出を拡大するという計画であり、明後日の方向を向いている。
なぜかというと、アメリカから農産物を輸入することが彼らの国是だからだ。戦後、日本はアメリカからの大量の農産物輸入を積極的に選択し、アメリカの食料戦略によって支配されている。輸入を前提にしているから、日本の食料自給率が高くなると困るわけだ。だが、自給率を高めなければ農業がダメになってしまう。だから輸出でごまかしている。
これを変えるには、農業政策を変えさせなければならない。工業型農業を変え、農薬や化学肥料に頼らない農業に変えていくと同時に、地域の食のシステムをつくりなおす方向に大転換していくことが不可欠だ。それがなければ食料危機だ。これを変えていくことが一番肝心だと思う。
食料主権と生存権取り戻す
このことによって私たちの食料主権(決定権)をとり戻さなければならない。食料主権、食料の自己決定権(食べたい物を食べ、つくりたい物をつくる)はもっとも基本的な人権の基礎である。そして食料主権の鍵となるのは種子主権だ。遺伝子操作したタネしかなくなってしまうと私たちは自由を失う。農薬がなければ育たないようなものになってしまう。これを変えていくことが今とても必要だ。日本には種子主権を規定した法律がないが、地方で条例をつくって在来種を守ることも有効な方法だ。
食品表示義務を求める動き
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OKシードマーク
もう一つ、ぜひ考えていただきたいのが食品表示だ。2024年2月、欧州議会は「ゲノム編集」生物に関して表示義務化を決議した。同年9月には欧州16カ国の370をこす流通業者が欧州理事会に「ゲノム編集」食品表示の義務化を求めた。
日本では「ゲノム編集」食品、放射線育種などは食品表示が必要とされていないが、地方自治体で「ゲノム編集」食品表示を政府に求める意見書を採択する動きも広がっている。それぞれの自治体で意見書を出してもらうよう働きかけていけば、変わっていくと思う。
たかが食品表示と思うかもしれないが、そんなことはない。ドイツは十数年前まで日本と変わらない状況で、2011年段階では乳牛のエサの95%が遺伝子組み換えだった。だが、消費者が「遺伝子組み換えなんて食べられない」と、「Non-GMO(遺伝子組み換えを使っていない)」のマークをつくって表示を始め、政府がそれをバックアップした。そして、遺伝子組み換えを使っていない商品をみんなが買い始めた。すると2021年には8割が遺伝子組み換えでない商品に変わった。表示をし、市民がそれを買うことで農業も変わっていく。エサの遺伝子組み換え作物はブラジルから来ているが、それを遺伝子組み換えでない物にするためにメルケル首相がブラジルまで行って交渉し、東ヨーロッパの人々にもドイツ向けにそういう大豆をつくってほしいと交渉をしてエサを確保した。それだけ表示は力を持っている。
海外にはそれぞれの国で「遺伝子組み換えでない」というマークがあり、消費者は選べるようになっている。日本ではNon-GMOを選べなくなっているから、私たちは「OKシードマーク」を日本でもつくった。このマークをタネから表示していけば、食品すべてを守れると思っている。
食を選び、変えていく。工業型農業の物は食べない。そしてきちんとした物をつくる農家を応援していく必要があると思う。