介護報酬引下げで困難増す
高齢化が進行し、高齢者にとっても現役世代にとっても介護の問題は深刻となっている。医療費の削減を狙って2000年に介護保険制度を導入してから15年。「介護費用が膨らみ過ぎる」といって今年4月からは介護報酬をまた引き下げ、2年後には要支援を介護保険から切り離す準備が進められている。さらに自民党の行政改革本部は、2020年度までの5年間の社会保障費の伸びのうち3・9兆円を削減する検討を開始した。介護に携わる人人のなかでは「今後小さな事業者がどんどん潰れていく」「“在宅重視”といいながら、すべて切り捨てていくものだ」との怒りが広がっている。
老後安心できる当たり前の社会に
最近、サービス付き高齢者向け住宅で過剰介護や囲い込みがあるといって、厚生労働省が「指導を強化する」といい始めた。この住宅は特別養護老人ホームに入れない高齢者があふれるなかで国交省の補助で急増してきたが、介護保険とは関係のない施設のため自治体の指導の対象外。介護関係者のなかでは「国が社会保障費を削りたいということで、在宅化を進める一つとしてサービス付き高齢者向け住宅を推進してきたが、最初から介護事業者のなかでは、こうした事態になるのは目に見えているといわれていた」と語られている。建設業者や不動産業者など異業種の参入があいつぎ、下関市内にも短期間で19件・600戸が建設された。
それに加えて有料老人ホームも急増している。「高齢者の状況やこれまでの介護者との関係もおかまいなしに、入居の条件として“すべてうちのサービスを使うこと”や“限度額いっぱいに介護サービスを利用すること”などを条件にする業者もいる。必要がないのに限度額いっぱい使わせてもうけようとするなど、介護の理念が崩壊している」と、介護関係者は指摘する。介護保険制度導入から15年をへて、福祉だった介護がビジネス化してしまったことを危惧する関係者は多く、この現状が国の施策によってもたらされてきたことへの怒りが語られている。
国の社会保障費削減によって、特養の待機者は全国で52万人にのぼり、行き場のない高齢者はあふれている。国民年金などの低所得高齢者は施設に入ることすらできない。そのなかで介護を苦にした殺人・無理心中の悲劇は後を絶たない。
今月7日にも三重県四日市市で、49歳の息子が82歳の母親の首を絞めて殺し、同じ部屋で柱にロープを巻き付けて自殺しているのを訪問介護の職員が発見した。母親は寝たきりで、息子と2人暮らし。テーブルの上には「介護に疲れた。親を殺して死ぬ」という内容のメモが残されていたという。
3月には同県紀北町で、認知症を患った81歳の妻を5年ほど前から介護してきた77歳の夫が首を絞めて殺す事件が起こり、2月には北海道札幌市で、認知症の妻(71歳)を5年にわたって介護してきた夫(71歳)が首を絞めて心中を図った。帰宅した42歳の息子が発見したとき夫はベッド脇の床に敷いた布団に横たわり、首や手首には刃物で傷つけた痕が複数あったという。居間の机の上には「すまん、母さん 病院もういいわ」と記された夫の手紙が残されていた。
共働き世帯が増え、社会的に支えられなければ成り立たない介護の問題が社会保障費削減で切り捨てられるなかで、悲劇がくり返される。介護を抱える世帯にとっては他人事とは思えない問題で、事件が起こるたびに誰もが心を痛めている。
下関市の旧郡部に住む70代の婦人は、同じく70代の主人を一人で介護している。脳梗塞と糖尿を抱えており、食事も気管につまらせるから毎食3時間かけて、つきっきりで食べさせる。着替えから風呂、トイレなど、ある程度は自分でできるが、手伝ってあげなければならないことの方が多い。通院する病院はそれほど離れていないものの、バスは1時間に1本。時間に合わせて体の大きい主人を引っ張って自宅からバス停に行くのだが、奥さんの方がへとへとになるため、最近はタクシーを使うことの方が多い。そうなると1回の通院に2万円だ。
これまで要介護2だったが、今年の認定のときに「トイレは行けますか」「お風呂は入れますか」「着替えはできますか」などの質問に、主人が「できる」と答えたため、1年たって状態がよくなるはずがないことは、専門家である調査員にわからないはずはないにもかかわらず、要介護1に引き下げられた。今年から週に1回デイサービスに通うことになったものの、要介護1ではその程度しか行くことはできない。連日の介護で「私の方が発狂しそうだ」と婦人は話す。施設に入ろうにも、もっとも近い施設は100人待ちだ。
老老介護で介護をする方が体を壊しても、1人で置いておけないので入院することができないという家庭、親が倒れたため仕事をやめて地元へ帰って来ざるを得ない家庭、また最近では、1人暮らしができなくなり、住み慣れた地元を離れて都市部に住む子どもたちのところへと引きとられていく高齢者も増えている。下関市内でも高齢者が出ていって住み手のいない空き家が年年増加しており、一方の都市部では高齢者が多数流入して、介護態勢がとれない事態が広がっている。
福祉削減の一方で外国へは数十兆の散財
こうしたなかで安倍政府は「介護費用が膨らんで財政を圧迫している」「社会福祉法人が内部留保をため込んでいる」といって、今年4月から介護報酬を大幅に引き下げ、さらに年収が160万円をこえる高齢者の自己負担を2割に引き上げており、施設の入所費用を支払えないため、退居を求められて行き場がない高齢者も出ている。
ある介護事業者は、「サービス付き高齢者向け住宅で、デイサービスとヘルパーステーションを併設しているが、全部の報酬が削減された。光熱費などもここ最近上がってきている。このままでは施設の運営が厳しくなるが、入居者のなかには自宅を引き払った人もおり、放り出すわけにはいかないので、少し入居費用を上げた」と話す。それでも運営は厳しく「今後、10人未満のデイサービスはどんどんつぶれていくのではないか。国の介護報酬削減はそれを狙っているのではないかと思う」と話した。
今回の介護報酬の削減を見ると、特別養護老人ホームは、もっとも重度の要介護5の入所者1人分の基本料(1日当たり、個室)は、9470円から8940円に下がり530円カット。カット額の規模は要介護4、3もほぼ同じだ。
入所者1人当たりの1カ月分介護報酬(要介護5)は、31万5300円だが、4月から、介護職員の「処遇改善加算」=1日310円増の570円がプラスされても、入所者1人当たりの介護報酬は30万7200円で、8100円のカットとなる。入所者全員が要介護5として機械的に概算すると、定数80人のホームの場合で月64万8000円、年間777万6000円の減収となる。
特別養護老人ホームの組織である全国老人福祉施設協議会は「施設の3割は赤字」と訴えてきたが、6%近い介護報酬カットで「6割近くが赤字に転落する」としている。これまで低所得者が唯一入所できる介護施設だったが、相部屋からも1万5000円の部屋代をとるようになり、さらに要介護3以上しか入所できないよう規制が強化され、52万人にのぼる待機者の行き場はなくなっている。
個別家族で介護をするのがもっとも大変な認知症に対応するグループホームも、一ユニット型で基本介護報酬カットは、要介護1が1日当たり8050円から7590円と460円削減。要介護2が8430円から7950円と480円削減。要介護3が8680円から8180円と500円削減。要介護4が8860円から8350円と510円削減。要介護5が9040円から8520円と520円削減した。「認知症重視」といいながら、実際は要介護1~5まで約5・7%の大幅カットだ。
また訪問介護も、入浴介助など身体介護では30分以上~1時間未満で4040円から3880円と160円引き下げ。炊事・洗濯・掃除などの生活援助は45分以上で2360円から2250円へと110円引き下げた。
要支援1、2を対象にした介護予防訪問介護では、ホームヘルパー派遣を週1回利用した場合、月1万2260円から1万1680円と580円、週2回利用した場合は月2万4520円から2万3350円と1170円引き下げている。
こうした下で介護事業者は運営が困難になっている。関係者は、「家族の介護のために自分の仕事をやめなければいけない家庭が出ないよう、デイサービスのような通所サービスや訪問介護で支えるというのが本来の目的だった。医療と介護は切り離せないものを、医療費削減のために無理矢理切り離して介護保険制度をスタートさせ、異業種から参入できるようにしたが、今度は広がり過ぎて介護費用が膨らむから切り捨てるという。医療機関は医療報酬の方も削減され、本当に経営が厳しくなっている」と語った。
介護報酬が引き下げられる下で、低賃金の介護職員になり手がおらず、現場は常に人手不足の状態。施設運営を困難にして介護職員の賃上げなどできるはずもなく、2025年には250万人必要とされる職員の確保も見通しが持てないものとなっている。大手の社会福祉法人、零細の介護事業者、またそれに従事するケアマネージャーや介護士、さまざまな立場の人人が介護に携わっているが、個別対応で解決できるものではなく、国の社会保障費削減とたたかわなければ解決できないものとなっている。
子どもを育てること、現役を終えた老後を安心して暮らせる、というのが当たり前の社会である。ところが、子どもは産み育てられず、年老いたら“地獄”のような境遇が口を開けて待っているのである。日本社会における異常なる少子高齢化は自然にもたらされた代物ではない。社会全体の運営に責任を持つべき政府がもっぱらアメリカや独占資本の利潤追求ばかりお膳立てし、国民の生活や生命に無責任をやってきた結果にほかならない。
社会保障費に大なたを振るっている者が、一方では外遊三昧で「僕のカネ」と思って散財し、この間の円安だけでも米国債の価値は円換算で50兆円の損失というからふざけている。「外国に行って数十兆円ばらまく前に、国内の高齢者をなんとかしろ」との声は高まっている。