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種子法廃止は国民の食料への権利を脅かす――種子法廃止違憲訴訟・陳述書 TPP交渉差止・違憲訴訟の会幹事長 山田正彦

(10月18日付掲載)

 「TPP交渉差止・違憲訴訟の会」(代表・池住義憲、幹事長・山田正彦)が呼びかけ、全国の農家や消費者らとともに2019年に提訴した種子法廃止違憲確認訴訟の控訴審が10月1日、結審した。当日、東京高裁前での門前集会には多くの人が駆けつけ、大法廷の傍聴席は満席となった。この日、元農水相の山田正彦弁護士、採種農家の菊地富夫氏の2人が意見陳述をおこなった。山田正彦弁護士は、約40分間にわたり、この裁判に至るまでの経緯とともに、生々しい現状から種子法廃止がいかに日本の食料自給を脅かし、いかに国民の食料への権利を脅かすものであるかを訴えた。判決は来年2月20日に予定されている。改めて種子法廃止の問題を考えるうえで、長年この問題にとりくんできた山田正彦氏の意見陳述を紹介する(掲載にあたり、仮名遣いなど本紙で一部変更している)。

 

1.これまでのいきさつ

 

 1、私の生いたち

 

 私は1942年、長崎県五島で農家の長男として生まれました。当時は農薬も化学肥料もなかったし、ほとんどの農家はコメ、麦、大豆からあらゆる種子の自家採種をしていました。中学に入った頃に初めてDDTなどの農薬、「硫安」と称して化学肥料が使われたのです。

 

 私は30代の初めに農水省の制度資金を利用して牧場を開き、牛400頭、豚2000匹を飼っていました。うまくいかず肉屋や県庁前で牛丼屋まで開きましたが、経営に失敗して当時4億円という莫大な借金を抱えました。幸い私は1967年に司法試験に合格していたので弁護士を開業、何とか債務の整理に当たっていましたが、日本の農政が間違っているとの思いが捨てきらず、全く政治経験もないのに、いきなり衆議院選挙に挑み3度失敗して4度目に当選、2010年には農水大臣を務めました。途中、TPP(環太平洋経済連携)協定の加盟交渉が閣議で提案され、閣議で猛反対、大臣を辞めて今日までTPP反対運動を続けています。

 

 2、私がTPP差し止め違憲訴訟を思い立ったいきさつ

 

 私がTPP協定で最も気になったのはISD条項(投資家対国家紛争解決条項)でした。投資家(ほとんどが多国籍企業ですが)が投資の利益を守るために投資している国を相手に損害賠償を求めて、ワシントンにある世界銀行の投資紛争解決国際センターに仲裁を申し立てて解決するものです。

 

 仲裁人は多国籍企業の代理人弁護士から選ばれた3人で、非公開で上訴制度はなく、1回限りの決定で解決される仕組みになっています。問題なのはその国の最高裁判所の決定よりも仲裁判断の効力が優位にあるとされていたことでした。

 

 ドイツのメルケル首相は日本の福島の原発事故を見て、直ちに17基の原子力発電所を止めて廃炉にしましたが、スウェーデンの大手電力会社バッテンフォール社から40億㌦(4000億円)の損害賠償を求められたことがありました。カナダも米国の製薬会社から訴えられ、韓国では米国の金融会社から訴えられるなどのことが次々に生じていました。

 

 私はTPP協定が締結されるとISD条項で日本政府も多国籍企業から訴えられることになり、独立国ではなくなると心配したのです。このままでは人権の最後の砦である日本国憲法76条で保障された司法権の独立が保てなくなります。

 

 2016年、民主党の緒方林太郎衆議院議員が当時の岩城法務大臣に「日本の最高裁判所判断と世銀の仲裁委員会の判断が食い違った場合、どちらが優位にたつのか」を質問しました。その時の法務大臣の答弁は「答えられない」とのべています。さらに国際条約に詳しいスイスのサーニャさんにお聞きしたところ、国内においては最高裁判所の判決がある以上、申立人は日本での強制執行はできないが、これまでの例からすれば米国政府が日本国に賠償金を求めてくるので(外交保護権)、事実上ISD条項による仲裁の採決は効力が生じるので、仲裁協定の判断が日本の最高裁判所の判決より優位になることがわかりました。

 

 私はこのままTPPが批准されたら独立国である日本の司法主権が侵害されると考え、TPP協定が締結される前に、TPP差止めの裁判を提起できないかと考えました。

 

 ISD条項に詳しい岩月浩二弁護士を名古屋に訪ねて行き、田井勝弁護士たちと相談、こうして皆さんと一緒に2015年に東京地裁にTPP交渉差止・違憲訴訟の申し立てをしました。残念ながら第一審では敗訴しましたが、すぐに東京高裁に控訴したのです。

 

 そのころTPP協定は既に批准され、日本では2017年に種子法が廃止されていました。種子法が廃止されたのはTPP協定によるものであると主張したところ、控訴審でも請求は棄却されましたが、判決理由の中で「種子法廃止はTPP協定によるものであることは否定できない」と書かれてありました。

 

 3、種子法廃止違憲確認を提起するに至ったいきさつ

 

 私が農水大臣時代には種子・種苗について一度も話題になったこともありませんでした。2017年2月、日本農業新聞に種子法廃止法案について閣議決定されたとの小さな記事が目につきました。当初は何のことかわからなかったのですが、ネットで条文を調べると大変なことがわかりました。

 

 早速仲間に声をかけて種子法に詳しい京都大学の久野秀二教授を国会の議員会館に講師として招き、勉強会を開いたのです。驚いたことに、多くの人が続々と集まって、参議院議員会館講堂にずらりと立ち見席ができるほどでした。久野教授の話も素晴らしいもので、了解を得てホームページにあげると多くの人にアクセスしていただいたのです。

 

 種子を支配するものは世界を支配するといわれてきた時代です。種子法が廃止されると私たちの主食であるコメ、麦、大豆の種子も、これまでの公共の種子から野菜の種子のようにモンサント等のグローバル企業の種子にかわり、これまで当たり前のように食べてきた伝統的な在来種を品種改良してきた安全で美味しいコメ等が食べられなくなるのではないか。

 

 私はすぐに茨城県の城里町に種子栽培農家、種子の育種新品種の開発を続けてきた県の農業試験場を何度も訪ねては現場の状況をお聞きしたのです。県の農業試験場でその地域に沿った優良な品種を開発するのには10年の年月がかかること。県の農業試験場で用意した原種から種子を栽培するには、真夏の暑さのなか11回にわたって純粋な品種に揃えるために、開花時期、背丈が違う等の異株を取り除かねばならず、その現場を見せていただきました。私の著書『タネはどうなる』に詳しく書かれています。

 

 私はTPP交渉差止・違憲訴訟の弁護団の先生方に相談、これまでのTPP差止違憲訴訟原告の皆さん、さらに種子に関心のある方、他にも多くの方々に呼びかけて2019年5月、種子法廃止等違憲確認訴訟を提起したのです。

 

 4、政府は農業競争力強化支援法制定 種苗法の改定を国会に提出

 

 (1)ところが自公政権は種子法廃止法案を強行採決するだけにとどまらず、時期を同じくして農業競争力強化支援法に種子の育種知見(知的財産権)を忍び込ませて成立させたのです。同法の8条4項は、

 

 「種子その他の種苗について、民間事業者が行う技術開発及び新品種の育成その他の種苗の生産及び供給を促進するとともに、独立行政法人の試験研究機関及び都道府県が有する種苗の生産に関する知見の民間事業者への提供を促進すること」

 

 となっています。同法では、国及び各都道府県は民間から提供を求められたら優良な育種知見を民間に提供することとなったのです。

 

 2022年に農水省に国の農研機構及び各都道府県から優良な育種知見が民間に提供された数を問い合わせたところ、2020年までの調査では国の育種知見が1980件、都道府県の育種知見が420件提供されていることの回答が書面でありました。

 

 私はさらに情報公開法に基づいてどの品種がどこにいくらで提供されたかを求めたところ、提供の相手が民間なので同意がない限り明らかにできないとの回答でした。ところが福岡県のタネを守る会から情報公開条例に基づいて県に同様の申請をしたところ、なんと福岡県の開発したイチゴの品種あまおうが民間に提供されていたのです。提供の相手先は名前は黒塗りですが、その下に株式会社と書かれてあります。

 

 (2)そして2020年自家採種禁止の種苗法の改定が自民党・公明党の多数で強行採決されたのです。この種苗法改定の時に政府はシャインマスカット、あまおうなどの日本の優良な育種知見が中国や韓国などで勝手に利用されて一部は日本に逆輸入されている、日本の優良な育種知見を守るために種子・種苗を国が管理しなければならないとして自家採種禁止の改定案を成立させたのです。

 

 これから農家は登録品種を自家採種したら10年以下の懲役、1000万円以下の罰金、しかも共謀罪の対象として処せられるのです。同法改定前の農水省の調査では、日本の農家の52・2%が登録品種を栽培していることが国会審議の際に明らかになりました。またこのように登録品種の自家採種を禁止している国は日本とイスラエルだけであることも国会答弁で明らかになりました。

 

 同法が2021年4月に施行されたので、自家採種を続けるには農家は許諾手続き、許諾料の支払いをしなければならなくなりました。農家のほとんどが自分の作付けしている農産物が登録品種なのかどうか、またそのような手続きをしなければならないことを知らないのが現状です。

 

 政府も激変緩和措置として果実の種苗を除いては猶予してきましたが、着々と種苗法違反の取り締まりを本格的に始める準備を整えてきました。監視、取り締まりのために育成者権管理機関(法人)を公の費用(税金)で設置することを決定、2022年に育成者権管理機関支援事業実施協議会を設置しました。すでに一部で取り締まりが始まりましたが、いよいよこれから本格的な監視・取り締まりが一般の農家にも及ぶことになります。

 

 種子法を廃止して公共の種子をなくして、日本のこれまでの優良な育種知見(知的財産権)を民間企業に提供させる。その品種を親として民間企業が新しい品種を開発する。育成者権の登録費用だけでも現状4000万円もかかってしまいます。さらに伝統的な在来種を固定させる開発費も含めるとかなりの費用がかかるので、企業でないと投資できないのです。農水省は最近それらの費用をJATAFF(農林水産・食品産業技術振興協会)を通じて国の助成金を使えるようにしました。

 

 育成者権をめぐっての裁判はモンサント社の現地調査委員(モンサントポリス)を雇用しての裁判が有名ですが、日本でもすでに育成者権利をめぐる裁判はなされています。私には、種子法廃止はそれ自体にとどまらず、こうして日本政府は種子化学企業のビジネスのために農業者と農村社会、それに消費者の食の安全を脅かそうとしているとしか思えません。

 

2.種子法廃止等に対しての私たちのとりくみ

 

 1、日本の種子(たね)を守る会を設立

 

 このような大事なことが日本では全く報道されません。私は2017年種子法廃止に関心を持った多くの市民、各県から指定を受けた種子栽培農家を組合委員としている農協の組合長さんたち、生協の皆さんに呼びかけて「日本の種子(たね)を守る会」を立ち上げました。

 

 現在では会長はJA常陸の組合長・秋山豊さんが、事務局長は杉山敦子さん、団体会員は生協等の団体会員で76、個人会員373名となって機関誌も定期的に発行しています。全国各地を回ってまずは「タネの危機」を訴えることから始めました。多い時には1年に200回もの集会を開いたのです。

 

 2、全国35の道県で種子条例を制定する

 

 そして地方各都道府県から種子法に代わる種子条例を制定する運動を地道に続けました。種子法は廃止されたものの、都道府県がこれまでのように農業試験場で品種の育成開発、原種の生産を続け、種子栽培農家、圃場などを指定して厳しい審査のもとに、優良な種子を農家に安く提供できるような、種子法同様の条例制定を目指したのです。

 

 各地にもタネを守る会が次々とできてきて、2018年には新潟県、兵庫県等で種子条例が制定されたのです。最近、福岡県でも種子条例が成立、現在では35の道県で制定されるに至りました。

 

 まだ準備中の県もあります。それぞれに内容にも開きがあり、制定の手続きにも違いはあります。

 

3.みつひかり不正事件の発覚

 

 1、種子法廃止の錦の御旗みつひかり

 

 農水省は種子法廃止のさい全国8カ所で説明会を開きましたが、そのときにチラシで、既に全国38道県で作付けされ、超多収米である三井化学のみつひかりをこれからは作付けしなさいと推奨して回りました。他にも住友化学、日本モンサント系列の稲の品種があるのに、みつひかりだけをなぜ推奨したのか、先日国会でも質疑されました。農水大臣は民間品種の代表的なものであったからと説明しています。

 

 説明会場では10㌃あたり11俵(1俵=60㌔㌘)は収穫できるといわれたそうです。普通でしたらよくて9俵収穫できるほどですから、説明を聞いた農家はそれだけ収穫があるならと、一時みつひかりは全国で1700㌶つくられました。しかし、私がみつひかりの生産者7カ所を回ってお話を聞いた範囲では、栽培には化学肥料を3割ほど多肥させるので、1、2年は収量がいいようですが、土壌が化学肥料で疲弊していくのか、年々収量は減っていく状況にありました。

 

 2、突然の供給停止

 

 三井化学は2023年2月、突然みつひかりの種子の提供を止めたのです。代掻きを終えて種を植えるばかりに準備していた全国38道県の1400㌶の農家は、事前に何も連絡もないままに種子の提供を受けられなくなったのです。

 

 農家はパニックに陥りました。これだけの大事件をテレビ・新聞はいっさい報道しません。私は栃木県の日本稲作研究所の稲葉さんから関東農政局の通知を添付して連絡を受けました。

 

 私も驚いて事実を調べようといろいろ当たりましたが詳細がつかめません。そのころ私は脊柱管狭窄症、ヘルニアを患って寝込んでしまいましたが、偶然『中日新聞』の記事を見つけたのです【写真①】。記事の田中良明さん、種苗販売店の今津清治さんを探し当てて、岐阜県の養老町まで車椅子で訪ねてお話を聞くことができました。

 

【写真①】三井化学の種子提供停止を報じた『中日新聞』(2023年2月22日付)

 今津さんの話の要旨は次の通りです。

 

 今津さんは種苗販売店を親の代から引き継ぎ、先代からみつひかりの品種を扱ってきた。みつひかりは晩生の品種で11月になっても収穫できるため、一部農家には重宝されたので販売を続けてきたところ、昨年大変なことになってしまった。

 

 農家から早く籾を届けてくれと催促されて、三井化学に連絡しても種子が届かないので事務所まで訪ねた。担当者から「今年は天候不順で交配が不良であったため提供できないが来年の分は大丈夫だ」と説明を受けた。このままでは農家に説明できないので書面を欲しいと頼んだら、「そうなれば公になって社会問題になってしまう。私の判断ではなく三井化学本社の決定でマスコミには公表しないことになっている」と説明を受けた。今津さんとしては得意先を1軒ずつ回って説明する余裕もなかったので『中日新聞』の記者に連絡して記事にしてもらった。それを持ってお詫びに回ったとのことでした。

 

 今津さんは、みつひかりの品種について話が及ぶと、驚いたことに「発芽率90%以上と記載されてはいましたが、ロットによっては全く発芽しなかったものもあり、平均して70%くらいだった」と。種子は発芽率が重要で、種苗法でも発芽率の記載が法律上義務づけられています。

 

 一方コメの専業農家の田中さんは種子が入手できないことを聞き、すぐに農協に発注していた化学肥料の取り消しを申し入れたが、いまさらキャンセルできないと断られた(一般に民間の稲の品種は種子を購入するには指定された化学肥料と農薬がセットになって販売されています)。田中さんはやむを得ず、岐阜養鶏さんと相談して飼料用米として購入してもらうことができ、最悪の事態は避けられた、とのことでした。

 

 田中さんのように突然みつひかりの種子の提供が止まって、全国の栽培農家はそれぞれに大変な状況に陥ったのです。

 

 3、9月になって岩月弁護士と一緒に岐阜を再訪問

 

【写真②】岐阜のみつひかりの出穂の様子。上段と下段の両方に穂が出ている

 みつひかりは出穂の時を迎えていた。【写真②】を見ていただけると明らかですが、上段と下段の両方に穂が出ています。みつひかりは腰の高いコシヒカリと、腰の低い日本晴れを親種子として交配させて一代限りのF1の雑種になります。収穫したみつひかりを種子として翌年播種しても、F1ですからろくなものは生育せず、農家は毎年種子を購入しなければならないのです。

 

 技術不良のためにうまく交配できず、両方品種がばらばらに穂を出したところで、これでは収穫したとしても雑品種となってかなり安い価格でないと購入してもらえないので農家は赤字になります。 

 

 当初、 三井化学が説明した天候不良などではなく、原因はみつひかりの種子の育種技術がまったく未熟だったのです。後日、三井化学は報告書でもそれだけの専門家、人材がいなかったことを認めています。

 

 4、 農水省も三井化学に報告書を求める

 

 私がこのことをFBのブログに載せると3日間で72万人がアクセスしました。かなり国民の間では関心があったのです。農水省の大臣記者会見の場でもこのことが記者から質問されたと聞いています。 農水省もようやく三井化学に報告書を求めることになりました。

 

 後日出された三井化学の「報告書」には驚くべきことが書かれてありました。種子法廃止が閣議決定されたのは2017年ですが、三井化学は2016年からみつひかりに異品種を多い年には30%も混ぜて販売していたのです。しかも産地も偽装したうえに、「発芽率90%以上」と表示して販売しながら、実際には「未達」だったと記載されています。三井化学はみつひかりは欠陥品種でありながら、農家に虚偽の事実をのべてその旨信用させて販売を続けていたことになります。 三井化学も報告書で種苗法に違反していた事実を自ら認めています。

 

 農水省は前年2016年からみつひかりの種子が欠陥品であったことはDNAを調べれば容易にわかったはずです。それなのに「民間にはこのような優良な種子がある」と、みつひかりを推奨して全国を回ったことには何らかの責任があるはずです。ところが農水省は、みつひかり不正事件を国会で質疑されても、1400㌶の農家を調べようともせず、対応策をとることもなく三井化学を不処分にすると決定したのです。

 

 5、私たちは三井化学を刑事告訴する

 

 私は政府の対応をこの裁判の弁護団に報告、三井化学の不正事件を私たちで刑事告発できないか相談して刑事告発書を作成しました。さらに、告発人として国会議員、著名人にも加わっていただくことになりました。

 

 2023年12月14日、川田龍平参議院議員以下国会議員11名および鈴木宣弘東大教授以下著名人8名で刑事告発いたしました。私たちは同日、農水省の記者クラブで記者会見を開きました。 記者会見には憲法学者の小林節慶應大学名誉教授も参加していただきましたが、小林教授が、「これはまさに三井化学と国とが共謀した農家への詐欺事件ではないか」とまで発言して注目を集めました。

 

 さすがに三井化学はみつひかりの種子事業から2026年以降撤退する旨を表明しました。

 

4.本件裁判においての私の主張

 

 種子法廃止の真の目的は公共の種子の排除である。

 

 国は種子法廃止の目的について、これまでは次のように主張していました。

 

 「総合的なTPP関連政策大綱に基づく『生産者の所得向上につながる生産資材価格形成の仕組みの見直し』及び『生産者が有利な条件で安定取引を行うことができる流通・加工の業界構造の確立』に向けた施策の具体化の方向」を示し、「戦略物資である種子・種苗については、国は、国家戦略・知財戦略として、民間活力を最大限に活用した開発・供給体制を構築する。そうした体制整備に資するため、地方公共団体中心のシステムで、民間の品種開発意欲を阻害している主要農作物種子法は廃止する」と。

 

 現在、米国、カナダも、オーストラリアも、主要農産物である小麦の種子は公共の種子で賄われています。国が裁判で主張しているように、たんに民間の種子の参入を容易にするためだけであれば、わざわざ種子法を廃止しなくても、すでに県によってはみつひかりを県の推奨種子に指定していたのですから、法の改正、もしくは新たな立法で解決できたはずです。

 

 真意は公共の種子の排除にあったと考えることは他にも根拠があります。

 

 一つは、 2017年1月に締結したTPP協定の内容を子細に検討すればわかります。

 

 TPP協定は、 関税の問題にとどまらず、 非関税障壁として各国の規制や制度の改変を迫る内容が多く含まれています。種子法廃止との関係では、TPP協定第11章「越境サービス」、第15章「公共調達」、第17章「国有企業」、第18章「知的財産権」の各章が関わっています。これらの章は、総じて、政府、自治体のこれまでの公共サービス、それに伴う規制を撤廃して、グローバル企業のビジネスのため公共サービスを市場に開放するため、すべてが外国資本の参入を容易にする内容となっています。

 

 TPPによって現在政府は私たちが当たり前に享受してきた水や医療福祉等の公共サービス、たとえば水道事業や国民健康保険などの制度も民営化して、多国籍企業のビジネスのツールにしているのです。

 

 TPP協定による自由貿易を強引に進めてきた当時の米国の立場、 実際には政府を動かしている多国籍企業からすれば、国が予算措置をして各都道府県に優良な種子の生産を義務づけて農家に安価に提供してきた制度は、まさに非関税障壁そのものなのです。私は、ゆくゆくはグローバルな巨大種子化学企業が日本の食糧、主要農産物を支配することが視野に入れられていると思います。

 

 もう一つは、種子法廃止の意思決定過程もTPP協定によるものであることがうかがえます。本来、農水省としては農政の基本に関わる種子法の廃止については、食料・農業・農村政策審議会によって必ず審議されることが前提とされています。今回は審議会にかけられることもなく、規制改革会議の提言がそのまま閣議決定にかけられ政府提案の法律になったのです。当時、審議会の審議委員でもあった東京大学の鈴木宣弘教授も、「当時の審議会の雰囲気からすれば種子法廃止法案は否決されたであろう」と語っています。 審議会を経なかった意思決定プロセスについては国会でも問題があるとして質疑されています。

 

 どうしてこのような異例の手続きがなされたかについては、 TPP協定に関する日米2国間の並行会議で合意された交換公文に「規制改革会議は外国投資家の意見を聞き規制改革会議に付託し、日本国政府は、規制改革会議の提言に従って必要な措置をとる(概要)」と記載されています(「保険等の非関税措置に関する日本国政府とアメリカ合衆国政府との間の書簡の投資・企業等の合併及び買収」第3項参照)。

 

 それに加えて、「次官通知」(奥原正明農林水産事務次官2017年11月15日)でも、種子法廃止の意図が公共の種子を廃止して民間の種子に委ねることだと明らかにされています。

 

 「都道府県に一律の制度を義務付けていた種子法及び関連通知は廃止するものの、都道府県が、これまで実施してきた稲、麦類及び大豆の種子に関する業務のすべてを、直ちに取りやめることを求めているわけではない。民間事業者による稲、麦類、大豆等への種子参入が進むまでの間」とされています。

 

 この文面で、「直ちに取りやめることを求めているわけではない」といっていることは、「いずれ止めなさい。三井化学のみつひかりなど民間の種子を多くの農家が作り始めるまでの間だけです」と解釈するのが自然だと思います。これが農水省が種子法を廃止する真意なのです。

 

 都道府県において公共の種子は3年がかりで生産されていますが、それにかかわる予算の配分権は国にあります。栃木県の農業試験場の副場長で、種子の育成・研究開発を担当してきた山口正篤さんのこの裁判での証言でも明らかですが、私が回ったところでも、地方の農業試験場では人員が徐々に減らされて担当者、専門家がいなくなり、新しい品種の研究開発まで手が回らないと悲鳴を上げているのが現状です。

 

 温暖化現象でコメの高温障害が激しくなりましたが、それに対応する新しい育種の研究・開発もままならないのが現状なのです。 国は地方への農業試験場への予算が種子法廃止後どうなっているか私たちの求めにも開示しません。山形県の種子栽培農家原告の菊地さんは、山形県の種子条例が「財政措置を講ずること」となっているのでまだ恵まれています。私は地方の種子栽培農家はこのままでは公共の種子を栽培し続けることは厳しいと思わざるを得ません。

 

 国はこうものべています。

 

 「しかしながら種子生産者の技術的水準の向上等による種子の品質の安定化や水稲の生産量の拡大等により米の供給不足が完全に解消されるなど、種子法制定当初における国家的要請への対応が完了する中」と。

 

 種子法廃止の目的として国がのべているように、コメの供給不足は完全に解消されたのでしょうか。以下三点から反論します。

 

 ①日本の現状ではコメの需給が逆転している。

 

スーパーの棚からコメが消えた(9月)

 現在スーパー、コンビニ、米屋さんまでコメが消えてしまいました。これは東京だけの現象ではありません【写真・米売り場】。全国の食糧販売店では同様なことが生じています。瀬戸内の因島(人口2・7万の島)でも2軒あるスーパーから消えて24時間営業のお店では夜中に新しいコメがわずかに入るのを待つ行列ができているほどです。現在政府には備蓄米だけで100万㌧の在庫がありますが、国は「米需給に過不足はない」として全く放出する気はありません。

 

 なぜこのようなことになったのか。実は昨年2023年度からコメの消費が伸びたのにコメの生産が落ち込んで、現在日本のコメの需給が逆転していたのです。

 

 農水省のホームページには次のように記載されています。

 

 農水省の主食用米の需要量の推移によれば年々下がり続けてきたコメの需要が2022年に691万㌧まで落ちて、昨年2023年には703万㌧まで伸びていたとあります。今年もそうです【図①】。

 

 さらにコメの需要・生産の見通しについての各種試算が掲載されています。それによれば、 需要量は2040年まで722万㌧まで年々増えていく一方、生産可能量は年々落ち込んで同年には363万㌧まで落ち込んでしまうとの推計です。ということは、このままでいけば日本では2040年には359万㌧ものコメ不足に陥ることになります【図②】。

 

 ②日本は既に世界の状況からして食糧危機に陥っている

 

 それに異常気象も深刻化してきています。このところの線状降水帯によるゲリラ豪雨によって農産物の生育供給量に大きく影響を与えています。さらに温暖化の影響は深刻で、高温障害で平年作であっても食用米(一等米)の割合は減り続けている。

 

 さらにロシアとウクライナ戦争、イスラエルとイランの戦争勃発の恐れなど不穏な状況が深刻になっています。

 

 世界の穀物の輸出国19カ国が輸出を禁止、制限しています。そのようななかで中国が世界の穀物を爆買いして、すでに1年半分の穀物の備蓄を終えたと伝えられています。 さらに世界最大の米の輸出国インドは最近、コメの輸出を禁止しました。ところが日本のコメの備蓄は1カ月半分しかありません。

 

 このような状況に陥ったのは政府、農政の失敗によるものです。これまでは、日本はコメの消費が年々下がり続けて生産量を減らさなければならないとして、1970年ごろから減反、減反と称して農家にコメを作らせないことに税金をつぎ込み、半ば強制的な政策を今日まで続けてきたのです。一方で国はコメが余っているのにもかかわらず、米国などから毎年77万㌧のコメをミニマムアクセス米として買わされてきたのです。

 

 ミニマムアクセス米はこれまで政府は法律上の義務だとして国内価格が60㌔1万円を割り込んでいるときにも2万4000円で購入してきましたが、放出するときには安くしか市場で販売できないので、累積分の赤字として750億円を計上しています。政府も昨年の国会審議のときから、ようやくミニマムアクセス米は輸入の義務ではなく機会に過ぎないことを認めましたが、食料危機のときには米国などミニマムアクセス米の輸出国に日本へ輸出する義務はまったくありません。このことはTPP協定でも確認されています。

 

 かつて日本は1200万㌧のコメを生産した時代もありました。 今では耕作放棄地が増えているとはいえ、まだ1100万㌧は生産できる水田と人的能力は残されています。こと水田は連作障害のない世界でも最も優良な農地で、しかも線状降水帯などのゲリラ豪雨のときも貯水して防災ダムの役割を果たしています。

 

 メタンガスを出す等の理由で政府は昨年、水田を壊すことに750億円の予算をつけて優良な農地を次々につぶしています。

 

 このような事実、いきさつからすれば、本件裁判で国が主張している「種子法廃止の目的でのべる米の供給不足は完全に解消された」といえる状況ではありません。かりに種子法が廃止されて、政府の意図通りに三井化学のみつひかりの種子を日本の米農家のほとんどが作付けしていたとしたら、今頃どうなっていたか考えるだにそら恐ろしいことです。

 

 ③すでに中食、 業務用の種子も公共の種子で賄われていた

 

 国は「公共の種子では需要が伸びている中食、 業務用の種子の供給がほとんど行われていない。それで民間に多様な種子を開発して貰う」のだとも主張しています。

 

 しかし私が調べた限りでは、次のように業務用、中食用に適した公共の種子がいくつも国の農研機構と各都道府県の試験場で開発され、農家に安く提供されて生産されていました。 今回のスーパーからコメが消えたことも、業務用、中食のコメの不足は一度も報道されなかったことからして明らかです【図③】。

 

5.最後に私は本件裁判で次のように主張します

 

 私たち、農産物の消費者、生産農家、すべての国民は日本国憲法により基本的人権が保障されています。

 

 私は憲法25条の生存権に基づく最低限度の生活を営むこと、国に対して安全な食料を持続的に安定して提供を受ける権利がある、 食料への権利があることを深く信じています。

 

 そのために明治以来今日まで多くの法曹の先人たちが闘ってきた歴史があります。このことは憲法に明文として記載されていなくても、法律に具体的な権利と記載されていなくても、私たち人に与えられた天賦の権利です。私は今回の種子法廃止は私たちを飢えに陥れかねない天賦の権利を侵害するもので、絶対に認めてはならないと確信しています。

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