インボイス制度が始まって9カ月を迎えるなか、インボイス制度を考えるフリーランスの会(STOP!インボイス)が呼びかけている制度の中止・廃止を求めるオンライン署名は制度開始後に4万筆積み上がり、58万2766筆(6月12日現在)に到達した。今年に入って本格的に呼びかけを開始した直筆の請願署名は1万541筆にのぼっている。STOP!インボイスは14日、合わせて59万筆をこえるこれらの署名を財務省・国税庁・国会議員に提出するとともに、岸田文雄国会事務所に対しオンライン署名を再提出した。提出にはこれまでともに声を上げてきたフリーランスユニオン、声優の有志グループ「VOICTION(ボイクション)」、インボイス制度を考えるフリー編集者と漫画家の会などのメンバーがかけつけた。
制度開始でさらに広がる将来への不安
STOP!インボイスの小泉なつみ氏は、オンライン署名が4万筆積み上がった要因について「制度開始によって危惧されていた取引排除や一方的値下げ、事務負担の増加、最悪のケースでは廃業といった実害が降りかかってきたこと」とともに、確定申告時期に自民党の裏金問題がクローズアップされ、政治家だけ未記載が許されることに怒りの声が高まったことをあげた。スタート以後、政府がETCやATM手数料の扱いなどをはじめさまざまなルールを緩和してきたことを指摘し、「あまりに経理実務や商売の必要から乖離している複雑すぎる制度設計によってトラブルが多発しているのがインボイス制度であり、続ければ続けるほどトラブルや実害が広がり続けるのではないかと考えている」と話した。
また紙の請願署名について、「全国的な業界団体でもない市民ボランティアの呼びかけに対し、わずかな期間に1万筆が集まったことは、心からの叫びではないかと受け止めている」とのべた。業界団体などに所属せず、後ろ盾のない者が政治、とくに徴税機関である国税庁に声を上げることのハードルの高さを指摘。「そういう意味でオンライン署名は親和性が高い。オンライン署名について是非を問う声はあるが、普段つながれない市民が連帯して声を上げるという意味では意味があるものだと思っている」とし、国会請願のうえでオンライン署名が法的効力を持たない状況を政治の力で変えていってほしいと訴えた。
今年の確定申告をへた国税庁の発表では、個人事業者の消費税の申告件数は前年比でプラス86・9%と大幅に増加した一方、申告納税額は前年比でプラス9・1%にとどまっている。小泉氏は、「申告件数の増加比率に対して、納税額の増加比率が少なく、売上規模の小さな事業者がインボイスによって増税になったと見られる」と指摘した。
今回、免税事業者から課税事業者に転換した事業者の8割超が「2割特例」を適用していた。今年の納税額はインボイス導入からの3カ月間分、さらに2割特例を適用した額だが、同会がおこなった実態調査では、それでも「軽減措置終了後の目処が立たない」「事業がすでに成り立たなくなりそうだ」という回答が、インボイス登録した事業者の6割にのぼっている。来年は丸1年分の負担になり、特例が廃止される27年以降はさらに重い負担が待ち受けている。
小泉氏は「政府が先日、クールジャパン戦略を再起動するとのニュースがあった。2033年までに現在の4倍以上の20兆円の市場に引き上げる目標を掲げたということだ。海外に売り込むクールジャパンの品目は、アニメや漫画、ゲームなどのコンテンツ産業と農林水産品、食品の輸出などとされている。これらを日本の基幹産業と位置づけてプロモーション支援、デジタル化の推進、若手クリエーターやアーティストの海外展開への支援を強化するという。だが、まずここにいる創り手の生活の安定がなければ海外に売り込めるものなどない。民間に徴税コストを丸投げし、そのうえで増税し、事業者同士をたたかわせて廃業に追い込みながら、子育て世代の小規模事業者から得た消費税収を少子化対策の財源に充てるといっている。調査からも、生活不安や事業者同士の仲間割れで心がふさがれた人や、出産・子育てを諦める人、死を考える人まで出ていることがわかっている。国はなにをしたいのかと思わざるを得ない。まずインボイスをやめて、私たちの生活を守っていただきたいと思う」と語った。
今後の活動について、まずは「2割特例」「8割控除」の特例措置の延長・恒久化への見直しを訴えつつ、将来的には中止・廃止へと声を届けていく方向を示した。そして、二つの署名を積み上げながら、インボイスをおし進める政治家に対して選挙でNOを突きつけるための情報提供や後押しをしていくこと、地方議会で400件近く採択されている意見書の動きのサポートなども含め、今後も粘り強くたたかっていくことを語った。
署名提出の会場では、制度開始後の影響について当事者が報告した。また、紙の署名を集めて届けた漆生産者からの手紙が紹介された。以下、発言の要旨を報告する。
■未登録では仕事振られず、若手にとっても死活問題
フリーランス・映像編集 甲斐 清香
フリーランスで映画やテレビの制作に携わっている。今回、私が所属している映画やテレビの編集部のみなさんの署名を届けさせていただいた。
うちの業界では、制度が始まる前から制作会社からスタッフに「インボイス加入の確認書」が届き始めた。アンケートのような形になっていて、「未登録」「登録するつもりがない」というところにチェックした会社からは、その後、仕事が来ていないという声がほとんどだった。プロデューサーなどから「インボイス制度に加入しないと今後仕事は振れない」といわれ、加入せざるを得なかったという声もいくつか聞いている。
免税事業者のままでいると決めた方の場合も、経過措置を適用して請求書を出すさいに、制作会社の経理も、本人もどう対処していいかわからない状況があったという。8%で乗せるわけにはいかないので、10%で乗せるためには結局もとのギャラを下げる、実質の値下げをおこなうしかない。これはたんにギャラが減る、手取りが減っていくということだったんだと改めて実感している。また、やりとりのなかで「インボイスの関係で…」と最初からギャラを減らす方向で話をされる状況もある。
映画・テレビの業界でスタッフとして働いている人で年間1000万円を稼げている人はほとんどいない。とくに働き始めの若い人や、それほど働けないがこの仕事が好きで細々とでも続けたいと思っている人たちを苦しめるのがインボイス制度だと思う。雇い主である制作会社も大手を除くとあまり変わらない状況ではないかと思う。
すでに1000万円以上稼いでいるスタッフと話したさい「登録した方が利口だ」といわれたが、その人たちは基本的に影響はあまりない。また、会計士などを雇う余裕があるので対応していける。その格差も広がる印象を受けている。若手は死活問題だと思うが、なかなか伝わらない。専門家を雇えない人たちがほとんどなので、自分で勉強するしかないが、複雑な制度で理解するのに時間も労力もかかる。うちの業界は今でもブラックなので、朝から晩まで働き、帰って税金の勉強ができるかというと、苦手な方も多い。「いわれたから登録しようかな」という人もいるが、登録して何をしなければならないかわかっていない。確定申告後に消費税を払っている人がどのくらいいるかも怪しい状況だ。
私はあるプロデューサーとギャラの話になったさいに「インボイス登録する気はない」というと、「そういうのはさらっとした方がいいじゃん。文句は政府にいってよ」という感じでいわれた。私はインボイス制度に賛成する人には投票していないし、反対する署名もしたこと、私たちの立場でできるのはそのくらいで、今消費税分をギャラからなくされるのは生活的に困ることを伝え、「めんどくさいかもしれないが、八掛けで請求書を出させてください」とお願いし、受け入れてもらった。
自分のできることはオンラインで署名をしたり、まわりと話をするなど微々たるものだが、かなりの数のオンライン署名が集まったにもかかわらず、その声を聞いてもらえなかった。そのときは途方に暮れたし、まわりの友人たちも諦めていく。諦めたくないが、何をしていいかわからない状況のなかで、その後も諦めずに活動しているSTOP!インボイスの活動に励まされている。
■気がつかぬうちに血を抜かれるような負担増
文筆家・フリーランスユニオン 栗田隆子
フリーランスユニオンは、ウーバーイーツのユニオン、ヨギーのユニオン、ヤマハのピアノの先生のユニオンなど、たたかっている方が集まって結成した。そもそもフリーランスは労働者性が認められていないので、労使交渉ができない立場だ。それでも労使交渉をしたい、交渉の場に立つ権限を持ちたいという思いを込めてフリーランスユニオンと命名した。STOP!インボイスが立ち上がったころに、国会議員と話す場や署名提出の場に立ち会ったが、政治を司る方々がフリーランスの働き方について知らないことにまず驚いた。ウーバー、ヨギー、ピアノ教室の先生、文筆家で働き方はまったく違う。限りなく労働者に近いのにそれが認められないタイプ、私のように時間の自由があるタイプなど、さまざまなタイプがある。それらの違いや、交渉の権限を持っていないのに消費税分を上げてもらうよう賃金交渉ができると思っているのかなど、まったくわかっていなかった。
私たちのことをまったく知らないまま、インボイスを導入しようとしていることにも衝撃を受けたし、消費税をずるして払っていないと思われていたことにも衝撃を受けた。慣れない経理作業をし、確定申告をして、いわれた通り払えるものは払っているのに、「益税」という言葉でインボイス制度が正当化されていることにも衝撃を受けた。
しかし、インボイス制度を考えるフリーランスの会のみなさんが、導入されてからどうなったかを粘り強く訴えておられる。まず政治を担当されている方に知っていただきたいし、財務省や国税庁に知っていただきたい。メディアにももっと伝えてほしいと思う。
私は未登録の状態だ。「インボイスに入るか/入らないか」というアンケートが来て、入っていないと回答すると、原稿料がすっと下がった。インボイスのせいなのかと聞くと「当然でしょ」という感じなのが現状だ。私は聞くからインボイスが理由だとわかるが、聞かなければ理由もわからないままだ。賛成する人は「交渉して原稿料や賃金を上げればいいじゃないか」といっていたが、私たちにはそんな権限を持たされていない。フリーランス新法は契約の部分の法律であり、交渉の権限などにはふれられていない。インボイスは交渉すらできないのに賃金が下がってしまうという大問題を含んでいる。
取引排除にあったかどうかもはっきりいえない状況だ。1週間に1回など、定期的な依頼があるのであれば「取引先の発注が減った」と明言できるが、私のように単発または不定期で書評やエッセイの依頼が来るような場合、「なんか最近ないな」という曖昧な状況で、「取引先が減った」と断言することもできず、インボイスのせいなのかどうか証拠をとることが難しい。ただ、計算すると年収が下がっているというのが今の私が置かれている状況だ。来年の確定申告でよりはっきりいえると思うが、証拠を出せない立場について、どれだけ考えているのか疑問だ。
また、会計アプリやソフト会社の宣伝広告がネットなどで登場し、「初年度は無料にする」などとうたっている。しかし、次年度はお金がとられるのか? などと考えると、結局、経理作業にもじわじわとお金をとられていくシステムになる。われわれは会計士など雇える状況ではないが、自分ではできない。では、クラウドの会計ソフトを使うか…というようになり、じわじわとお金をとられていく。気がつかないうちに血をとられていくような、痛みはあるが、きちんとした証拠を出せないのが非常にもどかしい実態をお伝えしたい。しかし、確実にインボイス登録を理由にした値引きはおこなわれていることははっきりとお伝えしたい。
■事業者いじめ、弱者いじめのインボイス制度
税理士 平石共子
インボイス制度の中止を求める税理士の会の呼びかけ人の一人として運動にかかわってきた。私は1989年、消費税導入の年の3月に税理士登録した。導入前も反対運動をしていたが、35年間、申告書をつくるたびに、とんでもない税金だと思ってきた。インボイスも消費税そのものの悪税が招いている一つと思っている。
消費税導入のとき、インボイス制度(日本では税額票といわれていた)は、免税事業者が排除されるなどの問題が指摘されて大反対があり、日本は帳簿方式をとった。政府は「小さく産んで大きく育てる」と公言したわけだが、総仕上げで税率もどんどん上がり、昨年10月にインボイスもするっと入ってしまった。
私も問題を指摘してきたが、税理士のなかで反対運動が進まなかった。そのくらい複雑で、だれがどんな目にあうのかもわからなかったと思う。
税理士は法律になった以上、従わなければならない。インボイスの説明をして事業者の判断にアドバイスをするが、建設関連でまだ事業を始めたばかりの免税事業者の方が、「登録しないと仕事をもらえない。あとの税金はどうなってもいいから」と登録した。
一社専属で下請をしている事業者からは、「仕事仲間からインボイス制度のことを聞いているのだが…」と電話がかかってきた。材料などを持たず労力だけで働いており、せいぜい500万~600万円の売上だ。聞いてみると、会社からはなにもいわれていないという。良い会社なのかと思っていたが、今年の確定申告のときに資料を見ると、支払い通知書には堂々と「8%」と書かれていた。だが、一社専属なので何もいえない。まだ2%下がったくらいでよかったと思っているが、それもずっと続くわけではない。
また、毎年申告している会社の経理担当者からも電話やメールで多くの相談があった。「消費税額が記載されておらずインボイス番号だけがある」 「支払い金額だけあって消費税額が書いていないからインボイスとしてどうなのか」 といった質問だ。自分たちの処理によって消費税の納税額がすぐに増えてしまう、正しい処理をしないと…という変な苦しめられ方だ。反対しているのに処理せざるを得ないようなところが多くあった。
インボイス導入前の区分請求書では、不備があれば直してよかったが、インボイス当初は直してはだめだとなっていた。ところが途中で国税庁のQ&Aで 「直していい」 と変更されたり、「電話で確認すればよい」 など、どんどん変わって、インボイスの意味とは何だったのかということにもなってきて、番号登録するかしないかだけが唯一の分かれ目のようにもなっている。課税事業者と免税事業者の分断や対立が本当に起きていると思う。
国税庁の今年の確定申告件数の報告を見て驚いたのが、個人事業者の消費税の申告件数が前年比で86・9%増と倍近くになり、納税も9・1%増加していたことだ。ここには免税事業者が収めた税金も含まれていると思う。免税事業者がインボイス発行したのが104万8000人だそうだ。そのうち期限内の申告件数は87万5000人。これは裏を返せば17万3000人が申告していないということだ。これから税務署はどうするのだろうか。
ある免税事業者だった人が、今年初めて申告して「何とか払えました」という。おそらく1000万円いかない事業者で、10~12月の3カ月分で、2割特例を適用して何とか払えた状態だ。しかし、来年は丸1年分になり、2割特例もずっとあるわけではない。そのときに事務負担に加えて、納税の負担も大きくなる。今はまだ、負担軽減策などがあり、インボイスの悪いところが表に出てきていないが、それらが終了し、本格的にインボイス制度が始まると、やっていけない事業者が出てくると思う。
法律で免税事業者を認めているのに、インボイス制度で課税か免税かを選べと突きつけている。どちらに行っても地獄のようなものだ。租税国家で、国の税金をみんなで納めようというわけだから、みんながわかって納得できる課税をしなければ、事業者いじめ、弱い者いじめをやるだけの税金になると思う。
私が所属する会計事務所も「事務負担が増えたので顧問料など、ご相談させていただきたい」といわなければならなくなっている。それを見て、私たちもまるで加害者のような気持ちになってしまい、なんとかしなければと思った。私もフリーランスのみなさんの力強いたたかいを見て、税理士の仲間とともに中止・廃止に向けてまだまだ諦めずにやっていきたいと思う。
■伝統文化守る職人の生活にも影響
国産漆生産者からの手紙
私たちは国産漆(うるし)を生産する職人の集まりだ。漆器だけでなく国宝や重要文化財の修復にも使われる漆をとって販売することで生計を立てている。
取引先との関係もあり、インボイス登録をして課税事業者になったが、個人事業主の零細事業で負担が大きく、販売価格も自分たちで決められない立場だ。生産組合はインボイス登録を義務化したが、課税事業者をやめたいという職人も出てきている。
国の文化を支える漆を生産する者として、販売価格が負担に見合わないものであっても責任感を持ち、高齢の職人さんも踏ん張って生産してきたが、インボイス導入により廃業を考える職人も出てきている。国の決めたこととはいえ、国会議員が裏金をつくっても罰を受けないなかで、もともと少ない稼ぎで日本の文化を守るために頑張るのがむなしくなり、私も心が折れてしまった。
このまま黙って国に殺され、漆文化が失われるよりは少しでも声を上げなければと思い、署名を集めた。少しでもいい方向へ日本が変わりますように。