アジア太平洋資料センター(PARC)が企画している2024年度のパルク自由学校の連続講座の一つ「コモンズとしての食――食べ続けるための思想と実践」(全8回)が6月20日より始まる。16日にプレ企画として「なぜ、いま『コモンズとしての食』を問うのか?」があり、連続講座のコーディネーターである小口広太氏(千葉商科大学人間社会学部准教授)と平賀緑氏(京都橘大学経済学部准教授)が、コモンズとはなにか、なぜ今コモンズが必要なのかなど、連続講座の入り口となる概要を話した。プレ企画への申し込みは300人をこえ、食をとりまく社会構造とそれを打開する方向に対する関心の高さを示した。
◇ ◇
コロナ禍やウクライナ危機を背景に「食料危機」が身近で語られるようになっている。所得格差が広がるなかで食品の値上がりが続き、食べることができる人/できない人の分断も進む。
連続講座「コモンズとしての食」は、こうしたなかで、だれもが安心して食べ続ける社会をつくることは可能なのか、食をめぐる社会構造を明らかにするとともに、食をみんなで分かち合う=コモンズにする思想と実践からその未来を探ろうとするものとなっている。2022年度の「ポストコロナ時代のライフスタイル」、2023年度の「学校給食という希望」に連なる企画だ。
小口広太氏 食の行き過ぎた商品化
16日のプレ企画では、この連続講座のコーディネーターを務める小口広太氏が、「いま、なぜ『コモンズとしての食』を問うのか?」と題して、今回のテーマを企画した問題意識と、コモンズとはどのようなものなのかなど、講座全体を理解できるよう概略を話した。
小口氏はまず、現在「食と農の分断」「食と食との分断」という二つの分断があると指摘した。「食と農の分断」とは、フードシステムがグローバルに展開することによって食と農の距離が広域化・複雑化(ブラックボックス化)していることを指している。そしてこのフードシステムは工業的な農業で支えられており、気候危機を後押しする農業が大きく進展している。一方の食べる側では格差や貧困の拡大、食料価格の高騰を背景に「食と食の分断」=食べることができる人/できない人の分断が広がっている。小口氏は「この二つの分断の根っこは同じだと思う。グローバルな資本主義経済、新自由主義的な経済の限界が見えてきて、食べ物を“商品”として扱うことでさまざまな弊害が生まれ、悪循環が広がっている」とのべた。
「コモンズ」とは、もともと森林や草原、草地など自然資源の共同管理や仕組みを示す言葉で、『コモンズの社会学森・川・海の資源共同管理を考える』(井上真、宮内泰介著・新曜社)では、「資源の所有にはこだわらず、実質的な管理(利用を含む)が共同で行われること」が条件だと定義されている。
1968年に「コモンズの悲劇」という論文を発表したアメリカの生物学者ギャレット・ハーディンは、共有地を自由に使うことができれば資源の乱獲や消費を招き、消滅するとして、公的な介入や私的な所有がそれを回避する道であると結論づけた。しかし小口氏は、「この論文では“公”か“私”かという二元論で世界を捉えているが、一方でコモンズを持続的に利用している事例は多く存在している。“公”と“私”のあいだにある“共”の世界がさまざまなところにあるのではないか」とのべた。事実、その後のコモンズの研究によって、日本も含めて世界各地で共的な形で自然資源が持続的に利用されてきたことが証明されてきたという。
「所有にこだわらず管理と利用が共同でおこなわれる」という概念の解釈が広がり、今では「コモンズ」という言葉は自然資源の管理・利用にとどまらず、教育やまちづくり、医療、福祉などさまざまな分野で使われるようになっていることを紹介。伝統的なコモンズが、地域共同体などが地域の自然資源を管理・利用するといった、利用者が決まっている形なのに対して、現代的なコモンズは、それよりもっと柔らかなネットワークやコミュニティが場所や空間をコモンズにし、どう持続的に運営・利用していくか常に編み直し続けるような動的な存在になるのではないかと提起した。
日本では70年代に広がった有機農業運動とともに、「コモンズの経済学」(多辺田政広)や「地域主義」(玉野井芳郎)などのコモンズ論が発展してきた歴史がある。これらのなかでは、自然と人間の関係性を基礎に置いた非貨幣部門を社会の土台に据えて、産業構造そのものを組み替えることによって市場経済の影響を防いでいけること、そのコモンズを担うのは「国家」や「社会」といった抽象的なものではなく、「ピープル」つまり人々の手によってつくり出すものであるという視点がうち出されており、現在それは中野佳裕氏の「脱成長論」にひき継がれていることを話した。
「コモンズとしての食」は、食の行き過ぎた商品化を批判する概念としてあるといい、「利益最大化を目指して動く産業ではなく、生産者と消費者が共的な関係を構築し、地域の自然や社会と折り合って、誰もが食べものにアクセスできる姿であり、そこでは食は“みんなのもの”になる」という視点を、今回の講座のキーワードとして紹介した。食コモンズをつくっていくことは、食料を「商品から食べものへ」と変えていくプロセスでもあるとし、「食べものの脱市場化(脱商品化)」のなかで、食と農、食と暮らしのつながりを編み直す連帯を広げて行くことが、人々の手に食をとり戻すことにつながるとのべた。
小口氏は、「コモンズとしての食」は新しくつくるだけのものではなく、すでに国内にも脈々と続いてきた実践があることを強調した。たとえば70年代以降の有機農業運動に代表される「産消連携」。生産者と消費者が一緒になって、食べものを通して命を重視するシステムをつくっていくもので、そこでやりとりされるお金は、手切れ金となる「決済」ではなく、田畑と人々を結び合うためのお金だ。また、近年急速に広がっているフードバンクのとりくみやこども食堂、また自身もかかわっている体験農園など、市民的な連帯を基礎にした実例をあげ、「食べていかなければ生命を維持することができない。食と農は社会の土台に位置づくものだろう。それをコモン化し、あるいは連帯しながら私たちが手に入れることができれば理想的な形だ」と語った。
平賀緑氏 食から資本主義考える
京都橘大学経済学部准教授の平賀緑氏は、「『コモンズとしての食』を問うために…食べものから考える資本主義経済」と題して、今、「コモンズとしての食」が必要になっている背景にある、食をめぐる社会構造について話した。
平賀氏は食べものが抱える問題について4点あげた。
一つは飢餓と肥満が共存していることだ。世界には120億人を養える食料があるにもかかわらず、10億人が飢えており、一方で14億人が肥満になっている。肥満と貧困はセットだ。二つ目は、食料を生産している農民たちがもっとも飢えていることだ。日本も「コメをつくっていては飯が食えない」という現状にあるが、農産物が安すぎて経営が成り立たず、毎年5000万人ともいわれる農民が失業しているという。そして飢えている人の七五%が小規模農民ともいわれている。現在の食料システムでは、巨大なアグリビジネス企業に対して零細農家が勝負を挑むことはできない。
三点目は、その一方で大量の食品ロスが出ていること。ムダになった食品を再利用すればいいのではなく、ムダが出ることで経済成長する仕組みについて考える必要があると提起した。四点目として、これら巨大化した食料・農業システムが地球をもっとも破壊しているといわれるほどになっている問題をあげ、「食べものや農業が“自然の恵み”“生命の糧”“文化”といったふわっとした話ではなく、人の健康と地球環境を壊しているのではないかという状況だと認識を改めてほしい」とのべた。
そして、これらは資本主義的食料システムが真っ当に機能しているからこそ起こっている問題であり、まずはその仕組みを理解する必要があることを強調。産業革命以降、食べものが「商品」となり、金融商品としてマネーゲームのコマになるに至るまでの歴史を紐解いた。
「食料危機」が叫ばれるなか、それに対処するにはどうすればいいのか。平賀氏は、「国内農業を強化し、食料自給率を向上させる」「輸出促進」といった方策は、「農業が産業として資本主義経済のなかで生き延びる」ために必要な農業政策だが、「すべての人の胃袋に食べものを届ける」こととは異なる――たとえば、ブランド野菜で付加価値をつけて高く売ったり輸出したりすることは、地域の農家を支えるのに役立つが、それが同じ地域のフードバンクに頼るような人々の食卓に並ぶことはない――という視点を提示。今も世界の食の7割を、小規模生産者や女性たちのつくる金銭を介在しない作物が支えている実際を紹介し、小規模な生産者や商店など、地域に根ざした緩やかな食料ネットワークこそ胃袋を支えることができると強調した。
そして、そもそもの食品を過剰に生産すればGDPがアップし、食べ過ぎで医者にかかればGDPがアップし、ダイエットや健康食品に頼ればGDPがアップするといった、人や地球が不健康になればなるほど「経済成長」しているように見える現在のシステムを見直す必要性を指摘した。
連続講座「コモンズとしての食――食べ続けるための思想と実践」(全8回+オプション)は以下の日程で開催される。受講料は1万8000~2万4000円(25歳以下は5000~8000円)。申し込みはパルク自由学校ホームページhttps: // www.parcfs.org/2024-05より。
【オンライン講座スケジュール】
■6月20日(木)…「私たちが食べられなくなる日はやってくるのか」講師・小口広太(千葉商科大学人間社会学部准教授/PARC理事)
PARC制作のDVD『お米が食べられなくなる日』を観賞したうえで、食をみんなで分かち合うために何が必要か、参加者と問題意識を交流する。
■7月4日(木)…「食料危機にいかに備えるか」講師・柴田明夫(資源・食糧問題研究所代表)
食料や農産物は工業製品と比べると安価でかさばって運賃負担力が弱く、長期保存が難しいという意味で極めて地域限定資源であり、地産・地消が原則。農業を極限まで外部化してきた日本は、改めて国内生産を見直す必要がある。
■7月25日(木)…「オーガニックは高所得者だけのもの?――オーガニックをコモンズにする道を考える」講師・関根佳恵(愛知学院大学経済学部教授)
「オーガニックは高くて買えない」という声をよく耳にする。所得に関係なく、誰もがオーガニックにアクセスできる社会はどのようにしたら実現可能か考える。
■8月8日(木)…「だれのためのこども食堂か」講師・栗林知絵子(NPO法人豊島子どもWAKUWAKUネットワーク理事長)
こども食堂の数は7000をこえた。本当に必要としている人にとって、こども食堂は食を届け、居場所になっているのか。改めて、その姿を考える。
■9月19日(木)…「1本の牛乳から日本と世界を考える――日本酪農の重要性」講師・高橋巌(日本大学生物資源科学部教授)
私たちの食生活に欠かせない牛乳・乳製品。それを育む酪農家は、飼料高騰で赤字経営に追い込まれ危機的状況にある。酪農を守り発展させる道を探る。
■10月3日(木)…「小さな食と農が地球を守る」講師・松平尚也(農業ジャーナリスト/龍谷大学兼任講師/AMネット代表理事)
世界の温室効果ガス排出の三分の一がグローバルな食料システムによるものとされている。講義では、気候温暖化や食と農における格差の課題と国際的に注目される小農の動きについて紹介する。
■10月17日(木)…「ここで耕して生きていく――自らの食を耕す移住労働者たち」講師・山本奈美(京都大学大学院農学研究科研究員)
自らのルーツに根ざした食を求めて「耕す」移住労働者は少なくない。米国と日本の事例をもとに、食の格差・貧困が広がる中でマイノリティとして暮らす人びとの耕す行動と動機、直面する困難を紐解きながら、構成で持続可能な食と農への道筋を探る。
■10月31日(木)…「食べものをめぐる総合的考察――食権力とわたしたち」講師・藤原辰史(京都大学人文科学研究所准教授)
どのようにして、食は武器になったのか。どのようにして、食は人を動かしたのか。人間の身体を貫く「食権力」という概念を用いて、歴史と現在について語る。
【オプション】
■11月9日(土)…フィールドワーク「白石農園を訪ねる――地産地消という豊かさ」講師・白石好孝(白石農園代表)
都市農業の先進地・東京都練馬区を訪ね、白石農園を見学する。その後、白石農園に隣接し、地産地消にこだわるレストラン「La毛利」で懇親会を実施。
時間は午前10時30分ごろ~12時30分ごろで調整中。