5月29日に京都大学で「“軍学共同”反対シンポジウム– 平和のための学術を求めて」(安保関連法に反対する学者の会主催)が開かれた。安倍政府が武器輸出に舵を切り、軍事研究に大学や研究者を引き込もうとするなかで、真理を探究する科学者、大学人としてその社会的使命にかけて警鐘を鳴らし、運動を起こそうと動きが広がっている。シンポジウムの基調講演として名古屋大学名誉教授の池内了氏がおこなった「軍学共同の現在と学術の将来」の内容を紹介する。
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軍学共同は2004年ごろから始まったが、安倍政府の下で急速に進展している。そのキッカケは3つの閣議決定だった。2013年の閣議決定の直前に特定秘密保護法を通し、その後すぐに国家安全保障戦略と防衛大綱の閣議決定をした。14年4月には防衛装備移転三原則の閣議決定をした。軍学共同はこの3つの閣議決定の下で以下の3点が現在実際に進行しつつある。
①「防衛生産の技術的基盤の戦略」は主に防衛省が進めている戦略だ。そこで掲げているのがいわゆる「デュアルユース技術の利用」というもので、軍事にも転用可能な民生技術を積極的に活用しようとしている。②「軍学共同の本格的推進」では、大学・研究機関との連携を強めようとしている。「安全保障技術研究推進制度」によって防衛省が大学・研究機関、企業と連携していくことを指している。③「軍産複合体の形成と武器輸出の本格的推進」で具体的に出てきたのが武器輸出三原則の見直し、防衛装備移転三原則の閣議決定である。これが引き金になって次次と具体的な政策として、あるいは戦略としてうち出されてきたことは明白だ。
軍学共同、軍=防衛省、学=大学・研究機関の研究者との共同研究ということで、あたかも対等な関係であるように見えるが、明らかに大学・研究機関が軍事研究の下請機関となる。正直にいえば金に釣られて学者が軍事研究に走るということだ。軍学共同の具体的な形は、①国内技術交流、②安全保障技術研究推進制度で進んでいる。国内技術交流は2004年から始まり、10年以上進んでいる。防衛省(外郭団体の研究機関)が研究機関と協定書を結んでやっている。初めは予算は計上されていなかったようだが、予算がともなうものもある。2015年から始まった安全保障技術研究推進制度は競争的資金制度(15年が3億円、16年が6億円)であって、防衛省と研究機関の委託契約で、研究者は研究分担者である。研究機関と防衛省が契約する。研究者には研究分担金が出る。研究者を釣りながら、研究機関を丸ごととり込むものではないか。
国内技術交流は、防衛省が「民生技術を積極的に活用する」というまさにデュアルユースの最たるものだ。防衛に応用可能な民間の優れた技術を積極的に導入し、防衛技術の研究開発のアイデアを研究機関・大学から得る仕組みだ。2004年から始まり、04年の段階でJAXA(宇宙航空研究開発機構)と協定を結んだ。それ以来、研究機関及び大学がこぞって協定を結んで技術交流に参加している。04年の1件から10年近くの間は数件だったが、13年に5件となり、15年11件、16年23件と急増している。件数は研究項目でかかわっている研究機関は14ぐらいだが大学が半分、研究機関が半分を占めている。
研究機関はJAXAや海洋開発研究機構、理化学研究所などだが、とくにJAXAが6件と突出している。2003年に情報収集(スパイ)衛星を2兆円かけて打ち上げて以来、宇宙開発が軍事にとりこまれたといえる。気づかないうちに宇宙開発が軍事研究に乗っとられている。この流れが大っぴらになったのは2008年の宇宙法改正で「安全保障に資する」という条項を入れた。2012年にはJAXA法で「平和利用原則」条項を外した。JAXAは2500億円の予算を使っているが、うち科学研究に使っているのは300億円程度。あとは実用衛星やスパイ衛星の打ち上げ費用に使われている。
日本の宇宙開発の主要な軸足が軍事に向かっている。そのひとつの流れが技術交流だ。JAXAには2014年に文科省予算で4800万円、15年に防衛省予算で48億円がついた。技術交流ですぐになにか役にたつというものではないが、具体的に装備の中に組み入れられるようになると大きな予算がつく。軍からすると大した金額ではないが、一研究機関や大学からすれば億単位の資金は大きい。技術交流にこれだけ多くの大学・研究機関が参加しているのは、防衛予算として計上され具体的に予算化されるからだ。それに研究機関や大学が乗っていく。
大学が軍事研究の下請 防衛省から億のカネ
このようになったのは、安全保障技術研究推進制度の効果だといえる。昨年は9件が採用されたが、そのうち4件が技術交流でやってきた研究機関・大学だった。技術交流は研究成果の発表をうたっているが、軍事研究は秘密研究になり、成果は秘匿される。技術交流を予算化する時点で、協定において成果を発表しようとする場合には「発表の内容、時期について他の当事者の書面による事前の承諾を得るものとする」とある。すべての協定書にこういう項目が書かれている。つまり、防衛省の許可がなければ公開できない。秘密条項にひっかかるような条項が入っている。昨年ある大学で見たが、「正当なる理由がなければそれを拒んではならない」という文言がわざわざついている。これはたぶん研究者が気にしていることだから、入れたのだと思う。非常に気にしながらやっているということでもある。
安全保障技術研究推進制度は防衛省がテーマを提示して公募する。昨年は28件、今年は20件が採用された。そのテーマを見るとレーザー光源、昆虫サイズ小型飛行体、水中移動体、ナノファイバー、航空機用エンジンなど。研究者からの提案を受けて採択されれば研究を委託する。研究の進展ぶりは全部チェックする。研究費の支払いは、研究終了後におこなうとしている。戦時中、軍事研究するといってやっていなかったことを踏まえている。情報秘匿もありえるが、それも含めてすべて管理する仕組みになっている。
防衛省のパンフレット(2014年版)によると、防衛省のデュアルユースの見方は「将来整備に向けた研究開発で活用する」と書いてある。そこに「わが国の防衛、災害派遣、国際平和協力の分野」において実践で使うとしている。デュアルユースだから民生利用と軍事利用の側面がある。「研究成果が広く民生分野で活用せられることを期待します」と書いてあるが、防衛省は民生利用に関心はない。民生利用ができるというふうに錯覚して応募する人がいるかもしれないが、それはほとんど幻想に過ぎない。
2016年の公募要領を見ると、建前では「成果の公表を原則」としているが、途中で成果の外部への公開をする場合は「成果公表届けを提出してください」となり、防衛省への通知や了解を得るという項目が入っている。要するに自由発表はできない。必ず防衛省技官の了解がいる。防衛省が成果を公開できるような文言を使っているのは、研究者をひっぱり込むため、心配させないためだ。いつ何時、一方的な「不同意」ということが起こるかわからず、念頭に入れておかないといけない。
2016年の公募要領には15年と比べてもうひとつ変化がある。防衛装備品の定義が3つあった。防衛装備移転3原則による定義では「武器あるいは武器に関連する技術」と書いてある。基本的には武器開発である。防衛能力を飛躍的に高めるなど3要件をスパッと落としている。「将来の装備品に適用できる可能性のある萌芽的な技術を対象とする」という言葉を別に使い、防衛装備品から離れたものであるかのような印象を植えつける装いになっているが、この制度の出発点は「防衛、災害派遣、国際平和協力(海外派兵)」で使われるのが大前提であることを見ておかなければならない。
浸透する国内技術交流 昨年の審査結果から
2015年の審査結果を見ると109件の応募があり、そのうち9件が採択された。倍率は10倍以上だ。応募した58件が大学で、うち4件が採択された。東京工大、豊橋技術科学大学など。公的研究機関は22件の応募で、うち採択されたのは3件だった。JAXA、海洋開発研究機構、理化学研究所で、この3件とも技術交流をおこなっている。技術交流は防衛省と繋がりを強めていくための政策としてやられていることがわかる。企業の応募は29件、うち採択2件はパナソニックと富士通だった。マッハ5まで出るサイクルエンジンなど民間では使えない、軍事開発に直結するような技術開発だ。
大学で「軍事研究しない」とはっきり文書で宣言しているのは早稲田大学、立命館大学。それ以外には安全保障管理(留学生管理)で書いているのが京都大学、秋田大学。「軍事研究しない」と明言しているのは九州大学、神戸大学、関西学院大学、山梨大学、帯広畜産大学、電通大学。東京大学も協議会で総長が「軍事研究はしない」と発言している。「軍事研究しない」と申し合わせているのが新潟大学、琉球大学。広島大学も副学長が軍事研究拒否を明言した。信州大学は審査委員会を新設して明言した。新潟大学は全学で検討して「軍事を目的とする研究はおこなわない」と新たに付け加えた。
一方応募した大学では内部委員会で審査したうえで応募したのが、東京工大、鹿児島大学、東京芸大、大阪市立大、岡山大学、東京都市大学など。「軍事研究はしないが、今回の制度はそれに当たらないと判断したから応募した」というのは千葉工業大学、愛知工業大学、関西大学。東京電機大学は採択された後で教授会に諮っている。豊橋技術科学大学は学術会議の大西議長が学長をされている大学だが、みごとに採択された。防衛省は会長の機嫌をとったのか、ここは高専の卒業生を受け入れており、高専からの応募も奨励する意味あいもあるとも見られる。
毎日新聞(5月23日付)の調査では、117校に調査して76大学の回答なのだが、軍事研究を禁止・制限する研究指針や倫理規定、行動規範などを策定している大学は29、していない大学が47。学内で届出や審査をする仕組みの有無についても「ない」が31大学。そのうち20大学が届出の仕組みもない。研究者の自由に任せるという口実で放任しているようだが、大学としての考え方、対処方をきちんと議論することを求めたい。安全保障技術研究推進制度について応募しない方針を決めたのは12校、応募すると明言したのは1校のみだが、他は回答していない状況だ。
国民の前で態度明確に 研究者の社会的使命
ここで日本学術会議の動向を見てみたい。かつての日本学術会議はいろいろあったが、基本的には軍事研究に携わった戦争への反省から軍事研究はしないとしてきた。1949年の発足時には、「科学者としての態度を反省し、今後は科学が文化国家、平和国家の基礎である」と宣言した。これは研究者の指針になってきた。その後、一部の学者から「国が決めたことだからそれを応援するのは当たり前ではないか」といった意見も出た。そこで1950年の第六回総会では「科学者としての節操を守るために、戦争を目的とする科学の研究には今後絶対に従わない固い決意を表明する」と決議した。「科学者としての節操を守る」というのは、戦前戦中の科学者は軍部に対して科学者としての節操を失った、これは恥ずかしいことであるとされた。また1967年、米軍基地問題が騒がれた時には、第49回総会でも「真理の探究のためにおこなわれる科学・技術の成果が、また平和のために固く奉仕することを常に念頭に置く」と決議した。
現在の日本学術会議にはこのような明確な態度は見られない。2014年8月に私は大西隆議長宛へ軍学共同に対して学術会議として態度を明確にし、シンポジウムをやる必要があると質問状を出した。それに対して10月に届いた回答は「これらの決議は堅持する」、しかしながら「状況は変化」「自衛の範囲なら問題ない」といういい方のものだった。昨年2月に「軍学共同」反対シンポジウムの案内を送ったが回答はなかった。大西議長が一手にスポークスマンのように語り続けていて、さまざまなマスコミで大西個人の持論が展開されるだけになっている。それがあたかも日本学術会議の意見のごとく報道される状況になっている。
そのようななかで今年の総会で議論になり、ようやく5月20日、「安全保障と学術に関する検討委員会」が設置された。会議は公開されるべきで、したがって傍聴も自由にすることを私は要望したい。もう一つは、より広い場での公聴会、討論会、シンポジウムなどを開くことだ。そこに市民の参加、意見を入れることが不可欠である。科学研究は国民によって支えられている。国民の信頼を失っては科学研究も進まない。だから国民からの意見をきちんと聞くべきだと思う。そして、これまでの決議を変更する場合は総会で決議すべきだと思っている。国民の目の前で態度を明確に示すべきだ。日本の学術がこれから軍事化されていくかどうかの正念場である。
自民党国防部会は軍事研究予算を100億円(当初30億円)に増やせと圧力をかけている。そうなれば大学が、学術が変質しないわけがない。日本学術会議の検討委員会がどんな結論を出すか、大きな影響を与える。
デュアルユースに関してだが、民生技術と軍事技術、防衛目的と攻撃目的など研究現場では区別はできない。すぐに軍事に結びつくわけではない。しかしながら、その研究費が軍からのものであれば軍事研究である。研究資金がどこから出ているのかが判断基準ではないか。デュアルユースだからやってもいいとはならない。デュアルユースを口実にして軍からの資金に研究者はなびく。それはまさに口実だからだ。軍からの金は軍事目的であり、出発点は公開といっているが、いずれ秘匿が当たり前になっていく入口になっている。
有り体にいえば誰もが研究援助機関、補助機関からの研究費で研究をおこなうことを望んでいるわけで、研究資金がないことが引き金になってなびいている。採択された研究者たちはそういっている。研究費が貧困、枯渇する状態にして、軍事研究に頼らざるをえない状況に研究者を追いこんでいく。まさに“研究者版経済徴兵制度”ともいえる軍事研究への誘導制度だ。このような研究システムを変えさせるようなとりくみが必要になっている。
軍学共同が進行していけば大学の自治は失われ、学問の自由を奪われる。秘密研究は成果を秘匿する。そして研究現場は萎縮していき、研究者の精神的堕落が起こる。真理のための研究でない空しさに陥る。そして学生への悪影響など深刻な問題となる。
最後に、軍学共同に反対する運動は2つの団体でおこなわれている。私たちは、「軍学共同反対アピール署名」をやっている。現在2100筆で続行中だ。いかに市民の人たちが軍学共同に批判的であるかが示されている。「軍学共同反対」で検索してほしい。
それとは別に、「大学の軍事研究に反対する署名運動」(事務局 野田隆三郎・岡山大学名誉教授)もやられ、9000人の署名をもって、応募した大学へ申し入れをしている。
研究者個人の倫理や社会的責任として発言し運動するとともに、組織(大学や学術団体など)としてたとえ研究指針や行動規範、倫理規範というようなものであっても示していくことが有用だ。