消費税のインボイス制度導入が10月1日に迫るなか、導入に反対する声が急速に広がっている。インボイス制度を考えるフリーランスの会(通称「STOP!インボイス」)が呼びかけたオンライン署名は今月4日までに36万筆を突破し、その後も増え続けている。「STOP!インボイス」は同日、著名人・識者120人、市民約2000人、51団体の思いを携えてインボイス制度の中止・延期を求める緊急提言を発表し、財務省・国税庁・公正取引委員会に36万1171筆の署名を提出した。フリーライターの小泉なつみ氏の呼びかけで始まった反対運動は、この2年でさまざまな業界に波及してきた。記者会見には農家や建設業界、配送ドライバー、競馬業界、経理部門など多彩な職種の人々が参加して中止を訴えた。一般参加者も約350人集まり、熱気を帯びた会見となった。
1ヵ月間で15万筆増え36万筆に
4日に向け目標として掲げた署名数は30万筆。しかしこの1カ月あまりで15万筆増と驚異的なスピードで署名が広がった。オンライン署名で国内最多といわれる「東京五輪反対」キャンペーンは46万筆だが、認知度や報道量に圧倒的な差があるにもかかわらず反対の声が高まっていることを示した。
緊急提言の発表に先立って挨拶した小泉なつみ氏は、「STOP!インボイスを主張するのは、インボイス制度が、この国らしさをかたちづくる文化と産業を破壊し、私たちに分断と増税、混乱を招く希代の悪法だからだ」とのべた。「真っ白な紙から物語を紡ぐこと。土から農作物を生み出すこと。指定された時間ぴったりに物を運ぶこと。何もなかったところから、現場の人間の工夫、汗によって生み出された付加価値こそが“私らしさ”であり、商売の強みであり、ひいてはそれが“日本らしさ”として高く評価を受けてきた国の財産ではないだろうか」と投げかけた。オリジナリティの芽を摘み、煩雑で生産性のないブルシットジョブで現場のモチベーションを下げ、強い者をより強くし、弱い者をさらに弱くする税制が消費税インボイス制度だと指摘。そのような税制を国が推進することは「国家的自殺行為としか思えない」とのべた。
インボイス制度は法案成立(2016年)から7年のあいだ、メディアからの黙殺状態が続いていることに言及し、「正しい知識や情報を得る機会も少ないなか、危機感を持ってみずから声を広げていった市民の皆さんのアクションに希望を感じる。“制度開始直前に騒いでも意味がない”“これまで対策してこなかった方が悪い”といった声もある。私たちは、“おかしい”と思ったらいつだって、誰だって声を上げていいと思う。そのために、右も左も上も下も年齢も年収も業界も、あらゆる属性・イデオロギーをこえ、みんなでつながろうと呼びかけてきた。『STOP!インボイス』は“決まったことだから仕方ない”という今の社会にはびこる諦めと冷笑のムードを打開するアクションでありたいと思いながら2年間活動を続けてきた」と語った。
続いて「安心・安全・成長・尊厳なき適格請求書等保存方式(いわゆるインボイス制度)の中止・延期を求める緊急提言」を声優でVOICTION共同代表の甲斐田裕子氏が発表した【別掲】。
記者会見で、「インボイス制度を導入すべきでない理由について」と題して講話をおこなった京都大学大学院の藤井聡教授は、「インボイス制度は驚くほど勘違いされている」とのべ、キーワードとして「益税」「ネコババ」の二つの言葉をあげた。
100円の物に店が10%の消費税を乗せて110円で売っており、消費者側は「10円は店が預かって税務署に納めるもの」と思っている。実際に伝票にも消費税10%で10円と記載されている。免税事業者の場合、その10円分も事業者がとることになるため、「益税」「ネコババ」との攻撃が絶えない。
しかし藤井教授は「これは嘘だと財務省が国会でいっている」と指摘。法的に「預かり金」は存在せず、実際には「ジュースの価格が110円」という事実しかない。売値に消費税を乗せなくてもよく、「財務省は、売上から原材料を除いた粗利の11分の1(9・1%)を納めろといっているだけだ」とのべた。この9・1%の税率には、応能負担の原則で累進制がもうけられており、総売上1000万円以下の人は税率が0・0%、1000万円をこえると9・1%になるというのが現在の仕組みだと説明した。
インボイス制度はこの累進制を廃止するもので、導入後、免税事業者の税率は0%から9・1%に跳ね上がる。この負担増分を1000万円以下の事業者でも、元請でも、または消費者に転嫁してもよいから、「だれでもいいから払え」ということだけが決まっているとのべ、「これは純然たる増税、消費増税だ。この事実が知られていない。インボイスというややこしい言葉にまみれて、じつは消費増税がおこなわれようとしている」と指摘した。
そして、「みんながお金が余って仕方ない状況なら増税していいが、経済が厳しいときは減税すべきだ。そして今、状況は非常に厳しい。直近のGDP成長率は年率で5%だが、円安のせいで輸出が名目上増え、輸入が名目上減って、消費が減っているにもかかわらず数字的に5%増えているように見えているだけだ。こんなものを見て“もうプラス成長だから増税していいのだ”という人がいたら、申し訳ないがバカだ」とのべた。
「インボイス制度は増税であり、今はきわめて経済状況が厳しい。従って学術的に考えて、インボイス制度の導入は今すべきではないと学者として深く確信している」と語った。
アンケートの結果報告 企業の経理担当者に
続いて、「STOP!インボイス」が昨年末から企業の経理担当者に向けておこなったアンケート(回答数709)の結果を堺剛氏(経営士/中小企業のためのパートタイム経理部長)が報告した。
アンケートでは、本来インボイス制度について社内でだれより理解しているはずの経理部門で「名前は聞いたことがあるが内容は知らない」と答えた人が1割弱の7・3%おり、制度の周知がまったく不足していることが浮き彫りになった。
「導入すべきではない」「延期すべき」という意見も88%と、9割弱の人々がインボイス制度に反対している。その理由の1位は「事務負担が大きいから」(82・9%)だ。
アンケートで経理部門の人数を「4人以内」と答えた人が全体の75%超、「1人」が全体の43%超と、経理部門の人数は非常に少ない傾向にある。免税事業者との取引は非常に手がかかるもので、複数税率の処理は税率を間違えると納税額も変わり、損益の状況も変わるので経理担当者は気を遣うという。「イレギュラーは作業効率を落とす」と堺氏は指摘する。
アンケートでは「現時点で困っていること」として、「会社は免税事業者との取引停止を念頭に置いている。その問い合わせ窓口を社長も現場担当者もやりたくないので、経理部に押し付けられている」といった意見が寄せられた。これまで客先と交渉などをしておらず事務作業をコツコツしてきた経理部門としては、免税事業者と取引条件の話し合いをすることが、時間的・精神的な負荷になっているという意見もあったという。また、「取引先が廃業したり、インボイス登録を免税事業者に促して、結果自社から離れられたりすると発注先がなくなってしまい、サプライチェーンが壊れ、仕事が回らなくなる可能性が非常に高い。ひいては経営悪化や事業継続が困難になり、資金繰りに大きな不安を感じている」との意見も寄せられた。
「基幹システムの改修に数千万単位のお金がかかる」(従業員規模500人未満)という意見もあり、堺氏は「システムを改修すればインボイス対応は楽なのではないかと机上の空論で考える人もいるが、これだけややこしい制度になっていると、システムを改修したところで、結局は請求書や領収書のインボイス番号確認や、免税事業者に対する経過措置の仕分けなどを入力しないといけない。業務は確実に増えるという不安の声がある」とのべた。
85%弱の人が、インボイスが始まれば業務が増えると考えており、うち「転職したい」「他部署に異動したい」と思っている人が33%強にのぼった。堺氏は「経理がモチベーションを失っているのは、なんのためにインボイスの業務をやらされているのか、はっきりした目的が見えないからだと思う。経理とは経営管理の意味。本来の仕事である経営を強くするための業務に専念してもらい、会社は経理部の指導にもとづいて収益体質を高め、その結果、会社は納税者としての義務を果たしていく。そちらの方が健全だと思うのは私だけだろうか」と投げかけた。
建交労軽貨物ユニオン執行委員長の高橋英晴氏は、軽貨物業界のアンケート結果(回答66)を報告した。今アマゾンの商品や佐川急便、ヤマト運輸などの荷物を消費者の手元に届けるラストワンマイルを担っているのは個人事業主だ。全国で18万社・33万台で、売上平均は年間で500万円ほどだ。その99・9%がインボイスによって増税になる可能性があるという。
アンケートでは、インボイス登録申請をしていない人が60・6%、申請した人が39・4%だった。申請した人のなかでは、取引先からいわれたり、不利益な扱いを受けることを恐れて申請した人が4割を占めた。とくに説明なく「インボイスが必要だから申請するように」といわれたり、「申請しないと報酬や単価を引き下げる」「申請しないと今後取引できない」といわれた人もいた。
軽貨物業界のアンケートでも、「インボイスの撤回・中止」が89・4%、「延期」が7・6%と、計97%が中止・延期を求めている。インボイス制度が導入されれば、「2023年中に廃業するか、廃業を検討している」が7・6%、「緩和措置が終わる3年間の間に廃業または廃業を検討する」との回答が33・3%と、廃業を考えている事業者が4割にのぼった。
高橋氏は「運送業界には2024年問題も控えている。大量のドライバーが廃業に追い込まれれば物流が滞る。ドライバーが不足すると現職の負担が増え、未配達も増え、交通事故や労災事故も多発する。長時間労働による健康悪化も懸念される。このようなインボイスを今本当にやるべきだろうか。軽貨物業界の健全な育成と、物流が滞らないためにも中止を決断すべきだ」とのべた。
農業や建築、競馬業界等 当事者からの発言
続いて、インボイスで影響を受けるさまざまな業界の当事者から発言があった。発言の要旨を紹介する。
▼長谷川敏郎(農民、稲作・繁殖農家/農民運動全国連合会会長)
島根県の山の中で繁殖和牛2頭とコメづくり1・4㌶の小さな農家だ。繁殖農家は母牛に種付けをし、子牛を産ませるまで8カ月間育て、肥育農家に販売する仕事だ。受精し、出産するまで290日。販売まで1年半かかってやっとお金になる。ところがこの6月、子牛価格は8年ぶりに大暴落している。この2年間、エサ代は上がり続け、採算ラインを割り込んでいる。
牛の消費税は10%で、農協特例の対象外だ。10月からインボイスが始まると、子牛市場でセリの名簿にインボイスの発行事業者かどうか事前に表示される。「課税か免税か」で差別され、インボイスがないだけで、赤字なのにさらに買い叩かれる。これは肥育農家が悪いわけではない。農協などは、「計算が簡単だから簡易課税の課税事業者になってインボイスをとれ」と盛んに進めているが、インボイス登録をして10%ほど高く買ってもらってもだめだ。小さな牛飼いはコメづくりとの複合経営がほとんどだ。
中国地方のコメの生産費は60㌔=1俵で2万1161円。今年の農協の買取価格はたった1万2200円で赤字だ。コメでも牛でも所得税が払えないのに、インボイスで消費税をむしりとる。これは牛飼いをやめるしかない。もともと消費税そのものが農家いじめの税金だ。インボイスは小さな農家つぶしだ。農家の9割は売上が1000万円以下。インボイスでみんなが農業をやめたら38%しかない食料自給率は一気に下がる。インボイスは国産食料がなくなる道だ。安全安心の国産牛肉を提供し、私たちが牛飼いと農業を続けるためにも絶対にインボイスはやめてほしい。
▼佐藤豊(建築業者/東京土建副委員長)
ただでさえ建設業界は資材が高騰している。また10月に上がるという。見積もって仕事が決まるまで1カ月から1カ月半、ないしは2カ月かかる。見積もった金額が工事が始まるときには上がる可能性があるが、建設業界も競争なので、受注したいため、据え置きで行くことも多い。消費税をとられても価格転嫁できず、事業ができないので、インボイスが始まったらやめるという人も出てきている。
建築業界は日本の住宅やビルを守っている。ただでさえ人手不足、事業者が減っているときにインボイスを導入して人が減れば、建物のメンテナンスもできなくなる。ロボットではできないところがある。われわれは業界も、日本の建物も守りたい。そのためにインボイスは絶対に反対だ。
▼福本和可(司法書士/全国青年司法書士協議会副会長)
当協議会は青年司法書士約2300名で構成され、法律のプロとしての使命を自覚する青年司法書士の緊密な連携をはかり、市民の権利擁護および法制度の発展に努め、もって社会正義の実現に寄与することを目的としている。
当協議会では長年にわたり多重債務問題や生活困窮者支援にとりくんできている。その立場から先月、インボイスに反対する会長声明を発出した。声明のなかではいくつか反対理由をあげているが、そのなかからインボイス制度の導入によって、個人事業主の破産後の生活再建が難しくなることを話したい。
債務を負った人が自己破産すると基本的には債務は免責され、返済しなくてもよいことになる。しかし例外的に破産しても免責されない非免責債権がある。その一つが公租公課、税金や社会保険料だ。消費税は当然ながら税金なので免責されない。しかも売上にかかる税なので、経営が赤字であっても納税の義務が発生する。
公租公課は通常の私人間の債務とは違い、債務名義がなくても差し押さえができる。児童手当や年金のような差し押さえ禁止債権が銀行口座に入り、預金債権になったとたんに差し押さえするといったことも起きていると聞いている。
消費税は税のなかでも滞納額の割合が非常に大きく、もし個人事業主が破産した場合、消費税課税事業者であれば、消費税が非免責債権として残る可能性は非常に高いと考えられる。破産して新たな人生をやり直そうとしても、債務が残っていたらその妨げになってしまう。事業に失敗して借金を負い、しかもその借金が破産しても免責されないというリスクがあれば、新たに事業を始めたいとか、チャレンジしたいと考える人が二の足を踏んでしまい、自由な経済活動が阻害されるのではないか。小規模な個人事業主に対し、仮に破産した場合、生活再建の妨げになる消費税という税金を半強制的に納税することを選択させるインボイス制度には反対する。
▼田村隆光(全国競馬産業労働組合連合会事務局長)
一見、競馬産業は華やかだが、末端で働く厩舎労働者は、地方競馬も中央競馬も週1日の休み、深夜労働、土日の出張労働などがありながら過酷ななかで仕事をしている。われわれは調教師という社長からもらう給料、担当する馬が一生懸命走った着順に応じて交付される賞金の5%をもらって生活の糧としている。消費税は物を売ったり買ったりするところに発生するものと思っていたが、愛する馬が一生懸命走った結果でいただいた賞金にも消費税がかかるということに、いささかびっくりしている。
賞金は中央競馬で月平均10万~15万円で、年間青色申告で所得税や住民税を払っているような状況だ。地方競馬はその10分の1、100分の1なので、1000円、2000円といった賞金と、一頭いくらという請負方式のなかでやっているのが現状だ。とりわけ地方競馬においては最低賃金を守られていない企業がたくさんあり、社会保険にも加入していないケースも多い。競馬連合として社会保険の加入や労働条件の改善に走り回っているところに消費税の導入という話があった。中央も地方も、社長である調教師から「お前らも登録しろ」「入らないと担当馬を回さない」などといわれ強制的に入っているような状況があり、死活問題だ。
一見華やかな厩舎現場も、そこからランドセルを背負って学校に通う子どもたちもたくさんいる。単なる増税はわれわれの死活問題であり、なんとか再考を望むところだ。
* *
インボイス制度導入まで残り1カ月を切っている。だが諦めることなく延期、廃止するまで運動を続ける熱気に満ちた記者会見となった。
【オンライン署名サイト】
藤井先生の「免税事業者は税率0%」の説明は分かりやすいが、実は正確ではない。免税事業者は消費税法第5条の納税義務者(税を納めないといけない人=課税対象者)を第9条で免除され、消費税を課されておらず、売上に消費税は「存在しない」これは裁判で判決確定済(*)
ではなぜ消費税が存在しない免税事業者からの仕入が現状では可能なのか。
消費税導入前に仕入税額控除の方法が検討された際、消費税がモデルにした欧州の付加価値税(VAT)のインボイス制度がそもそも免税事業者の存在を前提としておらず、売手発行のインボイス(税率と税額の記載が必須)に税額の記載が出来ない免税事業者が取引から除外される為、不採用。なぜなら日本では消費税導入にあたって免税点3000万円を設定したため、事業者の6割が免税事業者となったから。
そこで日本の商習慣に馴染みがある、買手作成の「帳簿」から売上税額と仕入税額を算出する「帳簿方式」を採用。帳簿方式では取引伝票に免税事業者か課税事業者かの記載が無いため「消費税が存在しない免税事業者からの仕入も、課税事業者が(税込と見做して)仕入税額控除することを容認」した(消費税法基本通達11-1-3 課税仕入れの相手方の範囲)。これにより、免税事業者は取引から除外されず、課税事業者も消費税納税額を減少でき、双方良しの運用が30年以上続けられてきた。これを破壊するのが、かつて不採用になったのに、今、導入されようとしているインボイス制度。
ちなみに現在、取引伝票は税率毎の税込合計額は記載必須だが、税額は実は任意。ここまでの説明で分かる通り、これは課税事業者は税額記載可能だが、免税事業者は税を課されておらず税額記載が不可能のため。
なお、消費税法で消費税率0%扱いなのは「消費税(売上税)を免除」されている輸出取引(第7条)と輸出物品販売場における輸出物品販売(=免税店、第8条)のみ。消費税納税額=売上税額-仕入税額。これらは消費税率0%で売上税額0円で消費税納税額は必ずマイナス仕入税額になるので、この分の還付が受けられる。還付まで含めたトータルの納税額=0-仕入税額+還付された仕入税額=0で、実質、納付していない。免税事業者や非課税事業者は売上税が存在しない為、納税額計算式が成立せず、還付は受けられない。
*原審 東京地方裁判所 平成9年(行ウ)第121号 平成11(1999)年1月29日 請求棄却
控訴審 東京高等裁判所 平成11(行コ)52 平成12(2000)年1月13日 控訴棄却
上告審 最高裁判所第三小法廷 平成12(行ヒ)126 平成17(2005)年2月1日 上告棄却