政府と東電が24日から開始した福島第一原発汚染水の海洋放出をめぐり、住民参加型の議論を求めて福島大学の研究者が農漁業者らと設立した「復興と廃炉の両立とALPS処理水問題を考える福島円卓会議」が21日、緊急アピールを発出した。地元住民や漁業者との約束を反古にし、一方的に海洋放出を決定した政府に対して計画の凍結と議論のやり直しを求めている。起草したのは、福島円卓会議呼びかけ人である今野順夫(ふくしま復興支援フォーラム主宰、元福島大学学長)、中井勝己(元福島大学学長)、菅野正寿(福島県二本松市、農業者)、守友裕一(宇都宮大学名誉教授、元福島県農業振興審議会長)、千葉悦子(元福島大学副学長、元福島県農業振興審議会長)、塩谷弘康(福島大学行政政策学類教授・副学長)、柴崎直明(福島大学共生システム理工学類教授、福島第一原発地質・地下水問題団体研究グループ代表)、林薫平(福島大食農学類准教授)の8氏。福島現地の切実な訴えとして全文紹介する。
1.今夏の海洋放出スケジュールは凍結すべきである
政府・東電による、ALPS処理水を今夏ごろまでに海洋放出するという一方的に決められたスケジュールは、2015年の「関係者の理解なしにいかなる放出もせず処理した水はタンクに貯留する」という文書で交わした約束を遵守するために凍結し、関係する人々の参加による議論に付すべきである。
原発の廃炉を地元の復興と両立させるために、これまで最も被害を受けてきた浜通り自治体の住民、漁業・水産関係者の意見を重視しながら、県民・国民の参加による議論を進めていく必要がある。
政府・東電がお墨付きを得たかのように依拠するIAEA(国際原子力機関)の安全性レビュー報告書は、限られた範囲の評価を出るものでなく、これだけを根拠として、影響を受ける人々が参加すべき議論のプロセスを省略して放出を強行することは認められない。
2.地元の漁業復興のこれ以上の阻害は許容できない
原発事故と汚染水問題により多大な被害を受けてきた地元漁業者が、2015年の約束の遵守を一貫して要求し、海洋環境を守り生業を続けていきたい一心で放出に反対する数々の声を発してきたことは尊重されなければならず、これを無視してスケジュール先行の海洋放出の説明会が政府によって繰り返されている現在の状況は、対話と相互理解に向けた姿勢を欠いており、漁業関係者を孤立させ、漁業復興に向かう現在の数々の重要な事業を強く阻害しており、強く懸念されるものである。
政府と東電からは、海洋放出実行に伴い風評対策を徹底する、被害には賠償をするという新たな約束が出てきているが、地元漁業者が要求していることと大きな隔たりがある。
漁業の復興の阻害をこれ以上許容できるものでなく、どうすれば漁業の復興が続けられるのかを政府・東電も真摯に考え、対話をしていく姿勢が求められる。
3.いま優先して取り組むべきなのは地下水・汚染水の根本対策である
政府と東電からは、廃炉の進行のために処理水の海洋放出が先送りできないという説明が繰り返されているが、その当否が明らかでなく、むしろ福島県から見て「待ったなし」なのは原発の地下水・汚染水対策である。
昨年の処理水の希釈・海洋放出設備の事前了解の際に、福島県から、地下水流入に起因する建屋内の汚染水発生を根本的に低減できる対策を実行していくように要求し、それ以後も繰り返しこれをもとめているがその計画は出されていない。
汚染水対策が今後前進しなければ、処理水が増え続けるのを止められないばかりか、原発港湾内の放射性物質濃度の高止まりや上昇にもつながる可能性があり、また新規に設置された海底トンネルの安全性にも懸念をもたらす。これらは地元の復興に直結する問題であり、海洋放出の必要性の有無以前に、緊急で取り組まなければならない課題である。
4.海洋放出は具体的な運用計画がまだなく、必要な規制への対応の姿勢も欠けている
東電の海洋放出案に関して、設備面では規制委員会および福島県の廃炉安全監視協議会での確認を経ているが、具体的な運用計画がない。それには、対象となるタンク・希釈水・放出量の詳細内容が含まれなければならない。運用計画は、実施の前年度までに提出して審議に付すものとされているものであり、東電も提出意思を度々示しているが未提出であり、具体的な審理がなされずにいる状態である。
このことから、今年度の放出開始は不可能である。
また当原発は事故後に特定原子力施設として特別な規制の下に置かれており、それは敷地境界上の固体・気体・液体由来の放射線の総量の規制(年間1㍉シーベルト)という廃炉全期間にわたって遵守しなければならない厳しい制約も含まれる。政府と東電による海洋放出案の説明はこの規制内容を顧慮せず、IAEAのレビューもこの認識を欠いている点で極めて不十分であり、必要な規制や手続きに則って計画の立案・審査をすべきであることを明確にしていく必要がある。
5.今後、県民・国民が参加して議論する場が必要である
これまでは、廃炉の進め方をめぐって、県民・国民は、すでに決められた方針に関して「説明される側」と位置づけられてきて、自治体や協同組合や各団体の意見もそれぞれ個別に聴取されるだけで政策に届いて行かず、被災者どうしの分断ももたらされた。
今後はそうでなく、県民・国民や、自治体・協同組合・各団体が、政府・東電と対等な発言権を持ち、廃炉のあり方や復興に向けて必要なことに関して声を出し、意見を交わして、政策決定に参加していく対話の場が必要である。それは、政府と東電の信頼回復のために不可欠であり、また、陸と海、中通りと浜通り、福島県内外の分断を生まないためにも必要である。
当会議はそのような場の設置と多くの方々の参加を呼びかけていく所存である。