佐賀空港(佐賀市川副町)への陸上自衛隊オスプレイ配備計画で焦点となっている空港隣接地について、地権者でつくる管理運営協議会(田中浩人会長)は1日、土地売却の賛否を問う「臨時総会」を開き、賛成が全体の3分の2を上回ったとして、防衛省へ土地を売却する方針を示した。全メディアが一斉に「防衛省に土地売却 佐賀空港『オスプレイ』配備へ」(NHK)、「佐賀配備本格化」などと大々的に報じ、用地取得を既成事実とする空気を醸し出している。だが、この臨時総会議決の有効性には地権者内からも異議が上がっており、民法上も共有地の売却には「共同所有者全員の同意」が必要とされている。この議決によって土地売却手続きが前に進むものではなく、反対世論を沈静化させる効果を狙った印象操作の域を出ないもので、用地取得を急ぐ防衛省の強引さがきわ立つものとなっている。現地で何が起きているのか?――佐賀市内を取材した。
すべて当事者の頭越し 公害防止協定見直しも
佐賀空港への陸自オスプレイ配備計画は、2014年に表沙汰になり、有明海で最大のノリ生産地を抱える地元佐賀市川副町を中心に住民の反対世論が沸き上がった。川副町では、ノリ漁業者や自治会などによる「オスプレイ配備計画に反対する地域住民の会」(古賀初次会長)が立ち上がり、毎年600人~1400人規模の決起集会を開き、基幹産業であるノリ漁業や農業のため、子や孫に地域の平和な暮らしを残すために反対の意志を明確に示してきた。
だが、その頭越しに2018年、山口祥義・佐賀県知事が受け入れを表明し、昨年11月には佐賀県有明海漁協(西久保敏組合長)が役員レベルで、佐賀空港建設にあたって漁協と県が1990年に結んだ公害防止協定にある「佐賀空港を自衛隊と共用しない」とする約束を見直すことを認め、事実上受け入れを容認。西久保組合長は、それまでの「防衛省とは会わない」という前組合長の姿勢を転換し、みずから防衛省、さらに岸田首相とも直接面会を重ね、全組合員にはかることもなく上意下達で公害防止協定の規定をとり消すという超法規的な荒業を見せた。さらに今年2月には、新たに就任した坂井・佐賀市長も容認を表明し、「地元住民の意思を尊重する」どころか、防衛省・県・市・漁協本所が一体となった隠然とした圧力が、この問題で最大の要である配備予定地を管理する有明海漁協南川副支所に向けられた。
4月10日、地権者でつくる「国造搦(こくぞうからみ)60㌶管理運営協議会」(事務局・漁協南川副支所)では、「総代」といわれる約40名ほどの地権者で臨時総代会を開き、5月1日に臨時総会をおこなって防衛省が求める土地の売却の可否を決定すること、採決は地権者の3分の2以上の多数決によることを決定。これについて地権者からは、同協議会の規約には「総会」と「役員会」はあっても「総代会」という機関の明記はなく、「漁協支所の機関と混同したもので規約違反」との声もあがっている。
そして各地権者には、田中会長名義で臨時総会開催の通知文書(4月11日付)が送付された。そこには「会場の都合上なるべく書面による議決を推奨」すると書かれており、同封された「議決権行使書」の(土地売却に)賛成・反対のいずれかにマルをつけて署名、捺印のうえ封筒に入れ、同月28日午後5時までに漁協南川副支所内の事務局に提出するよう求めていた。
防衛省が購入を求めているのは、同協議会が管理する60㌶(共有地)の55%にあたる。配備予定地33㌶のうち、県所有の農道を除く31㌶の地権者は、南川副支所の組合員(現役漁師)が159人、非組合員(廃業者)が95人の計254人だ。
だが、「書面議決」を推奨したため5月1日におこなわれた臨時総会の実際の出席者は、わずか20人程度だったという。投票総数は239票(うち209票が書面送付)で、開票の結果、無効の6票を除く233票のうち、賛成が184票、反対が49票となったため、議長の田中浩人会長(漁協運営委員長)は「賛成と決議した。3分の2以上の賛成で、地権者の皆さんの決定事項なので私も賛成だ。今後は漁協の本所に報告して話を進めていく」とマスコミ各社の取材陣にのべた。
この31㌶の土地は、登記上は県有明海漁協(南川副漁協が合併したため)の単独登記となっている。同協議会役員によれば、この総会議決を“手形”にして今後は県有明海漁協が防衛省との売買契約をおこなうことを視野に、今月半ばにも漁協本所で詰めの協議がおこなわれる見通しだという。
協議会の議決 漁業者を諦めさせるため
だが第一の問題として、この「国造搦」の干拓地は個人の共有地であり、その処分権は漁協や管理運営協議会にはない。この土地は1988(昭和63)年に国造干拓事業にともなう漁業補償として、漁業者各個人に払い下げられたものであり、当時の南川副漁協が佐賀県と交わした覚書にも「干拓建設事業に伴う漁業補償の締結に当たって南川副漁協の漁業権者の入植増反希望者に対して配分する」と、個人に配分する趣旨が明記されている。
協議会の規約や会員との協定書には、土地は一括登記することとともに、各会員に「持分(もちぶん)証券」を発行し、それぞれの持分面積が示されている。現在は、協議会から委託された地元の「南川副ファーム」が麦や大豆などを栽培しており、その収益が配分面積に応じて各地権者に分配されている。
共有地について民法では、「各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、共有物に変更(その形状又は効用の著しい変更を伴わないものを除く)を加えることができない」(251条)としており、法務省も「狭義の共有については、目的物の全体を売却するには基本的に共同所有者全員の同意が必要となる」(3月22日参議院予算委・民事局長の答弁)とのべている。これを多数決で売却するとなれば、個人財産を第三者が奪うことになるからだ。
反対する地権者たちは、「共有地の地権者個人が持分をお互いに譲渡したり、処分することは可能で、それはこれまでもおこなわれてきたが、土地そのものを譲渡するには地権者全員の同意が不可欠なのは当然だ。そもそも管理運営協議会の事業は、割り当てなどの土地の管理運営に限定されており、土地の売却については規約にも一切記載はない。所有権はそれぞれの個人にあり、協議会の権限の範囲を超えている。多数決による売却はできない」と指摘し、法的措置も検討している。
共有地であるため個々の所有地の場所は示されておらず、現状では分割して売買することも不可能であり、防衛省が土地を取得するためには最終的に地権者全員の同意をとり付けなければならない。それを承知のうえで、わざわざ管理運営協議会に売却議決をとらせた目的は、「用地問題は決着済み」という既成事実を作り上げ、反対する漁業者を落胆させ、あきらめさせることにあるとみられる。
漁業権の例ではあるが、原発建設計画が40年間進まず、頓挫している上関原発計画(山口県)を見ても、事業者の中国電力は「すでに漁業補償は決着済み」とするポーズをとっているが、建設予定地の目前にある祝島の漁業者が漁業補償金受けとりを一貫して拒否し続けているため、現実には海の工事には手が付けられないでいる。祝島の漁師がボーリング調査予定地で「自由漁業」をしても排除することはできない。一方、祝島支店が受けとりを拒否した漁業補償金を山口県漁協本店が勝手に引き出し、祝島に対して幾度も受けとりを迫る総会を開かせ、「勝つまでジャンケン」を仕掛けている。
つまり、原発建設を進めたい側にとっては漁業者個々人(漁協本店が成り変わることはできない)との受領関係を成立させなければ、法的に工事着工ができないからであり、「決着済み」との宣伝は、あくまで反対する漁業者をあきらめさせ、補償金を受けとらせるための印象操作に過ぎないことが暴露されている。最終的には個人が売却同意書に判を押し、売却金を受けとらなければ契約が成立しないことは用地売買においても同じであり、それをカモフラージュするための「多数決」といえる。
防衛省 脅しと甘言で「総会」に直接介入
川副町内では、「これをやらせるために防衛省は管理運営協議会の執行部(運営委員)を抱き込み、漁業者たちに“防衛省から振興策が約束されている”“地域が活性化する”“反対していたら予算や補助金が下りなくなる”などと脅し文句まで吹き込んで根回しを続けてきた」「なんの確証(明文化)もない振興策なのだが、鼻先にニンジンをぶら下げるようにして漁業者をだましながら尻を叩き、反対意見をいうものはまるで犯罪者であるかのような空気がつくられていった」と口々に語られている。
昨年末、有明海漁協本所が「佐賀空港を自衛隊と共用しない」とする公害防止協定のとり消しを決めた後、防衛省(九州防衛局)は川副町内に「佐賀現地事務所」を設置し、地権者や漁業者の個別訪問を開始した。
「まず管理運営協議会の執行部を焚(た)きつけ、地権者名簿を共有し、作業服を来た職員や自衛隊OBが2人1組で7~8組が町内をうろうろと歩き回り、多い家では3回も4回も訪問して“5月1日(総会)はどうかお願いします”と頭を下げて回っていた。昨年9月には防衛省が地権者にアンケート調査をしていたが、なぜ防衛省が地権者の個人情報を勝手に取得し、協議会内部のことに直接介入するのかと不思議でならなかった」
「他人の土地を多数決で売ることが決められるのか? 納得できない。そもそも執行部11人のうち8~9人は賛成を明確にして動いており、防衛省や県との“勉強会”などを何度も開いてきたが、それは賛成させるための話し合いだった。しかも、臨時総会を開く直前の4月20日の防衛省との勉強会では、“中立の立場”という田中会長が“執行部としてオスプレイ配備計画に賛成している”と明言させられ、それをテレビや新聞が大々的に報道した。公平性にも疑問が残るし、議決を採る前からの出来レースだった」
地権者からは、今年に入ってからの推移の異様さが語られる。
臨時総会出席者からは、「総代会といわれても会員は誰が総代なのかも知らないし、なかには地権者でないものまで参加していたという。書面議決をするにしても、臨時総会が始まるときにはすでに封筒が開封されていて、執行部は事前に中身を見れる状態だった。“金庫で厳重に管理した。信用してくれ”といわれても漁協本所も執行部も推進の立場であって、客観的に検証することが不可能ではないか。これが公正な議決といえるのか」という意見も聞かれた。
賛成票を投じた地権者(漁業者)からも、「すべて賛成したわけではない」という声も聞かれる。土地の買収額について、防衛省は今年3月、2年前に示した買収額から4割増となる1平方㍍当り6031円を地権者に提示している。地権者の持分面積は、それぞれ大小はあるものの、一般的な2反(約2000平方㍍)であれば1200万円、その55%の買収であるため受けとる地代は660万円程度だ。
南川副のノリの年間売上は漁協内最大(年間49億円)で、各漁家は規模の差はあれ年間3000万~4000万円を売り上げる世帯も多い。「こんな土地代など1年で食い潰してしまう金額であり、トラックを1台買って少しお釣りがくる程度のもの。だが万が一、基地建設によって有明海の海況がまた諫早干拓のように変化し、ノリ漁に打撃がくればそれどころではない損害になる。排水対策や万が一の被害の補償がちゃんとおこなわれるのかについては不安が残る」と語られる。
そのため議決に向けた根回しの過程では、執行部などを通じて「国も知事も市長も賛成しているのに、反対すれば港湾補修や補助金の予算も減額される」「南川副の漁港は、早津江川の土砂が堆積して浚渫(しゅんせつ)が欠かせないが、この予算も減らされる可能性がある」「船を買い換えるさいの補助金(上限1500万円)が打ち切られるかもしれない」などの言説が振りまかれると同時に、「陸自駐屯が実現したら、自衛隊や家族も含めて2000人が移住してきて町が活性化する。小学校の人数も増える。商店や事業所にも客が増える」「国に協力すれば、南川副の漁業者には漁業施設の整備がおこなわれ、漁業者の意見も通りやすくなる」など、いわゆる防衛省との“勉強会”で吹き込まれた「アメとムチ」がまことしやかに振りまかれ、反対するものは“活性化のチャンスを妨害するもの”“漁業の継続が難しくなる”という空気が、国・県・市やそれぞれの地方議員もかかわるなかでつくられていったという。
いずれも覚え書き一つない「口約束」や「噂話」に過ぎず、過去に筑後大堰、佐賀空港建設、諫早干拓事業などの国策による有明海の激変を経験し、その再生をめぐって国と対峙してきた年配の漁業者からは「うまい話ほど警戒すべき」「国はそんなに甘くない。口約束など担当者が変わればなかったことになる」「あとから“こんなはずではなかった”というのが目に見えている」と冷静な対応を求める声は少なくない。それさえも封じるような宣伝攻勢に「まるで宗教のようだった」「疑問を口にすれば標的にされかねない威圧だった」「国が相手にするのは、こちらがカード(土地の所有権)をもっている間だけだ。初めからバンザイ(売却賛成)してしまえば、そんな相手は国にとっては赤子の手をひねるようなものだ」と実感を込めて語られている。
諦めることなくたたかう 住民の会や反対地権者ら
地権者でもある漁業者の男性は、「正直、この票差には驚いた。国が漁業者同士を対立させるように仕向けていることを懸念している。そもそも県漁協本所が西久保組合長になり、これまでと打ってかわって自分から防衛省に会いに行き、首相官邸にまでいって丸め込まれたことが漁業者にとって背信行為だし、本所が南川副の執行部に責任を投げ、上層部が連鎖していった。裏でどんな取引がされたのかは知らないが、執行部のなかには地代で1億になるほどの持分を一手に持っているものもいるともいわれ、そういう利権が動いていると見るのが普通だろう。そもそも国を信用しすぎだと思う。諫早干拓の問題でも、裁判で勝っても国は(有明海の再生には)動かないし、漁業被害に対する特措法があっても一向に執行されない。それは農水省でも防衛省でも変わらないし、“国防のため”といえばより強い権限で地元の人間は蹂躙(じゅうりん)されることは目に見えている。有明海西南部ではすでに栄養塩が足りず、ノリの壊滅状態がずっと続いており、それが北側にも広がってきている。有明海が死滅してから後悔しても始まらない。今度は“佐賀の自業自得”といわれかねない。漁師以外の地域住民のことも考えて漁師がどう動いていけばいいのか、対立するのではなく、それをみんなで考えなければいけない」と話した。
反対運動を牽引してきた「住民の会」は4月30日にも町内でデモをおこない、漁師や住民など約200人が「オスプレイ配備反対」を呼びかけ、防衛省の現地事務所前でも「地元を無視した脅しや介入をやめろ」と抗議の声を上げた。
反対運動を続けてきたノリ漁師は、「画に描いた餅を鼻先ニンジンのようにしてぶら下げ、漁師をだましているのが防衛省だ。だがなんの確証もない“アメ”は、容認してしまえば消えてなくなるものだ。実際に基地のある全国の地域では、米軍や自衛隊が使う泡消火剤に入った発がん性のあるPFOS(有機フッ素化合物)による水汚染が発覚しており、基地による被害で苦しんでいる。有明海に影響がないわけがなく、それを今から新たに造ることなど正気の沙汰ではない。それにオスプレイは駐屯地の上だけを飛ぶのではない。私たちの判断には、広域の沿岸漁業者、また漁業者だけでなく農家、地域住民全体の将来を決定づけるという社会的な責任がある。この地域づくりを担っている漁業者が先走って、将来に禍根を残すようなことは絶対にしてはならない。だが危険な海の上で働き、なにかあったら助け合う、目に見えない深い絆で結ばれているのが漁業者だ。私たちがなぜ反対しているのか、それは住民をバカにしたような防衛省の甘言でごまかされるようなものではなく、代々受け継がれてきた経験にもとづくものであり、漁業者にそれがわからないはずがない。あきらめることなく、命懸けでたたかい続けるつもりだ」と語った。
地域住民の会は、今後も粘り強く反対運動を続けるとともに、違法な土地売却や配備計画の強行に対しては徹底的に抗う方針を示している。地権者の間でも「木更津の暫定配備の期限が2年後(2025年7月)に迫っており、焦っているのは防衛省の側だ。今“ならぬものはならぬ”と立ち向かわなければ、将来苦しむのは子どもや孫たちだ。ちょっとジャブを喰らったくらいであきらめるわけにはいかない」と意気軒昂に語られている。