ゲノム編集食品についての関心が高まっている。「高GABAトマト」に続き、「マッスル真鯛(肉厚マダイ)」や「成長促進トラフグ(巨大トラフグ)」と呼ばれるゲノム編集魚が開発され、2021年には政府に届け出が出され、流通を始めた。国民の知らないあいだに、こうした安全性が確認されていないものが出回っていくことに対し、待ったをかける動きが広がっている。ゲノム編集魚の陸上養殖の舞台となっている京都府宮津市で14日、OKシードプロジェクトと市民グループ「麦のね宙(そら)ふねっとワーク」が「宮津市におけるゲノム編集魚養殖と拡張計画について」の記者会見をおこなった。「麦のね宙ふねっとワーク」は、宮津市がゲノム編集トラフグをふるさと納税の返礼品としていることに対し、これをやめることなどを訴えて署名活動を展開してきた。記者会見では、ゲノム編集食品をめぐり今なにが起きているのか、「ゲノム編集」食品は安全なのかについての専門家による解説と、こうした問題に直面する宮津市民の現地での活発なとりくみが全国に向けて発信された。
はじめに、ゲノム編集魚の開発・生産を手掛ける京大発のベンチャー企業であるリージョナルフィッシュ社の計画の問題点について、OKシードプロジェクト事務局長の印鑰(いんやく)智哉氏が、ゲノム編集食品について分子生物学者の河田昌東氏が報告をおこなった。以下、その内容を紹介する(見出し・文責は編集部)。
■リージョナルフィッシュ社の計画の問題点について
OKシードプロジェクト 印鑰智哉
リージョナルフィッシュ社による事業の大きな問題点として、以下のようなものがある。
①国の税金を使って開発されたものが十分に情報公開されることなく、民間企業に使われていること
②現在急増中の陸上養殖は有効な規制がないこと(国内、海外の養殖企業に稚魚を売ることで、環境や沿岸漁業に影響を与える可能性があること)
③国や地方自治体からさまざまな公的支援がおこなわれていること
④ゲノム編集食品を認めていないインドネシアに対し、ゲノム編集魚の養殖事業にJETRO(日本貿易振興機構)がお金を出して進めようとしていること
今、日本ではマダイ、トラフグの2品種5系統が届け出されていて、この流通・販売が可能な状態となっている。これは世界で日本だけだ。
日本三景の天橋立がある美しい海岸線をもつ街――この京都府宮津市にリージョナルフィッシュ社の養殖場がつくられている。それがどういう影響を及ぼすのか、私たちはしっかりと見る必要がある。
事業のすすめ方は急で、2021年に届け出されてから、あっという間に多くの投資を得て、日本全国に養殖場をつくるというプランがつくられている。もっとも、リージョナルフィッシュの魚はスーパーで売れるような形で市民が受け入れていないので、そういう生産にいくかというとまだハードルはある。つまり消費者がノーといえば広がらないと思う。しかし、このIT企業がリモートで制御するスマート養殖プラントを世界に売りたいということで、リージョナルフィッシュ社は26・4億円の投資を受けて現在拡大中と聞いている。今年度中に国内最大級の養殖プラントを建設すると告知しているが、これが日本国内のどこに建設されるのかということはまだわかっていない。そして、今はマダイとトラフグの2種類だが、これだけでなく、エビやイカを含む20品種の「ゲノム編集」魚介類を出していくとリージョナルフィッシュ社はのべている。安全確認はされていないので大きな問題だ。
このリージョナルフィッシュ社に、国、京都府、宮津市からさまざまな支援がおこなわれている(京都府からは2019年度に3200万円、2020年度は1400万円。京都府水産事務所からは技術指導、宮津市はふるさと納税での支援、インドネシア進出にJETROから2000万円など)。これは私たち納税者にとって納得のいくものなのか。これも大きな論点だと思う。
リージョナルフィッシュ社には、スマート養殖プラントを建設するということで、さまざまな企業が群がってきている感じがする。しかし、その安全性、地域に与える影響は検証されているのかおおいに疑問だ。
現在、陸上養殖は急激に増えている。しかしこれには規制法がない。規制法がないままにこういったことが広がるのはおおいに疑問だ。これについてもしっかりと現象をウォッチしていかなければならないし、行政にはしかるべき規制をしていくように働きかけをしていく必要があると思う。
■ゲノム編集食品が人や環境に与える影響について
分子生物学者 河田昌東
ゲノム編集の一般論になるが、ゲノム編集をやると、一つ目にオフターゲットの問題がある。オフターゲットというのは、標的の遺伝子と同じような塩基配列をもった場所がいくつもあるのだが、それが同時に破壊されるものだ。そういうことがわりと頻繁におこる。
二つ目は他の遺伝子に与える影響だ。遺伝子というのは、お互いに相互作用しあっている。ある遺伝子が働いて物質をつくるとすれば、別の遺伝子の発現をスタートさせたり、あるいは今動いている遺伝子を抑制したり。遺伝子はお互いに相互作用しあっているわけだが、特定の遺伝子を破壊した場合に他の遺伝子にどのような影響を与えるのかといったことが大きな問題だ。
三番目はマーカー遺伝子の残存。これは遺伝子組み換えもゲノム編集も実際にそれをつくるときには必ず必要な目印となるもので、多くは抗生物質耐性遺伝子を使う。なぜ必要かは省略するが、これが仮に残っていてそれを食べたとした場合に、腸内細菌が抗生物質耐性になって、大きな問題になるということがわかっている。
ゲノム編集の魚についてだが、世界で商品化されているゲノム編集は「高GABAトマト」「マッスル真鯛」「成長促進トラフグ」の三つだけ。このうち真鯛とトラフグの二つについて説明する。
「マッスル真鯛」の写真はすでにご覧になっている方も多いだろう。通常のものとどう違うかというと、これは「ミオスタチン」という遺伝子を破壊させる。ミオスタチン遺伝子には「成長ホルモン抑制遺伝子」という名前がついているが、成長ホルモンは稚魚のときにたくさんつくって大きくなると減っていく。この成長ホルモンを減らしていく遺伝子がミオスタチンだ。これを壊すことでずっと成長ホルモンが働いたままになる。だから太っていくということだ。
どのような問題があるかというと、一つ目は運動能力の低下だ。筋肉が多いということは運動するためにエネルギーをたくさん使うのだが、ある論文によると、マウスの実験で、ミオスタチンの遺伝子を破壊すると、細胞のなかのミトコンドリアが減る。それにより運動能力が低下するということがいわれている。ミトコンドリアは運動のときに使うエネルギーだ。それが減るということは、身体は大きいがエネルギーが足りないので運動能力が大幅に低下する。
二つ目に、IGF-1が増える可能性があることも指摘されている。IGF-1というのは「Insulin-like growth factor 1」という成長ホルモンだが、この成長ホルモンの抑制をしないということなので、IGF-1がずっと作り続けられる可能性がある。このなにが問題かというと、IGF-1は男性の前立腺がん、女性の乳がんを増やす物質としてよく知られている。だから、もしこれがマッスル真鯛に含まれていたとすれば食品として大きな問題になる。
三つ目は、ゲノム編集によって脳の働きにも影響があるとわかっている。別の論文だが、魚は温度変化にストレス対応をするが、その対応ができなくなる。ミオスタチンを壊すと、筋肉量はオスでは増えるが、メスではそれほど太らないという研究結果もあった。さらに、ナマズの実験だが、ミオスタチン遺伝子を壊すと稚魚の生存率が低下する研究結果もあった。
続いて、「巨大(成長促進)トラフグ」について。ふるさと納税の返礼品に使って問題になったが、巨大トラフグは通常の約2倍に成長する。食欲抑制ホルモン「レプチン」は受容体にくっつくことで機能するが、この巨大トラフグはレプチン受容体をつくる遺伝子を壊して育てたものだ。そうするとレプチンが働かなくなる。レプチンは肝臓などの脂肪細胞で生産されるが、エネルギー消費が増大し、飽食シグナルといわれている。
実はレプチン受容体は、脳の働きで非常に複雑な反応が起こることがわかっている。【図1】は魚のレプチンの構成と働きの模式図だが、ブドウ糖や脂肪といったエネルギーの大きいものを食べるとそれが合図になって肝臓でレプチンがつくられる。それが脳の視床下部に働いて食欲を抑制する。ただ、食欲抑制というのはいろいろな働きのなかの一つにすぎない。実際には、塩分濃度の変化に対する対応、水温、酸素濃度の変化にも対応できるようにレプチンが働いていることがわかっている。
これは哺乳類の研究で、レプチンが脳のなかのどういうところに働くかということが示された絵【図2】だが、要約すると、繁殖能力や運動能力にかかわっていて、単に食欲が減るということだけではない。食欲が減るというのはそうしたなかの一つに過ぎない。
まとめると、巨大トラフグは体は大きいが重篤な病気を抱えているといわざるをえない。別の論文では、オスの生殖能力が劣化すること、その子孫はどうなるのか、自然界に逃げた場合の影響、天然のトラフグと交配した場合になにが起こるか、といったことも大きな問題としていわれている。
例えば、よく知られた話だが、魚のメスは大きなオスを交配相手に選ぶ。もしそうなるとその子どもは問題のあるオスとの子になるので、どのような問題になるのか、まだ全然わからない。
つい数日前カナダの報道だが、遺伝子組み換え(GM)サーモンをつくっていたアメリカのAquaBounty社がカナダでの生産を停止した。遺伝子組み換えでつくったサーモンは、遺伝子に人間の成長ホルモンの遺伝子を組み込んでいる。成長ホルモンは稚魚のときにつくられて大きくなるとつくられなくなるが、成長ホルモンの遺伝子のスイッチを工夫して一生つくり続けるようにした。だからどんどん大きくなっていく。ただ、このサーモンは繁殖能力が弱いということもわかっていて、この大きなサーモンに通常の天然のメスが交配すると、子どもがうまく生まれなくなり、22世代すると世界の海からサーモンがいなくなるという論文も出ている。この大きなサーモンのなかにIGF-1が多く含まれていることもわかっている。
アメリカのつい最近のニュースだが、遺伝子組み換えサーモンは当初カナダで捕った天然のサーモンの卵に遺伝子組み換えのオスの精子で受精させ、稚魚を南米の山中で養殖する予定だった。しかし南米の人たちの反対にあい、実際にはアメリカ国内やカナダで養殖したようだ。それに対し、アメリカの漁業者たちが連邦地裁に裁判を起こしたようだ。
その結果、2020年に連邦地裁が遺伝子組み換えサーモンの環境に対する影響に関し、認可を出したFDA(米食品医薬品局)に対し、環境影響評価をやり直すようにとの判決を出していたのがニュースになっている。そういうこともあり辞めざるをえなかったのだろう。
簡単にいうと、ゲノム編集によって他の遺伝子に与える影響、標的機能以外の細胞の働きに与える影響、環境と健康に与える影響を確かめる必要があるということだ。
マーカー遺伝子は、ゲノム編集や遺伝子組み換えをやるときに絶対必要な目印の遺伝子だが、外来遺伝子(抗生物質耐性遺伝子)であるため、残ってはいけない。アメリカで角のない牛をゲノム編集でつくって商品化しようとしたときに、FDAの研究者がこの牛のDNAの全構造を決定した。すると抗生物質耐性遺伝子が2種類入っていたということで、商品化を断念したいきさつがある。こういうマーカー遺伝子というのは健康に対する影響が非常に大きいので、あってはならないことだ。日本政府は戻し交配等で除去すべきだといっているが、チェックは義務化していないし、誰もなくしたかどうかはわからない。
「ゲノム編集は自然突然変異と同じ」というのはよく専門家もいわれるし、京都大学の方もいっているが、自然突然変異とはまったく違うというのが私の考えだ。まず第一にオフターゲット。類似塩基配列が同時に壊れるということは自然突然変異では絶対にありえない。そして、ゲノム編集ではDNAの二本鎖が同時に切れるわけだが、自然突然変異では通常は片方だけでよっぽど高濃度の放射線を当てなければ同時に切れることはない。
そして三番目が一番大事だ。つい最近のゲノムレベルの進化論の研究でわかったことだが、遺伝子はタンパク質のアミノ酸配列に対応している「エキソン」という配列と、アミノ酸配列に対応していない「イントロン」という配列が交互になっている。突然変異自体はランダムなのでこれらの両方に起きるが、今働いている「エキソン」というのが速やかに修復する。しかし、「イントロン」は突然変異がそのまま残る。それがなにか新しい機能を獲得した場合に進化の原動力になるということが最近の研究でわかっている。しかし、ゲノム編集は今働いている「エキソン」を壊すので、そういう意味では進化に対する干渉だということがいえる。
ゲノム編集は特定のターゲットを効率よく壊すということ以外は遺伝子組み換えと変わらない。やはり、安全審査と表示義務が必要だというのが私の結論だ。
■行政と企業は市民への情報公開と説明を 市民団体が活動報告
専門家二氏の報告ののち、宮津市の市民グループ「麦のね宙ふねっとワーク」の井口裕子氏、矢野めぐみ氏が宮津市でのゲノム編集魚をめぐる市民レベルの活動について報告した。
まず両氏は、この日に「ゲノム編集とらふぐをふるさと納税返礼品から削除し、海上養殖は絶対にしないでください!」署名を城﨑市長宛てに提出してきたことを報告。要望として、返礼品から削除すること、海上養殖をさせないことに加え、ゲノム編集について市民への説明会の開催、そこで市も一緒に学ぶこと、さらにリージョナルフィッシュ社を宮津市民みんなが応援しているような広報はやめることを強く求めている。
署名は2022年4月20日~2023年2月12日までおこない、用紙・オンラインあわせて1万661筆が集まった。女性の賛同が多く、トラフグで有名な山口県からも相当数の署名が寄せられたという。
14日の提出のさいには城﨑市長はあらわれず代理の担当者が受けとったという。この不誠実ともとれる対応についても参加者からは憤りの声があがった。
両氏は、農業分野におけるゲノム編集作物問題を通じてOKシードプロジェクトを知り、事務局長の印鑰智哉氏の発信により、宮津市でゲノム編集したトラフグ事業がおこなわれていること、市がふるさと納税の返礼品にしていることを初めて知った。
リージョナルフィッシュ社のホームページでは、「食料危機を救う」「サステナブル」など耳障りのよい言葉がたくさん並んでおり、危険性などはないのかを直接聞きたいと思い市に問い合わせたが、市役所も教えてくれず、地元の漁業者も知らず、その後グーグルマップで関西電力の敷地内にあることを知った。このとき同社は問い合わせに応じていたが、その後“個人的な連絡をしないでほしい”といわれて、その後一度も話はできていないという。
同社には事前相談の時期に農水省から職員が来ており、こうしたことからも国が進めたい事業であることが伝わってきた。安全審査をした学識経験者が誰なのかも答えがない。ふるさと納税の返礼品に選定したのはどういった経緯なのかも答えがない。その後の情報公開では、なにも議論しておらず出されたものを受け付けたということが明らかになり、不信感はさらに募った。
宮津市の「どこでも市長室」という制度を使って一度話をしたが、その後「対応済み」ということで市長は出てこなくなったという。
市民に知ってほしいとの思いから、「食の安全を守る人々」の上映会を開いたり、山田正彦氏や印鑰智哉氏、河田昌東氏を呼んでゲノム編集トラフグや食の安全について考えるイベントをおこなってきた。市民の前で安全性について話してほしいと同社や市にも声をかけたが来ることもなく、返事もなく、電話しても“必要なものにしか連絡しない”というスタンスだった。
井口氏は、「最先端の遺伝子操作をやっている会社がなにも答えてくれないことに私たちはとても不安に思っている。(リージョナルフィッシュ社の)社長さんから、お金がたくさん集まったので他のゲノム編集の会社にもこの宮津市の施設を使っていいよという話が出ていた。しかしこの施設は京都府から助成金が出ている。税金を使って建てたにもかかわらず、他のゲノム編集の会社にも使わせるのもおかしい。そのことに関しても宮津市はまったく知らなかった」と不信感をのべた。
ふるさと納税でのゲノム編集トラフグの売上は、2021年度は45件(135万円)、2022年度(12月現在)は56件(168万円)。両氏は、「宮津市は地魚があるのに、どうしてこんな魚を市が推すのだろうか」と疑問を呈したうえで、ゲノム編集でない作物にステッカーを張って安全なものを表示しようというOKシードプロジェクトの活動にならい、魚を扱う居酒屋などに“ゲノム編集魚を使っていません”というステッカーを張ってもらう活動にとりくんでいることを報告した。こうした背景には事業による環境汚染や、なにか起きたときの風評被害などの不安がある。リージョナルフィッシュ社の養殖場の目前に広がる栗田湾は、大きな真鯛の釣れる釣り船の聖地でもあるからだ。
井口氏は最後に、「私たちの願いとしては、公平な説明をしてほしい。情報公開もしてほしい。表示もしっかりとしてほしい。消費者は、食べたくない、食べさせたくない、つくってほしくない、声をあげることが大事だと思っている。私たちの次にステップとしては、この問題を考えてくださっている議員さんたちと議会でお話する機会をもっていただきたいと思い、請願を出す予定にしている。今は京都だが、今からプラントが全国につくられる可能性がある。みなさんも自分が住む地域の問題と思って、考えていただければありがたい」とのべた。
宮津市からの報告の後、リージョナルフィッシュ社がゲノム編集事業をおこなうために進出を予定しているインドネシアから、日本消費者連盟国際委員会の廣内かおり氏のメッセージが紹介された。すでに多くの問題が指摘されているゲノム編集魚のプロジェクトを進めることについては現地の農漁業者をはじめとする人々のなかで不安と懸念が広がっていること、また同社がそうした不安に応える真摯な対話をしてこなかった事実をのべ、そうした事業が「地域に貢献することはできない」と指摘し、事業の再考を求めた。