秋田県で洋上風力発電に反対している由利本荘・にかほ市の風力発電を考える会とAKITAあきた風力発電に反対する県民の会は、7月23、24の両日、由利本荘市で「ふるさとの自然と風車写真展」を開催した。同時にその場で、映像による学習会として、ポルトガル・ルソフォナ大学教授のマリアナ・アルヴェス・ペレイラ博士の講演会「低周波音による健康被害」を流した。ペレイラ博士は低周波音の健康被害について30年間研究してきた科学者で、低周波音が頭痛やめまい、不眠を引き起こすだけでなく、人体全体に影響を与えて、心膜や血管の肥厚を引き起こし心筋梗塞や脳梗塞などの原因になっていることを明らかにした。こうした分野の研究は日本ではほとんど進んでいない。政府・環境省は、風力発電の被害は騒音の問題であり、耳に聞こえない低周波音との因果関係は認められないといっているが、それを科学的な根拠をもって否定する内容となっており、注目される。
由利本荘・にかほ市の風力発電を考える会とAKITAあきた風力発電に反対する県民の会は、秋田県沖が再エネ海域利用法の促進区域に指定され、洋上風力建設のターゲットになっていることから、この間、学習会や署名運動、県や市に対する陳情にとりくむとともに、すでに稼働している風車の健康被害についての聞きとり調査をおこなってきた。
そのなかで開かれた「ふるさとの自然と風車写真展」には、23、24の二日間で200人以上が参加。同じ会場で映像による学習会もおこなわれた。
解説を担当したのはサイエンスライターの山下友宏氏で、ペレイラ博士と連絡をとって講演会の映像を使用することの承諾を得た。講演会はスロベニアで、科学者を対象におこなわれたもの。ユーチューブでも見ることができる。https://youtu.be/txUVdMkVsew 以下、その要旨を紹介する。
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私はニューヨーク州立大学で物理学士、フィラデルフィアのドレクセル大学で医用生体工学修士、そして新リスボン大学で環境科学博士の学位を取得した。騒音から細胞、健康までカバーする学問を学んできた。
まずはじめに、病気の原因となる低周波音・超低周波音(以下、低周波音と略)についてお話しする。低周波音は空気を通して伝わる圧力波だ。その周波数は常に一定のものではなく、時間の経過で変化する。振幅も変化する。
音圧は、単位面積当たりの力であらわされる。WHO(世界保健機関)は「生物によらない機械的な力」と呼んでいる。耳に聞こえようが聞こえまいが関係ない。ここが低周波音の難しいところだ。耳に聞こえる騒音と低周波音はどこが違うのだろうか。
基本的には、波のピークとピークの間の長さが違う。低周波音はピークとピークの間がとても長い。一方、耳に聞こえる周波数の音(可聴音)は、それが短い。
たとえば耳によく聞こえる3000ヘルツの音の場合、ピークとピークの間の長さは数㌢㍍だ。人間の聴覚で聞こえる一番低い20ヘルツを見てみると、ピーク間の距離は17㍍だ。
騒音を防ぐために壁を作ろうとすると、その騒音の波長と同じ厚さが必要になる。20ヘルツの騒音を防ごうと思ったら、17㍍の厚さの壁が必要になる。さらに騒音が1ヘルツだった場合、343㍍の厚さが必要だ。低周波音の問題はここにある。低周波音は壁を突き抜け、地面も突き抜ける。だから人間の健康にとって問題となるのだ。
私たちの目に見える光についてはよく知られており、とても細かく分類されている。紫外線、エックス線、ガンマ線といった目に見えないものもある。目に見えなくても、私たちの健康には影響する。
音も同じことだ。音の場合、可聴音、低周波音、超音波がある。私たちの研究チームは、耳によく聞こえない低周波音を研究している。低周波音研究の難しさは、音の場合、聞こえる音と聞こえない音がいっしょくたにされていることにある。音の場合、可聴音と低周波音があっても、光線のように細かく区別されているわけではない。身体の組織によって、影響を受ける周波数が違う。低周波音の人体への影響を研究するうえで、ここが大きな問題だ。
古代ギリシャの時代から、大きな音が聴覚にダメージを与えることはよく知られている。これまで人類は可聴音から身を守ることに一生懸命になってきた。人間の話し声は、だいたい500ヘルツから1万ヘルツの間だ。このあたりの周波数の騒音から耳を守ることだけを考えてきたわけだ。
そして騒音から守ろうとしてきたのは、聴覚だけだった。身体そのものを守ろうとはしてこなかった。また、これまでずっと、耳に聞こえない音は身体に害を与えないと考えられてきた。だが、エックス線は目に見えないが、人体に害をおよぼす。そもそも五感で認識できるものだけが身体に害を与えるという考え方は間違いだ。ウイルスは目に見えない。目に見えなくても人体に有害な物質はたくさんある。騒音に関してだけ、耳に聞こえる音だけが有害というのはおかしな理屈だ。
騒音を測定するときに使うA特性は、騒音から聴覚を守るために考え出されたものだ。A特性で測定した場合、1000ヘルツから1万ヘルツでは、測定値と実際の大きさとの差はゼロだ。目的が騒音から聴覚を守ることなら、A特性になんの問題もない。
しかし10ヘルツまで下がってみると、測定値は実際の音の大きさより70デシベル少ない。100ヘルツ以下(低周波音の領域)では、A特性はまったく不正確だ。こうしたやり方で「聞こえないんだから害はないですよ」といって正当化している。
だが、実際には人体に害が出ている。この実際の音の方は世界中、どこの国の法律でも考慮されていない。ただロシアには、都市部に限って超低周波音に関する法律がある。
最近、私たちのチームは新しい測定機器を使い始めた。今はこの機器を使って平坦特性で測定している。これを使うと低周波音領域でも測定値と実際の音のレベルの差はゼロだ。これが病気の原因を突き止めるための科学的な手法だ。これで測定すると、耳に聞こえる騒音は同じでも、人体はもっと大きな音響エネルギーにさらされていることがわかる。
風車によってミンク大量死 デンマークの農家
次にデンマークのミンク農家について話す。高級なコートにする、あのミンクだ。その農家が風車の低周波音にさらされた。もはや住居には誰も住んでいない。所有者はミンクの世話をするためにここに通っている。
私たちは二カ所で騒音測定をおこなった。古いタイプと新しいタイプのミンク小屋の2カ所だ。グラフは、右が風車が回っているときで、左が回っていないときだ【グラフ①参照】。
法律が定めている測定方法(A特性)で計ると、黒い部分だけが測定された。普通、騒音測定といえばこれしか使わない。風車が回っていてもいなくても、A特性ならたいした違いはない。回っているときの方が大きな音響エネルギーにさらされているわけだが、これではそれはわからない。平坦特性で測定したのが灰色の部分で、これが実際に存在する音響エネルギーを示している。
さらに私たちが使っている新しい測定機器は、0~600秒まで、つまり10分間の時間の経過をあらわすことができる。風車が回っているときと回っていないときの10分間の音響環境の変化をあらわす図を見ると、風車が回っている方の図は黄色から赤になっている(赤になるほど音が大きいことを示す)。
そして、黄色い部分は「フーッフーッフーッ」と断続的な線になっている。私たちは、生物の反応を見るうえで、このパルスが重要だということを発見した。
風車騒音は周期的だ。これは数学でいうとハーモニックシリーズ(調和級数)に当てはまる。そして、自然界にある音がハーモニックシリーズになることはない。
空軍基地で振動音響病多発 ポルトガル
次に振動音響病について話す。私は振動音響病にかかわって30年になる。この研究はどうやって始まったか。
1980年にカステロ・ブランコ博士がポルトガル空軍基地の主席医務官に就任した。博士は基地内の様々な場所に行って、そこで働いている人の健康状態を調べた。
飛行機はメンテナンスが終わると試運転をしなければならない。飛行機が動かないように固定して、エンジンのテストをする。その最中、たくさんのスタッフが飛行機の周りでチェックリストを手に観察する。
ある日、博士はこの試運転の様子を見ていた。すると突然、一人のスタッフがフラフラと飛行機のエンジンに向かって歩き出した。その人は他のスタッフにとり押さえられた。試運転が終わると、博士はスタッフに「さっきはなにが起こったのか?」と尋ねた。するとスタッフは「ああ、よくあることなんです。なぜかはわかりませんが。1960年代にはとり押さえそこねて死んだスタッフがいましたよ」と答えた。博士は驚いていった。「そんな病気を持ったスタッフが働いているんですか」
ポルトガル空軍基地は1918年に作られた。1950年以降に勤務したすべての人の病歴は、基地の医療センターに保管されていた。博士はその資料に目を通し、そこで働く人の10%が遅発性てんかん(大人になってから発症する)と診断されていたことがわかった。全人口に占めるてんかんの割合は0・2%だ。
飛行機のような巨大な機械の仕事をする人が、てんかん発作を起こすようでは困る。そこで1980~1986年に調査がおこなわれた。ブランコ博士は病理学者で、解剖して組織を顕微鏡で調べるのが仕事だ。彼は死因を解明するために遺体を解剖したいと考えた。解剖の重要性をよく理解しているスタッフがいて、解剖に同意すると遺書に書いた。1987年、そのスタッフが死に、ブランコ博士は解剖をおこなった。
その結果、腎臓と脳に腫瘍が見つかった。それまでの検診では見つけることができなかった腫瘍だった。もっとも驚いたのは、梗塞で心臓発作を起こした傷跡が11もあったことだ。そして12回目の発作で亡くなった。12番目の傷跡は2㍉㍍以下で、通常は梗塞の傷跡と見なさない小さなサイズだった。さらに通常では考えられないことだが、心臓血管構造の異常な肥厚が見つかった。
そして心膜と呼ばれる部分も肥厚していた。心臓の膜である心膜はとても薄く、正常な心膜の厚さは0・5㍉㍍未満だ。ところが低周波音に暴露した患者は、心膜が2・3㍉㍍にもなる。
これは心臓手術を受けた患者の心膜の写真だ【写真①参照】。2人とも心臓血管に異常があった。左の人は騒音が原因ではなく、右の人は騒音が原因だった。心膜が異常に肥厚していることがわかる。
心臓血管構造の肥厚は、心膜だけに起こることではない。血管でも起こる。血管の壁で起こる。血液が流れる血管の壁は本来は薄いものだが、それが肥厚する。動脈の壁がどんどん厚くなると、動脈は閉じてしまう。低周波音に暴露した患者は、血管の中にコレステロールがたまったのではなく、壁が肥厚した結果、閉じてしまうのだ。たとえば冠状静脈はとても小さくて、すぐに詰まってしまう。だから、このスタッフの場合、11もの梗塞の跡があったのだ。そうなるともう血液が流れないから、問題が起こるわけだ。
この肥厚はコラーゲンとエラスチンが異常に増えたために起こると私たちは考えている。専門用語で形態形成という。そこにあるはずのない組織の発達という意味だ。これが低周波音のせいで起きているとは、最初は思いもよらなかった。身体全体が「生物によらない機械的な力」にさらされたために、身体がその力に対抗しようとして起こったのだ。
1999年、この病気の進行の仕方について研究することになった。306人の航空技術者のグループを基本に、心臓血管病、糖尿病、連鎖球菌感染症がある人、精神安定剤を服用している人は除外し、残った140人の男性が研究対象になった。その140人が4年間、エンジンテストで低周波音に暴露され続けると、70人以上(50%以上)が気管支炎を発症した。10年の暴露で、70人以上が血尿を発症した。
もう一つ重要なことは、症状が蓄積していくということだった。気管支炎にかかっている状態で、さらに鼻からの出血やひどい筋肉痛が加わるのだ。血尿も止まらない。
患者がもし女性なら、なにが起こるか? 「ああ、お子さんが巣立ってヒマなんでしょ。ネットで調べて、病気だと思い込んでいるだけですよ」。
これはアイルランドのダブリンの法廷で、振動音響病を発症していた52歳の女性が実際にいわれたセリフだ。
呼吸器の病理学について。これまでにのべたのは、航空技術者に起きたことだった。つまり職場での騒音暴露だ。そして喫煙者も非喫煙者も同様に呼吸器の病気になった。それを解明するためにラットによる実験をおこなった。人と同じ条件にし、1日8時間、週5日間暴露し、週末は暴露しないようにした。
ここでもまた、肥厚が起きていた。今回は肺の壁の肺胞だった。酸素と二酸化炭素を交換するところだ。ラットはタバコを吸わない。これは騒音のせいで起きたことだ。また、気管の空気が通るところには繊毛と刷毛細胞があるが、騒音に暴露したラットは繊毛がなくなっていた。騒音に暴露されると、刷毛細胞は徐々にくっついて結合し始め、さらに結合してついには死んでしまった。
ラットの耳の中も調べてみた。音が聞こえると、基底膜が動き、それにつれて繊毛が振動して、その上の蓋膜に触れるために、聴覚神経に情報が伝わる。これは正常な耳の機能だ。人もラットも歳をとると耳が遠くなるが、それは繊毛がなくなるからだ。では、騒音に暴露されるとどうなるか。繊毛と蓋膜が結合してしまっている【写真②参照】。繊毛同士も結合している。
この状態で音が聞こえれば、基底膜が動くが、引っ張られて自由に動くことはできない。そこで私たちは、低周波音に暴露した人が騒音に大変敏感になるのはこのためではないかと考えた。心因性のものではなく、器質的基盤がある(器官が損傷して病気になっている)ということだ。
低周波音に暴露した人は聴覚に影響を受ける。この聴覚の異常は、大きな音を聞いて難聴になる異常とはまったく異なる。難聴の人はテレビのボリュームを上げるが、低周波音暴露の人はボリュームを下げる。少しの音も我慢ならないからだ。
正常なラットの場合、「チュッ」という音を嫌がり、キョロキョロと警戒する。ところが低周波音に暴露されたラットは、「チュッ」という音に震え上がり、後ろ足で立ってひっくり返った。低周波音暴露の場合、てんかんの発作とよく似た反応を示す。
低周波音暴露の患者は、「朝、起きたとき疲れている」とか「騒音が我慢できない」とよくいう。音楽もだ。騒音が耐えられない人たちは社会から孤立する。スーパーでは冷蔵庫や冷凍庫の音が耐えられない。
「家の中で体調を崩した」 穀物倉庫の低周波音
さて、住居内の暴露ではなにが起こるだろうか。当初私たちは、低周波音に住居内で暴露したと訴える患者に対し、非常に懐疑的だった。私たちは航空産業について研究していたので、家の中なんてそんなすごい騒音が聞こえるわけないじゃないと思っていた。
ところが2000年、電話をかけてくる人が何人かいた。「家の中の騒音で体調を崩した。どうしても来てください」。行ってみるとその家に住む人たちは航空技術者と同じ騒音にさらされていた。場所はポルトガルのリスボン、テージョ川の近くだ。家のベランダから見ると、巨大な穀物倉庫が川の向こうに建っていた。アームが伸びてきて横付けされた船から穀物を吸い上げてサイロに保管したり、反対にアームが穀物を吐き出して船に積んだりしていた。家の中で測定してみると、騒音レベルはとても低かった。しかし医学的な診断テストをやってみると、航空技術者と同じ症状だとわかった。
この家に住む女性は妊娠していた。工場や飛行機に対し、夜10時か11時以降は稼働を禁止せよというEU指令があるが、この女性が妊娠したのは、このEU指令ができる前だった。穀物倉庫は1日中稼働していた。調べてみると、仕事中の暴露に比べて家の中での暴露は、振動音響病の臨床ステージの上がり方が速いことがわかった。時間経過による重症化が速いのだ。家の中では睡眠をとるし、滞在時間も長いので、暴露する時間が長いからだ。家の中では逃げ場がない。
次は風力発電の低周波音被害の話だ。これは私たちが2007年にはじめて発表した風車騒音のケースだ。
被害者の自宅から800㍍のところに風車が4基建っている。4基は2006年11月に稼働開始した。2007年3月、両親は息子の学校の教師から手紙を受けとった。「お子さんになにかあったのですか? 優秀だったのに、成績がどんどん落ちています。やる気がなく、体育の時間も元気がありません。ちゃんと睡眠をとっていますか?」。風車の稼働から6カ月、両親も体調を崩していた。
そこで私たちが呼ばれ、低周波音の測定をした【グラフ②参照】。測定場所は寝室だ。こういう場合、普通は家の外で測定する。でも外で寝る人はいない。食べたり生活したりするのは家の中だ。人体への影響を知ろうと思えば、家の中を測定すべきだ。
被害者は風力発電の会社を相手に裁判を起こした(2007年)。2013年、ポルトガル最高裁判所は4基すべての稼働停止を命じた。四基は停止になったのだが、事業者はそれまでに新しい風車を建てていた。被害者はそれ以上の裁判をするお金がなくなった。デンマークのミンク農家と同じように、被害者もこの家を出たが、馬の世話のために通わなければならなくなった。
すると、置き去りになったすべての馬がボクシーフット(屈曲肢変形)になった。風車が稼働するまではなんともなかったのに。子馬のときに連れてこられた馬もなっていた。先天性ではないのだ。
最後にお見せする写真はショッキングなので、あまり講演会ではお見せしないものだ。きょうお越しの皆さんは科学者なので、情報提供のために見せる。
これは妊娠中に低周波音に暴露したラットの、奇形の胎児だ。これはミンク農場で、死亡したミンクの胎児を詰め込んだ冷蔵庫だ。弁護士が、低周波音被害の証拠として保存するようにいったそうだ。通常、ミンクがこんなに大量に死亡することはない。被害者の男性は、30年間ミンクの飼育をしてきてはじめてだそうだ。
これは風車が原因ではないが、母親が低周波音に暴露したひよこの胎児だ。生育不能卵だった。低周波音のためにそうなったのだ。
次はドイツの話だが、被害者宅から2㌔㍍の範囲にたくさんの風車が建っている。被害者がここに来たときは、高さ70㍍の小さい風車が2基だけだった。今稼働しているのは2300㌔㍗なので、それよりずっと高い。眺めのいい寝室は使っておらず、今は地下の倉庫を寝室にしている。低周波音が耐えられなくて、倉庫を寝室に作り替えたのだ。
最後はアイルランド。この家にはもう誰も住んでいない。風車の低周波音のせいだ。ここで暮らしていた9歳の息子がてんかんと診断された。さらに19歳の息子はPTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断された。先に紹介したデンマークのミンク農家の主人もPTSDと診断されている。
以上、気の滅入るような内容だったが、30年以上の研究の結果得られた科学的事実である。