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「再論:ウクライナ戦争を1日でも早くとめるために」 ロシア研究者や国際政治学者らがシンポジウム開催

  ロシア研究者や国際政治学者などでつくる「憂慮する日本の歴史家の会」は4月29日、オンラインシンポジウム「再論:ウクライナ戦争を1日でも早くとめるために――憂慮する歴史家があらためて訴える」を開催した。「ウクライナ戦争の現段階、停戦協議の到達点と展望」について、ロシア・東欧政治研究者の伊東孝之(早稲田大学名誉教授)、松里公孝(東京大学教授)、元国連職員の伊勢崎賢治(東京外国語大学教授)、また「米国の新しい戦争のはじまりか、日本の立場は」をテーマに、国際政治学者の羽場久美子(青山学院大学名誉教授)、ロシア史研究の和田春樹(東京大学名誉教授)、富田武(成蹊大学名誉教授)の6氏が講演。ロシアによるウクライナへの侵攻開始から2カ月が経過するなかで、現状をどのように捉え、停戦に向けていかに行動するべきかを専門的知見を交えて論議した。

 

 はじめに藤本和貴夫・大阪大学名誉教授(ロシア史)が「ウクライナ戦争は決定的な節目にさしかかっている。ここで停戦に向かうのか、新しい戦争の本格的開始となるのか。それはこの戦争を見守っている世界の人々がどのように考え、声を発するかにかかっている」とのべ、3月15日の第1回シンポジウム後、3月16日に外務省、3月24日に駐日ロシア大使、4月18日に駐日インド大使と面会し、停戦仲介を求める同会の声明を手渡すとともに意見を交換したことを報告した。

 

インド大使館を訪問した憂慮する歴史家の会メンバーとインド大使館職員(中央が和田春樹氏、その右から順に富田武氏、伊東孝之氏、左から二人目が羽場久美子氏)同会HPより

ウクライナ戦争の現段階を考察

 

 シンポジウムでは、まず「ウクライナ戦争の現段階、停戦協議の到達点と展望」として、伊東孝之(早稲田大学名誉教授)、松里公孝(東京大学教授)、伊勢崎賢治(東京外国語大学教授)【別掲】の3氏が報告した。

 

 伊東孝之氏(東欧現代政治史)は、ロシアの「特別軍事作戦」の目的である「ウクライナ東部同胞の保護」「非軍事化」「非ナチ化」「領土獲得」などの実現可能性を探るとともに、停戦交渉の道筋について考察した。報道によれば、両国の停戦交渉(オンラインも含む)は2月28日から7回にわたっておこなわれ、6回目(3月29日)のトルコ・イスタンブールでの外相会談では、「ウクライナのNATO非加盟、EUへの加盟承認、中立国としての安全保障の確立とともに、ドンバス(ウクライナ東部2州)の帰属問題は両首脳で協議を続け、同じくクリミア問題も15年先延ばしで解決するという提案がウクライナ側からなされ、ロシア側も好感を示した。ところが北部戦線から東南部戦線へ焦点が移り、ブチャ事件などの人権問題が浮上した。イスタンブール交渉でウクライナ側は、国連常任理事国、ドイツ、イタリア、トルコ、イスラエル、ポーランド、カナダを安全保障国として正式提案し、ロシア側も好意的に捉え、多くの国も原則同意した。だが米英は消極的だった。このあたりからゼレンスキーにも迷いが生じ、再び混乱に入っている」と解説した。

 

トルコ・イスタンブールでの停戦交渉会議(3月29日)

 松里公孝氏(ロシア・東欧現代政治)は、ロシアの軍事政治指導部内に、ロシアの作戦行動をウクライナ全土(キエフ急襲)で展開しようとする立場と、ドンバス2州に集中すべきであるとする立場の対立があったが、開戦後に展開された全土作戦で望ましい戦果が挙がらなかったことからドンバス集中派が強くなり、戦争は「第二局面」に移行したとする見解を示した。

 

 「4月3日にブチャ事件が起きたため、ウクライナ側はイスタンブール和平交渉の内容を『ちゃぶ台返し』した。このブチャ事件も謎の多い事件であり、この事件とちゃぶ台返しの因果関係は、どちらが原因で、どちらが結果だったのかはわからない」とした。

 

 また「ウクライナ側に目を転じると、開戦時のウクライナ側の選択肢としては、①ドンバスから撤退し、ハリキフ~ドニプロ~ザポリッジャの線に第二戦線を形成する、②マリウポリおよびドンバス西部に立て籠もるという二者択一があったが、ウクライナ指導部は②を選んだ。マリウポリを維持することはできなかったが、ドンバス西部では地歩を守り、ドネツク人民共和国に厳しい砲撃を浴びせ続けている。しかしこの成功は、ロシアが戦力をウクライナ全域に拡散したおかげであって、ウクライナ自身の手柄ではない」とのべ、「ウクライナ軍が籠城戦にこだわる傾向があるのは、軍が分権化しており、キエフから中央集権的な戦争指導ができないからであって、第二局面でも籠城主義が容易に克服されるとは思わない」と指摘した。

 

 現在、ロシア軍は、占領したドンバスに対するウクライナ軍砲撃の補給路を絶つための南部のヘルソン(クリミアの水源地)も占領し、黒海沿岸の要衝オデッサにも手を伸ばしており、ウクライナ軍が籠城するドンバス西部が「第二の釜」となり、両軍の決戦が間近に迫っているとのべた。

 

 そして「西側の軍事専門家に共通する問題は、(ドンバスの)人民共和国軍を独立したファクターとして扱わないことだ。そのため、ドンバスがウクライナの他の地域とどこが違うかという基本的な問題が見えなくなっており、人民共和国軍とロシア軍の絡み方次第で、この連合軍のモチベーションは上がりも下がりもするということを看過している」「第二の問題は、ウクライナ軍の戦力や状況がわからない。おそらくウクライナ指導部にも、ウクライナ指導部を指導しているアメリカ軍部にもわかっていないのではないか。2014年以来ウクライナで形成されてきた軍は、正規軍、地域防衛、私兵が混交した奇妙な組織であり、中央集権的な参謀組織があるようにも見えない。統計に関心がないらしく、自軍の損害も、敵に与えた打撃もきちんと計っていない。ときどき思いついたように発表される数字は常に千単位の概数である。ロシア軍を相手にして、これで戦っていられるのが不思議なほどである」と指摘。

 

 ロシア軍は全兵力をドンバスに集中する必要を感じるほど追い詰められておらず、ウクライナ南部におけるロシアの占領政策は、「クリミアの安全保障ベルトおよび経済的後背地としてヘルソン州の確保」「脱ナチ化」という戦争目的を象徴するものとして、「オデッサでの2014年の放火事件(新政権側が親ロシア派市民を襲撃した事件)の犯人を裁くなど現実的な目的と効用がともなっている」とのべた。

 

米国の新しい戦争か、日本の立場は

 

 第2部では、「米国の新しい戦争のはじまりか、日本の立場は」として、羽場久美子(青山学院大学名誉教授)【別掲】、和田春樹(東京大学名誉教授)、富田武(成蹊大学名誉教授)の3氏が講演した。

 

 「バイデン大統領が推進する米国の新しい戦争」と題して講演した和田春樹氏(ロシア史)は「現在進行中の戦争はロシアとウクライナの戦争であるが、同時にバイデン大統領が推進する米国の新しい戦争になっているのではないかという大きな疑惑がある」として、概略次の様にのべた。

 

*        *

 

和田春樹氏

 ジョー・バイデンは、2009~2017年にオバマ政権の副大統領時代、2014年にウクライナで起きたマイダン革命(ヤヌコヴィッチ政権の転覆運動)の前後にウクライナ問題に深く介入した。彼は副大統領時代に、ウクライナ系ユダヤ人であるブリンケン大統領補佐官(現国務長官)、ヌーランド国務次官補(現国務次官)らとともにウクライナ政策にあたった。2020年の大統領就任後、国防長官に任命したオースチンは、イラク戦司令官、参謀次長、中央軍司令官をへて、退役後は軍需大手レイセオン社(パトリオット・ミサイル製造)の重役に就いており、軍産複合体と密接な関係がある。

 

 バイデンの大統領就任時は、トランプ派と激しく対立し、同時に黒人ジョージ・フロイド事件(警察官による白昼路上殺害事件)による「ブラック・ライブズ・マター」運動が国内で吹き荒れていた。この時、彼は記者会見(2021年3月25日)で「21世紀における民主主義国家と専制国家の有用性をめぐるたたかいだ」とのべ、国内問題の解決についても、習近平など国外の「専制主義者(専制国家の指導者)」との対決を念頭に置いて議論していた。

 

 さらに、2021年8月のアフガニスタン撤兵時にも、彼は中国やロシアの挑戦について語り、「米国がアフガニスタンにもう10年はまりこむことほど彼らにとって望ましいことはない」とのべている。つまり、アフガン撤兵も「専制国家と民主主義の対決」を前提にして、この基本的問題に対処するために必要だと説明している。

 

 同年9月15日、AUKUS(米英豪の軍事同盟)が成立。同24日にはワシントンでQuad(日米豪印の安全保障協力体制)会議が開催され、これの毎年開催を決定するなど新体制を整えた。10月、ロシアはウクライナ国境の軍を10万人規模に増強させた。

 

 このとき米国が戦争を防ぐのであるのならば、ロシアが何を望んで兵力を集結させているのかについて考え、ロシア首脳と協議して戦争行為を回避すべきだった。だが、バイデンはロシアが要求するNATO不拡大への不同意を表明し、「ロシアは侵攻する」と何度も表明し、あえてロシアを挑発するような行動をとり続けた。

 

 ロシアの侵攻開始後、バイデンはみずからは戦争に参加せず、ウクライナ支援として、NATO体制強化のためドイツに7000人増派し、ロシアへの経済制裁、ウクライナへの武器供与の拡大を進めた。さらに重要なことは、戦争に関する発表・情報宣伝戦を官民一体になって推進した。

 

 ロシア軍がキエフに迫っていた3月27日、バイデンのワルシャワでの演説が極めて象徴的だ。彼はそこで「我々はこの戦争に比較的長期間コミット(責任をもって関与)しなければならない」と宣言している。

 

 さらに「直近30年、専制勢力は全地球的に復活した。…ロシアは民主主義を絞め殺し、母国以外もそのようにしようと企てている。…プーチンはあつかましくもウクライナを“非ナチ化”するといっている。犯罪者(ロシア)は、NATOの拡大をロシアの不安定化を狙った帝国的計画だと描き出そうとしている」「帝国再建を狙う独裁者は人民の自由への愛を決して消し去ることはできない。…ウクライナはロシアの勝利の獲物にはならない。自由な国民は、希望のない暗黒の世界に生きることを拒否する。…神のご加護により、この男(プーチン)は権力にとどまることはない」とまでのべている。

 

 これは、米国によるロシアに対する新しい戦争――プーチンを倒せ、米軍は参戦しないが最大限武器供与し、ウクライナ人に戦闘させ、みずからは制裁による経済戦と情報宣伝戦を展開する――の宣言である。

 

 奇しくも2日後の3月29日のイスタンブール停戦協議では、ロシアとウクライナの停戦合意がまとまりかけた。だが、バイデンの演説内容からみれば、ウクライナ側が妥協的ともいえる停戦提案をおこなうことは認められることではなかった。

 

 直後の4月3日にブチャでの虐殺事件がウクライナ当局から発表され、バイデンはこれを理由にして新たな経済制裁を呼びかけ、プーチンを「戦争犯罪人」として国際法廷の用意を呼びかけた。米国から供与される武器も大型化し、これによって停戦会談は空転する事態に立ち至った。

 

 4月5日、ミリー米統合参謀本部議長は「長引く紛争だ」「10年でなくとも、少なくても数年間になるだろう」と下院公聴会でのべ、戦争の長期化を示唆した。4月25日には、オースチン国防長官が「ロシアがウクライナ侵攻のようなことをできない程度に弱体化することを望む」とのべており、米国の戦争目的を「ロシアの弱体化」へと再定義した。現状はこれによって停戦の努力が阻まれているようにみえる。それは即時停戦を求める世界の人々の希望や利益に反するものだ。

 

戦争長期化を防ぐ停戦の具体的道筋を

 

 最後に、富田武氏(ソ連政治史)は、ウクライナ戦争をめぐり、自民党の安保調査会(小野寺五典会長)の提言案は「敵基地攻撃能力」を「反撃能力」に置き換えつつ、相手国の「指揮統制機能」に対しても攻撃できるという内容を加えるなど、「敵国中枢を攻撃することを意味しており、本質的にはもっとひどいものになっている。さらに防衛費GDP比2%(増額)実現や、武器輸出三原則緩和に舵を切っている。ウクライナ戦争の進展によっては、12月までにより強硬な提言案がまとまる可能性がある」と警鐘を鳴らした。

 

 その背景として、国内の言論界に「ウクライナ支援・ロシア非難」の立場をとりながら、戦争の長期化を望む論調があることにも触れ、「いま必要なことは、一部マスコミの無責任な報道や週刊誌の扇情的なキャンペーンに浮き足立つことではない。明日にでも中国の台湾侵攻やロシア軍の北海道上陸が始まるということは冷静に考えればあり得ない。冷静にアメリカの戦略に対処しつつ、停戦の具体的な道筋に向けて、日本政府や国際世論を動かす市民の力が必要だ」とのべ、引き続き粘り強く政治家や世論に訴えを広げていく必要性を強調した。

 

 その後参加者による討論では、ロシア側が主張するドンバス爆撃や、ウクライナが主張するブチャでの「ジェノサイド(大量殺戮)」の信憑性、ロシアによる核兵器使用の可能性についても考察した。

 

 「ジェノサイドには国際法上厳密な定義がある。プロパガンダの議論ではなく、法律的な議論をするのなら、より慎重な立論をするはずだ。双方に国際司法で争うというよりも宣伝効果を狙ったものだ」(松里氏)、「プーチンの核発言は、武器を援助して戦争を継続拡大しようとする欧米への警告とみられるが、今後の推移次第では予断を許さない。第三国への攻撃が始まれば、NATOの行動を呼び起こすことになる。核使用を防ぐためにも戦争の拡大を防ぐことが必要だ」(和田氏)。

 

 また「セルビア空爆のさいにNATOが劣化ウラン弾を使用したことでイタリア兵が被爆し、“米国は欧州に核を使うのか”と大問題になったことからも、ロシアが欧州に核を使用することは考えられない。EUは欧州議会議長が発言しているように、欧州とロシアが戦争することはあり得ないと考えている。ロシアもウクライナを支配したいのであってウクライナを潰したいわけではないので、ウクライナに対して劣化ウラン弾や生物兵器は使わない。問題なのは、ウクライナ東部のウクライナと米国がつくった生物化学兵器研究所の存在であり、これは今後調査される必要がある。基本的に、ロシアに隣接する欧州はロシアと共存しなければならず、1万㌔離れた安全な場所から武器を送る米国とは立場が異なる。プーチンの発言は、欧州に対してではなく米国への威嚇だろう。米国以外は停戦調停の方向に向かっている。トルコに加え、大統領選が終わったフランスでも欧州で力を持つためにマクロンがプーチンと15回も電話会談をやった。これから欧州が米国とは違うドゴール型の独自の解決策を探っていく可能性もある。インドネシアもG20会合で米国のロシア排除提案を明確に拒否しており、アジアや欧州の動きは今後も注視していく必要がある」(羽場氏)などの意見が語られた。

 

リンク:  シンポジウムの全編動画(YouTube)

      憂慮する日本の歴史家の会HP

 

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この記事へのコメント

  1. 太田 龍造 says:

    長州新聞購読者です

    全国紙どこも経済制裁・悪玉論一辺倒のなか、毎回貴重な記事の掲載ありがとうございます

    憲法記念日や沖縄返還記念日などどこ吹く風とばかりに日々報道される憲法改正・日米同盟強化・反撃能力に核保有と、好戦的ムードに押し流されない様、今後も購読を継続していきます

  2. 小林正治 says:

    ロシアの肩を持つつもりはないが、あまりにも眉唾の戦術論に傾いたマスコミ報道に疑問を持ち、この戦いに至った背景は?と探るうちに長周新聞の記事、コラムにたどり着きました。冷静で曇のない目で見た記事にマスコミの良心と、冷静な理性的判断力を持った人達のおられることがわかりました。

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