1996年に始まった遺伝子組み換え作物の拡大が壁にぶつかった。その原因は複数にわたるが、市民が遺伝子組み換え食品を拒絶したことが大きい。遺伝子組み換え企業は再編を余儀なくされ、世界の6大遺伝子組み換え企業は4社に再編成された。そして、この行き詰まりを打開する技術として彼らが希望を託すのが、ゲノム編集食品である。
ゲノム編集食品は新たな遺伝子組み換え
このゲノム編集食品とは細菌由来の遺伝子CRISPR-Cas9(クリスパーキャスナイン)などを使って、生物が持つ特定の遺伝子を破壊することでその本来の性質を変えたものだ。たとえば成長のブレーキをかける遺伝子を破壊することで収穫量の多い小麦やGABA成分の生成に抑制をかける遺伝子を破壊することでGABA成分の多いトマトが作れる、という。
ただ、従来の遺伝子組み換え食品と異なるのは、従来の遺伝子組み換えの場合は挿入した遺伝子をずっと生かすことを前提にするのに対して、ゲノム編集では遺伝子を破壊した後は挿入した遺伝子が不要になるということだ。遺伝子を破壊した後に、ゲノム編集をしていないものと戻し交配することで作られた新たな世代から挿入した遺伝子が含まれないものを選ぶことで、外来の遺伝子を入れていない状態になるというのだが、遺伝子操作していることに変わりはない。実際に挿入した外来遺伝子がゲノム編集食品に含まれていないという保証はない。
しかし、このゲノム編集は外来の遺伝子を入れていないから遺伝子組み換えではないとして、これまで遺伝子組み換え食品に課してきた申請→審査→承認というプロセスを外し、食品表示すら不要で流通させることを米国政府に認めさせることに遺伝子組み換え企業は成功した。そしてこの政策はそのまま日本政府が呑み込むことになる。
従来の遺伝子組み換え食品にはないリスク
問題はそれに留まらない。ゲノム編集食品には従来の遺伝子組み換え食品には存在していなかったリスクがあることがわかってきている。
ゲノム編集では特定の遺伝子を破壊しようとするわけだが、狙った遺伝子と似た配列の遺伝子も破壊してしまうオフターゲットの問題が以前から指摘されてきた。もっとも、現在焦点となっているのはこのオフターゲットの問題ではない。狙い通りの遺伝子を破壊できた場合、つまりオンターゲットのケースなのだ。
想定通りの遺伝子が破壊できたにも関わらず、その後、破壊したところに想定されていない遺伝子が入り込んだり、想定通りに破壊されたにも関わらず、想定していなかったタンパク質が生成されるケースや、さらに大規模な遺伝子損傷が起きるケースがすでに報告されていたが、今年の七月には遺伝子を包み込む染色体が破砕されてしまったとする論文が科学雑誌Natureに掲載され、米国政府機関のサイトにも掲載された。これはゲノム編集固有の問題であり、現在の技術では解決が困難であると考えられる。この発表を受けて、ゲノム編集セラピー企業の株価は暴落した。ゲノム編集が医療や食などに応用する上で大きな欠陥を持っていることがはっきりしてきたのだ。
低迷するゲノム編集食品市場、突出する日本
実際に鳴り物入りで米国で始まったゲノム編集大豆を作り出したカリックス社の株価は栽培開始前の一桁低い額に低迷しており、ゲノム編集食品は歓迎されていない。2021年9月には英国首相がゲノム編集解禁を宣言したが、スコットランドなどは追従せず、また英国市民も圧倒的にゲノム編集食品への反対を表明したため、農民組合も慎重姿勢に転換した。ゲノム編集食品の解禁に市場は厳しい判断をしている。
にも関わらず、日本政府はゲノム編集を日本の今後の新品種開発の主軸に据えている。昨年、サナテックシード株式会社が提出したゲノム編集トマトの届け出の受理を皮切りに今年はマダイ、トラフグの届け出も受理した。戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)、さらにはみどりの食料システム戦略でゲノム編集による新品種開発を今後の日本の知財戦略の中軸に位置づけ、予算を投入して推進している。現在、世界で流通可能とされたゲノム編集生物の四つのうち、三つが日本という事実からも日本の突出ぶりがわかるだろう。ゲノム編集の魚を認めているのは世界で日本だけである(英国はゲノム編集畜産物は規制緩和していない)。
この3品種だけでなく、すでにゲノム編集ジャガイモは9月に2回目の野外栽培実験が始まっており、11月には茨城県と岡山県でゲノム編集小麦の栽培実験も始まっている。日本では次から次へとゲノム編集食品が出てくる可能性がある。
狙われるのは子どもたち
遺伝子組み換え企業は食品表示義務化によって消費者に選択の権利を与えてしまったことが第一世代の遺伝子組み換え作物の普及を妨げた原因と総括しており、第二世代の遺伝子操作生物のゲノム編集食品では一切表示させない政策のために強いロビー活動を行い、米国や日本などでその政策を勝ち取ったが、ゲノム編集食品に対しては日本でも市民の中に拒否感は少なからずある。この拒否感を彼らはどうやって克服しようとしているのであろうか? そこで狙われるのは子どもたちである。
ゲノム編集トマトを開発したサナテックシード株式会社とその販売を手掛けるパイオニアエコサイエンス株式会社は今年、家庭菜園を営む市民4000人にゲノム編集されたトマトの苗を無償で配布した。まずは家庭菜園をやっている人たちを取り込み、ゲノム編集作物への抵抗感をなくさせることが目的だろう。これを2022年からはデイケア福祉施設に拡げ、さらには2023年からは全国の小学校に無償で配布するとしている。
子どもたちはトマトの苗を喜んで育て、実を付ければそれを食べるだろう。子どもたちはゲノム編集に対する抵抗がなくなっていく、子どもが変われば親も変わる、親が変われば市場も変えていける、ということだろう。
同時に日本政府の予算で、民間企業がゲノム編集の教材を作り、中学校などに提供している。あたかもゲノム編集こそ未来の技術であると思った子どもたちはそれを自分の生涯の仕事として選んでしまうかもしれない。かつて原発は未来の明るいエネルギーという標語の下、原発技術に人生を賭けた人たちもいただろう。でも、その人たちの人生がどうなったか。同じ過ちが繰り返されようとしている。
新たな「原発村」
今後、さらに警戒すべきなのが、新たな原発村ならぬゲノム編集村が作られようとしていることだ。福島県は南相馬市にゲノム編集生物工場や研究施設を作る計画を国からの支援を受けて進めようとしている。遺伝子操作によってバイオハザードが起こされる危険は存在している。そのような危険も考慮なしに福島県知事はゴーサインを出している。原発事故の後にゲノム編集生物工場というシナリオにはあまりに理不尽なものを感じざるをえない。
今、福島県以外でも日本各地の地方自治体でゲノム編集推進に関わる動きが活発化している。新潟県はゲノム編集によるユリの品種改良をすでに進めており、福岡県は福岡県バイオイノベーションセンターを作り、バイオテクノロジー企業の誘致を進めている。
遺伝子操作では未来は作れない
ゲノムの中に遺伝子の占める割合は2%にも満たないと言われる。生物は限られた遺伝子だけでなく、エピジェネティクスとして知られる遺伝子によらない微細で複雑な調整機構をも通じて、環境への対応を行っていることがわかってきている。わずかの数の遺伝子を操作することで望む結果を得ようというのはあまりに無謀な短絡した考えである。
実際、これまで成功してきた遺伝子操作とは農薬に耐性のある遺伝子組み換え作物と殺虫成分を作り出す遺伝子組み換え作物という単純な性質を作り出すものに限られている(どちらも耐性雑草、耐性害虫の出現によってほぼ意味がなくなっている)。
バイオテクノロジー推進論者は遺伝子操作技術によって気候変動に強い品種も作れると主張しているが、その成果は惨憺たるものに終わっている。従来の品種改良技術で作られた品種にはるかに劣るものしかできず、生産は広がっていない。残念ながら、遺伝子の一つや二つを操作しても、本当に私たちが必要とする品種を作り出すことはできない。遺伝の精緻な機構は単純な遺伝子操作では改良などできず、むしろ遺伝子操作によって貴重な機構が破壊されてしまう。遺伝子操作技術では未来は作れない。
多国籍企業による支配と失われる地域の種苗
遺伝子操作技術はさらなる独占をもたらす。ゲノム編集は安くて誰もが使えるという宣伝がなされているが、それは研究レベルに留まり、実際に商品化する際には莫大な特許料の負担が必要となる(億の単位の特許料が必要となるとする指摘もある)。多額の特許料を払える種苗企業は世界中で種苗を売る多国籍企業に限られる。つまり、ゲノム編集種苗を作ったとしても、それを商業流通させるためには多国籍企業の力なしに実現できない。
日本でのゲノム編集トマトの流通の背景には米国遺伝子組み換え企業であるコルテバとの関係が想定される。そして莫大な特許料が遺伝子組み換え企業に吸い込まれていくことだろう。現在、流通可能にされたゲノム編集食品(トマト、マダイ、トラフグ)はみな国の戦略的イノベーション創造プログラムの下で税金をつぎ込んで開発された。その販売を担うのはスタートアップ企業が行うが、それを支えている勢力はまだ解明されていない。
今後、農研機構が作っているゲノム編集小麦が出される時には各都道府県の農業試験場がその種子を作って、それを民間企業の手を通じて販売されることになるだろう。農業競争力強化支援法の下で、各都道府県の知見は民間企業のために使われることが求められている。このままでは公的種苗事業の究極の民営化が実現してしまう。
今、日本の種苗は空前の危機の中にある。地域農業を工業的発展の犠牲とする政策が続いた結果、農業従事者は急激に減少している。そのような中で、日本の中で種苗を作れない国になりつつある。野菜の種苗はすでに9割が海外生産。米は国内生産だが、作られる新品種の数は劇的に減りつつある。かつて、日本は世界第2位を占める新品種開発国だった。しかし、ここ10年その地位は下がり続けている【グラフ1】。上位の国は毎年、新品種を作る能力を上げているにも関わらず、日本だけ急減させており、ここ10年で半減している。中でも危機的な状況にあるのが地方自治体による公的種苗事業であり、2007年から2020年までの13年間の間に36%へと激減している【グラフ2】。
これまで世界に誇る品種改良を行ってきたのが地方自治体による公的種苗事業であった。コシヒカリもササニシキも地方自治体の農業試験場が作り上げたものだ。しかし、この間、予算は削られ、新規の人材は登用されず、新品種を作り出すことができない地方自治体が増えている。この状況の上に、政府が進めるゲノム編集を使った種苗開発が推進されるとしたら何が引き起こされるであろうか? 世界に誇る日本の育種技術がこのゲノム編集技術という金食い虫に食い破られてしまうことが危惧される。
最初から破綻したシナリオ
日本は役に立たない原発技術に国力を傾けた。世界のトップを誇っていた再生可能エネルギー技術はこの政策によって世界の周回遅れになってしまった。そして私たちは原発技術がもたらした汚染と債務に苦しめられる。そして、またゲノム編集という名の新たな高価で役に立たない錬金術が推進されようとしている。もし、この政策推進をそのまま許したら、50年後の日本はどうなっているだろうか? 生存に必要な種苗を自ら作ることができない、グローバル企業が作る種苗に依存する植民地に変わってしまっているかもしれない。
原発村以上にこのゲノム編集村には地域への恩恵は少なくなりそうだ。作られる生物は高額な特許料の支払いを考えると、グローバルな流通を実現しない限り、元が取れない。この技術は郷土の特産品に活用できる技術ではないのだ。そのような産物で儲けられるのはごく少数の多国籍企業だけであり、地域にはほとんど還元されない。
危機への解決策としての有機農業
現在、世界が直面する気候危機、生物絶滅危機、そして人びとの健康危機、さらに地域社会の衰退に対して、そのすべてに解決策となるものこそ小農を基盤とする有機農業・アグロエコロジーである。グローバルな食のシステムに従属した農業に対して、アグロエコロジーに基づく農業は生産に携わる農家自身が得られる利益が増えるだけでなく、地域経済に還元される割合も最も大きくなる。これは農家が激減し、地域が疲弊する中、農家と地域を守る上でも不可欠な力を得られる方法でもある。
すでにこの20年間で世界の有機農家の数は15倍以上に拡大している。そしてその中心はアジア、アフリカであり、この2つの地域で世界の八割近くを占めている。この急激な動きは世界レベルで進んでいるが、日本は長くその蚊帳の外であった。日本は有機農業のパイオニアの国の一つであるにも関わらず。
しかし、ここ近年、日本でも有機農業への取り組みが始まっている。そのエンジンとして期待されるのが学校給食の有機化である。先駆となったのは愛媛県今治市であり、これに千葉県いすみ市、木更津市が続いている。有機農法の技術研修、地方自治体による経済的支援があれば、日本全国各地で取り組みが可能である。この動きに呼応して、佐渡市長や小山市長も取り組みを公言し、日本各地で急速に学校給食の有機化の動きが進もうとしている。
一方、この有機農業の発展を脅かすのがこのゲノム編集種苗である。日本政府はゲノム編集種苗にも表示義務を課していない。そのため、知らないうちにゲノム編集種苗を育ててしまう可能性がある。当然、遺伝子操作種苗を使ったらそれは有機食品とはみなされなくなる。ゲノム編集食品はこの有機農業を危機に陥れてしまう可能性があるのだ。
OKシードプロジェクト
ゲノム編集などの遺伝子操作されていない食をどう守れるか、そのために立ち上げられたのがOKシードプロジェクトである。日本政府はゲノム編集種苗・食品に表示義務を課していないが、一方で、ゲノム編集されていない根拠があれば種苗・食品に「ゲノム編集していない」と表示することは法的にも可能である。ゲノム編集していないタネから表示をすることで、そのタネから作られた収穫物にも、その収穫物から作られた加工食品にも、そしてレストランにも表示することが可能になることになる。
ゲノム編集していない種苗や食品に貼るマークとしてOKシードマークが作られた。このマークを普及させることで、ゲノム編集されたものを避けることが可能になり、有機農業も守ることができる。このマークは事前申請して、登録が必要だが、無償で利用できる(マークの印刷は使用者が行う)。
このマークを運営するプロジェクトは農家や遺伝子組み換え問題に取り組んできた団体や生協、個人の協力で立ち上がり、2021年7月20日に活動を開始した。半年未満のうちに、すでにマークの申請は100を超え、OKシードマークは北海道から沖縄まで利用が広がっている。プロジェクトは市民からの寄付で運営されるが、すでに500万円近くが寄せられ、サポーターに登録した人の数も1500人を超そうとしている。
ローカルな食のシステムを守る条例制定を!
このOKシードマークの普及だけで地域の食が守れるわけではない。地方自治体がゲノム編集村になってしまい、地域での栽培が進んでいけば、花粉などの交雑も心配になるからだ。
地方自治体で条例を作り、ゲノム編集生物を規制することで、種苗から消費まで地域の食のシステムを守ることも可能になる。すでにスイス、ドイツのバーデン・ビュルテンベルク州や米国カリフォルニア州メンドシーノ郡ではゲノム編集作物の栽培は禁止されている。すでに今治市や北海道などは遺伝子組み換え作物の栽培を規制する条例を持っており、そうした自治体では、遺伝子組み換え作物の定義にゲノム編集を含めることだけで、それは達成可能となる。消費者が求めていないゲノム編集作物と比べて、今、有機食品を求める声はかつてないほど高まっており、取り組みは確実な成果をもたらしていくだろう。
それは小さな動きに見えるかもしれない。しかし、この動きは今後、急速に成長し、大きな力を発揮していくことになるだろう。
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いんやく・ともや アジア太平洋資料センター(PARC)、ブラジル社会経済分析研究所(IBASE)、Greenpeace、オルター・トレード・ジャパン政策室室長を経て、現在はフリーの立場で世界の食と農の問題を追う。OKシードプロジェクト事務局長。ドキュメンタリー映画『遺伝子組み換えルーレット』『種子―みんなのもの? それとも企業の所有物?』の日本語版企画・監訳。共著で『抵抗と創造のアマゾン―持続的な開発と民衆の運動』(現代企画室刊)で「アグロエコロジーがアマゾンを救う」等を執筆。その他記事多数。
野生の生き物が己の身体一つで生きてるように、基本的に作業は手作業、視るのは肉眼に限れば、どちらの問題も起きなかったかもしれない。
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研究中、友人に「こんなに開けっ広げでいいのか?研究を盗まれるぞ。」と言われ、笑いながら博士曰く「ああ、いいんだ。俺の真似を出来る奴がいれば盗めるけどな。」
光学顕微鏡と、自分の不自由な手と、気合で結果を残し、南米では胸像まであるとか。
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