佐賀県が同県唐津市北部の玄界灘に洋上風力発電を誘致している問題をめぐり、地元の小川島漁協をはじめ福岡県糸島市や長崎県平戸市の10漁協が佐賀県と唐津市に対して11月2日、計画の中止を求める要請と抗議文を提出した。同海域にはいくつもの大規模洋上風力発電建設が計画されており、その数は現在わかっているだけでも合計200基をこえる。この海域は対馬暖流が離島周辺から入り組んで流れ込み、海流に乗って多種多様な魚が生息する好漁場としても知られている。その恩恵を受けているのは佐賀県の沿岸漁師だけでなく、近隣の福岡県や長崎県の漁業者も同じで、古くから水産業を基幹産業とし、地域の暮らしが営まれてきた。県を跨いで横に繋がった漁業者たちはどのような思いで反対の声を上げたのか、その地域にはどのような人々の暮らしがあり、守るべきものは何なのか、実際に現地の漁業者たちに取材し、思いを聞いた。
佐賀県は2018年度に唐津市沖の玄界灘に浮かぶ離島周辺の海域を洋上風力発電誘致の候補海域に位置づけた。これをめがけるようにして同海域では現在、大規模な洋上風力発電計画が複数浮上している。
唐津市小川島東海域では、インフラックス(東京)が最大64基(総出力60万8500㌔㍗)の建設を計画。さらに同社は唐津市馬渡島から長崎県平戸市的山大島までの海域に最大65基(総出力61万7500㌔㍗)の建設も計画している。また、アカシア・リニューアブルズ(東京)と大阪ガスが唐津市馬渡島周辺一帯の海域を事業想定区域とし、最大75基(総出力60万㌔㍗)の建設を計画している。
現在表面化している事業計画以外にも、建設を計画している特定の企業名があがっており、その他にも水面下で動いている企業も合わせるとその数は「10社に迫る」との指摘もある。
佐賀県唐津市沖洋上風力発電事業計画について、建設計画海域にもっとも近い場所にある小川島の小川島漁協は今年6月30日に開いた通常総会のなかで組合員投票を実施し、投票数のうち3分の2以上の反対票をもって漁協として反対の姿勢を固めた。小川島漁協はその後7月1日付で佐賀県知事に対して計画の中止を訴えた。
しかし、今年9月に経産省が同海域を「一定の準備段階に進んでいる区域」に選定。これは事業者が30年間一般海域を占用できる「促進区域」の準備段階に入ったことを意味するものだった。
これを受け11月2日、佐賀県が誘致を進める洋上風力発電計画に反対する佐賀、福岡、長崎の10漁協が「玄界灘洋上風力発電建設反対協議会」として一つにまとまり、佐賀県と唐津市に対して計画の中止を求める要請をおこなうとともに抗議文を発した。協議会に参加しているのは、佐賀県の小川島漁協、福岡県の糸島漁協、長崎県の平戸市漁協、大島村漁協、中野漁協、舘浦漁協、志々伎漁協、生月漁協、九十九島漁協、新松浦漁協の10漁協。
その抗議文の冒頭にはこのような訴えがある。「今回の(仮称)佐賀県北部海域における計画は、小川島漁協が反対するだけでなく、長崎県、福岡県の漁業者の生活を脅かすことに直結する無謀な計画であることを強く訴えます。さらに、この洋上風力発電計画については海流が変わり、海上の風が変わり、豊かな漁場である玄界灘を分断し、未来ある多くの漁業者にとっては死活問題として多大な被害が及ぶこの計画を、断じて容認できるものではありません」。
洋上風力発電の建設によって、この海域で営まれてきた漁業がどのような被害を受け、どれほどの範囲まで及ぶのか、地元の漁業者たちが危惧する「玄界灘の分断」ということの意味について、島の漁業者たちに話を聞いた。
小川島漁協が反対決議 盛んなケンサキイカ漁
佐賀県唐津市沖の玄界灘に浮かぶ小川島は、唐津市呼子の港から渡船で20分の場所にある。島内には、144世帯約300人の人々が暮らしており、そのうち88世帯が漁業関係者として海の恵みを糧に暮らしている。
主な漁法はケンサキイカの一本釣り。今でこそ「呼子のイカ」が有名になり、周辺地域の漁業者の多くが小川島近海でイカ釣りをおこなっているが、それ以前から小川島では春から晩秋にかけてイカ釣りがおこなわれてきた。
イカの一本釣りは夕方から暗くなる夜や朝方にかけて、海上で電気を焚く。その光に小魚を寄せて、エサを求めて集まってきたイカを魚に似せた形に針がついた「疑似餌」を使って釣り上げる。一晩で100㌔をこえるほど釣れることもあり、すべて船の生け間で活かして持ち帰る。この海域ではクエやサワラ、ヒラマサなどの立派な魚も漁獲されるが、島のイカ釣り漁師は「船で釣ってすぐに食べるイカの味には他の魚は敵わないほどうまい」という。
呼子のイカが透明で甘みがあるのも、とってから客の口に入るまで、ストレスなく自然海水で活かし余分な酸素などを使わない大型のいけすなどの設備が統一されているためといわれており、漁師曰く「ただ生きているだけのイカときちんと活かされたイカとでは身の味も柔らかさもまったく違う」のだという。
だが、イカ釣りの漁船は今でも5㌧未満と小型で、昔はそれよりもさらに小さい船で漁をしていたため、冬の荒れた海で漁をおこなうには危険がともなった。そのためかつてはイカが釣れない冬場の時期になると、子どもを島の祖父母に預けて父親やときには両親が関西方面まで出稼ぎに行って鉄工所などで働き、春のイカ釣りになると島へ戻ってくるということも珍しくなかったという。今でも冬の時期になると島を離れて漁業以外の別の仕事をして稼いでいる漁師もいる。
漁場そのものは対馬暖流の恵みを存分に受けており、冬場もサワラやヒラマサ、シイラなどの大型回遊魚がトビウオなどの小魚を追って島の周辺まで寄ってくる。島から少し離れて対馬近海まで行けばさらに大型のマグロなどもやってくる。
ある漁師はイカが釣れない今の時期、クエを釣っているという。小さなものでも2万円、1㍍に迫るような大きなものは数十万円することもあるハタ系の魚の王様のような存在だ。その魚を釣り上げるのは大人の指を曲げたような長さの針に、スマートフォンの充電器のコードほどの糸が巻き付けてあるような頑丈な仕掛けだ。エサは胴長だけでも20~30㌢もあるアオリイカ。これもまたイカの王様と呼ばれ、甘みが強い身が特徴で、釣り好きのなかでも格好のターゲットとなる。この贅沢なエサを釣って活かしておき、生きたままクエがいる岩場に泳がせて食いつくのを待つ。まったく釣れない日もあるが、多い日には7本も釣り上げることもあるという。
島の漁師によると「釣れる魚は1年中何かしらいる。非常に恵まれた漁場なので、釣れるときに釣れる魚を求めていろいろな漁法を使って冬場をしのぎ、春のイカを待つ」のだという。その他にも、島の沿岸でアワビやサザエをとる海士漁をしている漁師もいる。
恵まれた海域に浮かぶ島において、漁業による生産こそが生活の糧であり、水産業と人々の生活は切っても切れない関係だ。そこに洋上風力による大規模な開発が持ち込まれることによって多大な被害を被ることは誰もがわかることであり、漁業者たちは強く反対している。
小川島の漁業者は「私たちはこの海であと20年以上は漁をして生きていかなければならないのに、洋上風力が建てば漁はできなくなる。風車を1㌔おきに建設するという。陸上で1㌔というと遠く感じるが、海上で漁をしているときの1㌔なんて目と鼻の先だ。波にも風にも流されるし、他の船との間隔を維持することを考えるとこれまで通りに漁をすることなど不可能だ。この海域は私たちがケンサキイカを釣るためにもっとも頻繁に漁をおこなう場所だ。だから洋上風力を建てるということはわかりやすくいうと、町工場のど真ん中に新幹線の線路を通されるようなものだ。それくらい大きな影響や被害があるし、不安でたまらない。自分は漁師だ。自然相手のことならあきらめがつくが、こんなことで人生を狂わされるのは納得いかない。それにこの場所で漁をしているのは小川島の漁師だけではない。補償金など目先のわずかなお金に引き寄せられてこの海を自分たちの勝手で手放すことは許されない」と話していた。
またこの海域は海底に岩場が多く、山や谷があちこちに存在しているという。そうした起伏が魚たちのすみかにもなっている。とくにクエのような底に居着いている魚は、恰好の穴場を見つけては自分の縄張りを持ち、仮にそのクエが釣られるとまた別のクエがその穴場に居着くというように、海底のあちこちに“家”がある。洋上風力の建設は、潮の流れや風向きだけでなく、海底の環境をも大きく変えるため、藻場や岩場の消滅を漁師たちは危惧している。
別の漁師は「60基以上も風車を建て、その分だけ海底に送電ケーブルを敷設するというが、海底の磯まで広範囲に潰してしまうことになる。佐賀県は“風車が魚礁になる”と宣伝しているが、魚礁はすぐに効果が出るものではなく、海底に沈めても最初は魚は離れていく。そこに藻が生えたりして自然の中に溶け込んで初めて魚が集まるようになる。企業は良いようにアピールするが、自然が人間の思うようにならないことは私たち漁師が一番よく知っている」と話していた。
他県の漁業者とともに 共同で漁場守った歴史
また、小川島の漁業者が洋上風力発電建設に反対している大きな理由の一つが、福岡県や長崎県の漁業者との関係性への影響だ。佐賀県の海を洋上風力発電に差し出すことによって、これまで何代も前の先人たちが築き上げてきた漁業者同士の漁場をめぐる譲歩の歴史や、そのなかで育まれてきた地域をこえた協調性、協同の精神に亀裂が生じかねないからだ。
洋上風力発電建設が計画されている小川島の東側の海域は、玄界灘随一のケンサキイカの好漁場で、シーズンになると福岡県や長崎県からもこの海域めがけて多くの漁業者がやってきて一本釣りをする。この海域に洋上風力発電が最大で64基も建設されることは、小川島の漁業者のみならず周辺地域の漁業者にも多大な影響を及ぼすことになる。
小川島漁協は組合として洋上風力建設に反対を決めているが、その海域では今年4月から10月まで事業者のインフラックスが委託した業者がボーリング調査をおこなってきた。調査海域は公海上であるため、地元漁業者の同意などなしに実施することができ、佐賀県や唐津市も「規制できない」と実質推進のスタンスであるため、ボーリング調査はこの海域では前倒しで進められてきた。
小川島漁協の組合関係者は「この海は佐賀県だけのものではない。昔は海をすべてそれぞれの県や地域で区切って漁業者同士が区域をまたいで行き来できない関係だったが、そこからお互いにルールをもうけ、譲歩に譲歩を重ねながら少しずつ漁場を行き来しあって釣りができるようになってきた。今は福岡や長崎からも小川島周辺の海域にイカを釣りにやってくる。だから私たちも福岡や長崎の方まで漁に行くことができる。小川島が洋上風力の建設を許せば、自分たちの漁場が奪われるだけでなく、その他の県の多くの漁師の漁場が失われる。海を売っておきながら“漁場がないから”といって佐賀の漁師が福岡や長崎まで行って釣りをするのは虫が良すぎる話だ。少なからず他県の漁師からの反感も買うだろうし、これまで保たれてきた関係性が崩れ、漁業者同士のトラブルも招きかねない。これが私たちが一番懸念していることだ」と話していた。
平戸市でも反対行動 全国に誇る豊富な魚種
小川島漁協と一緒に佐賀県に対して風力反対の要請をおこなったのが平戸市内の7漁協からなる「平戸市水産振興協議会」だ。平戸地区でも洋上風力建設計画は以前から問題になっており、漁業者や平戸市、長崎県も反対の立場を示していた。今回、小川島漁協が反対の動きを起こすなかで、「海は繋がっている。一緒に手を組んで反対しよう」ということで「玄界灘洋上風力発電建設反対協議会」を発足させた経緯がある。
『日本は世界の公園である 平戸は日本の公園である』。俳人・種田山頭火がそう詠んだほど美しい景色が広がる平戸。入り組んだ半島の海岸線が、温暖な気候のなか穏やかな海面に浮かぶ。温泉が湧き海沿いには観光旅館が点在し、そこで振る舞われる豊かな海鮮料理も好評を博している。
平戸市内には7つの漁協があり、約3300人の漁業者が所属している。この平戸市でも同市的山大島と佐賀県馬渡島を結ぶ平戸島北部海域で洋上風力発電計画が浮上している。
この海域では、一本釣りや刺し網、たこつぼ、延縄、ごち網、アゴ網、定置網など多種多様な漁業が営まれる好漁場だ。また、洋上風力によって影響を受ける「水産資源」とは、この海域に生息している魚だけでなく、この海域を回遊して平戸市沿岸や上五島沿岸など、県北海域へ至る魚類すべてが含まれる。こうした海の恵みを得るため、アラ縄やゴチ網、かご漁、イカ釣りなどの漁もおこなわれている。とにかく長崎県は漁獲できる漁種が多く、その数は約250種で日本一位といわれている。
そのなかでも平戸市でもっとも多く営まれている漁法は定置網で、平戸市における水揚げ量の約半分を占めている。玄界灘を回遊して南下してくるトビウオの未成魚は「アゴ出汁」に最適で、全国でも平戸市沿岸と上五島沿岸のみでしか漁獲されない。そして南下してくるトビウオを追ってシイラなどの大型魚が沿岸部まで寄ってくる。こうした回遊魚が入り込んでくる絶好の漁場に網を仕掛け、1年間を通じて安定した漁獲を得ることができる。いわば「待ち」の漁業だ。
そのため平戸へ南下してくる魚たちの回遊ルートにいくつもの洋上風力発電計画が密集していることは、この地域のすべての漁業者にとって死活問題となる。また、被害を受けるのは漁業者だけにとどまらず、魚によって回ってきた地域の経済までも大きな打撃を受けることも危惧されており、平戸市や長崎県としても洋上風力建設については「承認できない」との姿勢をはっきりと示している。
平戸市七漁協からなる平戸市水産振興協議会が今年4月に長崎県知事に提出した要望書のなかでは「私たちの生活が決して脅かされることがないように、そして、この海を後継者に残していくためにも、洋上風力発電計画を容認できません。絶対反対です。われわれも、再生可能エネルギーの開発そのものは必要であると認識しておりますが、その地域で営まれてきた第一次産業に大きな影響を及ぼしてまで強引に事業を進めることは環境に優しいとされる再生可能エネルギーの理念に反するものだと考えます」と訴えている。
こうした漁業者の思いに応え、市政運営における水産業の重要な役割を後世に引き継いでいくために、平戸市としても洋上風力反対の姿勢を明確にし、漁場の調査やデータ作成などを担い、反対を続けている漁業者をバックアップしている。
県境越え運動広がる 地域全体支える水産業
洋上風力発電計画が佐賀県北部の玄界灘から平戸市にかけて集中しており、この海域で漁をして生計を立てている漁業者たちは、「死活問題」として強く反対している。だが一方で、洋上風力を誘致する佐賀県では産業労働部に新エネルギー産業課を立ち上げたり、唐津市でも新エネルギー推進室を設置し、推進の姿勢をとっている。
また、小川島の対岸地域にある呼子漁協や唐津漁協、周辺離島の馬渡島漁協や神集島漁協、加唐島漁協、加部島漁協など八つの漁協が合併して2012年に発足した玄海漁協も今年4月から10月までおこなわれた小川島東海域でのボーリング調査の警戒船を出している。警戒船を1回12時間出せば、漁師1人に対し日当6万円、漁協には5000円が支払われるという。小川島からもボーリング調査の警戒船に協力している漁師がわずかにいるが、漁協としては5000円は受けとっていない。洋上風力に賛成しているという小川島の漁業者にも話を聞いたが、「調査をしたからといって風車が建つと決まるわけではない」「自分は70歳をこえ長く漁師はできないし、これから先がある若い世代の漁師とは考えは違う」「イカ釣りはいざ行って漁をしてみないと水揚げがあるかどうかわからないが、警戒船なら確実にお金になる」と話している人もいた。だが、島の高齢漁師のなかでも、「好漁場を潰してはいけない」との思いで反対している人は多いという。その結果が組合員の3分の2をもっての反対決議なのだ。
洋上風力反対の姿勢を貫く小川島に対する圧力もあるようで、計画が浮上して以降、呼子港と小川島を結ぶ渡船を、呼子側の漁協関係者から「港につけさせないようにする」といわれたりしたこともあるという。
小川島のある漁業者は「漁師は原発や風力などの巨大事業があると水揚げ高の損失分の補填のために補償金をもらう。だがそれも一時的なものでしかない。それに水産物が生み出す価値は水揚げ高だけにとどまらない。その先の仲卸や運送、鮮魚店や飲食店、観光業など、消費者の口に入るまでさまざまなところで流通し、その過程で対価が支払われ、地域でお金の循環を生み出してきた。だからこそ私たちは“漁師だけの問題では済まされない”と強く訴えている」と話していた。
玄界灘周辺では、所属する県や漁協に関係なく同じ海の恵みを受けて生きてきた漁業者たちがいる。そして水産業によって地域全体の暮らしが営まれてきた歴史がある。今回の洋上風力発電建設計画は、こうした人々の暮らしにも大きな影響を及ぼすことが危惧されており、今後さらに新たな計画が持ち込まれる可能性もある。今回佐賀県や唐津市に計画中止を要請した10漁協の漁業者たちは、県境をこえて横並びに支え合い、全漁業者・地域の利益を代表して行動を起こしている。玄界灘だけでなく、九州全域で洋上風力やメガソーラー計画が浮上しており、各地で建設反対の運動が広がっている。「自然に優しい」といいながら自然を壊し、地域の産業や人々の暮らしを犠牲にする大規模な再エネ開発事業を許さない世論が拡大している。
平戸の海域は豊富な魚種が獲れる貴重な海域です。巨大な風車が立てば、海流への影響、送電ケーブルが張り巡らされると底引き網漁への影響が心配です。こんなに素晴らしい海域に風力発電を作らないで欲しい。