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新型コロナワクチンを正しく知る 日本学術会議が公開シンポジウム 専門家たちの知見に学ぶ

 日本学術会議は17日、日本医学連合会、医学界連合会との共催で「新型コロナウイルスワクチンを正しく知る」をテーマに、オンラインで市民公開シンポジウムを開催した。現在日本国内では新型コロナウイルスワクチンの接種が進められており、ワクチン接種対象者が医療従事者や65歳以上の高齢者以外の18~64歳へと拡大される一方で、不安を感じて接種を躊躇する人もいる。こうしたなか今回のシンポジウムでは「ワクチンに関する信頼できる情報を共有し、接種対象者の疑問や不安の解決に役立つ」ようにと、複数の研究者が専門的な知見から講演。mRNAワクチンとは何か、ワクチンの副反応や妊娠への影響や安全性、子どもへの接種の考え方など多岐にわたるテーマをとりあげた。講演内容はユーチューブで7月25日まで視聴することができる。また、一部を除く講演資料もホームページから閲覧・ダウンロードが可能となっており、利用を呼びかけている。事前に受け付けた質問への回答も後日ホームページで公開される。本紙では各講演の内容(要旨)を連載する。文中の見出しは本紙編集部による。

 

◇              ◇

 

 初めに、日本学術会議副会長の望月眞弓慶應義塾大学名誉教授が開会の挨拶をおこなった。

 

 望月氏は、新型コロナワクチン接種対象者が拡大しているなかで、「不安を感じ接種を躊躇する人がいるのも事実」とし、そのなかで「日本学術会議が学術コミュニティの代表機関としてそうした疑問や不安に応えることは、私たちの責務と考えて活動してきた」と語った。

 

 そしてシンポジウムを開催するにあたり以下のように提起した。

 

 現在日本で接種されている2社の新型コロナワクチンは、臨床試験の段階で新型コロナウイルス感染症の発症を90%以上抑えるといわれ、さらに医療従事者への接種が進むなかで医療機関における集団感染が明らかに減少したとも報じられている。その一方で注射部位の痛みや発熱、倦怠感、まれながらアナフィラキシーなど様々な副反応が報告されている。

 

 どんな医薬品にも効果がある一方で副作用、ワクチンでは副反応がある。効果と副作用は、いってみればメリットとデメリット、医薬品では効果を「ベネフィット」、副作用を「リスク」という。医薬品を使用するさいにはベネフィットとリスクのバランスを考えて、利用するかしないかを判断する。通常は科学的根拠に基づいて、ベネフィットがリスクを上回ると考えられる場合に使用を決める。そのうえで実際に使用するさいには注意深くリスクを最小化するよう気をつけながら使用していく。

 

 リスクのとらえ方はワクチンと病気の治療薬とでは異なる部分がある。例えば、抗がん剤の場合はがんが治るなら副作用があっても頑張って治療を受けるという考え方もできる。しかし、ワクチンは健康な人が病気を予防するために使うものなので、副反応が起きて具合が悪くなるのは受け入れにくい人もいるだろう。

 

 得られるベネフィットが、リスクと比較してどれほどのものか。今回のワクチン接種をめぐっては、自身の感染の発症や重傷化を防ぐことに加えて、「社会全体としてのベネフィット」にも考えが及ぶかもしれない。医薬品を使うか使わないかは医師などからベネフィットとリスクについて十分な情報の提供を受けたうえで本人が判断するのが前提だ。ベネフィットとリスクの両面をよく知り、自身にとって最善の判断をしてほしい。

 

 本日のシンポジウムの講演者には、日々新たな情報が出てくるなかで現時点で得られる正確な情報の提供をお願いした。みなさんがワクチン接種の判断をするさいに役立ててほしいと思う。

 

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mRNAワクチンとは何か?

 

     位高 啓史

     東京医科歯科大学生体材料工学研究所生体材料機能医学分野教授

 

 人間の体を形作るうえでもっとも重要な成分はタンパク質だ。タンパク質を作り出す細胞の中にはまず、情報である遺伝子(DNA)があり、四つの核酸(A、T、G、C)からなる暗号情報が並んでいる。DNAは細胞内にある核の中にあり、この中でDNAが転写されてmRNAが作られ、核から「細胞質」へと出てくる。これは細胞の中で毎日のように起きていることだ。そしてmRNAが鋳型となってタンパク質を作らせる【図1参照】。

 

 

 このさいポイントなのは、DNAは遺伝子を形作る物質で、親から子へと代々受け継がれていくもの。DNAは核の中にあり、非常に物質として安定した状態だ。一方、mRNAは、DNAから転写されて核の外に運ばれてタンパク質翻訳の鋳型となるが、この働きは使い捨てされる。タンパク質翻訳してしばらくすると一度とり壊されてまた新しくmRNAが作られるため、物質としては非常に不安定だ。

 

 mRNAをクスリとして使うというのはどういう意味か。それは人工的に合成したmRNAを細胞の中に投与し、細胞の中のメカニズムを利用してワクチンやクスリになるタンパク質を作るということだ。すなわち、mRNAは「情報伝達分子」であり、mRNAワクチンとは細胞に情報を投与して、ワクチンやクスリとして働くタンパク質を体内で産生させるという新しいタイプのワクチンだ。

 

 遺伝子の情報を体に投与することについては、今から約30年前の1990年、遺伝子を動物の体に投与したという論文が最初に出た。だがこの論文のなかではRNAとDNAを横並びで比較しており、論文の結論は「DNAはよく使えるが、RNAはすぐ壊れてしまうから使い物にならない」という今から思うと不思議なものだった。

 

 遺伝子の投与には、DNAを用いるのが久しく一般的な方法だった【図2参照】。これは先ほどのmRNAと同じく、人工合成したDNAを細胞内に投与する方法だが、大きな違いがある。DNAの場合、まず細胞の中に入ったあと、核の中に入らないとその先のステップに進めない。しかし、核は非常に強固に守られた組織なので入り込むのが難しく、普通の方法ではなかなか効率が上がらなかった。

 

 

 そこで、「ウイルスベクター」というものが使われてきた。これは細胞の中にとり込むというウイルスの天然の力を利用して、遺伝子を細胞内に送り込むというものだ。例えば「アデノウイルス」を道具として使う場合、これを「アデノウイルスベクター」という。アストラゼネカ社やジョンソン&ジョンソン社が使うワクチンがこの方法を用いている。

 

 これに対して、mRNAの場合、細胞質に入ってそのまま細胞内のタンパク質翻訳機構に乗せるだけなのでとてもシンプルだ。クスリとしてもどのようなタンパク質がほしいかによって核酸配列を変えるだけですぐに対応可能だ。さらに細胞の中に入った後のプロセスもシンプルなので、どのような細胞に対してもすぐにタンパク質が翻訳されるため非常に使いやすい。我々がおこなった実験でも、mRNAを投与すると、どんな細胞であっても驚くほどしっかりタンパク質が作られた。mRNA自体は非常に壊れやすい分子で、一定時間(通常数時間~数日程度)タンパク質を翻訳した後自然に分解されるため、安全性も高いといえる。

 

脂質ナノ粒子で誘導

 

 ここまでいうとmRNAワクチンがいいことだらけのように見えるが、今まで長く使えなかった理由もある。mRNAはすぐに壊れてしまうため体の中の細胞に送り込むためのDDSが必要になる。また、天然のmRNA分子は強い炎症反応を起こすことがあり、これを抑える仕組みが必要となる。

 

 DDSとは、「ドラッグデリバリーシステム」の略で、その名の通り、クスリ(今回の場合はmRNA)を体の中に送り込むための技術だ。DDSについてはDNAを送達するシステムとして1990年代から活発な研究がおこなわれてきた。そしてDNAとmRNAはとても似た分子なのでDNA用に開発されたものを改良して使ったものが現在も中心になっている。mRNAワクチンの場合、mRNAを安定的に保持して標的細胞に送り届けるだけでなく、細胞質の中で作られたmRNAを効率良く外に放出する機能が重要になる。そのような機能を作り込むためにいろいろな工夫がされている。

 

 現在、DDSとして主に使われているのは脂質ナノ粒子(LNP)だ。これは、細胞膜の成分と同じ脂質を主な材料としているため、mRNAが細胞にとり込まれやすくなるという働きがある。このLNPの細かい成分は各社によって異なり、現在いろいろなLNPが開発されている。また、一つのDDSがすべてを解決するのではないため、投与目的や標的組織、投与経路などによって今後は個別に作り込まれていくだろう。

 

 続いて、mRNA分子そのものを作り込むときの話をする。

 

 実はmRNAは化学的に完全に人工合成することはまだ不可能だ。mRNAの構造はまず、タンパク質をコードするもっとも肝心な部分があり、その前後にはmRNAにしかない特殊な配列をくっつけなければならない。

 

 ではどうするか。まず、作りたいタンパク質をコードする設計は、安定した物質であるDNAでおこなう。鋳型となるDNAを作り、細胞の中で起きていた転写を試験管内でおこなう「In vitro転写」によってRNAを作る。そこにさらに修飾を加えて、最終的にタンパク質翻訳可能なmRNAを作るという、結構面倒くさい過程を踏まなければならない。

 

 これまでは、効率良くタンパク質を作るmRNAを人工的に作成することは難しかったが、2001年の論文で発表された「ARCA法」によって大きく進捗した。

 

 遺伝子の配列は読む向きが決まっている。しかしそれまでの方法では正しい向きのmRNAと、逆向きのmRNA(タンパク質が作られない)が半分ずつできてしまい、半分しか役に立つものを作ることができなかった。しかしARCA法によって必ず正しい向きにIn vitro転写できるようになった。mRNAの作成についてはその後現在に至るまでに様々な改良がされている。

 

10年前から開発を開始

 

 次に、天然のmRNAをそのまま体内に投与すると、投与部位に炎症を起こしてしまう問題についての話をする。これは「自然免疫」の働きによるものであり、生命が進化の過程でかなり初期から備えている防御機構だ。mRNAやDNAなどの遺伝物質が土足で入り込むことは、体にとっては大変なことだ。そのため入り込んできたものを基本的には排除するという仕組みが非常に発達している。mRNAは敵だと見なされるため、投与した所にすぐに炎症反応が起きる。

 

 こうした反応に対して、「修飾核酸」を用いたmRNAを使用すると炎症が起きにくいということが2005年の論文で報告され、これによって免疫反応を回避する修飾mRNA作成法が考案された。

 

 研究成果が積み重なるにつれて、この頃から本気でmRNAをクスリにしようという人たちが欧米で増えた。「ビオンテック」(2008年設立)や「モデルナ」(2010年設立)などの会社設立もちょうどこの時期と重なっており、そこから約10年でコロナウイルスワクチンに至っている。その後も現在に至るまで多くの核酸修飾法が考案されており、あえて天然型のmRNAを用いる企業もある。

 

 だがmRNAはうまく作れるようになってきている一方で、現状では大量生産が難しく、今後の技術革新が期待される分野となっている。

 

がん治療でも実用化へ

 

 最近のmRNAワクチン・医薬品の開発状況を見てみるとコロナウイルスワクチンの開発が多い。しかしコロナ禍以前から開発され治験が始まっていた医薬も多くある。そしてコロナ禍がなかったとしても、2021年か2022年には第1号のmRNAワクチンがいよいよ実用化が始まって注目を浴び始めていただろうと思われる。

 

 mRNAワクチンは「液性免疫」(抗体を作る働き)と、「細胞性免疫」(ウイルスに感染した細胞を殺す働き)という二種類の免疫を同時に誘導することができる。これは大きな特徴で、とくにがんのワクチンにmRNAを使う場合に重要になる。患者のがん組織をとって遺伝子を解析し、特異的な部分をがんの抗原としてmRNAワクチンを作成し、患者に投与する。これをノーベル賞を受賞したオプジーボ等と併用するなどがん個別化医療への実用化に向けた研究が急ピッチで進められている。

 

 また、一般のクスリとしてmRNAを使うという研究も進んでいる。これは私自身の本来の研究テーマでもある。これまでにアルツハイマーや膵臓がん、脊髄損傷など様々な病気に対しての治療用mRNA医薬の研究をおこなってきた。軟骨の中にある細胞に直接mRNAを導入して軟骨を作る機能を高めるという研究もおこなっている。軟骨がすり減ること自体を直接抑える治療法はいままでなかったが、何もしなければすり減って壊れていく軟骨を正常な状態で保つことができるという結果も得られた。2023年には臨床試験を開始できるよう準備を進めている。

 

今後は主流になる技術

 

  今回のコロナウイルスワクチンに限らず、今後のワクチンはmRNAワクチンが主流になっていくと考えて良いか?

 

  はっきりYESとお答えする。mRNAは配列を変えるだけでどのようなタンパク質にも迅速に対応できる。さらにmRNAを使ってはいけないシーンはあまりないのではないかと思う。効果や性能に関しては今後一つ一つ評価が必要だが、これから非常に多くなるのではないかと考えている。

 

  なぜ突然mRNAワクチンが市場に出回るようになったのか?

 

  一般的に見たら突然出てきたように見えるかもしれない。しかし、実は2010年前後からベンチャーが猛然とmRNAをクスリにするために仕事をしてきており、コロナ禍以前の2019年頃から相当に機は熟していた。

 

  日本で新型コロナウイルスのmRNAワクチンを近いうちに開発できる可能性はあるのか?

 

  個別化が進むことによってそれぞれに最適解が見つかるようになる。そのため、日本で今までよりもさらに改良されたワクチンができる余地は十分にあると思う。

 

  mRNAワクチンは、がんの治療にも使われていると聞く。がん治療では、効果、安全性、とくに長期安全性が確認されているのか?

 

  率直にいうと、まだ使われ始めて1年も経たないものについて“長期的にどうか”と聞かれても人類の誰にもわからない。基本的にmRNA自体は体の中にあるものだ。それがいくら体の中でどうなったとしても天然のものなので、ある意味では一般的なクスリよりも安全なはずだ。しかし「長期」という問題に対しては真摯に患者の経過などを見守り、注意しながら開発を進めていきたい。

 

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新型コロナウイルス感染症とワクチンによる予防

 

         西 順一郎

         鹿児島大学大学院医歯学総合研究科微生物学分野教授

 

 現在の日本の新型コロナウイルスの陽性者数は81万9990人(7月14日現在)。第五波にさしかかっているのではないかというところにある。累積致命率は1・8%ほどだ。

 

 新型コロナウイルス感染症の初期症状は、発熱・咳・息切れのいずれかが70%、発熱が43%、咳が50%、息切れが29%、筋肉痛が36%、鼻汁6%、咽頭痛20%、頭痛34%、嘔気・嘔吐12%、腹痛8%、下痢19%、嗅覚または味覚異常8%などさまざまで、風邪の症状で終わる人もいるが、なかには20%くらいに肺炎が生じる。若い人でも症状がないままCTなどで肺炎が確認されることもしばしばある。そのうち約5%くらいの人は発症1週間後くらいから肺炎が急に悪くなって重症化する。致命率は80歳以上で14%以上にものぼり、やはり高齢者の方にうつしてはいけない病気である。糖尿病、心疾患、呼吸器疾患、腎臓病、高血圧、極度の肥満など(喫煙)も重症化する。

 

 肺炎が病態の中心ではあるが、ただこのコロナでは神経筋症状(めまい、頭痛、筋障害、嗅覚・味覚障害)を高頻度に合併することが報告されている(36・4%~57・4%)。また一部には脳炎や脳症も見られる。嗅覚障害は、鼻腔の奥の方にある嗅覚の神経上皮、そして嗅球にウイルスが行き、ここが萎縮したりすることで起こるが、そこから中枢神経系に侵入しているのではないかという報告もある。脳幹にSARS―CoV―2(新型コロナ)のスパイクタンパク質が染色で見えるということも報告されており、さまざまな病態機序で中枢神経にも侵入する可能性があるのではないかといわれている。ただウイルス血症という血液中にウイルスがいるという人は重症者に限られて、軽症な人は見られないので、すべて説明できるわけではないが、このような多彩な症状の背景にこのような病態がある可能性はある。

 

 若い人も軽症で終わって何もなければいい。だが、今は「急性期後COVID―19症候群(LongCOVID)」と呼ばれている、3カ月から6カ月にかけて、疲労、生活の質の低下、筋力低下、関節痛、息切れ、咳、酸素吸入、不安、うつ、睡眠障害、PTSD、認知障害、濃霧(Brain fog)、頭痛、動悸、胸痛、血栓塞栓、慢性腎障害、脱毛など多臓器にわたる多彩な症状が残るということが報告されている。ヨーロッパで入院した患者の4カ月後に症状の残っている人の割合だが、認知障害の人が3割、精神症状も3割くらいの人に見られるといわれている。

 

 日本でもこの長期合併症の実態把握の研究が進められ、中間報告では、退院時に疲労感、倦怠感、息苦しさ、筋力低下、睡眠障害、思考力・集中力低下、脱毛を認めた患者の3割以上が診断6カ月後でも認めている。

 

 そして入院の人だけではなく、これはノルウェーの自宅隔離の軽症または無症状の人、若い人でも52%で何らかの症状が6カ月後でも残っていることがいわれている。風邪だからいいやという考えは通用しない可能性がある。

 

若年層感染増す変異株

 

 話を変異株に移すが、現在変異株が出現してコロナの様相も変わってきている。新型コロナウイルスの表面にあるスパイクタンパク質が私たちの細胞の受容体であるACE2というタンパク質、血圧に関係するタンパク質だがこれに結合し、ウイルスが細胞に入ってくる。この結合する部分が受容体結合部位と呼ばれる重要なところになるが、新型コロナウイルスはRNAウイルスであって変異は頻繁に起きている。 

 

 スパイクタンパク質の遺伝子に変異が起きることによって、ここのアミノ酸が変化してACE2との結合力が強まって感染力が増えるというような変異株が注目されている。

 

 抗体がこのスパイクタンパク質に結合することでACE2との結合を阻害して感染を防ぐ。かかった後の抗体やワクチンでできる抗体が結合部位に結合する。しかしその結合部位がアミノ酸によって変化することで抗体がつきにくくなってワクチンの有効性が低下するという可能性もある。アルファ株とデルタ株でどちらも感染力は増強するが、アルファ株ではワクチンの有効性は保たれるといわれているが、デルタ株では低下するおそれがあるのではないかといわれている。ウイルスは広がりやすい方向に、また免疫から逃れる方向に進化する。

 

 そのためワクチンで私たち人類が制御しようとすると、そこから逃れる方向にウイルスは変わっていくというのもこれは必然である。

 

 そしてアルファ株のデータであるが、診断されたときに患者が出しているウイルス量が変異のない株に比べて10倍以上多いというデータも出ている。また重症化するリスクが少し高く、40歳から64歳では1・66倍くらい重症化する人が増えるという病原性にかかわることも懸念されている。

 

 インド型のデルタ株でもアルファ株よりさらにウイルス量が多いということで感染力が強まって、また肺炎のリスクも1・88倍になるという報告も最近出ているので、やはり以前の従来株に比べてうつりやすい、重症化しやすいというところが変わってきているところではないかと思う。

 

 鹿児島県のデータで、中等症Ⅱ(酸素が必要な肺炎)と重傷者の年齢分布は、変異株出現前の1月の時点では、50代以上だけであったし、80代・90代が多かったのだが、アルファ株を中心にデルタ株など変異株が出てからの5月末までのデータでは、10代から40代の50歳未満の方が37%を占めるなど、若い方でも重症になっていることがわかっている。10代の肺炎の方も変異株で見られている。これは、若い人は風邪で済むという考えは少し変えていかないといけないのではないかと思う。

 

 現在全国のサーベイランスでもインド型のデルタ株がアルファ株に置き換わりつつある。東京都の年代別重症患者数は、高齢者がワクチンで予防されて重症者が減って、相対的に40代から50代の割合が増えている。アルファ株のときは40~50代の重症患者がたくさん見られていたが、今デルタ株が出てきてからは20代の重症者が出てきている。初めてだが、10歳未満で基礎疾患のない子どもの呼吸管理を必要とする患者も出てきたとの報道もあったので、変異株で以前とは違って若い方にも重症化のリスクが高くなっている状況だ。したがってワクチンによる予防が重要だ。

 

接種での悪化例は無し

 

 ワクチンは弱毒の病原体(生ワクチン)、もしくは病原体の成分(不活性化ワクチン)を体内に摂取して特異的な免疫をつけるものである。特異的というのは想定した病原体だけに効果のある免疫ということだ。先ほどスパイクタンパク質がACE2に結合して細胞に入っていくといったが、ワクチンを接種することで抗体ができると、血液中に溶けているタンパク質(液性免疫)がスパイクタンパク質に結合してACE2との結合を阻害して感染を防ぐ。Bリンパ球というのが抗体を作るのだが、これが液性免疫だ。

 

 この感染を防ぐ抗体だけならいいのだが、なかには感染を増強する抗体も以前のワクチンやSARSやMERSなどの動物実験などでは見られていたが、今回のコロナのmRNAワクチン等のサルなどを使った動物実験ではそのような兆候はほとんどなかったという。現在もワクチンを打って逆に悪くなったという方は報告されていない。いわゆる抗体による感染増強というところは大丈夫だと思うが今後そこは慎重に検討する必要があると思う。

 

 ただ液性免疫だけではなくてTリンパ球というリンパ球がウイルスが感染したヒトの細胞を察知して分子を出して壊すという働きもある。これは細胞性免疫という。免疫はこの二つが合わさったものだ。mRNAワクチンとウイルスベクターワクチンの両方で、液性免疫・細胞性免疫の両方が誘導されるといわれている。

 

 mRNAワクチンについては、ウイルスのタンパク質ができるのだが、これも細かく分解されてリンパ球に提示されて応答が起こる。これはリンパ節で起こる。筋肉細胞や免疫細胞でつくられたタンパク質を認識したリンパ球がリンパ節に集まって抗体をつくる。ウイルスベクターワクチンでは同じくウイルスをアデノウイルスの中に入れている。アデノウイルスの増殖に必要な遺伝子を改変して、ウイルスは増殖できないように安全性を保っているわけだが、感染して同じような経路でスパイクタンパク質がリンパ球に提示されて応答が起こって免疫が成立する。

 

 現在海外で開発されているワクチンはたくさんあるが、ファイザー/ビオンテック(mRNA)、モデルナ(mRNA)、アストラゼネカ/オックスフォード(ウイルスベクター)の三つが日本で承認されている。その他にも組換えタンパク質などが海外でも臨床試験が進んでいる。また途上国を中心にロシアや中国のワクチンもたくさん接種されている。

 

 ロシアはウイルスベクター、中国は不活化ワクチンとウイルスベクターの両方がある。ロシアの方は有効率が90%以上で、これはランセットという雑誌に出ていたが、中国の方は効果がどのくらいあるのか論文にはなっていないのではっきりとはわからない。聞くところによると十分ではないのではないかともいわれている。

 

重症化の予防にも有効

 

 日本国内でもさまざまワクチンが開発されていて臨床試験に入っているものが四つくらいある。組換えタンパク質のワクチンは年内にも供給されるのではないかという報道もあった。

 

 ワクチンの効果を見る場合、ワクチンを接種された人のなかにちゃんと抗体ができているかを調べるわけだが、抗体は液性免疫を示すので細胞性免疫まで見ているわけではないことに注意が必要だ。【図3】の左側のグラフはスパイクタンパク質に抵抗する抗体価、右側は感染まで予防できる働きを持った中和抗体価を測定しているものだ。下の矢印が1回目、2回目の接種を示している。1回打つことで抗体が上昇している。そして2回目を打つことでさらにそれが高くなることがわかる。中和抗体価では1回目の接種ではほとんど上がっていないが、2回接種することで高い中和抗体価ができる。高齢者では少しレベルは落ちるが十分な中和抗体価ができる。これにより1回では不十分で2回の接種が重要だということがわかる。

 

 

 次に臨床試験をおこなう。臨床試験では接種群と対照群で比較をする。対照群は生理食塩水などを接種するが、この二つの群で発症する人が何人くらい出るかを評価する。たとえばファイザーの16歳以上の検討では1万8000人ずつわけて、対照群では162人のコロナの発症者が出たが、接種群では8人に抑えられた。発症者が95%減っているということから、有効率は95%と発表されている。

 

 12歳~15歳では接種群はゼロだったので100%の有効率が見られ、モデルナでも94%、アストラゼネカのワクチンは70%くらいといわれている。また重症例はほとんどがワクチンを打っていない群に見られるので、重症化を予防する効果もあるだろうということがわかる。毎年打っているインフルエンザワクチンの効果は年によって違うが、平均すると50~60%なので、それに比べると非常に高い有効率がmRNAワクチンでは見られていることになる。有効率がどういうものなのかという質問をいただいたが、「有効率90%」を例に説明するが、これは「90%の人には有効で、10%の人には効かない」ということや「接種した人の90%は病気にならないが、10%の人はかかる」という意味ではない。接種をしない群の発病率が10%としたとき、接種をした群は1%まで減るということで、減少率の90%が有効率になる。「発症する人の割合が90%減少する」「発病リスクが10分の1になる」ということだ。

 

実社会の有効率8割超

 

 実際の社会のなかでワクチンが普及し、どれくらいの効果があるのかというと、臨床試験と同じくらいの90%以上の発症を予防する効果が実社会でも見られている。それだけにとどまらず、臨床試験のときにはわからなかった、検討されていなかった感染率(PCRで確認)を下げる効果もある。無症状者を含む感染者の感染率は、イスラエルでは1回目では46%しか減らないが、2回接種することで92%まで減る【図4参照】。イングランドでも85%減。モデルナのワクチンを含めたアメリカの検討でも90%の有効率を持っている。これは予想もしなかったことだが、非常に高い感染を予防する効果も期待されるというのがmRNAワクチンである。つまり知らないうちに人に広げることも防げる。もちろん完全ではないが、自分がかからないだけではなく人に広げないという利益もある。

 

 この理由はなにかというと抗体のなかには血液中のIgGとかIgM、また唾液の中に出てくるIgAという抗体がある。分泌型IgAというのが粘膜感染の予防には非常に重要なのだが、ファイザーやモデルナのmRNAワクチンを2回接種した後はこの分泌型のIgAが唾液の中にも出てくることが100%ではないがかなりの率で証明されている。粘膜でウイルスが入ってくるのを防ぐ、粘膜免疫も誘導される利点もあることが確認されている。

 

 ただワクチンは100%の効果ではないので、ブレイクスルー感染といって2回接種後に感染が見られる方もいる。アメリカでは、1億100万人くらいが接種したなかで1万人くらい(0・01%)にそのような報告があった。入院は一割程度で死亡は2%だが見られている。ただ無症状の感染者は27%。変異株が多いのかと思ったが、それはワクチン未接種者と同じ割合であった。

 

 シカゴの介護施設での検討では1万4000人くらいの2回接種した人のなかで22人が感染した。それも0・15%だから高い割合ではない。しかも14人は無症状で、さらにそこから施設での二次感染は起きなかったという。無症状でウイルスを出していたとしても広げない、広げにくいということでこれもワクチンの効果ではないか。mRNAワクチン接種後に感染した人の排出するウイルス量は8分の1くらい少ないといわれている。

 

 アストラゼネカのウイルスベクターワクチンは1回接種だけで100日ほど70%くらいの有効性が保てる。むしろ接種後90日後くらいに有効性が高くなる。1回でもいいのではないかということで、日本で承認されたときは接種間隔は4週~12週で打つことになっている。WHOは少し遅めに8週から12週をすすめている。しかしそれ以上経過するとやはり有効率は落ちてくるので、少し遅らせて接種するのがいいのではないか。ウイルスベクターは生きたウイルスを入れるので、アデノウイルスに対する抗体ができると効果が低下する可能性がある。2回目までは大丈夫なのだが、3回目以降の効果はわからないというのが限界だ。

 

 変異株に対する効果だが、ファイザーのワクチンを打った場合、アルファ株に対しては従来株のときと変わらないが、ブラジル型や南アフリカ型に対しては少し活性が落ちるといわれている。

 

 実社会ではどうかというと、カタールでのアルファ株やベータ株が同時に流行したときの効果を見ると、感染予防ではアルファ株に対する有効率が89・5%に対しベータ株は75・0%とやや落ちる。しかしワクチンがまったく効かなくなるということはない。しかし重症化予防効果はいずれも100%であった。

 

 インド型はデルタ株が増えている。カッパ株というインド型は変異で免疫を回避する作用があることははっきりしているがデルタ株にはない。しかし調べてみるとデルタ株も数倍くらい免疫の活性が落ちることがいわれているので免疫を逃れる可能性がある。だがこれもイギリスの実社会で見た場合には88%の有効率でそれほど大きく低下はしていないことが報告されている。またデルタ株が蔓延すると、集団免疫に必要な摂取率が少し高くなると予想されている。

 

 コロナにかかった人へのワクチン接種は、かかった人も1回打つことでさらに効果が高くなるので有効だ。そのため1回接種、2回接種は、変異株が出ている以上はした方がよいかと思う。ただ副反応が強く出がちなので1回接種ですぐに副反応が出るところには注意していただきたい。

 

 mRNAワクチンの効果がいつまで続くのかだが、3、4カ月すると抗体は落ちてくるというのが事実だ。ただ抗体価は落ちてきてもリンパ節の中の胚中心という抗体をつくる場所でのBリンパ球が15週間後でも残っていることがわかっている。記憶B細胞というリンパ球も十分働いているため、ある程度の長期的な有効性は保たれるのではないか。ただ高齢者ではその効果が少し低下する可能性はあるが、半年後、一年後にまた再接種が必要なのかどうかは、今後の流行状況、変異株の出現状況などに依存すると思う。現時点ではまだ不明といった方がいい。
      

 

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新型コロナワクチンの副反応

 

         伊藤 澄信

         順天堂大学医学部客員教授  


 今回のコロナワクチンは、予防接種法のなかの「臨時接種」という枠組みに位置づけられている。接種については「接種推奨」と「努力義務」ということでもちろん強制はされない。

 

 またコロナウイルスワクチンは「任意接種」のインフルエンザに比べて、死亡した場合の補償は5倍以上となっており、今回の臨時接種はたいへん手厚い補償のなかでおこなわれている。ワクチン接種後の副反応の調査については、今後SNSを使った予防接種後健康状況調査に加えて、先行接種者健康調査、製造販売後調査の三点セットでおこなっていく。

 

重篤な副反応について

 

 厚生労働省の審議会で問題になっている重篤な副反応について説明する。アナフィラキシーや心筋炎・心膜炎、死亡事例の他にも、今後用いられるワクチンにともなう重篤な有害事象として血小板減少をともなう血栓症や、毛細血管漏出症候群、ギラン・バレー症候群があげられる。

 

 審議会に6月27日まで(131日間)に、「ファイザー社ワクチン接種後に死亡」として報告された453例のうち、年齢別に見ると65歳以上が420例、65歳未満が31例、年齢記載なしが2例となっている。接種後死亡者のほとんどを65歳以上の高齢者が占めていることについては、「ワクチンを接種していなくても同様のことが起きるだろう」というのが審議会の判断だ。

 

 死因との因果関係判断については、基本的に直接死因との関係を判断している。だが、高齢者など体力が低下している人の場合は、ワクチンの副反応による発熱、倦怠感、消化器症状などが不幸な転帰の引き金になっている恐れがあり、この点には十分注意が必要だ。

 

 また、高齢者は自覚症状が少ないということにも注意が必要だ。そのため2回目接種翌日は、「インフルエンザを発症したかのような症状」が出るかもしれないことを予測して、生活の予定を立てることを勧める。

 

 アナフィラキシーについては、以前ほど問題になっておらず、ワクチン接種開始当初に比べると報告の頻度が減っている【図1参照】。接種開始当初は、じんましんなどの発疹が出てもアナフィラキシーとして判断され報告が上がってきたりしていた。当初、アナフィラキシーの報告が多かったのはそういった問題が大きいのではないかと思う。

 

 最近話題になっている心筋炎について話す。心筋炎は医療従事者の先行接種でも1例出ているので、具体的な症例を示す。発症したのは27歳男性で、2回目接種の3日後、早朝に2時間程度胸の真ん中から少し左側に胸痛があった。その後受診した結果、血液検査で心筋逸脱酵素が上昇していたため、心筋炎と診断された。その後比較的順調に回復していた。

 

 次に、アストラゼネカ社のワクチンで問題になった脳の静脈系の血栓症について。これはピルの内服者に多いということで知られている。この疾患について、ヨーロッパの規制当局(EMA)がリスク・ベネフィット比を示している。これによると、各国でウイルスベクターワクチン(アストラゼネカ社など)を若い人が接種することは推奨しにくいとされている。日本でもすでにこのワクチンは特例承認されているが、予防接種法上の位置づけはまだ定まっていない。

 

 アストラゼネカ社のワクチンの特徴はまず、ウイルスベクターワクチンであること。問題点は、有効性が約70%とやや低いことや、頻度は著しく低いものの血栓症への懸念がある。利点は、保存が容易(2~8℃)、包装単位が小さい、国内製造できるため、使いやすいワクチンであることなどがあげられる。また、「アストラゼネカ社COVID―19ワクチン接種後の血小板減少症を伴う血栓症の診断と治療の手引き・第2版」ができたため、副反応に対する対応策ができ、「臨時接種」とする条件が成立した。今後もアストラゼネカ社製のワクチンを日本でどのような形で使っていくかはしっかり議論していかなければならない。

 

ファイザーの副反応

 

 ここからは、私が関与しているコホート調査について話していく。コホート調査とは、あらかじめ観察対象を決めて、時間の経過とともに追いかけていく調査だ。追いかけられる集団を「コホート」という。

 

 ファイザー社のワクチンが承認された直後から、国立病院機構(NHO)、地域医療機能推進機構(JCHO)、労働者健康安全機構(JOHAS)の全100病院の職員を対象にコホート調査を実施した。私は20年近く新型インフルエンザワクチンの開発をしていて、医師主導治験や特定臨床研究をしているので、そのプラットフォームを使って今回の調査をおこなっている。したがってこの調査は、治験と同様の細かさでデータ収集をおこなっている。

 

 この調査では、2月17日の最初の接種から8日間で約2万人の接種をおこなった。その結果を示していく。

 

 医療従事者が対象なので女性が6割以上となっている。局所の痛みに関しては1回目も2回目も変わりがなく、接種当日の夜から翌日にかけて痛みがある。発熱は1回目の接種では少ないが、2回目接種では全体の38%とかなり高率となる。海外での治験データでは38度からを発熱としているが、日本は37・5度以上なので、海外データと比較するさいには気をつける必要がある。全身の倦怠感や頭痛は2回目の方が頻度は高いが、接種から3日ほどで軽快に向かう【図2参照】。

 

 もう一つ、特徴的なのが年齢性別によって頻度が著しく異なるということだ。例えば、局所の痛みは年齢性別はそれほどの差はないが、発熱に関しては20歳代の女性は2人に1人が37・5度以上の発熱があった【図3参照】。

 

 この調査では、因果関係がなくても入院した人もすべて捕捉している。そのなかには心筋炎や、顔面神経麻痺、突発性難聴なども含まれており、このような症状がワクチン接種とまったく無関係といえるのかどうかは多少気になっている。

 

 こういった情報をすべてまとめていくなかでわかったのは、悪心(おしん、吐き気のこと)、下痢、腹痛などの消化器症状にも影響がそこそこ出るということ。また2回目接種では五〇肩のような症状があらわれて腕が上がらなかったり、寝返りを打つと痛くて目が覚めるなどもあった。のどが痛くなったケースもある。また、とくに2回目の接種後にリンパ節の腫脹があり、1週間以上腫れた人もいた。それ以外の症状は数日以内によくなると見られる。

 

 調査のなかでは副反応に対して使用した薬剤も調べた。解熱鎮痛剤を使用した人は全体の13・5%おり、使用した理由について解析すると頭痛の割合がもっとも多かった。また、ワクチン接種後にコロナウイルスに感染した人は対象者約2万人のうち8人いた。このうち2回目の接種を終えていた人は4人おり、感染予防は引き続き必要だと思う。

 

モデルナの副反応

 

 続いて、モデルナ社ワクチンのコホート調査の結果を示す。対象者はNHO17病院、JCHO6病院、自衛隊9施設で現在約1万人に接種している。こちらは男性の割合が95%となっている。

 

 モデルナ社とファイザー社ワクチンの接種後の比較をしたが、発熱や全身倦怠感、頭痛、疼痛すべてでパターンに変わりはなかった。年齢ごとの副反応についても、発熱や全身の倦怠感が年齢が上がるとともに頻度が低下するという特徴もファイザー社ワクチンと共通していた。1回目接種後のデータしかまだ収集できていないが、接種後1週間にあらわれた症状はファイザー社ワクチンとほぼ変わらない。

 

 一つ、モデルナ社ワクチンの特徴として「モデルナ・アーム」と呼ばれる遅延性の皮膚反応がある。接種直後は発赤がなくても、接種後7日目くらいから発赤が出てくる人が2%ほどいた。発赤の範囲は大きくて20㌢くらいになり、かゆみも出る。

 

 ワクチン接種のメリットは、重傷化予防および発症を防ぐ作用が期待できること、感染したとしてもウイルスの減少が期待できるので他の人を感染させる可能性を低下させる。これに対して発熱や倦怠感などの副反応というデメリットを勘案して、被接種者みずからが決めることが一番大切だ。

 

質問の回答

 

  ファイザーとモデルナの副反応の違いは?

 

  酷似しているが、モデルナ筋注は遅延性皮膚反応の発現率が高そうだ。副反応の頻度等は2回目接種後の結果で検討する。

 

  アストラゼネカで血栓症が多いのはなぜ?

 

  ウイルスベクターワクチンの共通の副反応で、ジョンソン&ジョンソンのワクチンも同様だ。

 

  ワクチン接種時にPCR検査をすればよいのでは?

 

  COVID既往者にもワクチン接種は勧められているので、感染状況を把握する必要はないと考える。

 

 Q 発熱、疼痛以外の副反応は?

 

  腋窩痛、リンパ筋腫脹、頻度が高いのが悪心、下痢などの消化器系症状、めまいなどさまざまある。しかし初めから副反応が起きる、熱が出る、2回目接種翌日にはインフルエンザに似た症状が出るということを理解したうえで対応することが大切だ。そういうリスクを承知したうえで、自分が他人に移しにくくなるなど、予防ができるということを踏まえて判断してほしい。

 

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妊娠と新型コロナウイルスワクチン接種 

   ~その必要性と安全性を中心に

 

           川名 敬

           日本大学医学部産婦人科学系産婦人科学分野主任教授  


 妊娠、妊婦に関しては相談の多いところであるため、ぜひ参考にしていただきたい。妊娠中に新型コロナウイルス感染を受けてしまったらどうなるか。これはワクチンの有効性と必要性に繋がってくる。そして実際にワクチンを受けた妊婦が世界中にたくさんいるので、そのデータを示し、最後に今それを受けて国内外でどういう論調になっているかという意見をまとめていきたい。

 

妊婦とコロナ感染症

 

 まず妊婦でコロナに感染するとどうなるか。産婦人科関係の学会の方から情報発信をしているが、そのなかでは「コロナの感染によって胎児の異常、流産、死産のリスクが特に高くなるという報告はない。しかし少数ではあるが、死産、母子感染という症例が報告されている」とある。

 

 一方で妊婦自身がどうなるかというと、死亡率こそ変わりはないが重症化するというリスクがわかっている。これはコロナウイルスにかかわらず肺炎という病気は妊婦の場合重症化することが知られているので、それを意味しているといってもいい。どちらにしても肺炎を起こしやすいという世界状況であるということは間違いないので、非常に危険をともなうということになる。一般的に若年の方はあまり重症化しにくいのかもしれないが、妊婦の場合はそうではないということだ。

 

 この1、2年でたくさんの報告が出てきているが、それらをすべてまとめたのがシスティマティックレビューだ。6万7271例の妊婦を対象にした解析であるのでかなり信頼度の高いデータになる。そのなかの結論では、死亡例はいるがこれは一般の方と比べて増えてはいない。死亡した妊婦のなかでは肥満、非白人、妊娠高血圧症候群、糖尿病合併者が多かった。

 

 実際の数字を見てみると【図①】、「新型コロナウイルス感染している妊娠可能年齢の非妊娠女性との比較」では、妊娠している場合は死亡率は0・96倍。これは一倍が同じという意味であるので、死亡率はほぼ変わらない。それに対してICUなど集中治療室への入室や人工呼吸器を使わなくてはいけなかったというリスクは2倍以上で、明らかに上がっている。同じ25歳であっても妊娠しているというだけで2倍以上に大変な治療が必要になる。

 

 

 「新型コロナウイルスに感染していない妊婦との比較」では、母体の状態でいうと感染していない妊婦はほぼ死亡することはないため、約3倍にものぼる。集中治療室に入らなければならないほど重症化した人は20倍近くにもなる。早産のリスクも1・5倍ほどと明らかに上がる。

 

 赤ちゃんにどれくらいの影響があるかというと、感染していない普通の妊婦に比べて感染している妊婦の死産や新生児死亡は約3倍弱ということで、相当怖い数字になる。無事生まれて命を授かった赤ちゃんでも、やはりそのあとに入院してしまう可能性は5倍近い。これらの大型データを見ると妊婦がコロナに感染することは非常に危険であることがわかる。妊娠していない女性、もしくはコロナに感染していない妊婦に比べてあきらかにリスクが上がるため、リスクのことを考えるとワクチンのベネフィットというのは非常に大きいのではないかということが想像できる。

 

 このようなことに加えてもう一つ大きな問題がある。これはわれわれ産婦人科の分娩を担当している者からの声でもあるが、お産の近い妊婦が感染してしまうとどうなるかというと、基本的に帝王切開になってしまう。夫が感染し、家庭内感染で妊婦が感染してしまうということが多いのだが、赤ちゃんもお母さんも元気であってもコロナに感染しているというだけで帝王切開になる。これは産科の施設で院内感染、クラスターが起きてしまうと産科の医療にダメージが出るためだ。とくに東京や大阪などコロナの蔓延が広がっている地域では、帝王切開になるのはほぼ間違いないと思う。さらにお母さん、赤ちゃんがともにウイルス陰性になるまで、1、2週間は授乳も面会もできない。コロナは赤ちゃんにもお母さんにもデメリットの大きい感染症ということになる。

 

ワクチンの有効性と安全性

 

 感染を予防する方法のなかで、マスクや手洗い・うがいで予防することは当然妊娠中は大事であるが、しかし決定的に感染を予防できるのはワクチンである。予防できる手段があるということは、われわれ妊婦を扱っている者と妊婦にとっては大きなインパクトになる。

 

 現在ワクチンをつくっている会社、ワクチンを扱っている厚労省・自治体等からさまざまなリーフレットが出ている。モデルナ製のワクチンに関する記載のなかには、ワクチンを打ってはいけない人は、発熱がある場合、重篤な疾患がある場合、もしくはすでにこのワクチンで重度の過敏症を起こしたことがある人は避けてほしい、となっている。

 

 注意して欲しいという人のなかには、もともとの持病があってワクチンによって何か変化が起きる場合や、特にアレルギー体質の強い人、痙攣などの経験がある人は注意してほしいとなっている。しかしこのなかに妊婦のことは書かれていない。ごくごく初期の段階ではそのような記載もあったとは思うが、最近の公的なリーフレットを見ると妊婦に打つなとは決して書いていない。

 

 医学界で非常に有名な医学誌があるのだが、そこで最近6月17日に発表されたデータがある。これが全世界のデータをかき集めたもっとも信頼度の高いデータになる。このなかではファイザーとモデルナのmRNAワクチンを接種された妊婦が3万5000人強いる。妊婦のなかには「妊婦がワクチンを打ってもいいのか?」と思っている人もいると思うが、実は世界では3万5000人がワクチンを打っている。しかもこれはごく一部のデータだから、実際はもっと多いはずだ。

 

 その結果、妊婦がワクチンを打ったときの副反応は、非妊婦と比較した場合、ファイザーもモデルナも痛みや倦怠感、頭痛などの副反応はほとんど変わらない。妊娠しているから危険である、副反応があるということはない。痛みに関しては妊婦の方が少し高いが、頭痛や悪寒、発熱などについては非妊婦の方が高い。

 

 これについては妊婦は比較的免疫反応が弱いということがある。なぜかというと赤ちゃんを守るために妊婦は免疫をやや落とす。赤ちゃんを拒絶しないように免疫を落とす体になっている。


 だからmRNAのワクチンに関しては反応が弱いという可能性がある。妊娠中のワクチン接種による副反応は心配ないということがわかる。

 

ワクチン接種登録した妊婦の感染予防効果は?

 

 妊娠をしようと思っているときや妊娠初期にワクチンを打ったらどうなるのかということを心配されている人も多い。

 

 3900人以上の妊婦に関して、妊娠中にワクチン接種登録をし、その妊婦が結果的にどうなったのかということを追跡した。器官形成期といった赤ちゃんの頭や手、指、心臓などができる時期は、だいたい4週から8週。妊娠2カ月くらいになるが、その時期にワクチンを打った人が1000人以上いる。

 

 その結果、妊娠中に感染が起きた人はほとんどいなかった。2回目を打つ前に感染した人はいるが、ワクチンを2回打った人で感染をしている人はほとんどいない。

 

ワクチン接種登録した妊婦の妊娠の異常は?

 

 そしてこれはワクチンを打ったことでどのようなことが起きるのだろうかという危険性を知るには非常にいいデータだ【図②】。結論からいうと、ワクチンを打つことで流産をするのではないかと心配する人がいるが、ワクチンを打った妊婦も流産率は10%ほどで、一般的な流産率と変わらない。ワクチンを打ったせいで死産になるのではないかということも心配されるが、これも変わらない。むしろ0・1%だから低いくらいだ。

 

 生まれた赤ちゃんはどうなるのかということも随分心配されて質問も多く来ているが、ワクチンを打った妊婦の早産率は9・4%で一般的な早産率と変わらないし、未熟児で生まれてしまう可能性もまったく変わらない。また先天性の奇形の赤ちゃんはどうしても一定の割合で生まれてしまうものだが、それに関しても妊娠初期にワクチンを打った妊婦もいるなかでほとんど割合は変わらない。生まれてすぐに死んでしまう新生児死亡に関してもゼロだ。

 

 ワクチンを打ったあとに追跡した結果、ワクチンを打っていない妊婦と比べてのリスクは上がらないということがわかった。ワクチンの影響はないということがいえると思う。このデータが出たのが6月17日で1カ月ほどしか経っていないということも考慮してほしい。

 

国内外の専門家の意見

 

 これまでのことを受けて国内外ではどうなっているのか。日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会・日本産婦人科感染症学会が六月一七日に出した意見では、「日本においても希望する妊婦さんはワクチンを接種することができます」としている。必ず打ちなさいとはいっていない。ワクチンはいろんなことが起きるので、どうしても打ちたくない人に無理に打てということはいえない。

 

 ただワクチン接種を希望する、例えば妊娠していなければ打ちたいなと思っている人に関しては、「妊娠していてもワクチンを打っていい」ということをのべている。先ほどからのべている通りワクチンは、妊娠中における重症化や赤ちゃんの死産のことを考えると、妊婦とお腹の中の赤ちゃんの両方を守るという意味では非常に有効だということを強調している。特に東京や大阪などの感染流行地域のような感染のリスクが高いところ、また感染者と触れる機会の多い医療従事者、救急隊員、薬局の人、あとは糖尿病、高血圧、喘息などの基礎疾患のある妊婦はどちらかというと打った方がいいのではないか、とすすめている。

 

 またワクチンを接種して副反応で発熱した場合、よく処方されるのがアセトアミノフェンという解熱剤だが、これは妊娠中に服用してもまったく問題はない。高熱によって流産をするのではないかというような心配はなく、解熱剤を使って熱を下げれば大丈夫だ。とはいってもやはりワクチンを打つかどうかは通っている妊婦検診の先生と相談し、そしてそれを接種会場の問診の先生に伝えていただきたい。

 

海外での考え方

 

 アメリカでは重症化を防ぐことができる、流産などに関しても自然発生率と大きな差はないとして基本的には推奨するスタンスだ。イギリスでは、妊婦を使った臨床試験はないが、今まで集まったデータでは妊娠への害を示唆するものはないとしている。むしろイギリスでは妊娠していない女性と同様にワクチン接種をおこなうべきだとしている。

 

 WHOも「妊婦へのワクチン接種の利点を上回るリスクはない」とし、とくに医療従事者など感染リスクの高い妊婦は受けることが望ましいとしている。

 

 次に、妊娠を計画している人やそろそろ子どもをつくろうかなと考えている人がいるなかで、ワクチンを打っていいのかという質問がよくある。

 

 それに対してアメリカのスタンスは「現在あるいは将来妊娠の希望の場合でも、新型コロナワクチンを受けることができる」としている。ワクチン接種前に妊娠検査をする必要もないし、妊娠初期のワクチン接種による胎児への影響も認められていないということも書かれている。さらにこのワクチンが不妊に繋がる根拠もないといい切っている。そのためワクチン接種後に妊娠を避けなければならないということもない。イギリスもほぼ同様だが、ワクチン接種開始直後の1回目を打った後に妊娠が判明しても2回目を接種しても大丈夫だと書いている。

 

 ワクチンのために妊娠をわざわざ延期する必要はないということだ。

 

質問の回答

 

 今まで各種の指針などで情報提供がされている。それと今日の話にギャップがあるかもしれないが、これは日々情報がアップデートされている。われわれとしても逐次アップデートし変えていく予定であるので、タイムラグがあってもそこは了承願いたい。

 

 コロナウイルスのワクチン自体が婦人科の臓器、例えば卵巣とか子宮とか胎盤に移行するという話はない。そもそもそんなデータをとれるわけがない。胎盤や卵巣をとってくるなんてあり得ない話であるので、こんなデータはそもそも根拠がないと考えてよい。

 

 妊娠中でもワクチンを接種することができるというのがわれわれ専門家の意見であるし、それを踏まえてどうするのかというのはみなさんがご自分で判断してほしい。しかし少なくとも妊娠中に感染を発症してしまうことの方がリスクが高いということがおわかりいただけたと思うので、そのリスクを起こさないためのワクチン接種というのは非常に大事だろうとは考えている。

 

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子どもへの新型コロナワクチン

 

      森内浩幸

      長崎大学大学院医歯薬学総合研究科・小児科主任教授

 

 ある例を示す。アフリカのチンパンジーの群れで、罹ったら9%が死亡するという新型呼吸器感染のアウトブレイクが起きた。実はこの感染の原因は「ヒトライノウイルスC」という人の鼻風邪のウイルスだった。そんなウイルスでも、遺伝的に99%ヒトと一致しているチンパンジーの群れに持ち込まれると、新型コロナウイルス以上の致死的ウイルスへと変貌する。

 

 また、アフリカにおけるヒトのインフルエンザは都市部では流行するが、田舎の地域ではインフルエンザに罹ったことがない人がたくさんいる。そのため、2002年に季節性インフルエンザがマダガスカルの田舎に持ち込まれた際には、致死率2%というスペイン風邪並みのアウトブレイクを起こした。致死率がもっとも高かったのは高齢者だった。

 

 このように、集団免疫がない社会に新たなウイルスが持ち込まれると、すべての年齢層に感染が拡大し、重症化・死亡する人が多くなる。そしてとくに高齢者の重症化が目立つ。

 

 次に、コロナウイルスについて話す。コロナウイルスはもともとコウモリなどの動物が持っているウイルスで、古くは1200年頃からあった。コロナウイルスには、子どもの風邪の原因になる四種類の「風邪のコロナウイルス」と、21世紀に入って登場したSARS、MERS、COVID―19を起こす三種類の「新興コロナウイルス」がある。

 

 風邪のコロナウイルスについては、4~6歳くらいまでにほとんどの子どもが感染している。だが、2003年、そのウイルスのなかの一つである「OC43」によって、カナダの高齢者施設では収容者142人のうち95人が感染し、そのうち11人(12%)が肺炎を起こし、8人(7・6%)が死亡するというアウトブレイクを起こした。そのインパクトはまさに新型コロナウイルス並みだ。このように風邪のコロナウイルスであっても、高齢者をはじめ2歳未満児や基礎疾患を有する人においては重症急性呼吸器感染症を起こすことがある。つまり、基本的にその病原性は新型コロナウイルスと大差ない。

 

 風邪のコロナウイルスと、新型コロナウイルスとの最大の違いは疫学像にあるのではないだろうか。風邪のコロナウイルスには子どもは5歳くらいまでに全員罹っており、大人はすでに免疫があるので罹らない。しかし偶然罹ったとしたら重症化することがある。一方、新型コロナウイルスにはまだ誰も罹っていなかったので、子どもだけではなく、重症化しやすい高齢者も罹ってしまった。

 

 新型コロナウイルスに感染しやすいのは、行動範囲が広く活発な20代がもっとも多く、次いで30~50代と続いている。一方、死亡しやすいのは高齢者だ。そして子どもは感染することも少ないし、罹っても軽症ですむ【図1参照】。

 

 

高齢者の重症が多い訳

 

 「子どもは風邪の子」であり、風邪のコロナウイルスに対する免疫があるため、新型コロナウイルスに対しても防衛的に働くとも考えられる。一方、高齢者が重症化する理由として「初めての病原体は苦手」=「新しいことは学べない」ということがあげられる。

 

 高齢者は昔のことはよく覚えているが、新しいことは覚えにくい。この特徴は免疫系にも同じことがいえる。昔罹った病気や、昔接種したワクチンに対する免疫応答は悪くない。しかし、その歳になって初めて出くわした病原体にはうまく対応することができない。そして、うまくいかずあがいているうちに無駄に炎症反応だけ起こしてしまう。そのため、新型コロナに感染した場合でも、ウイルスがいなくなった頃になって重症化する。

 

 新型コロナに限らず、子ども(若くて健康な大人も同じ)よりも、大人の方が重症化しやすい感染症はまれではない。そのような感染症をいくつか例としてあげる。

 

 「スペイン風邪」は全世界で5億人が感染し、5000万人が死亡したといわれるが、もともと健康だった20代、30代に多くの犠牲者が出た。健康な大人が重症化した理由の一つとして、過剰で不適切な免疫応答による病態(ARDS、肺出血、脳症など)があったためと推測されている。つまり免疫の力が強かったことが裏目に出てしまったということでもある。

 

 「はしか」は大人が重症化しやすい感染症のなかでもとくに有名だ。ハワイ出身のカメハメハ2世(1797~1824年)は、26歳のときに英国との同盟関係の交渉をおこなうためロンドンを訪れたさい、はしかに罹患して王妃とともに死亡した。当時ハワイにははしかがなかったので免疫がなかったのだ。

 

 「水疱瘡」も大人の方が重症化しやすい病気だ。そのためかつて欧米では「子どものうちに罹ってしまえ」ということで「水疱瘡パーティー」なるものが開かれていたこともある。

 

家庭内での感染が大半

 

 子どもにとって新型コロナウイルスとは、本来風邪のウイルスだといえる。しかし子どもの時に罹らず思春期以降に罹った場合、多くは軽症ではあるものの、まれに回復期に過剰な炎症反応による合併症を来してしまう。そしてウイルスへの免疫応答がうまくいかない高齢者が罹ってしまったら、ダラダラと炎症が続くうちに、それによる血管障害・血栓形成の発生、肺・心臓・肝臓・脳等に障害が生じる。このように、病気の重さはウイルスではなく、私たちの免疫応答が決めるのだ。

 

 現在の日本は少子高齢化が進み、人口構造は「壺型」だ。しかし人類の歴史ほぼすべてにおいては「富士山型」だった。富士山型の人口構造に新型のコロナウイルスが持ち込まれたとしても、重症化する高齢者がそもそも少ない。現在のアフリカなどがこのような人口構造だ【図2参照】。

 

 

 また、今でこそ日本は長寿国だが、縄文人の平均寿命は15歳、弥生人は25歳、江戸時代は37歳、そしてつい100年前の大正時代は42歳だった。

 

 スペイン風邪パンデミックの頃(大正時代)の日本でも、重症化しやすい高齢者は今と比べてかなり少なかったということだ。もしもこの時期に新型コロナがやってきたとしても、ただ単に「大人も感染しやすい風邪」の流行にすぎなかったのかもしれない。

 

 子どもにとっての新型コロナウイルスについて、他の呼吸器感染症と比べてみるとどうか。イギリスのデータでは、新型コロナに感染した18歳未満の患者5万人のうち、ICU入院となったのはたったの1人。死亡したのはコロナ患者100万人のうち2人だけだった。

 

 新型コロナと季節性のインフルエンザ、RSウイルス感染症の三つを0~19歳を対象にした致死率で比較すると、新型コロナによって子どもの命が失われることは極めてまれであるのに対し、インフルエンザの方が新型コロナよりもリスクが高く、RSウイルスは桁違いに致死率が高くなる。子どもにとってやはり一番恐いのは何よりRSウイルスだ。RSウイルスは、昨年は流行しなかったのに今年の5月以降、2年分くらいの大流行となっており、東京都では6月に入って過去最高レベルにまで達した。全国でもあちこちでICUに入る重症例が出ている。

 

 また、年齢階級別の死因順位(2019年)によると、インフルエンザによる死亡は1~4歳、5~9歳の階級で第5位に入っており、甘く見ることはできない。高齢者が重症化しやすいという点ではインフルエンザと新型コロナは同じだが、インフルエンザに対して新型コロナは子どもの感染は多くない。

 

 インフルエンザでは、学校での流行が家庭に持ち込まれて親が社会全体へと感染を広げていく。一方、新型コロナでは、社会のなかでの流行が家庭に持ち込まれ、学校のなかにも広がっていく。また学校のなかでも教職員から子どもへと広がっていく。

 

 「学校での感染事例が少ないのは、学校が閉鎖されていたからだ」という人もいる。しかし、日本小児科学会の小児症例のデータを見てみると、昨年8月31日まで学校が閉鎖されていた期間の感染源の71%は家庭にあり、父親など大人が外から持ち込んで子どもにうつしていた。そして学校が再開された昨年9月1日~12月31日までのデータを見ても、やはり感染源の75%は家庭だ。つまり学校を再開しても感染源は変わっていない。また、保育施設内での感染はむしろ減っている。これらの傾向は今年に入って変異ウイルスに置き換わってきた状況下でも変わっていない。

 

 また、イギリス国内での従来ウイルスによる最初の波と変異ウイルス(アルファ変異株)による感染を比較すると、子どもの入院患者の重症度はむしろ軽くなっている。少なくとも重症化するようになったというデータは出ていない。ただし、「デルタ変異株」が子どもで重症化するかどうかはまだ不明だ。

 

まずは大人から接種を

 

 子どもにとっての新型コロナワクチンをどのように考えればよいだろうか。日本小児科学会は6月16日に、「子どもならびに子どもに接する成人への接種に対する考え方」を発信した。ポイントは三つある。

 

 ポイント① 子どもの感染の大多数は周囲の大人からうつされているので、その大人たちへの接種が重要。とくに子どもたちに接する職種の大人が接種することがとても重要だ。そして何より「ハイリスクの子ども」に接する大人には、優先的に接種をしてほしい。

 

 ポイント② 重症化リスクのある基礎疾患を持った子どもたちへの接種も望まれる。例えば医療的ケア児やその家族、受け入れ施設に対して新型コロナは非常に大きな影響がある。医療的ケア児は重症化のリスクがあるだけでなく、社会的にもリスク管理が難しい部分がある。もしも受け入れ施設に感染が持ち込まれると、施設内流行のリスクは非常に高く、その影響は甚大だ。ダウン症の人が新型コロナに罹ると、致死率は10倍にもなるといわれている。その他にも脳性麻痺、知的障害がある心身障害児・者にとっても新型コロナがハイリスクであることを忘れないでほしい。

 

 ポイント③ 健康な子どもへのワクチン接種において重要なことは、ワクチンのメリットとデメリットについて本人と養育者の双方が十分に理解し、納得のうえで接種することだ。高齢者や基礎疾患がある大人はワクチンによって得られるメリットが圧倒的に大きいが、健康な子どもにとってワクチンのメリットはそこまで大きくなく、デメリットは無視できない。

 

 子どもが新型コロナに罹っても命に関わることは極めてまれで、後遺症が残ることも少ないと報告されている。一方で、ワクチン接種による痛みや発熱は高齢者に比べてよく起こり、まれではあるが若い女性にアナフィラキシーが、若い男性に心筋炎・心膜炎が多いとされるなど、気になる副反応もある。そのため、メリットが圧倒的に上回る大人たちの接種を差し置いてまで健康な子どもたちへの接種を急ぐ必要はない。

 

 また、もし接種する場合でもとくに学校での集団接種はやめてほしい。10代では血管迷走神経反射や、あるきっかけによる集団反応が起こりやすい。血管迷走神経反射とは、例えばお化け屋敷やホラー映画で失神したり、採血時などに気分が悪くなったり、インフルエンザのワクチン接種時等で失神したなど。こういう人たちは、新型コロナウイルスのワクチン接種のさいの緊張感から意識を失ってしまうリスクがある。そしてこれは同じ場所にいる人たちのあいだで伝染する。集団接種会場で次々に意識を失って倒れてしまったなどという報告は海外からもよく出ている。

 

 また、接種におけるストレスについては、急性的なものだけでなく、慢性的な反応を引き起こす「予防接種ストレス関連反応(ISRR)」にも注意が必要だ。ISRRの予防のためには接種前・接種時・接種後の各場面に渡り丁寧な対応が必要となるが、集団接種の場合はそのような対応が困難になる。なにより、接種できない・したくないという子どもが差別を受けやすく、いじめを受けることもある。

 

 以上をまとめると、「子ども(12歳~18歳)」へのワクチンは、

 

 ・健康であれば急ぐ必要はない! ワクチンのメリットが圧倒的に大きな高齢者や基礎疾患のある大人の接種が優先。
 ・まずは子どもに関わる大人たちが接種を!子どもの感染の大多数は大人から移っている。
 ・ハイリスクの子どもは、主治医と相談のうえで接種を! このような子どもたちの重症化を防ぐことはとても重要。
 ・子どもへの接種は、かかりつけ医による個別接種で! 学校での集団接種はやはりやめてほしい。不安が解消しにくく、同調圧力を含め、弊害が大きい。ただし、特別支援学校などでは保護者と教職員、主治医のあいだで十分に健康についての情報が共有されているので、集団接種もうまくいく可能性が高いと思う。

 

 「12歳未満の子ども」へのワクチンについては、現在海外で生後6カ月~11歳への治験が実施されている。用量も大人と同じ量やその3分の2、3分の1に分けて年齢別に有効で安全な用量を決めようとしている。しかし乳幼児では学童・若者には起こらない副反応が生じる可能性があるため、十分すぎるほど留意するべきだ。

 

若い人にも感染後遺症

 

 ワクチンを「打ちたくない」「様子を見て判断したい」と考える人は若い人ほど多い。また、女性にその傾向がより強いようだ【図3参照】。

 

 

 ワクチン接種をしたくない理由としてもっとも多いのは「副反応への懸念」だ。実際に接種した場所の痛みや腫れ、発熱や倦怠感は若いほど出やすいことがわかっている。アナフィラキシーも20代から40代の女性に多く起きている。

 

 心筋炎は、CDC(米疾病予防管理センター)の報告では、12~24歳の男性への2回目の接種100万回あたり50~63人(約2万人に1人)の割合で起きている。ただ、ほとんどが軽症であり、特別な治療をせずとも治っていくようだ。

 

 一方で、実際に新型コロナに罹った場合の方が心筋炎にかかるリスクが高まる。ワクチン接種後の場合2万人に1人の確率だったが、新型コロナに罹った若いアスリートの調査では、2・3%。四十数人に1人の確率である。心筋炎にかかった人が運動をすると突然死を起こす恐れがあるのでかなり心配だ。こうしたことから、CDCは若い人であっても、「ワクチンの利益は心筋炎のリスクを大きく上回る」と結論づけている【図4参照】。

 

 

 また、新型コロナに感染した人は様々な後遺症が報告されている。ノルウェーで自宅隔離(軽症)のコロナ患者における後遺症を調べたところ、15歳以下の子どもでは後遺症が認められなかったが、16歳~30歳の若者では過半数に後遺症が残っている。もっとも多かったのは嗅覚・味覚の障害だ。脳の味覚や嗅覚に関わる部分が破壊されているという報告もあるので、このような後遺症は長期に及ぶ恐れがある。また、脱毛する人もいるようだ。

 

 ワクチンの副反応を心配する気持ちもよくわかるが、新型コロナ感染によって20代でも2万人に一1は死亡している。利益とリスクのバランスを考えると、ぜひワクチンを接種してほしい。

 

 ただ、どのワクチンを選ぶかは重要だ。まれながら要注意な副反応として、アナフィラキシーや、アストラゼネカのワクチンでは血栓症もある。ワクチン接種のあとに生じる血栓症は、脳の静脈という非常に珍しい場所に起きており、20代~40代の女性にとくに多くあらわれている。アストラゼネカのワクチンは、高齢者には良いワクチンだが、血栓症のリスクを考えると20代~50代の接種では得られるメリットよりもデメリットの方が大きくなるので若い世代には使わない方がいい。若い人にはmRNAワクチンの接種を推奨する。

 

 最後に、ウィズコロナ時代の子どもたちの「二次的な健康被害」についてもよく考えなければならない。今、子どもたちを取り巻く環境は悲惨だ。子どもたちにとって新型コロナは風邪程度であり、流行の中心になっているわけでもないのに、「流行のコントロール」という錦の御旗の下、様々な制限がかけられることで心身両面に及ぶ健康被害が間接的に起きている。経済も大切だが、子どもたちのことも決していい加減にはしないでほしいと思う。
       

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