東京五輪・パラリンピック組織委員会(橋本聖子会長)が日本看護協会(福井トシ子会長、会員数76万人)に対して、大会期間中の医療スタッフとして看護師500人の確保を要請する文書を4月9日付で送付していたことが物議を醸している。医療現場では新型コロナ患者対応やPCR検査、ワクチン接種をめぐって看護師の不足が問題になっており、とくに新型コロナ患者受け入れ病院での離職が目立つなど逼迫状態が続いている。
組織委が送った要請文では、看護師の活動場所を、競技会場、選手村総合診療所(発熱外来を含む)、選手村分村、宿泊療養施設と指定。参加条件や待遇では、日数を原則5日以上とし、活動時間を一シフト当り9時間程度としている。
また、活動中の飲食、交通費、宿泊施設、各種賠償保険などを組織委が負担・提供すると規定したが、日当や報酬の記載はない。さらに大会前の5~7月に予定されている役割別研修の参加を「必須」としており、「新型コロナの感染拡大に伴い、看護職の確保が不十分な状況に至っている」と説明。看護師500人を集め、選手らが新型コロナ感染症を発症することを前提にした対応を求めている。
五輪・パラ開催中の医療スタッフについて組織委は、各競技会場や選手村などの医務室で約1万人必要としている。延期前の計画では、観客の熱中症対策などのために収容人数1万人以下の会場に医師2人、看護師4人を配置し、収容人数が1万人増えるごとに医師1人、看護師2人を増やす構想であり、各会場責任者の50人以外は無報酬としていた。コロナ対応で医療現場が逼迫するさなかに「非常識すぎる」との世論を受けて、報酬を支払うとしたものの現在までに支給額や財源のメドは立っていない。
開催中の全会場では、一日当り計200~300人の医療従事者が必要になるとされてきたが、参加選手(国内を含め1万8000人)やコーチなどには出国前96時間以内に2回と、入国時の空港でPCR検査や抗原検査をおこない、入国後は原則として毎日PCR検査を実施するなど新たな負担が加わった。4万8000人のメディア関係者を含めると一日当りの検査実施数は6万人以上にのぼるとみられ、医療従事者の必要数はさらに増加する。
一方、東京都の一日当りのPCR検査数は8000件程度で、過去最多でも1万7800件にとどまる。「人員や財源の不足」を理由に都民への公的検査を抑制しながら、五輪開催を優先することへの批判は強い。
さらに組織委は、選手などを受け入れる大会指定病院を都内外で30カ所程度確保する方針で、大学病院や都立病院をその対象に上げている。多くが新型コロナ患者を受け入れている基幹病院だ。また、選手村には新型コロナに対応する発熱外来や検査ラボを設置し、大会期間中は24時間体制で運営にあたるなど、コロナ禍での五輪開催のしわ寄せは医療面に集中している。医療従事者を五輪対応に回せば、必然的に地域の医療体制をさらに逼迫させることになり、「コロナに打ち勝つ」どころかコロナ対応の前線に立つ医療現場を苦しめることになる。
看護師離職率11%超す
国内では、新型コロナ変異株の拡大にともなって死者が増加し、累計死者数は一万人を超えた。重傷者数も4月から増加傾向に転じて800人台後半となり、1カ月で3倍のスピードで過去最多(1043人、1月27日)に近づきつつある。一日当り1000人以上の新規感染者が連続している大阪府では、重傷者が確保病床を大きく上回り、看護師や医師不足でコロナ患者の受け入れや治療をおこなうことができない状態となっている。自宅待機者は1万人を超えた。
コロナ対応やICU(集中治療室)などでの医療従事者に負担が集中する状態が続き、心身を病んで離職があいついでいることも背景にある。
日本看護協会が3月にまとめた調査では、昨年度の看護師の離職率は、正規雇用看護職員で11・5%、新卒採用者は8・6%にのぼり、いずれも前年度から大きく上昇した。看護補助者の採用年度内の離職も3割にのぼった。看護師の離職率が20%以上だった病院は全体の21・2%にも達している。
また、コロナ患者を受け入れる感染症指定医療機関では、昨年末までに全体の2割以上の病院で新型コロナ感染拡大や労働環境の悪化を理由にした離職があり、45・5%の病院が「看護師の不足」を訴えている。東京都内では、新型コロナ患者を受け入れている東京女子医科大学の三つの付属病院で3月までに100人を超える医師が一斉退職。昨年には、コロナ患者受け入れのために一部の診療科を閉鎖し、入院治療の中止があいつぐなか、大学当局が「夏のボーナス支給ゼロ」の方針を示したことで400人が辞職の意向を示しており、それは雇用条件の悪化が理由といわれる。
日本病院協会、全日本病院協会、日本医療法人協会の3団体が加盟4410病院を対象に実施した調査では、新型コロナの「第三波」が本格化した昨年12月時点でコロナ患者を受け入れている医療機関の6割以上が経営赤字と回答し、冬のボーナスを減額したのは4割以上にのぼり、「支給なし」と答えた病院もあった。
過酷な現場でリスクを抱えながら働く医療従事者に負担を押しつけながら、定期的なPCR検査すら保障せず、個人の自助努力や使命感だけに委ねた感染症対策は綱渡り状態にある。この医療現場の窮状をまのあたりにしながら、不要不急の五輪開催に協力を求める異次元の政治感覚に批判は強く、五輪に注がれる数兆円の財源や社会的リソースを早急に国内の防疫対策に投入することが急務となっている。