佐賀県唐津市にある唐津市七山公民館で4月23日、「暮らしを守る保安林のお話し会」が開催され、九州大学の佐藤宣子教授が講演をおこなった。この地域では、最大出力3万2000㌔㍗の大規模風力発電の建設が計画されている。だが、この計画予定地の山々は、「土砂流出防備保安林」「水源かん養保安林」区域に指定されており、開発による土砂流出や土石流、洪水や渇水、水質への影響を懸念する声が地域で広がってきた。こうしたなか、地域住民でつくる「七山・脊振山系の暮らしを守る保安林を守る会」が今回のお話し会を企画。会には唐津市や佐賀市、糸島市などの住民が多数参加して保安林の役割や保安林制度について学んだ。
佐藤宣子氏は九州大学大学院農学研究院教授。専門は農林政策学、山村社会論。今回のお話し会では、「保安林制度について~水源かん養保安林と土砂流出防止保安林を中心に~」と題し、保安林制度の歴史と仕組みやその種類、保安林の役割、保安林制度が直面している課題と市民の関わり方などについて講演をおこなった。以下、講演内容の要旨を紹介する。
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森林法のなかでも重要でもっとも歴史が古いのが保安林制度だ。「保安林」といってもさまざまあり、全部で17種類もある。そのなかでも今日は一号の「水源かん養保安林」と二号の「土砂流出防備保安林」を中心に話をしたい。
保安林制度は、明治30年に第一次森林法が公布されたさいに、砂防法、河川法と同一時期に創設された。明治維新後の混乱期に各地で森林の荒廃(はげ山)化が進み、全国各地で洪水の被害が頻発して数千人という犠牲者が出た。こうした経緯から治水によって災害を減らすため、森林を「なるべく切らないように、切ったら植えるように」という規制が強まった。以降、保安林制度は森林保全の中核を担う。
保安林制度とはまず第一に、公共の目的を達成するために特定の森林を保安林として指定し、その森林の保全とその森林における適切な施業を確保することによって、森林の持つ公益的機能を維持増進するための制度である。伐採制限や立木の損傷、家畜の放牧、開墾や土地形質の変更なども制限する。
また、皆伐や択伐など認められた種類の伐採をした後に植栽の義務も課す。これらは公共の山だけでなく個人が所有する山にも制限をかけることができる。
こうした制限が課せられる代わりに、固定資産税や不動産取得税などについては非課税となる。さらに相続税や贈与税の控除や、政策金融公庫から有利な条件で融資を受けられるなどの優遇措置もある。
保安林制度は一七種類あるが、このなかでも一号「水源のかん養」、二号「土砂流出の防備」、三号「土砂の崩壊の防備」の三種類は、国土の荒廃を防ぎ、減災の目的・役割がある特別なものだ。それ以外の四~一七号は、一~三号と区別して「四号以下」と呼ばれ、局所的な防災や産業の保護などの役割がある。
日本全国にある保安林の種類別面積を見てみると、全体の7割を「水源かん養保安林」が、2割を「土砂流出防備保安林」が占めている。日本の森林面積の49%が保安林に指定されており、国有林の約9割、民有林の約3割がこれにあたる。
保安林のなかでも、「重要流域」に位置するものがある。重要流域とは二以上の都府県の区域にわたる流域その他の国土保全上または国民経済上とくに重要な流域のことだ。全国各地に重要流域がある。脊振山系にあるここ佐賀県北部も重要流域に指定されており、唐津市や伊万里市、東松浦郡や伊万里郡の一円が含まれる。
水源かん養保安林は、流域保全上重要な地域にある森林の河川への流量調節機能を安定化し、洪水などの災害が起きにくくするために指定される。「森があれば水が豊かになる」とよく表現されるが、これは水の総量が増すのではなく、森が豊かになると土壌層を厚く保つことによって土に浸透してゆっくり川に流し、地下水に到達する水を浄化するという意味だ。川まで一気に流さないという意味で洪水時の流量を減らす役割がある。
土砂流出防備保安林は、下流に重要な保全対象(住居など)がある地域で、土砂流出の著しい地域や崩壊、流出のおそれがある地域において、林木や地表の草木、地被物の作用によって林地の表面侵食や崩壊による土砂流出を防ぐ目的で指定される。
保安林の指定と解除の手続
保安林の指定や解除については、農林水産大臣または都道府県知事がその必要を認めれば指定・解除できる。また、利害関係者などが指定・解除を申請することもできる。森林の所有者でなくても、その地域に住んでいて害を受ける可能性がある場合も保安林指定の申請をすることができる。このなかでも地方公共団体の長の意見はとくに重視される。
知事以外の者が保安林の指定または解除を農林水産大臣に申請する場合には、その森林の所在地を管轄する都道府県知事を経由しなければならず、知事は申請書に意見書を附して農林水産大臣に進達しなければならない。また、指定や解除について異議を申し立てた者または代理人から、意見の聴取をおこなわなければならないと法律で定められている。
ここ10年間で、保安林の指定・解除に関する特例措置もできている。東日本大震災以降、保安林の指定・解除、立木伐採などが許可されたものとみなす法律ができた。2012年に「福島復興再生特別措置法」、2013年には「大規模災害からの復興に関する法律」が立法された。
これらは災害や復興に関連したものだが、三つ目に2013年に「農林漁業の健全な発展と調和のとれた再生可能エネルギー電気の発電の促進に関する法律」ができた。風力発電や太陽光発電、木質バイオマス発電などの建設計画をこの法律の下で立て、その計画が県や市町村などの再生可能エネルギー計画に記載(場所を特定するなど)されていた場合、建設予定地が保安林であってもなくても保安林制度の力が無効化されるというものだ。こうした事例は実際にある。
保安林制度が直面する課題もある。明治、戦後の荒廃した森林に対する保安林制度の役割は非常に大きかった。しかし、EU諸国をはじめとする現在の国際基準と比較すると規制力は弱い。例えばドイツでは保安林に指定されていない普通の森林であっても非常に厳しい転用規制があったり、伐採上限面積が二㌶などとなっている。これに対して日本の保安林制度は水源かん養保安林であっても皆伐上限面積は20㌶まで許されている。林業をしている人にとっては20㌶の伐採が大きな規模であることは容易に想像がつくと思う。今の時代に合わない。
また、保安林に指定されていることを知らない所有者が増えていることも問題になっている。前にのべたとおり、保安林は固定資産税を払わなくてもいいので、請求が来ない。こうしたなか、県知事許可が必要な保安林での無許可伐採も起きている。私が知るなかでは最大で60㌶の保安林無許可伐採がおこなわれていた地域もある。このようなケースは森林法に抵触する違法伐採になる。
市民や住民が森の恵みに関心を持つことが大切だ。はげ山時代とは違い、森によって生活が守られている部分が多々ある。スポンジが吸うことができる水分量に限界があるように、森林では持ちこたえられないほどの雨が降る昨今の気象条件のなかで、なんとか耐えてくれている森林がある。住民が「受益者」として森林の利用や開発に対して意見をのべていくことが非常に重要だ。
2018年に「森林経営管理法」が制定されて以来、市町村がいかに森林を管理するかということがとくに重要になっている。市町村は域内民有林の森林管理については「市町村森林整備計画」によってコントロールしていくことになる。ここに市民の意見を届け、反映させていくことが大事だ。また、保安林や大きな林道の計画などについて、県が作成する「地域森林計画」にも意見を届けていく必要がある。
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佐藤氏の講話後には、参加した地元住民との質疑応答に移った。地元から参加した住民たちの間では、近年増えている豪雨や台風による水害と山の関係などへの関心も強く、地域の山の機能をいかにして維持していくかという議論に熱が入った。また風力発電建設計画のもとで、保安林に指定されている山が開発されることによって土砂崩れや水害が起きやすくなることを懸念した質問も多かった。
質問 風力発電の計画が出たことで、保安林について知ることになり、私たちが保安林に守られているということがわかった。しかし、このまま放置していては日光が地面に届かなくなり倒木が起きやすくなる。これを機会に間伐などの活動を学び、地域の垣根をこえて脊振山系を守るとりくみを始めていかないといけないと思っている。少しでも森や山を守るためになにか良い方法はないだろうか。
佐藤 九州地方のなかでも福岡県と佐賀県の森林はとくにひのきの比率が多い。杉の場合、枝が弱く隣の木の枝とぶつかって自然に枝打ちされる「自然間引き」ができるが、ひのきは枝が強いので枝が折れず、日光が地面に届きにくい。また、葉が開いているので雨が降ったときにたくさんの水を葉に蓄えるので、雨粒が大きくなって地面に落ちる。そのため土壌に与える打撃が大きくなる。ひのきが多い福岡県や佐賀県ではとくに間伐は重要だと思う。また、幸いなことに脊振山系はシカの被害が少ないので下草がまだ生えているが、シカの被害が広がると瞬く間に下草がなくなる。そうなると雨滴が土を強打して地表の土砂が流出しやすくなる。シカ被害を防ぐ狩猟者と間伐をおこなう林業従事者を育てることも今後は重要だ。地域の山を自分たちで守るためにも、地域でエネルギーを考え、暮らしに寄り添った林業のあり方を考えていくべきだ。
質問 佐賀県では住民一人あたり年間500円、森林保護のための税金を払っている。住民個人が森林のためにこうした投資をおこなっているが、県が保全のためになにをやっているのかが見えない。後継者育成や森林の見回り隊などに積極的に使ってほしい。
佐藤 福岡県でも500円とられている。また、2024年から一人あたり1000円を市町村が徴収し、国に上納してそれをまた市町村に配分する「森林環境税」の徴収が始まる。国に集めた税金を市町村にどのように配分するのかというと、5割は私有林の人工林の割合に応じて、2割は林業従事者の頭数に応じて、そして残りの3割は人口の割合に応じて配分される。「森林環境税」として集めるが、このうち3割は「人口」が目安になるという話だ。このため、国からの譲与税が一番多く入るのは、森がほとんどない横浜市になる。徴税は2024年からだが、実は国から市町村への配分はすでに始まっている。こうしたことがほとんど議論もなく知られないままに進められているし、決め方自体に問題がある。納税者として、税金が森林のためにどのような使われ方をしているのか、チェックしていく必要があると思う。
このほかにも、風力発電開発による土砂崩れや洪水災害への危機感を語る住民も多く、「七山地区から玉島川を下っていくと、浜玉という地区がある。JRの浜崎駅があるが、この南側は毎年のように浸水して道路が見えなくなる。このような地域の上流域で大規模な伐採や開発がおこなわれることに不安を感じている」「風力発電計画地に近い地元に住んでいる。急傾斜危険区域に指定されており、過去には大きな土砂災害で亡くなったり、家をなくして移住をよぎなくされた人もいる。この一帯は花こう岩でできている。もろい地盤に従来よりも大きな風力発電を何基も設置することに納得できない。地元では三月末に“説明会があります”という話があって初めて開発計画があることを知った。“決まったこと”にされて進められるのではないかという危機感がある」などの意見が出た。
保安林の重要性や、風力発電建設事業によって森林を伐採し、山を削ることの危険性についての質問に対し佐藤氏は「二つの県にまたがる大きな川がない佐賀県北部地域が“重要流域”に指定されているということは、この一帯が花こう岩が多い地域でもあることから国土保全上重要な地域だという位置づけがなされているということだ。一般的には花こう岩の風化土壌は非常にもろい。また、山は木々を伐採するとその後に植林したとしても伐採直後から徐々に弱くなっていき、次の森が再生し安定するまでの20年間が一番弱くなり、災害の危険度が高まるということが森林科学ですでに証明されている。そういう観点からも、施業や開発のさいには土砂の流出や崩壊を考慮し慎重に進めなければならない」と指摘。
さらに水源かん養保安林・土砂流出防備保安林で開発をおこなうことについて「風力発電の建設が予定されているのは山の尾根筋だ。尾根筋は一般的には生物多様性にとって非常に重要な地域だ。一方で尾根の一番上の部分は安定しており、谷の方が危険だともいわれている。だが実際には研究が進んでいない分野でもあり、はっきりとしたことはいえない。開発について私自身が心配しているのは道路だ。最近の西日本豪雨でも、林業の作業道が大きく決壊した。風力発電の部品を運ぶための道路が建設されるだろうが、道路の作り方によっては危険があるかもしれない」と話した。