在日米軍基地や自衛隊基地、重要インフラ周辺に住んでいる住民の思想や行動などを国が調査し、「有害」「危険」と見なせば、立ち退きや懲役刑を科す「重要土地等調査法案」の審議が今国会で始まっている。同法は当初、「中国など外国資本による基地周辺の土地買収を防ぐ」という理由で具体化が始まったが、今年3月末に菅政府が提出した法案は、在日米軍基地や自衛隊基地を守ることとセットで、国民を徹底的に監視する内容になっている。菅政府は同法を今国会で成立させ、2022年4月からの運用開始を目指している。
現在衆議院で審議中の重要土地調査法案は、「安全保障に欠かせない土地」を「注視区域」に指定し、その土地に関する調査・監視を強化する法案という触れ込みだった。
ところが国会に提出した法案では「注視区域」の対象を「重要施設の敷地の周囲おおむね千メートルの区域内及び国境離島等の区域内の区域」と規定した。この「重要施設」は米軍施設、自衛隊施設、海上保安庁の施設が対象である。だが「国民生活に関連を有する施設であって、その機能を阻害する行為が行われた場合に国民の生命、身体又は財産に重大な被害が生ずるおそれがあると認められるもので政令(国会審議を経ずに内閣が決定する)で定めるもの」も「重要施設」と明記した。それは原発、風力発電、空港、鉄道、港湾、政府・行政サービス、医療、水道などさまざまな施設を、内閣がいつでも「重要施設」に指定できることを意味しており、「安全保障に欠かせない土地」以外も「注視区域」に指定する内容になっている。
さらに「国境離島」の調査対象には沖縄本島を含む全国98の島を想定していることが表面化している。沖縄や南西諸島の離島では米軍訓練施設や自衛隊施設建設が島内を二分する事態も生まれているが、こうした離島を丸ごと「注視区域」に指定し、住民の動向を「調査」していく仕組みでもある。
そして「注視区域」内の調査内容については「関係行政機関の長及び関係地方公共団体の長その他の執行機関」に対し「土地等の利用者その他の関係者に関する情報のうちその者の氏名又は名称、住所その他政令で定めるものの提供を求めることができる」と規定している。それは不動産登記簿や住民基本台帳のデータといった行政資料を調査に総動員することに加え、日頃の土地活用状況や交友関係も調べるという内容である。しかも政令で「必要」と定めれば、いくらでも「調査項目」を追加することが可能になっている。
さらに「注視区域」内の調査で国側が、「電波妨害や盗聴」「電気、ガス、水道などライフラインの遮断」「侵入を目的とした地下坑道の掘削」といった不正な利用行為があると見なせば、即刻、土地や建物の利用中止勧告・命令を出すことができることも規定している。この命令に違反すれば「2年以下の懲役若しくは200万円以下の罰金刑に処し、又はこれを併科する」と規定している。「注視区域」内で報告提出命令を拒絶したり、虚偽報告を提出した場合は「30万円以下の罰金に処する」ことも盛り込んでいる。
加えて「注視区域」のうち、司令部機能のある自衛隊基地など特に重要な土地や国境付近の離島は「特別注視区域」とし、より厳しく規制することを規定している。「特別注視区域」では、新たに土地を売買する場合、内閣総理大臣に売り手と買い手の双方に氏名や利用目的の事前届け出を義務付け、届け出をしなかったり、虚偽申告などの違反とみなした場合は「6月(6カ月)以下の懲役又は罰金100万円以下の罰金刑に処する」との規定も盛り込んでいる。
外資による重要施設周辺の利用をめぐっては、長崎県対馬市で海上自衛隊基地の隣接地を韓国資本が購入した事例や航空自衛隊千歳基地に近接する北海道苫小牧市内の森林を中国資本が取得する動きが出るなかで、「国土利用の実態把握等に関する有識者会議」(座長=森田朗・津田塾大学教授)を設置し、新法制定の動きが活発化した。そして昨年12月に有識者会議が「安全保障は、国民の安全・安心及び自由な経済活動の基盤である。実際に問題が発生してからの対応では手遅れになる」と指摘し、菅政府に対応方針を示す提言を提出した。だがそこで具体化された重要土地調査法案の内容は、自衛隊基地や米軍基地、国境の離島、重要インフラ施設の周辺住民(実際は全国民が対象)をすべて国が調査・監視し、いうことを聞かなければ「土地利用の停止」(立ち退き)や懲役刑や罰金刑まで押しつける内容になっている。
「国防のため」と称して住民監視を強化する法案整備が動き出しているが、それは戦時中の「要塞地帯法」(要塞周辺の地域を要塞地帯と指定し、立ち入り、模写、測量、築造物の変更、地形改造、樹木伐採等を禁止した法律)、「治安維持法」(国家の方針に従わない者を弾圧する法律。最高刑は死刑)、「軍機保護法」(軍事秘密を守るためにつくられ、軍事施設の測量、模写、撮影などを取り締まる法律)等を想起させる内容になっている。