バイデン米大統領の登場とともに「コロナ禍からの脱炭素な経済復興」が叫ばれ、日本では菅内閣が2050年までの「カーボン・ニュートラル(脱炭素社会)」の実現をめざして、発電に占める再エネの比率を50~60%に引き上げることをうち出した。この国策に後押しされ、また経産省が洋上風力に続いて陸上風力も2021年度より固定価格買取制度(FIT)から入札制に切り替える方針を決めるなか、外資を含む大企業が今年度中のFIT認定申請をめざして全国の地方の山間部で巨大風力発電建設計画をあいついで発表している。そのなかで地権者から土地を買収するさい、35~50年にわたって事業者がその土地を自由にでき、地権者は契約解除できないが事業者は採算がとれなくなれば一方的に解除でき、しかも風車撤去費用は地権者や地元自治体に押しつけることができる、地上権設定契約というやり方をとっていることが問題視されている。
事業の転売や譲渡も可能に
2020年3月末の時点で、日本国内の陸上風力発電で最大のものは、総出力12万1600㌔㍗のウインドファームつがる(青森県)だった。しかし、昨年からそれを上回る計画があいついで発表されている。
熊本県水俣市では、山間部の尾根筋に東京の3事業者が風力発電65基(総出力26万㌔㍗)を建設する計画をうち出し、地元住民が低周波の健康被害や水源地の大規模開発による農業への影響、土砂災害への懸念を訴え、会をつくって反対運動を開始している。広島市佐伯区湯来町などでも、電源開発(東京)が山間部に4300㌔㍗の風車を最大36基建てる計画(総出力15万4800㌔㍗)を発表し、ここでも地元住民が行動を起こしている。宮城県大崎市と加美郡加美町では、東京の5業者が3000~4000㌔㍗の風車を190基建てる計画が浮上している。
そのなかで注目されるのが、シンガポールを拠点とする再エネ開発会社ヴィーナ・エナジーが子会社「日本風力エネルギー株式会社」などの名で、鳥取市(総出力14万4000㌔㍗)、新潟県柏崎市(同9万5000㌔㍗)、兵庫県美方郡新温泉町(同9万2000㌔㍗)など全国7カ所で巨大風力発電計画を進めていることだ。このヴィーナ・エナジーの親会社は、7兆円の資産を運用しているという世界最大のプライベートエクイティファンド、米グローバル・インフラストラクチャー・パートナーズ(GIP)である。
全国の風力発電FIT認定申請の件数と申請地の筆数を見ると、2018年3月の件数が飛び抜けて多い。それは、同年3月までは土地所有者の書面がなくても申請できていた(3年以内に土地の本契約の書類を提出すればよい)ものが、同年4月から地権者の同意が必要と変わったという事情がある。そして同年3月の申請地の総筆数5842筆のうち、大部分の5457筆が先のヴィーナ・エナジーの関連会社によるものだった。専門家は、その情報の出元は経産省からとしか考えられず、駆け込みで仮認定を受けて高い買取価格を得ようとしたのではないかとのべている。
そして、風力計画が浮上した地域でどこでも問題になっているのが、「事業者が大多数の住民には知らせないで、一部の地権者を囲い込んで事業をどんどん進めている」ということだ。
危険な倒産隔離の条項 リスクは地方に転嫁
その背景を見ていくと、風力発電事業者と地権者との契約が「地上権設定契約」というものになっていることがわかってきた。これは多くの人に耳慣れない言葉だが、全国の陸上風力発電の用地取得は多くがこのやり方でやられているようだ。土地売買に詳しい人に聞くと、この契約には次のような問題点があるという。
土地を取得するやり方には、①土地を売買契約で買う、②土地を借地という形で賃貸契約で買う、③地上権設定契約で買う、の3つがある。そのなかの地上権設定契約は、他の賃貸契約などと違って、土地を買った事業者に非常に強い権利が与えられる。
各地の地上権設定契約書を調べてみると、その設定期間は35~50年と長期にわたる場合が見られる。FITによって再エネの高い買取価格が保証されるのが20年間で、それに加えて工事期間があるので、事業者は長期間その土地を自由にできる必要があるためだと思われる。
たとえば地上権設定期間が35年である場合、地権者はその間、契約を解除することはできない。ここが地権者の権限が強い賃貸借と違うところだ。一方、事業者はこの期間、事業の採算がとれなくなったら他の事業者に転売することも、事業ごと譲渡することも、さらには一方的に撤退することも可能で、これに地権者が口を出すことはできない。他方、固定資産税は地権者が払い続けなければならない。また、抵当権の設定もできるので、事業者が風車を抵当に入れて銀行から金を借りることも可能だ。
そして重要な問題として、地上権設定契約書の中に「倒産隔離」の条項が入っている場合がある。これはどういうことかというと、たとえば台風が来て風車が壊れて、修繕費用がかさんで事業の採算がとれなくなった場合、事業者は勝手に撤退でき、風車の撤去費用は地権者や地元自治体に押しつけることができるということだ。
たとえばある地域の契約書には、「地権者が事業者に請求できるのは、事業者が持つ“責任財産”の範囲内であり、その他の財産には一切手を付けられない」「地権者は“責任財産”以外の財産に対して差し押さえ、その他の強制執行手続きの申し立てをおこなう権利をあらかじめ放棄する」などと書かれている。
風力発電を建てる場合、多くの事業者は合同会社を立ち上げる。それを特別目的会社(SPC)という。どんな大企業であってもそれをつくり、資本金100万円ぐらいの少額を入れ、そこに銀行からの融資などを呼び込む仕組みをつくって、金を借りて事業をする。風車が稼働し始めると、電力会社に電気を売って売電収入を得、その利益の中から借金を返済し地代を払っていく。
しかし、台風などで風車が一年間稼働できなくなれば、何十億円という売電収入がなくなり、事業自体が債務超過になる可能性が出てくる。その場合、外資や大企業は事業から撤退することが多い。そのさい、地上権設定契約で「倒産隔離」の条項が入っていれば、事業者は「責任財産」(この場合は合同会社に出資した100万円)だけを負債にあてると、それ以上の財産を失うことなく計画倒産することができる。そして壊れた風車はそのまま山の上に残される。
今、風車一基あたりの原状復帰費用は約3億円といわれる。風車20~30基を山の尾根筋につくったとすると、撤去費用は数十億円にのぼる。地上権設定契約では、この費用を地権者が背負うことになり、それは事実上不可能なので、市や県が税金で負担しなければならなくなる。しかも山間地の風力発電はブレードが折れたりナセルが出火したりと事故が多く、事故発生件数は右肩上がり。風車計画地の多くが土砂災害危険区域でもあり、20年間なにも起こらないとは考えにくい。
ちなみに洋上風力はもっと高く、撤退が決まった福島県の浮体式洋上風力2基の撤去費用は約50億円である。
この地上権設定契約についてある弁護士は、「事業者のリスクを減らすことと、倒産隔離を目的にしている。発電事業は収支を計算して事業性を見込んでおこなう事業であり、想定外のリスクを事業者以外に負わせることではじめて成り立つ側面がある。そのため地権者が想定外のリスクを負うことがありうる」とのべている。つまり、外資や大企業はFITによって20年間、高額の買取価格を保証(原資は国民が払う電気料金)されたうえ、地上権設定契約をはさむことによって、リスクはすべて住民に転嫁することができるわけだ。
そして契約する当事者の地権者とは、その多くが山間地の限界集落の高齢者だ。地上権設定契約書のリスクなど説明を受けていないし、受けてもわからない場合が多い。なかには「山に入るための調査に必要なのでハンコを押してくれ」といわれ、契約書に押印した例もあるようだ。高齢者をだましてハンコを押させてしまえば、外資が日本の数千、数万㌶の山林を何十年も所有してやりたい放題、後は野となれ山となれ…という、国土保全や国の安全保障をも損なうような動きが日本中でおこっていると、専門家が警鐘を乱打している。
地権者囲い込むやり方 住民説明会は開かず
では、法治国家の日本で、なぜこんな無茶苦茶なやり方がまかり通るのか?
風力発電など再生可能エネルギーにかかわる法律は、日本では環境影響評価法(環境アセスメントをおこなう)と電気事業法・固定価格買取制度の2つしかない。そして許可権限は経済産業省が持っている。
経産省のガイドラインには、固定価格買取制度(FIT)の認定を受けるためにはなにが必要かが書いてある。陸上風力の場合に必要なのは、①土地の登記簿謄本、②売買契約書の写し、賃貸契約書の写し、地上権設定契約書の写しのいずれかで、その土地の使用の権原を有することを証明するもの、③契約当事者双方の印鑑証明書、の3つである。これ以外の書類、たとえば原発の場合に必要な立地自治体の同意や、あるいは地元の住民同意は必要ない。
したがって事業者は、住民説明会などを開くと反対意見が出て炎上するのでそれは極力開かず、地権者の元に通い続けて地権者だけを囲い込むステルス作戦をやって、印鑑を押させている。手入れが大変で金にならない山が、風車が建つことによって年間数十万円、20年間で1000万円以上の地代収入になると持ちかければ、地権者を籠絡する手段になる。
こうして地権者と地上権設定契約を交わし、後は粛々と環境アセスを進めれば、それで風車は建ってしまうことになる。環境アセスが事業者自身がおこなう「アワス(合わす)メント」であって何の歯止めにもならないことは、この間各地で経験してきたことだ。
つまり、「巨大風車建設には地元住民や自治体の同意が必要」などの、外資や大企業を規制する法整備が遅れていることが、このような事態をもたらしている。こうした抜け穴だらけの法律の盲点をついて、再エネビジネスでもうけたい連中が火事場泥棒のごとく好き放題をやっている。彼らの目的は、CO2を削減することでも、国民に電気を安定供給することでもなく、利益の最大化である。
地方を狙い撃ちにする風力発電は、近隣住民のなかに低周波による健康被害をもたらすとともに、洋上風力なら漁場破壊、陸上風力なら森林伐採による土砂災害の危険を及ぼすことが暴露されて、全国で住民が立ち上がり、計画を頓挫させる経験も生まれている。地方の住民同士の連帯も強まっている。
こうした運動を一つにつなげ、地方に莫大な負担を押し被せる事業者のやりたい放題を規制する法整備を、国や自治体に実行させることが求められている。