種苗法改定が11月にも国会で審議入りしようとしているが、多くの農家や農業関係者に対する説明の場もなく、各地域にどのような影響が及ぶのかわからないまま改定法が成立しようとしている。山口県有機JAS会は10月27日、山口市に山田正彦氏を招き、「これらの法律の内容は何なのか、いま種苗法が改定される理由は何なのか、有機農業の将来とどのようにかかわってくるのか、といった関心の下」に、学びの最初の一歩として「種子法廃止と種苗法改定の過程と現状について」と題する講演会を開催した。山田正彦氏の講演のあと同氏がプロデューサーを務めた映画『タネは誰のもの』を上映し、質疑応答をおこなった。
同会は2017年、山口県の有機農業を振興させようと、山口市、防府市、周防大島町、下関市の有機農業に携わっている農業者、加工・流通にかかわる人々が集まり、山口県JAS制度普及協議会を発足させたのが始まりだ。情報交換や消費者への啓蒙などをしながら互いに高めあうとりくみをしている。
事務局の岡崎氏は、山田正彦氏の経歴を紹介しつつ、同氏の「私の生まれ故郷は多くの若い人が心ならずも島を離れている。若い人が故郷を離れずにすむ、もしくは若い人が再び地方に帰ってこれるような世の中にしたい」「夢を形にする」という言葉を紹介し、「地道にスタートしたい、一緒に考えていきたいという趣旨で会を開いた。話をじっくり聞きながら農業のあり方、有機農業のあり方、世界の環境問題まで考え、意見をかわしたい」と挨拶した。
TPP批准後の法改定
山田正彦氏は2020年にTPP11が発効し、直後からEU産牛肉の輸入が急増するなど、TPPや日欧FTA、日米FTAのなかで食料自給が危機的な状況になりつつあることを指摘した。
そのなかで今年3月、農水省が食料自給率に対して、「国産率」という計算方法を導入したことにふれた。畜産は9割が輸入飼料でまかなっており、カロリーベースでの自給率は11%に過ぎないが、飼料の自給率を反映しない「国産率」ではカロリーベースで42%と数字が大幅に上昇する。今回、新型コロナの感染拡大で、ロシアやブラジルなど19カ国が食料の輸出を禁止したことをあげ、食料自給、食料安全保障の重要性を強調し、政府に騙されてはならないとのべた。
日本はTPP協定を批准して以後、TPP協定に沿った国内法の整備にとりかかっている。おもな法改定として主要農産物種子法の廃止、農業競争力強化支援法、水道法の改定(民営化)、官民連携推進法、種苗法改定、農村地域工業誘導推進法、市場法の改定、漁業法改定などをあげ、この背景にあるのが2016年に日本がTPP協定に署名するさいの日米交換文書にある「日本政府は投資家の要望を聞いて、各省庁に検討させ必要なものは規制改革会議に付託し、同規制改革会議の提言に従う」というとり決めであることを明らかにした。そのうえで、「TPP協定は憲法より上になるため、条約を締結するとそれに従って次々に国内法を変えていかなければならない。水道の民営化、種子・種苗法関係、そしてこれから学校教育の民営化が始まる。アメリカは4000の公立小・中学校を閉鎖して民間の株式会社にし、教師30万人が首になった。そういうことが菅政権でどんどんやられていく」と警鐘を鳴らした。
種子法廃止が招くもの
多くが伝統的な固定種であるおいしいコメをあたりまえのように食べることができたのは、種子法の下で国が主食に責任を持ち、安く、安定して、安全なコメ・麦・大豆の種子を供給してきたからである。山田氏は、茨城県の農業試験場での原種・原原種生産の様子を紹介したうえで、政府は「みつひかり(三井化学)」「とねのめぐみ(日本モンサント)」「しきゆたか(豊田通商)」「つくばSD(住友化学)」など民間の優良な品種の普及を公共の種子が妨げていると主張し、わずか11時間足らずの審議で種子法を廃止したことを語った。
民間の種子を生産せざるをえなくなった場合、どのような契約になるのか。農家に取材するなかで目にした「とねのめぐみ」の契約書はわずか1ページだが、日本モンサントの代理店である「ふるさとかわち社」の指示に従わない場合は賠償金を支払わなければならないと記載されていた。また、「つくばSD」の数十ページに及ぶ契約書には、指定された農薬、化学肥料を全量使いきらなければ罰金を払わなければならない内容となっており、タネ・農薬・化学肥料がセットになっていることを指摘した。
同時に成立した農業競争力強化支援法では、八条三項で「品種の集約」をうたっており、現在コメだけでも1000品種近い多様なコメが栽培されているものがこうした民間品種などに集約される方向性となっている。また八条四項では農研機構や都道府県など公的機関が持っている育種知見(たとえば岡山県のシャインマスカットなど)を民間企業に提供することをうたっている。この法律がある以上、日本モンサントが北海道に「ゆめぴりか」の育種知見の提供を求めてきた場合、北海道は拒否することができない。
29年11月15日に農林水産省の岡原次官が出した「稲、麦類及び大豆の種子について」とする通知では、種子法廃止後の都道府県の役割として、「民間事業者による稲、麦類及び大豆の種子生産への参入が進むまでの間、種子の増殖に必要な栽培技術等の種子の生産に係る知見を維持し、それを民間事業者に対して提供する役割を担う…」とされていた。
山田氏は「モンサント・バイエル、ダウデュポン、シンジェンダの3社で世界の種子の7割、世界の農薬の7割、世界の化学肥料の7割を握っている」とのべ、これらの法律の下で日本のコメもその支配のもとに組み込まれていく危険性を指摘した。
既にゲノム食品は解禁
山田氏はさらに、一昨年10月にはゲノム編集食品について、安全性表示の手続きや届け出なく販売することができることが決定したことにふれ、すでに日本でもゲノム編集のシンク能改変イネ(飼料稲)が開発されており、ゲノム編集の種子がなんの表示もないまま出回り始める可能性もあると指摘した。昨年11月30日には農水省が学識経験者も含む関係者を集め、ゲノム編集種子について「有機認証ができないか」との検討までしていることを明らかにした。
EUでは司法裁判所が「ゲノム編集は遺伝子組み換えそのものである」とするなど、世界各国でゲノム編集の規制がおこなわれており、「安全」としているのはアメリカと日本のみであると指摘。ゲノム編集の研究者であるイグナシオ・チャペラ教授(アメリカ)も「ゲノム編集は遺伝子組み換えの延長線上の技術だ」とのべたことを紹介した。
「チャペラ教授の話で印象的だったのは、生物体の遺伝子はお互いに遺伝作用がコミュニケーションをとりあっており、一つの遺伝子が壊されるとまわりの遺伝子が敵が侵入してきたと思い、思わぬ働きをするということだ。1匹のネズミで一つの遺伝子を壊すと、1600の副作用が出たという。これは生命体のバランスを破壊する行為で、どのような毒を出すのかは調べればわかるが、それには長い年月と費用がかかるという。それをせずに安全だとして人間に食べさせようとしているのがゲノム編集食品だ」とのべた。ノーベル化学賞を受賞したダウドナ博士らのクリスパーキャス9の使用権はモンサントが取得している。
日本は世界でトップの遺伝子組み換え食品消費大国で、現在では317種類もが承認されており、コメ、カボチャ、キュウリ、ブロッコリーなど身近な食品が多く含まれている。アメリカですら197種類であるのと比べても規制があまりにも緩い。
山田氏は、遺伝子組み換え作物とセットで販売されてきた除草剤ラウンドアップをめぐり、アメリカで発がん性を認める判決があいついでおり、現在12万件もの訴訟が起こされていること、世界的にラウンドアップの主成分であるグリホサートを禁止もしくは規制する動きが広がっていることを紹介した。禁止・規制の状況は以下の通り。
全面禁止…サウジアラビア、クエート、アラブ首長国連邦、バーレーン、オマーン、オーストリア
部分禁止…スリランカ、ベルギー、フランス、バミューダ、デンマーク、イタリア、ドイツ、オランダ、ポルトガル、チェコ共和国、コロンビア
禁止・規制した自治体…米国=100以上の自治体、アルゼンチン=400以上の自治体、インド=3つの州、その他オーストラリア、ベルギー、カナダ、ニュージーランド、スペインなどの自治体で禁止・規制。日本=福岡県宇美町、西東京市
これに逆走して日本はグリホサートの残留許容量をものによっては400倍まで緩和した【表参照】。山田氏は、小麦でみると中国の150倍の許容量になっていることを指摘した。
アメリカではゼン・ハニーカット氏をはじめグリホサートの危険性に気づいた母親たちの運動で「NON GMO」の運動が広がり、スーパーの食品売り場もオーガニック食品が相当な範囲を占めるようになっている。
山田氏は、「グリホサートが人間にどのような害を与えるのか、世界的権威の黒田順子博士に聞くと、がんや切迫流産、自閉症症状などの障害はもちろんだが、もっとも怖いのは人間の遺伝子配列のオンとオフを切り替えることだといわれた。ネズミの実験ではF0(親世代)、F1(子ども世代)まではそれほど影響はないが、F3、F4つまり、孫・ひ孫の世代になると異常なネズミが増えてくるそうだ。今、発達障害の子どもは7%といわれている。アトピーやアレルギーも私たちが子どもの時代には少なかったが、今は本当に増えている。私は食に原因があるのではないかと考えている」とのべた。
アメリカだけでなく、韓国のスーパーでもオーガニックコーナーが広がっており、台湾やブラジルなどでも同様の動きが広がっている。今、日本でオーガニック食品を子どもに食べさせようと思ってもなかなか手に入らないが、7年前まではアメリカも同じで、母親たちの運動によって状況を一変させてきたことを語り、「私たちもこれからやればできると思っている」とのべた。
韓国の有機農業の広がりの背景には学校給食に有機食材を使っていることがあり、憲法でうたわれている教育の義務と無償化に準じて、各市町村が条例で学校給食の無償と有機栽培のものを与えることを定めて実行している。学校給食で3割高く購入するため、農家も有機農業を続けることができる仕組みになっている。「日本国内で条例化したところはないが、千葉県いすみ市が学校給食を100%有機米にしているほか、東京都世田谷区も昨年から年収750万円以下の世帯は学校給食を無償とし、今年は母親たちの運動をもとに学校給食を有機にする大集会を開いた。各地で母親たちの署名運動が始まったところだ」とのべ、地方の一人一人の動きが重要であることを強調した。
アメリカでも2016年から遺伝子組み換え農産物は頭打ちとなっており、年に10%の割合でオーガニックが広がっている。モンタナ州の穀倉地帯で3000㌶の農地でオーガニックで小麦をつくっている農家によると、オーガニックの小麦は1ポンド14㌦だが、ケミカル農業の小麦は1ポンド3・7㌦しかしない。ケミカル農業は赤字のため、オーガニックに切り替えているという。EUも年7%の割合で有機・自然栽培の農産物が増えている。ロシアは2014年から本格的に有機栽培にとりくみ、2016年には上院下院の法律でもって遺伝子組み換え農産物の栽培を禁止し、かつ一切の輸入も禁止するに至っている。中国もそれに倣い2017年に遺伝子組み換え農産物の輸入を禁止、国内栽培も禁止している。米中貿易摩擦の影響で飼料用だけは2019年に一部解禁したものの、有機農業は急速に伸びて、今や作付け面積はアメリカを追い抜いている。韓国も有機農業を目指し、ラウンドアップの使用を禁止し、かつネオニコチノイドの屋外での使用も禁止している。山田氏はこうした世界的な流れのなかで日本は逆走を続けていることを指摘した。
本命は自家採種の禁止
種苗法改定の審議は11月に迫っている。山田氏は、第2週、第3週までには衆議院を通過させ、第4週までに参議院を通過させて閉会する見込みであることを明らかにし、「公共の種子を廃止して、農業競争力強化支援法で優良な育種知見を企業に譲り渡し、自家採種を禁止する―これはモンサントがインドでやった方法と同じだ。インドは20万人の農家が自殺した。アルゼンチンでは20万人がこの除草剤の影響があったといわれている。もっとも影響があったスリランカでは20万人が死亡したといわれている」とのべた。
「海外流出を防ぐため」という政府の主張について、「現行種苗法でも他人に譲渡することは禁止されている。また二一条四項で最終消費以外の目的を持って種苗を輸出することは禁止されている。山形県のサクランボがオーストラリアに持ち出され、輸入されようとしたとき、山形県はすぐに現行法で刑事告訴し、輸入差し止めの仮処分申請をし、わずか数カ月で解決した。政府がいう“海外流出を防ぐのに必要だ”というのはまったくのウソだ。彼らの狙いは自家採種の禁止だ」「タネは日本の食料をつなぎ、私たちの命をつないできた。シリア難民が最後に持っていくのはタネだ。モンサントなどがつくるF1品種、遺伝子組み換え品種、ゲノム編集品種はいずれも一代限り。これしかない、となったとき、いざ気候変動や社会的な要因でタネが手に入らなくなったとき、日本人は餓死するしかない。だからタネはこれまでのように絶対に守らないといけない」と力を込めた。
農水省は種苗法改定にあたり「登録品種は10%に満たないので影響はない」とのべている。山田氏は2015年の農水省のアンケート調査で、農家の52・2%が登録品種を栽培しているという結果を紹介し、農水省は調査で把握しつつ、これらの数字を議論のなかで封じてきたことを指摘した。
各県の重点作物の登録品種数の割合【表参照】を見ても、「影響はない」といいきれない数値となっている。
また「許諾料は安いから心配することはない」という説明についても、たとえば北海道のゆめぴりかの育種権がモンサント社に移った場合、許諾料が安いのかという問題をなげかけた。農水省は、北海道と農家との契約書があれば、モンサント社に権利が移った場合も契約書は有効だとしているが、そもそも現在、契約書をかわして種を購入している農家は非常に少ない。山田氏は「タネはすでに多国籍企業のもうけのために使われている。高いタネを売りたいと思っているのは間違いない。野菜の種子がF1になり、かつて1円、2円だったものが40円、50円と何十倍にもなっている。コメでもみつひかりの種子は公的種子の50倍だ。その高いものを生産者がつくらなければならず、私たちは安全でない食べ物を食べなければならなくなる」と警鐘を鳴らした。
さらに主食については各国ともに自家増殖や公共品種で維持していることを指摘。アメリカでは主食の小麦は3分の2が自家採種で、残り3分の1はカンザス州立大学、テキサス農業試験場で生産・認証された公共品種を購入、栽培している。カナダでは80%が自家採種、残り20%が公共の種子で、大部分が農務省や大学などの研究機関が増殖する公共品種を栽培している。オーストラリアは95%が自家採種で5%が公共の種子となっている。
日本政府はユポフ91年条約のみをとりあげ、「育種権者の権利を守るために原則自家採種を禁止する」と説明しているものの、同じく日本が2013年に批准した「食料農業植物遺伝資源条約」では、「国は、種子の権利を尊重、保護、実現し、国内法において認めなければならない」「国は、小農民が自らの種子(中略)種について決定する権利を認めなければならない」と小農民と農民の種子の権利を守っている。ユポフ条約もまた、一四条、一五条で「合理的な範囲で育成者権者の権利を制限できる」としていることを指摘。現行の種苗法は両条約のバランスをとったもので、まったく矛盾していないこと、「改定が必要だ」とする農水省の論理が成立しないことを強調した。
種子法廃止から2年のあいだに全国22の道県で種子条例が成立したこと、今後少なくとも過半数に当たる26の道県で成立する見込みであることを明らかにし、地方の動きのなかで自民党も種子法廃止撤回法案の審議に応じているとのべ、「国と地方自治体は地方自治法上同格だ。私たちの暮らしは地元から守らなければならないし、地方から日本を変えていくことができる。アメリカもEUも同じく、これからは地方の時代だ」「ぜひ明日からでも始めてほしい」と呼びかけた。
映画鑑賞後の質疑応答では、「自家増殖禁止は当然だといわれるが、今は自家採種してもいいのだろうか」と農家の女性から質問が出たり、「武器や兵器をたくさん買って国防といっているが、第一次産業を守り、食料自給率を上げることが国防ではないのか」という意見が出されたほか、種苗法改定法が成立した場合、公共品種を守るためにはどのような条例を定めたらよいのかといった質問も出された。