九州・中国地方を中心に、西日本のイネにウンカが甚大な被害を与えている。昨年までの農薬が効かなかったという事例が多発しており、ウンカが農薬耐性を発達させていることが指摘されている。このなかで、有機栽培農家をはじめ農薬を使用しない農法をもちいているイネがウンカの被害を免れているという話が各地から寄せられている。その一つが下関市菊川町でおこなわれているアイガモ農法だ。「アイガモの田は被害がゼロだったようだ」という話を耳にし、取材した。
菊川町では、グリーンコープ生協から「安全でおいしいおコメがほしい」という要望を受けて「菊川町レインボー稲作研究会」を発足させ、1993年から無農薬のアイガモ農法をおこなっている。当初は24人の賛同でスタートしたが、農家の高齢化などでだんだん減少しており、現在は4軒の農家が約1・5㌶ほどで同農法をおこなっているという。
同研究会に聞くと、アイガモ農法で作付けしているのは、収穫時期の早いコシヒカリ、10月に入って収穫するヒノヒカリの2品種あるが、やはりどちらもウンカの被害がまったくなかったという。昨年も無傷だった。
会員の一人は、10年近くアイガモ農法をしていた田で昨年少し病気が出たため、今年は通常の農法で作付けした。ところがそのとたん、この田は三分の一がウンカの被害にあってしまった。二反の田が2カ所、計四反で例年は35俵収穫できるのだが、今年は11俵弱しか収穫できなかった。一方で、今年アイガモ農法に切り替えた田は、まったく被害にあわなかった。隣接する二枚の田は全滅しており、この地域にウンカが飛来しなかったわけではない。
いったいなぜなのか聞いてみると、「ウンカの飛来する6~7月ごろはちょうど田のなかにアイガモがいるからではないか」という。アイガモ農法では、田植えを終えるとアイガモを田のなかに放し、コシヒカリは8月5日ごろまで、ヒノヒカリは8月25日ごろまで、その状態でイネを生育する。
農家の一人は、「一反に15羽ほどのアイガモを放すが、とにかく1日中、集団で田の中をごそごそと動き回り、茎に動くものが見えるとパクっと食べる。そうやってまんべんなく田を回って茎を突っついて回るので、とりついたウンカも水の中に落ちたりするのではないか」と話した。アイガモの食欲は旺盛で、この期間にタニシもカエルも、虫も1匹もいなくなるほどだという。水をかいて回るため、常に水はにごっていて、雑草も一本も生えない。「穂が出ると、アイガモが穂まで食べてしまうので田から出すが、薬品を一切使っていないので、今年はそのあとウンカがつかないか、最後まで心配した。しかし結局、収穫時期の遅いヒノヒカリも無事だった」と話した。
JA山口県の営農指導員に聞くと、アイガモ農法の場合、田植えのさいにイネの株と株の間隔を30㌢㍍と、通常(18~20㌢㍍)より広くとることも功を奏しているようだ。密植えすると株元の空気がよどみ、害虫や病気が発生する可能性も高くなる。間隔が広ければ風通しがよくなり、虫や病気がつきにくくなるうえ、イネ自身も栄養分がとりやすくなって頑丈になるのだという。ウンカは湿気を好むため、株元の風通しがよければたまりにくくなるそうだ。
有機農業も株間を広くとって栽培する場合が多く、「茎が太く固くなることでウンカが好まないイネになるのではないか」とみているという。アイガモがウンカを駆除するうえ、イネも強くなるということだ。
慣行農法で株の間隔を狭くするのは、一反で収穫できるコメの量を増やすため。だが、アイガモ農法をしている農家によると、株間が広いからといって必ずしも収量が下がるわけではなく、一反当り7俵ほどとれる農家もあるそうだ。また収穫したアイガモ米は1俵3万~3万5000円と、通常のコメ(1俵1万2000円ほど)の倍以上の価格で取引されるため、農家によって異なるものの「1年でかかった経費は回収できる」と語られていた。
ウンカには強いが課題も…
菊川町のアイガモは毎年、千葉県から飛行機で宇部空港へとやって来る。あまり小さいと水田でおぼれてしまうので、1週間くらい飼育したのちに水田に放すのだという。
必要なのは水田を網で囲い、カモの小屋を設置する経費と労力で、これがなかなか大変だという。ただ慣行農法で使う箱製剤、除草剤、出穂前・出穂後の4回の農薬を使用しないので、経費はそれほどかからない。肥料も前年の稲刈り後にレンゲのタネをまき、花が咲いた状態で鋤き込んで肥料にする。足りない場合は有機100%の肥料を少し足すくらいということだった。ある農家は、その後は雑草も生えないので、畦草を刈るくらいで作業も少ないと話していた。
ただ、アイガモ農法の課題も同時に語られている。この農法の場合、田植えは約30日間(通常は20日ほど)育てた大き目の苗を植えるので、育苗作業に手間がかかるほか、水田の周りに網を張る作業や毎朝のエサやりなどが負担になってやめてしまう高齢農家もあるという。
また、アイガモはアヒルとカモを掛けあわせたF1種のため、自然に返すことができない点や、田の中の生物を根こそぎ食べてしまうため、環境保全の視点から考えると課題も残されているという。関係者たちは、自然を相手に「絶対」や「万能」はないことを強調していた。
とはいえ、強力な農薬にすら耐性を発達させているウンカに対して、より強力な農薬を開発する以外の道もあることをアイガモ農法は教えている。