いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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病院経営への全面的な支援が急務 コロナ禍で診療収入が急減 山口県内の医療従事者に聞く実情

 新型コロナウイルスパンデミックのなかで最前線に立つ医療機関の経営が窮地に陥っている。町のクリニック、新型コロナの患者を受け入れる指定医療機関、その他の総合病院いずれも同じ状況だ。3月以降、感染防止のために診察回数を減らしたり、不要不急の手術・治療を延期するなどの対応をとったこと、患者側の受診抑制も広がったことなどで、大幅な収入減少が続いているからだ。「医療従事者に感謝を」というかけ声があふれる一方、現状では医療機関の経営を支える国の施策はなにもなく、ボーナスカットや給与削減などが出始めている。現在、第二波ともいわれ、第三波の到来も予測されるなか、このままいけばいざというときに医療機関がないという状態にもなりかねない。また、歯科、眼科、小児科、耳鼻科など町の医療機関がなくなることは市民が医療を受けることができなくなることを意味する。それは現在持ちこたえている地域でも医療崩壊が起こる可能性をはらんでおり、医療機関の経営を支える施策が不可欠となっている。山口県内を中心に実情を聞いた。

 

 山口県の開業医のなかで、とくに厳しい状況に陥っているのが小児科と耳鼻科だ。直接、口の中を治療する歯科も患者数が急減している。山口県保険医協会がおこなっているアンケート【表参照】で、外来患者数が「減った」と回答したのは、医科で3月は87・4%、4月は88・0%、5月は92・0%にのぼった。歯科でも3月が57・3%、4月が95・9%、5月は92・9%だ。医科・歯科ともに5月は9割の医療機関が患者数の減少と保険診療収入の減少を訴えており、県下の医療機関の苦境が浮き彫りになっている。小児科では5月段階で、外来患者数・保険診療収入ともに減少率が「5割減」「7割減」との回答があわせて8割にのぼる。

 

 

 

 国が「不要不急の診療は控えるように」と呼びかけたことで、治療の必要な患者まで「治療に行ってはいけない」と受け止めたケースや、医療機関で感染することを恐れて受診を控えるケースも多かったという。「1カ月だけであれば、持ちこたえることができるが、この状況がすでに4カ月以上継続していることで経営が厳しくなっている」と、開業医の多くが厳しい状況を語っている。追加融資を受けたり、スタッフを休業させて雇用調整助成金を利用している場合もあるが、ギリギリのスタッフで回している開業医も多いほか、スタッフにも生活があるため「休業や給与削減は難しい」と話す開業医がほとんどだ。

 

 ある小児科医は、「小児科はもともと風邪症状で来院する人がほとんどだったので、まず休校が長引いて風邪をひく子どもが減ったことがある。もちろんコロナ感染を心配した受診控えもある」と話す。1日に3、4人しか来院しない日もあり、患者数が一桁台の日も多かったという。これによる経済的ダメージは大きく、3月は47%減、4、5月は40%減、6月は45%減になった。予防接種(自由診療)を控える動きはあまりなかったため、全体としては前年比で50%減にはならなかったが、保険診療部分だけをみると、3月は70%減、4月は60%減と、深刻な状況だ。「改善する兆しがあればいいが、先が見えない」と話す。小児科の場合、子どもの顔色や胸の音を聞くという、一番原始的な診療がもっとも大切で、オンライン診療は現実的ではない。例年7~9月は患者数が少ない時期だが、その後の10~12月の患者数によっては病院の存続も危ぶまれるという。

 

 別の小児科医も、「小児科は保険診療5割、自由診療(定期健診や予防接種など)5割で成り立っているが、患者数が急減して今は3対7くらいになっている。保険診療だけを見ると経営的に成り立っていないのが現状だ」と話した。今年はインフルエンザの患者数が少なかったことも要因の一つとなっている。とくに感染者が出た地域の小児科は影響が大きく、一気に患者数が減少した。「糖尿病など定期的に受診しなければならない慢性的な病気がある高齢者と違い、小児科の場合は一時的に体調を崩して病院に来るのが大半だ。それは一定期間を過ぎると全快する。今回この状況になって、小児科は急性期に依存して成り立っていたのだと改めて感じている」と話した。50%減になった場合は持続化給付金を申請することができるが、そのラインまで減収になっていない医療機関は支援を受けることができない。「家族経営のような開業医は、スタッフにいてもらわなければ診療ができないので、人件費に手をつけることは難しい。少しでも市の支援策の対象に入れてもらえると非常に助かる」と話した。

 

 別の開業医は、「うちは在宅の患者さんがいるので5割減まではいかず、4割減にとどまっている。夏のボーナスはなんとか払ったが、昇給は我慢してほしいと話している。持続化給付金を申請できなければ、あとは無利子・無担保の融資を受けるくらいしか支援策はないが、返済が必要な借金なので、簡単に決断することはできない。今全国で月に3件のペースで開業医が廃業しており、個人経営の総合病院が廃院するケースも起こっている。日本の医療は多くの開業医がいて、総合病院があり、それが絶妙なバランスで支えあって安い医療費で医療が受けられる状態を保っている。どの一角が崩れても医療崩壊になりかねない。このまま開業医がいなくなると、総合病院に患者さんが殺到することになるが、そうなると総合病院の今の体制では医師も看護師も設備も足りない。今、経営に対する支援策がもっとも必要だ」と話した。

 

 歯科では、厚労省の通知が引き金となって受診抑制が広がった。「必要な治療は受けるように」という部分が抜け落ちていたため、「治療を受けに行ってはいけないのではないか」と思った患者も少なからず含まれていたようだ。長期化するなかで、痛みを我慢していた患者から、「もう我慢できないから治療に行ってもいいか」といった電話相談が全国的に増加し、6月に入って「必要な治療は受けるように」「まずはかかりつけ医に相談を」という呼びかけが始まった。

 

 ある歯科医師は、「通常、診療所では2~3割減が続くと経営が維持できない。1カ月急減するだけなら何とか持ちこたえることができるが、すでに患者が減り始めた3月から4カ月以上継続している。7、8月の状況次第ではさらに厳しくなってくる」と話す。全国的に看護師などのボーナスカットなども起こっているが、家族経営のような開業医の場合、給与削減は難しく、収入が減少しても通常通り経費はかかる。「ある程度は医師の持ち出しで賄うこともできるが、長期化するとその資金も尽きてしまう」と話した。

 

 現在のところ、国による診療報酬を通常の3倍にする対応は新型コロナウイルスの患者のみだ。

 

 県外の歯科医では、受診した患者の陽性が判明し、対応した歯科衛生士は濃厚接触者として2週間入院。スタッフも全員PCR検査を受け、休業せざるを得なかった。医師はPCR検査の結果が出るまでのあいだ駐車場で寝泊まりし、予約キャンセルの対応をしたという。幸いなことに全員陰性だったが、休業期間中の補償はない。陽性患者が出た場合の経営難ははかり知れず、こうした事例を受けて、院内に入る前に駐車場などで発熱を確認する体制をとるなど、各々で対応に苦心しながら診療を続けている。

 

 歯科医師によると、口腔崩壊は経済と直結しており、現在でも、まだ20代なのに長いあいだ歯科にかかるのを我慢し、来院したときには総入れ歯にしなければならない状態になっているケースが普遍的にあるという。新型コロナの長期化で、廃業や失業が増加すると、健康な体を維持することができない人が増えていくことも懸念される。そのなかで医療機関が減少することは、人々が必要な治療を受けられなくなることにつながる。医師の一人は、「昭和時期は医療機関が少なく、3時間待ちの3分診療などといわれ、一人一人に十分な治療をすることができなかった。今は医療機関も充実し、一人一人に高いレベルの医療を施すことができるはずだが、このまま医療機関が減少すると昔に戻ることになる。それでいいのだろうか」と投げかけた。

 

 ボーナスカットや給与削減でスタッフが医療現場を離れることで医療崩壊が起こるし、開業医が廃業し、少ない医療機関に患者が集中するようになることも医療崩壊につながる。それが現実的な問題となっていることを、どの開業医も指摘していた。

 

コロナ対応病院も深刻 「感謝」とは裏腹に

 

 新型コロナウイルス患者を受け入れている指定医療機関などはさらに厳しい状況となっている。5月末に日本病院会、全日本病院協会、日本医療法人協会の三団体が公表した「新型コロナウイルス感染拡大による病院経営状況緊急調査」では、4月段階で全国の3分の2の病院が赤字に転落しており、新型コロナウイルス感染患者を受け入れた病院では8割近くが赤字に陥っていた。東京はより深刻で、受け入れ病院の九割が赤字だ。しかし、すでに決定している支援もまだ現場には届いていない。

 

 ある医療機関関係者は、「ガウン、手袋、サージカルマスクなどが手に入りにくくなり、うちは不足までには至らなかったが、3日に1枚など制限していた時期があった。だいぶ戻ってきたものの、全体として十分なわけではなく、多めにストックしておきたいと思っても、買わせてもらえない状態が続いている」と、現在も資材の確保が厳しい状況が続いていることを話した。コストの増加に加え、急ぎでない手術の延期や受診回数を減らすなどの対応をとったため、4、5月の患者数は大きく落ち込んだ。

 

 「病院としても2週間分の薬を出せる場合には出したり、不要不急の来院を制限するなどの対応をとった。防護服などが不足しているため、手術も急ぎでないものは先延ばしした。院内感染の防止や患者さんの感染リスクの低減という意味では必要な対応だが、その分収入としてはどうしても減少する」と話した。

 

 新型コロナウイルス患者への対応については通常の3倍の診療報酬が支払われるが、その他の患者の受診が減少することへの補てん策はない。指定医療機関の実情を知る開業医は、「患者さんのなかに“今、指定医療機関に行くとコロナがうつる”と考えて定期受診を延期する人もいる。開業医としても紹介状を書くのは避けているのが実情だ。数億単位で減収になっているという話も聞いており、コロナ患者を受け入れる医療機関がもっとも厳しいのではないかと思う」と話した。

 

 また、指定医療機関は空室を確保しておくことが求められている。下関市の場合、指定医療機関である下関市立市民病院に加え、下関医療センター、関門医療センターなどの協力を得て計128床(重症8床、中等症等120床)を確保している。本来は入院患者を受け入れ、収入になるはずのベッドを空けておくので当然収入は減少する。政府は空室補償をおこなうことを決めているが、現在のところ、どの程度の割合でいつごろ補償がなされるのか、具体的な内容についての通知は医療現場にはない。

 

 関係者は、「今のところ、個人病院のように廃業に直結する状況ではないが、これが続くと本来必要なかった借金をしなければならない状況になってくる。今夏のボーナスは支給できたが、長期化すると難しくなる可能性もある」「入院や手術の患者さんは、先延ばしになった分が今後戻っては来るのだろうが、コロナ感染が長引けばどうなるかはわからない」と話し、財政支援の施策があることがもっとも望ましいと話した。

 

 医療機関がこれほど厳しい状況に陥っているのは、1980年代から続いてきた医療費抑制策の結果にほかならない。

 

 開業医の一人は、「これまで診療報酬の削減が続いてきて、余裕がなくなっているところに新型コロナウイルスが広がり、総合病院も開業医も厳しい状況になっている」と話した。3、4月のもっとも感染が拡大している時期、ガウンや手袋、マスクなど防護服が手に入らず、この病院では100円均一のレインコートで対応したという。患者のなかに発熱者が出てPCR検査を要請した(結果、陰性だった)こともあった。かりに陽性者が出て休業になったとき、抱えている透析患者を受け入れる医療機関がなければ患者の生命に直結する。「医療従事者は危険な現場からでも逃げ出してはいけないという使命感を持って医療にあたっている」といい、感染リスクもあるなかで、スタッフ全員が神経をとがらせて診療にあたってきたという。

 

 「病院は、医師、看護師はもちろん、受付スタッフもいなければ診療報酬の請求ができず、みんながいて初めて成り立っている。東京女子医科大学病院のようにボーナス全額カット、400人が退職などという状況になると病院は機能しない」と話し、医療機関の財政難を放置することは地域医療の崩壊に直結すると警鐘を鳴らした。

 

 「診療報酬の構造が、重装備だけどスリムになっている。昔のように聴診器一つで診療するわけではないので、投下資本も大きく、今回のように患者の減少が続くと経営に直結してくる」と話す医師もあった。

 

 コロナ禍での医療機関の経営難は早くから問題となってきたが、いざ財政支援の議論になると「前年分の補償をすると億単位になる総合病院と、開業医などの公平性が担保できない」などの議論が出てきて話がまとまらないのだという。抜本的な対策が打たれないままずるずると5カ月が経過しようとしており、ボーナスカットする医療機関が出始めているのが現状といえる。

 

概算請求による補填を 早急な対応が必須

 

 政府は支援策として、医療従事者などに10万円、新型コロナ患者を受け入れた医療機関の従事者に20万円の慰労金支給を決めたほか、消毒や感染防止のためのレイアウト変更などにかかった経費への支援金を4月にさかのぼって支給することを打ち出している(上限は病院・200万円+5万円×病床数、有床診療所・200万円、無床診療所・100万円)。どちらも支給時期は未定だ。

 

 もっとも求められているのが、現在の収入減に対する補てんである。診療報酬はおおむね2カ月後に確定するため、4月の減収分は6月に、5月の減収分は7月に反映される。国は融資を利用する医療機関に対し、7月に支払われる5月診療分の一部を前払いする方策を実施しているが、これは7月の支払い分で調整されるため、収入減への支援とはなりえないのが現実だ。

 

 各医療団体からは、前年実績にもとづく概算請求の実施を求める声があいついでいる。概算請求とは、地震など災害の場合に導入されたもので、診療録やレセプトコンピュータが棄損した医療機関が、前年実績にもとづいて自院の報酬額を評価し、概算で支払われる制度だ。これが実現すれば、減収が確実に補てんされるため、事業を継続することが可能になるという。「前年分を補償してもらえるのが一番の願いだが、せめて3割減の場合で80~85%の補償があれば継続することができる」(開業医)という声もある。いずれにせよ、すべての医療機関に財政支援をおこなうことが急がれている。

 

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